最新記事

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
28

大人がイニシアティブを取り冷静な議論のできる日本人養成を

ジョージワシントン大学大学院 市原麻衣子(2002院国)

市原麻衣子さん写真 近年掲示板やブログなどインターネット上で意見を掲載する人が増えており、あたかも公の場で議論をできる日本人が増加しているかのように見える。しかし実際には、こうした発言をする人の多くが匿名性の仮面に守られ無責任かつ感情的な発言を一方通行的にしているのみであり、顔や名前を公表して公の場で議論をすることは極めて少ない。ブログやソーシャルネットワーキングサービスにおいても実名を使って発言をしている人は少ない。裁判員制度に消極的な人々があまりにも多い現状にも、公の場で意見を述べる場を与えられながらそれを積極的に用いようとしない国民の姿勢が見て取れる。

議論ができない日本人が多い理由は、日本において意見を述べるという文化的土壌が欠如していることにもあるのではないか。儒教思想に基づく社会的ヒエラルキーの下、年齢や地位が下の者が上の者に対して意見を述べることをあまり好ましく思わない傾向が今でも残っている。子どもが親に対して意見をすれば「口答え」だと怒られ、部下が上司に意見をすれば「生意気だ」と叱られる。こうした文化的背景の中、特に年齢と地位の高い者に対して反対意見を述べることのできない日本人があまりにも多く生産されてしまっているのではないか。

日本において建設的な議論のできる人間を育てていくためには、社会的立場に関係なく冷静な意見を述べられる人間を作り出していくことが必要である。家庭においては親と子ども、学校では教師と生徒、企業では上司と部下が、上下関係に縛られることなく冷静に意見を述べ合い、それを受容し建設的かつ創造的なアイディアを作り出していくプロセスが必要である。そのために最も重要なのはこうした上下関係で「上」に位置する者の態度である。親、教師、上司、年輩者などの立場にある者が、そうでない者の意見を聞き入れ、積極的にアイディアを取り入れたり自分の意見や態度を修正したりできるような柔軟性を持つことが必要である。

世間では最近の子供や若者のあり方が問題にされることが多い。しかし多くの場合、社会において子供の「悪い見本」となってしまっているのは大人の側である。年齢を重ね高い社会的地位を手に入れた者ほど、自己改善努力が必要とされるのではなかろうか。日本人の間で冷静な議論を行う能力を養成する鍵は、大人たちが握っているのではないだろうか。
スポンサーサイト
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
Return to Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。