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【短期連載:第5話】「報告 アフリカ現場体験26年~中国・アフリカ・国連」

松村裕幸
前WFP(国連世界食糧計画)ギニア・ビサウ代表
上智大学外国語学部ポルトガル語科1970年卒

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第五話 資源を持ち去る中国
~ 中国の石油と鉱物資源の世界戦略~中国アフリカへ戻る ~
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(鄭和航海600年記念切手)
2005年に中国から鄭和航海600年を記念して発行された記念切手。
鄭和(ていわ)とは明の時代の最も有能な宦官の一人で、身長2メートルの巨漢だったと言われている。中国は、200隻近くの大船団を組織して600年も前からアフリカまで航海していた。
(※引用:http://mochamocha090106.blog65.fc2.com/blog-entry-201.html)

▼資源を持ち去る中国~新植民地主義

つまり単刀直入に言えば、問題を抱えたアフリカの国に入り込んで、資源を持ち去るやり方が、中国の戦略です。現在、中国はアンゴラの石油輸出ではアメリカに次ぐ2番目に多い国です。ストックホルム国際平和研究所の2008年度の資料によれば,中国のアフリカへの武器輸出は、アンゴラ以外にも、スーダン、ジンバブエなど、17カ国に上ります。2005年2月には、中国が船を一隻チャーターして、軍事品をジンバブエの独裁者のムガベ政権に援助していることが、マスコミに暴露されました。或る人はそれを新植民地主義と呼びます。

▼援助と抱き合せの人海戦術

中国の“援助”と称するやり方の特徴は、援助と抱き合わせで、大量の中国人をアフリカ諸国に低賃金で送り込む人海戦術です。前回少し述べましたスーダンでは中国人が自らの手で石油を掘り、その石油を自分たちで作ったパイプラインで約60%の石油を中国に運びだしているわけです。250万に上る国内外避難民を生みだし、人権問題で追及されるスーダンのダルフール紛争とそのバシル大統領を支える中国の関係のため、2008年の北京オリンピックで、直前まで、欧米が参加をボイコットしたことをご記憶のことと思います。

アンゴラでは、道路建設・復旧工事、1000キロにわたるベンゲラ鉄道の復旧工事(ロビト港よりザンビア・コンゴ民主共和国までの鉄道)、軍人用の住宅建設現場に、中国人自身が、労働者となり、直接たずさわっています。首都ルアンダの飛行場の建設も請け負っております。日本や欧米が人海戦術はとらず、現地下請が普通なのとは正反対です。例えば、一日当たり食事・住居つきで1ドルが支払いに対して、外国企業は現地のアンゴラの労働者に3ドルから4ドルの支払い。中国の技術者は欧米の給料の6分の1の値段とのことでした。

それに、安い製品を売るチャイニーズ・ショップを通じて、中国人が無数に増加しております。アンゴラのウアンボ市では2002年から2006年までの間に、20店以上に増え、隣国のナミビアのアンゴラ国境の町、オシャカテ市では1999年より2006年までの間に75店に上り、現在進行中です。カーボ・ベルデでは、チャイナタウンが出現して、以前からあった店は閉店休業に追い込まれています。南ア、レソト、ケニア、モーリシャス、ナイジェリアでは繊維産業が打撃をうけました。

▼中国人に乱獲されたアワビ

資源の略奪は石油、鉱物資源のみならず、木材の伐採、漁獲資源、動物資源にも及びます。南アフリカのケープ・タウンを中心としたアワビの90%は中国人によって乱獲され、ギニア・ビサウでは、フカヒレを取った後の魚を燻製をつくるため、マングローブを伐採した結果、一つの島の3分の1が失われました。ジンバブエではサイは乱獲されて、角は中国へと輸出されています。木材の伐採はガボン、カメルーン、コンゴ民主共和国、中央アフリカで行われております。ザンビアでは銅鉱山に投資をしました。


(写真:マングローブ伐採)


(写真:伐採後ふかひれを燻製にするための薪)


(写真:ふかひれを取った後のふか)

▲中国の21世紀の大きな動きと外交力~中国の石油と鉱物資源の世界戦略

中国は2006年11月に北京で中国・アフリカ会議を開催し、48カ国のアフリカの首脳が集まり、国連のニュウ・ヨークの会議以上のダイナミックな会議だったそうです。その折、札束のばらまきの援助をおこない、例えばナイジェリアのラゴス・カノ間の鉄道建設費用に83億ドルの融資を決め、3000人の中国人鉄道労働者、ダム建設に8000人を送り込みとその影響力を強めています。
わたしは、当時、ガーナに出張中で、ガーナでも、ブイ水力発電ダム建設に中国の資金が6億ドル約束されたと現地のマスコミの大きなニュースでした。(注:日本の2008年5月TICAD(アフリカ開発会議)では41カ国の首脳レベルの参加がありましたが、インパクトから見ると、中国の2006年の会議に比べれば、それほどではありません。)その後2006年12月には、China Southern Airlines(中国南方航空)で、ドバイ経由で、北京・ラゴス間の週3便の飛行機の運航、北京・ルアンダ(アンゴラ)の運航とその影響力の足を確保させております。それに、最近はギニアへの進出が目立ちます。

