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【短期連載:最終話】「報告 アフリカ現場体験26年~中国・アフリカ・国連」

松村裕幸
前WFP(国連世界食糧計画)ギニア・ビサウ代表
上智大学外国語学部ポルトガル語科1970年卒

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第六話
世界で初めての国連合同事務所の設立準備体験と
中国のアフリカ進出から反面教師として学ぶ日本外交の在り方

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(写真:カーボ・ベルデの地図の切手)

▲カーボ・ベルデでの始めての国連合同事務所

「保健衛生でWHOとUNICEF, UNAIDSとUNFPAというように同じような組織が、国連間にあり援助活動が、効率的でない。国連の職員の活動費が高い。」という批判が国連加盟国(特にドーナー国)より強くありました。

そんなわけで、国連の始めてのケースとして、国連改革の一環として国連合同事務所の創設に2005年より2006年まで、カーボ・ベルデで関与しました。WFP/UNICEF/UNDP/UNFPAの4つの国連機関が事務所を一緒にするという画期的なものでした。特に、国連のドーナー国からは同じ国連の組織なのに、事務所が別々で、各機関の代表が居て、開発計画予算も別々でおかしい。1つの同じビルにして、開発計画も、代表も、予算も1つにするという目的でした。

カーボ・ベルデは国連人間開発指数も高く(2005年においては、177カ国中、105位でアフリカのなかではセイシェル、モーリシャスに次いで、3位)、世銀からも優等生と評価されて、初めての実験を最初から、担当しました。組織図の作成から、誰が何を具体的にするのかというジョッブ・デスクリプシォン(職務内容記述)を作成し、朝6時から夜11時まで働く日が続きました。何故、6時から23時まででしょうか?これは、本部がニュウ・ヨーク(NY)とローマと分かれており、時間の調整が大きな理由です。もう1つの大きな理由は、WFP・UNICEF・UNDPの前任者は、準備する前に皆、代表としてのポストがひとつになり、自分の行き場が無くなると言う理由で、事前逃亡、つまり、各機関で、他の国へ転勤してしまったことでした。


(写真:トルデシィリャス条約の切手)


(写真:カーボ・ベルデの国連ビル)


(写真:Cesaria Evoraの切手)
Cesaria Evora(セザリア・エヴォラ)さんは、カーボ・ベルデ出身の女性歌手。
※2003年のアルバム『Voz D'Amor』が米グラミー賞を獲得


(写真:私とCesaria)

長くなりますので、結果を話しますと、

まず、NYとローマから採用ミッシォンとして、全部で8名(各機関2名)それに、ローマから、ポルトガル語が出来るブラジル人が1名の9名がカーボ・ベルデに来ました。1週間で38名の現地職員の試験と面接です。

問題は言葉(カーボ・ベルデの公用語はポルトガル語です)の壁です。今でも覚えているのは、ミッシォンに次のように、話したことです。

「1週間で、どうやって採用出来るんですか?書類選考に2日、筆記試験に1日、面接に3日、それに、最後の1日間の最終決定では、時間が短すぎます。皆さんの内、ポルトガルが理解できるのは1人だけじゃないですか?それに、問題は4星のホテルと国連の事務所だけ往復して、カーボ・ベルデの問題がわかりますか?職員の能力を適切に判断出来ますか?貧困対策が合同事務所の大きな目的ではなかったですか?」

わたしの提言は残念ながら、通りませんでした。逆に、わたしの態度が問題だとNYの本部とローマにクレームが行ったそうです。それに、現地職員の意向が採用されず、NYとローマから来た国際スタッフのみで結論を出しました。そのため、大きな混乱と矛盾を生みました。4つの機関が何をして、何の能力が要求されるのかが各機関の採用代表ミッシォンが分からず、何の基準で採用されたのかが、不透明でした。例えば、運転手でも、問題のある運転手が面接での受けが良く、その能力は中立に判断されずに、運転手として一番高いポストに決められたりと。。。。

▲その失敗

とにかく、合同事務所は発車しました。ところが、ここに、更に大きな根本的な落とし穴が待っておりました。それは、4機関の通信・ソフトウエアが全く違うことでした。結局、UNDPのシステムに従うことにしました。しかしながら、WFPのシステムはUNDPとは、水と油で、まったくかみあわず、結局、WFPは以前のファクスのシステムに変えるしか方法がなく、Accounting(アカウンティング)がスムースに出来なくなってしまいました。

それに、勤務方法の違いです。WFPは現場主義、他の機関は首都圏の大蔵省・外務省との仕事が、大部分で、貧困対策を担当にした部門のスタッフは、国内の出張がまったくなく、他のアフリカ諸国への貧困対策の海外出張ばかりで、その予算の出費が重なったことでした。貧困対策には現場に行き、何が問題で、何をしなければならないかという現場に行く発想も実行もありませんでした。

結局、このような形の合同事務所は結果が出ずに、失敗となり、二度と同じ形の国連改革は行われていないと聞いております。失敗の理由にはTopDownでBottomUpのシステムが無いことです。コンピューターのソフトが違うことは本部で始める前から分かっていなければならないABCではないですか?

