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ルーメル神父の広島被爆体験ビデオ(マスコミ・ソフィア会制作)を見て思うこと

元NHK記者 小林康司(1959文英)

 ルーメル神父は、1945年(昭和20年)広島に人類史上初の原子爆弾が投下された際、爆心地から約4キロ北の長束修錬院に居られたそうだ。当時のペトロ・アルペ院長に命じられて、熱い焼け跡の中を幟町教会に救護活動に向かわれた。

 その頃、私は大芝国民学校(今の小学校)3年生で、焼死寸前に救出されていた。後に 三篠教会でクラインゾルゲ神父によって洗礼を受けた。そのクラインゾルゲ(帰化名:高倉)神父も幟町教会で被爆された方である。何年間か原爆症で苦しまれながら帰天された。

 私は、原爆投下当日爆心地から凡そ1,800メートルの距離にあった平屋の校舎に入った途端に「ピカ!」と光ったのは記憶しているが「ド-ン」という音は聞いていない。瞬間的な爆風で倒れた校舎の下敷きになり、頭をうっていたためであろう。核放射能の影響で20数年前から突然様々な癌を発病し、手術と治療を繰り返している。何とか今日まで生き延びている次第である。

 私は、上智大学卒業後NHKで30年余り、主にニュース取材記者として勤務してきた。その間、韓国大統領の暗殺事件を含み、幼児の死亡など数えきれない悲劇を目にしてきた。

 広島原爆投下後の感想を求められたエノラゲイ機副操縦士のロバート・ルイス大尉は、「アー神様、我々は何てことをしたのだろう。広島という都市が消えて無くなったのだ!!」と、テレビで泣きながら証言している。

 現在の核兵器は、広島、長崎型に比べて何千倍の威力があると言われている。万が一次の核戦争が始まったならば、我らが惑星、地球が消滅してしまうに間違いがない。少しでもそのような事態を防止できるならとばと、NHKを定年退職後今日まで平和運動を続けている。

 私は、昨年の8月6日(現地5日)の原爆記念日に、ニューヨークのセントラルパークで核兵器廃絶と戦争防止の平和演説を行った。「私は生きていたい!皆さんにも生きていて貰いたい!」と結んだら大変な感動を呼び、拍手が止まなかった。さらに驚くことにアメリカのヴェテランズ(退役軍人会)の人たちが謝罪とお詫びの挨拶をされた。私が行った微々たる平和貢献だが着実に実を結んでいると感じた。この運動に余生を捧げる価値があると確信し、原爆後遺症の今後も襲ってくる癌などと闘い続けるつもりでいる。

今回のマスコミ・ソフィア会制作ビデオでのルーメル神父の主の意思伝達に共鳴する次第である。
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