ギニアは、鉱物資源が豊富で、特に、ボーキサイト(世界で品質が最高と言われます)がオーストラリアに次いで、世界2番目の輸出国。その他、鉄鉱石、ダイアモンド、金、石油、ウラン、コバルト、ニッケル、プラチナなどの資源に恵まれています。ボーキサイトは年間2千万トンの生産があり、3000億のビール缶、3500万台の車のシャーシーを生産出来ます。中国の狙いは、ボーキサイトです。ギニア・ビサウでも、ボーキサイトをアンゴラ政府と共同で、開発を進め、新たな港・鉄道、建設に着工始めております。

2009年6月中国の石油会社シノペックはスイスのアダックス石油を買収し、アフリカへの更なる石油戦略へと進んでいます。中国のアルミニウム会社「チャイナアルコ」は410億ドルを投資し、南アのアングロ・アメリカンそして世界的に有名なダイアモンド会社の「デ・ベアス」をコントロールしようとしています。2007年以降は銀行への進出も目立ちます。中国工商銀行が55億ドルを投じて、南アフリカのスタンダード銀行の株式の20%を買い取りました。2009年7月中国銀行はブラジルのサン・パウロに最初の支店を開設、2010年中にはカーボ・ベルデとビサウにも支店を開設の予定。

▲中国アフリカへ戻る

世界史で勉強したと思いますが、中国は、明の永楽帝の時代に鄭和(ていわ:1371-1434)の船団が、1405年より1433年までの間に7回に亘り、大艦隊を率いてアフリカ東岸に及びました。これが、南洋華僑の発展の契機になります。その船の規模は、長さ150m、幅62mで500トン級で、バスコ・ダ・ガマのポルトガル艦隊の4倍強で、コロンブスが新大陸の発見の際の船の2倍の大きさ、ポルトガルの大航海時代よりも90年以上早く(バスコ・ダ・ガマのインド到着は、1498年)、従って、21世紀に“アフリカに戻って来た”と主張しております。また、中国は西欧よりも早くアフリカに到着したが、その当時は一度もアフリカを西欧のように、植民地化したことがなく、ただ、明の皇帝に「キリン」を贈呈しただけだとも言っておりますが、21世紀の中国のアフリカ進出は、さらに、津波のように進化していくものと考えられます。


(写真:鄭和のアフリカへの航路地図)

日本の対中国のODAは1980年以来、24年間で、3兆3000億円といわれています。それを、中南米・アフリカに武器援助を含めて、相当額をまた貸ししていたと言われています。1980年代のイラン・イラク戦争期間中での最大の武器供給国は中国だそうです。中国の大使館はアフリカに46カ国に在り、日本は今年1月に新設したベナンを含めて31カ国です。


(写真:地雷で足を失った女性)


(写真:地雷除去の写真)

▲中国は国連よりの食糧受益国

中国は2005年12月まで、WFP(国連世界食糧計画)からの食糧の援助受益国でした。食糧援助を受けながら、アフリカへ投資と援助をしていたのですから、その政策は、一方は驚きであり、もう一方では日本も何か見習うべきかもしれません。
1998年ノーベル経済学賞の受賞者のアマテヤ・セン氏に依れば、食糧危機の在るところには、民主主義は無いと語っております。

▼アンゴラに中国人の移民計画も

元来、東・南部アフリカはインド人(ガンジーも南アで弁護士をしていた)、西アフリカはレバノン人が商売を独占しておりましたが、現在は中国人の数が、それらを凌駕しています。アンゴラでは現在約20万人の中国人がおりますが、中国政府とアンゴラ政府の間で、300万人の中国人の移民計画が進められています。

アフリカ全体では現在、100万人強の中国人が居留していると言われます。南アでは、1946年に4千人だった中国人が、1980年に1万人、1998年に、12万人で、現在は40万人と推定されます。日本の外務省のホームページに依ると、在留邦人の数は4500人(うち南アフリカに1500人、残りの3000人の3分の1が海外青年協力隊員)とのこと。アフリカの総面積は3030万平方キロメートルで、総人口は10億人、一方、中国の総面積は960万平方キロメートルで人口13億人。アフリカが面積で中国の3倍にもかかわらず、人口は中国の7割という状況では、ますます中国人のアフリカ進出は加速されていくだろうと思われます。アフリカ進出によって、ますます、中国の世界戦略が加速されていくわけです。

今回の締めとして、石油景気に沸くアンゴラ(年率20%近い経済成長)の素晴らしい景観のルアンダ港の写真と、社会開発の遅れが依然として続き、ごみの山で生活するルアンダの町の写真を通じて、そのコントラストにアフリカの矛盾を見出していただければと思います。次回第六回は、最終回として「国連改革の経験と反面教師としての中国外交から学ぶ」と称し、日本への進言をしたいと思います。<第四話へ> <最終話へ>


(写真:景観の良いアンゴラのルアンダ港)


(写真;ごみの山のルアンダの町)


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 <筆者近影>
 松村裕幸(上智大学外国語学部ポルトガル語学科1970年卒)
 前WFP(国連世界食糧計画)ギニア・ビサウ代表
 第12回(2002年)コムソフィア賞受賞
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