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日本初の水上飛行機の写真を発見 カーチス複葉機、約100年前、横浜で初公開飛行

元時事通信記者 佐々木寛(1959外英)

カーチス飛行機  皆さん、日本で初めて飛行機が飛んだのはいつか、ご存じだろうか。 1910(明治43)年に陸軍の徳川好敏大尉が代々木練兵場で飛んだのが初めてデ、99年前のことである。しかし、その2年後の明治45年に日本海軍がアメリカのカーチス社の単発複葉水上機をわが国で初めて公開飛行した時の写真が私の父のアルバムから見つかった。 これは日本帝国海軍が飛行機を導入するきっかけとなったプレヒストリーの1ページである。父は佐々木親(ちかし)といい、岡山出身、明治44年に横須賀の海軍機関学校20期卒、昭和11年44歳のとき海軍機関大佐で退役した。

 私の曽祖父が咸臨丸で日本人として初めて勝海舟らと太平洋を横断した濱口興右衛門(浦賀奉行所与力で、長崎海軍伝習所1期生)、祖父が東大医学部卒で日清、日露戦争に参戦した青木甲子三海軍軍医大監、父が機関大佐、兄が海軍機関学校54期卒で中尉と、四代にわたり海軍に奉職した珍しい家系。

 昨年6月、父の明治35年から大正5年までの古いアルバムを、横須賀自然・人文博物館、で調べたが、この「カーチス」複葉機の5枚連続写真が何であるかわからなかった。  ところが、7月になって、井上吉隆元横須賀市助役から借りた『横須賀と海軍』(昭和58年、海上自衛隊横須賀地方総監部発行、横監付一佐森田衛著)という冊子に「海軍航空隊関係施設」という項目があり、その中の表の一行目に「カーチス」の名前がみつかり、大喜び。

 それによると、飛行機名=カ式水上機、発動機=カーチス、座席=2人乗り、全長8・4メートル、全幅=11・3メートル、全速=43ノット、年代=大正元年(=明治45年)とある。  アルバムのキャプションには「明治45年5月11日横浜におけるカーチス」とあり、桟橋から大観衆が見守る中、1人の飛行家が丸い操縦かんを握って単発プロペラ複葉機で桟橋から飛び立つ模様が5枚連続写真で映っている。無事15分間のテスト飛行は成功したようである。

 父の5年先輩に中島知久平機関大尉(15期)がおり、この写真は中島大尉からもらったものではないかと推察される。中島大尉は大正2年に横須賀海軍工廠造兵部に新設した飛行機工場の主任となり、のちに中島飛行機?をつくった人である。

 明治45年6月25日海軍航空術研究委員会が発足したのは、アットウォーターという飛行家によるカーチス機の公開試験飛行がきっかけであった。この試験飛行には斎藤実海相や海軍首脳ら一般人も含めて数千人が参観したという。 大正元年11月に研究委員会は追浜に研究所をつくり、また、河野三吉大尉がカーチス水上機で、金子養三大尉はモーリス・ファルマン水上機で、それぞれ初めて飛行した。同月12日横浜沖の観艦式当日、金子大尉がファルマン機、河野大尉がカーチス水上機で参加した。ちなみに、アメリカのライト兄弟が飛行機を発明したのは1903(明治36)年である。
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