▲国連の日当問題

国連は出張で受け取る日当が高く、例えば、アンゴラのルアンダでは401ドルから530ドルで、東京の340ドルに比べて、はるかに、高く、矛盾を感じます。さらに国連の上層部は海外出張が多く、主張日数が勤務の半分近くに昇る人たちがおります。つまり、毎月の給料のほかに、日当が入るわけです。どこへいっても、食べることはするので、ホテル代のみ支払いするようにすれば、経費も削減すると思うのですが。。。この経費節減が国連改革の最初のステップになる筈です。

▲中国の戦略に学ぶ

最後に、第三話から第五話まで、中国のアフリカへの津波のような進出を述べましたが、中国の人海戦術のやりかたは、日本も大いに、学んで行くべきかもしれません。中国のアフリカ支援で、いつも語られるのは、1970年から1975年までかけた2000キロにわたるアフリカ最長のタンザン鉄道の成功です。ザンビアとタンザニアが世銀及び欧米の銀行に資金援助を要請し、断られた結果にも拘わらず、結局、中国が、資金援助と建設を人海戦術で、行いました。工期も予定より2年も早く完成し、中国援助の代名詞です。その苛酷な労働条件のなかで、中国はマラリアの薬、アルテミシニンを開発するという画期的な偉業も成しえました。それに、中国の外交は対台湾外交との切磋琢磨のなかで磨かれたことも、重要な要因です。その他に、中国外交の真髄は、国家首脳のアフリカ歴訪が1995年より2009年まで、13回に亘って、李鵬首相、江沢民国家主席、朱溶基首相、温家宝首相、胡錦濤国家主席によって、ほぼ毎年行われ、江沢民国家主席と胡錦濤国家主席は其々、4度、アフリカを訪問しております。訪問国は28カ国に及び、南ア、エジプト、モロッコには、その間、各4度、訪れております。日本は元森首相と元小泉首相との2度のみです。日本のアフリカ外交も、中国のように、政府要人が度々、訪れ、アフリカの重要性を知っていただきたいものです。


(挿入:中国首脳のアフリカ歴訪地図)

▲援助ではなく、投資と貿易の推進を

アフリカ援助でいままで費やした額は1兆ドルと言われています。それで、援助から独立し自立した国はほとんど皆無です。中国のやり方は国連安保の常任理事国ながら、国連に対しては、その分担金は、アメリカ、日本、ヨーロッパに比べれば、はるかに低く、また国連機関をつうじての援助も殆ど無く、その方法論は投資と貿易です。日本は、このようなやり方を少し、見習うべきものと考えます。具体的には、TICADと中国アフリカ会議を合同で行うとか、実現できるのではないでしょうか?

▲国連:NATO(No Action, Talk Only)

日本の国連外交の問題に関しては、コムソフィアの機関紙の9月号を参照して頂きたいのですが、結論を述べますと、日本の国連外交、特に、安保理の常任理事国入りに関しては、なぜ、国連外交なのか、何故、常任理事国になる必要性があるのかの議論が不足していると感じます。国連はNATO(No Action, Talk Only)と言われます。十分に今までのパーフォーマンスを調査、検証をする必要があると思います。民主党の小沢一郎さんが国連外交を強調しておりますが、国連の無能さを理解していないと思います。援助ではアフリカの問題は解決しません。中国のように、投資、貿易を促進する方法に転換する必要を痛感します。

▲日本外交

日本外交は、現場、特に、大使館を、わたしなりに、判断しますと、まず、アフリカにおいては、アメリカ大使館が情報源で、アメリカよりの情報一辺倒で、独自性が無く、かなり弱く感じます。アンゴラではそのことを痛感しました。国連中心でない中国外交をもう少し研究する必要性があると感じます。

先日8月26日付新聞に依りますと、国会議員の外遊の総額が6億2千万円で、一人当たり225万円と報告されておりましたが、問題はその額だけではなく、大使館のアテンド費用と費やされる時間も、さらにかかり、或るパリ勤務の大使館員の話ですと、議員のための、観光業務が、ばかにならないとこぼしておりました。それに、外遊の報告が一般に公開されていないことです。先ず、何のための外遊なのか、その目的が達成されたのかといった基本が出来ていないことが問題と思います。TaxPayerに対してもう少し義務感を感じてもらいたいものです。

▲SMARTの考え方を

30年国連に勤務し、外から、日本を見ると、マスコミの弱さを感じます。

日本社会の白と黒をハッキリさせず、灰色の論調さです。SMART(Specific、Measurable、 Achievable、Realistic、Transparent)をいつも、私自身を含めて、論評及び計画と結果を追求していければ、世の中は変わっていくのではと思っています。

末尾になりましたが、今回の報告では、マスコミ・ソフィア会の磯浦康二さん、横川和夫さん、土屋夏彦さんのお世話になりました。アフリカの石器時代のような生活から、コンピューターでの活字での文章作りと、わたしの慣れない仕事を、皆さんが支えてくれました。改めて感謝致します。今回は中国に焦、点を置きましたが次に報告する際はもう少し、現場体験に絞って、援助の功罪、アフリカでの生活環境を述べて見たいと思っています。<第五話へ> <第一話へ>


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 <筆者近影>
 松村裕幸(上智大学外国語学部ポルトガル語学科1970年卒)
 前WFP(国連世界食糧計画)ギニア・ビサウ代表
 第12回(2002年)コムソフィア賞受賞
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