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「原子炉崩壊」日本のメディアにもの申す

安全神話をばらまく日本のメディア ~第2次大戦のときと同じ国策機関か
ジャーナリスト 横川和夫('60文新)

福島第一原発会見0327

2011年3月28日

□東京電力福島第1原子力発電所の崩壊事故についてのテレビ、新聞の報道ぶりは、政府、東電側の下請け広報機関と同じで、周辺住民はじめ日本人は自からの力で正確な情報をつかんで判断しないと大変なことになるというメディア不信を一層増大させる結果となった。メディアは権力、大企業依存の発想を捨てて、ジャーナリズムの精神を取り戻さないと、ますます衰退の一途をたどるに違いない。

▼大本営発表を垂れ流したメディア

□日中戦争に始まる第2次世界大戦で日本の大手新聞とNHK、そして通信社は、大本営発表をそのまま鵜呑みにして垂れ流し、戦況の実態を伝えず「勝った。勝った」と、戦意を鼓舞するのに一役かった。それと同じように、今回も放射能汚染がどのような被害をもたらすかも分からない段階で、「この程度では安全です」という安全神話を一斉にまき散らしたのである。

▼歴史は繰り返す

□「歴史は繰り返す」ということわざ通り、戦後65年もたって、知らず知らずのうちにメディア、特に新聞を中軸とするジャーナリストは批判精神を忘れてしまったようである。そして政府、東電の広報機関になって、発表をあたかも真実のように垂れ流してよしとする風潮はどうして起きたのだろうか。私なりに考えてみた。
□原因はさまざまな要素が複雑に絡み合っている。

▼ロボット人間をつくりだす学校教育

□第1に学校教育が単なる受験競争に勝つための知識の詰め込み教育になり、自分で考えたり、独自の視点をもったりする教育が欠落してしまった。極端な言い方をすると上司の顔色をうかがい、その命令には忠実に従う人間ロボットを日本の学校教育は大量生産しているのである。メディアで働く人間も例外ではない。

▼自主規制がはたらく現場

□第2にそうしたロボット人間にとっての生き甲斐は、自分が何をしたいか、何を求めているかも分からないために、出世が人生の目的になってしまう。出世のためには上司に気にいられ、上司が求めることを先取りすることに人生をかける。そこには正義とか理想に生きる思いなどは微塵もない。メディアでも上司の目の色をうかがい、上司が嫌う話は自主規制して書かない。戦時中は検閲がものを言ったが、今は自主規制の検閲時代と言ってよい。

▼欠如する独自の取材ネットワーク

□第3に新自由主義経済による経済効率第一主義がメディア界にも浸透し、効率化、合理化が徹底したため、自由な取材活動ができない。金がかからず、苦労しないで原稿が書ける官庁、企業の発表に依存する体質になってしまった。つまり記者の自由な取材活動を通じてさまざまな人たちに出会い、話を聞き、専門的な知識を蓄えネットワークを広げていく基本的な取材が事実上できなくなった。
□今回のような未曾有の大事件、事故が起きると自分独自の取材網がないため、官庁に行って御用学者を紹介してもらうことが日常茶飯事となった。

▼さまざまな便宜供与を受けるメディア

□第4に東電などの大企業は、メディアの人間を接待したり、その幹部の子弟を入社させたりといったさまざまな便宜供与をきめ細かく行い、批判できないような仕掛けを想像を絶するような金を払って行っている。
□つまり東電など大企業側にすれば、メディアは完全に自分の手中に収めている。メディアの中枢を完璧に近いほどコントロールしているから、多少の不正が発覚しても、もみ消しが可能だというおごりがある。

▼モミ消し可能の安心感が不正事件生む

□過去に北海道庁、大蔵省、検察庁、新潟県警本部などで架空の領収書をねつ造したりして、幹部接待のための多額の遊興費などをひねり出し大きな社会問題になった。これはメディアと官庁との癒着から官庁側が何か問題が起きてもモミ消しが可能だという安心感から起きたと言ってよい。常にメディアの監視の目が光り、発覚したらモミ消しなど不可能という自覚と緊張感があったらできない話だ。それほど官庁とメディアは持ちつ持たれつの関係にある。

▼データ改ざんなど日常茶飯事の東電

□東電も同じである。1985年から90年代にかけて東京電力の13基の原発で、29か所に及ぶデータ改ざんが行われていたことが2002年8月に内部告発で明らかになった。調査が進むうちに10月には福島第一原発の1号炉で、格納容器の定期検査のデータ改ざんが発覚し、1号炉の1年間の運転停止という行政処分を受けている。□今回もデータを隠したり、情報公開をしなかったらメディアから批判されるという自覚と認識が東電と経産省原子力安全・保安院にあったら、「分かりません」「把握していません」という中途半端な記者会見はできないはずだ。データ隠しに対し記者側から厳しい追及や鋭い質問が出ないのは情けない話だ。(了)
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