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鎮魂の思いを深くしたベルリンのホロコースト記念碑

元医療雑誌編集 向山肇夫(1963法・法)
私は、長年懸案だったドイツへの旅の機会にベルリン市内のユダヤ人関係施設を訪れてみた。幸いなことにベルリンで宿泊した場所から歩いて2-3分のところに、何と黄金に輝く丸い屋根の壮麗なノイエ・シナゴーグがあった。かつてのシナゴーグは、1938年11月9日あの有名なクリスタル・ナハト(水晶の夜)、ナチ攻撃隊の焼け打ちにあい、その後43年には爆破されたが、3000人を収容できたヨーロッパ最大級のものであったという。このノイエ・シナゴーグは、戦後かつて崩れ落ちた建物のレンガなどを集めて建てられており、内部を見学することが出来た。警備は、厳重をきわめたが、入り口を入り歴史的写真展示、常設展示、資料室などを巡り、階段を上り展望台までいけた。1989年11月9日(偶然とはいえ、クリスタル・ナハトと同じ日)の「ベルリンの壁」崩壊後、市内はビル建築ラッシュである。そこからは、新しい街並みが一望出来ベルリンのたどった戦前・戦後の激動の歴史を思い感慨深かった。

一人の女性ジャーナリストの呼びかけからホロコースト記念碑建立
ドイツ博物館A ベルリンの地下鉄ハレッシェス・トア駅から歩いてすぐに、斬新な設計のユダヤ博物館がある(www.jmberlin.de)。銀色の金属で覆われた巨大な建物には、刀傷のような亀裂が表面を走っていた。館内は実に巧みに「ホロコースト塔(Holocaust Tower)」部屋、「流浪の庭(Garden of Exile)」、「記憶の空間(Memory Void)」が配置されさらにユダヤ人の歴史が展示されていた。特に「ホロコースト塔」部屋には絶句した。長い地下への階段を下り、ホロコーストで犠牲になった人々の遺品見て、部屋の扉を開け中に入ると、真っ黒で何もない部屋に高い天井から微かな光が入ってくる。それは煙突を通した光のようにも見え、大量殺人ガス室の重苦しい絶望感に襲われいたたまれなくなる。いやでもホロコーストに思いをはせた。
ドイツ博物館Bさらにベルリン市内の一等地ブランデンブルグ門の近くには、日本で言えば皇居前広場だろうかホロコースト記念碑(正式名称はMemorial to the Murdered Jews in Europe虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑www.prestel.de)が、2005年5月に完成しいて見てまわることが出来た。 20世紀ヨーロッパ社会の最大の汚点といわれるナチによるユダヤ人のホロコーストについて、ドイツは長い論争を経て国家として正式にユダヤ人に歴史的責任をみとめた結果、この記念碑の完成をみている。しかも驚くことにこの記念碑を造ろうという運動は、1988年何とテレビで活躍する一人の女性ジャーナリスト(リア・ロシュ)の呼びかけで始まったという。記念碑は、死者への弔いをこめてか、広場に灰色のお棺のよう石碑が2711個並べられている。私は、鎮魂の思いを深くした。
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