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テレビ60年:遠くへ行きたい・美味しい現場から:紀尾井の森カルチャー倶楽部第1回

祝・上智大学創立100周年 上智大学 マスコミ・ソフィア会主催
紀尾井の森カルチャー倶楽部 第1回
日時:4月18日(木)18時00分開場:18時30分開講
講演テーマ:「テレビ60年:遠くへ行きたい・美味しい現場から」
講師:村田亨さん('64外露)(株式会社テレビマンユニオン・チーフプロデューサー)

※この講演録は当日の模様から主な箇所を文章に書き起こし加筆したものです。



村田亨
         村田亨氏


■「遠くへ行きたい」は「ディスカバージャパン」の象徴・・・

村田亨です。64年外露ですから相当年をとっております。「遠くへ行きたい」はテレビマンユニオンを作って(1970年)半年後に始めた番組。これを3年後の1973年から今の今まで担当しています。番組は43年ということなので、もうかれこれ40年やってることになります。(テレビマンユニオンは東京放送(現・東京放送ホールディングス:TBS)を退職したディレクターが中心となって設立した日本で最初の独立系制作プロダクション)

今夜は「遠くへ行きたい」という旅番組の制作経験から、日本全国の美味しいものめぐりみたいな話題も準備してきたのですが、みなさんのお顔を拝見すると、テレビ60年でこれまで何を伝えてきたのかという話よりも、最近大人が見たくなる番組が少なくなり、テレビがどうもつまらない。どうしてこうなってきたのかという話のほうが良さそうなので、そのことを「視聴率」ということをキーワードに、「遠くへ行きたい」が43年続いている理由から紐解いていきたいと思います。

イザ開校
    <いざ、開校!!!>


「遠くへ行きたい」は、1970年10月4日に第一回が始まりました。テレビで旅をするってどういうことか。当時の旅行というと団体旅行や会社の旅行がほとんどで、一人旅というのはほとんどなかった時代です。この番組は70年9月に万博が終わって、当時の国鉄(JR)が、万博で大移動した6000万人のお客さんを獲り込もうと、国鉄自らの提供で始まったものです。

当時の国鉄は東大卒などがちがちの官僚肌の人たちの集まりだったので、硬直してて何も考えられない。そこで当時電通だった藤岡和賀夫さんという名物プロデューサーが考え出したのが「デイスカバージャパン」というキャンペーンでした。(その後「モーレツからビューティフルへ」(ゼロックス)、「いい日旅立ち」(JR東海)など次々と日本の広告史に残るキャッチフレーズを生み出した)

それを見て、国鉄のキャンペーンにカタカナは何事だ、川端康成の「美しい日本」ではだめなのかと議論がかわされましたが、これからはカタカナの時代だと説き伏せたようです。番組のほうは、一人でも旅をすれば楽しいんだ、一人旅の楽しさ、一人旅の面白さを番組を通じて伝えていこうということになったんです。

■視聴率を意識するきっかけは大阪万博が終わって・・・

最初の半年は、永六輔氏が毎週出演してました。30分番組の収録に毎週参加するとどういうことになるかわかりますか?

彼は当時土曜は、TBSラジオの生放送「土曜ワイドラジオ東京」が午後に終わって、そこからスタッフと一緒に旅に出る。数日後永さんだけ先に戻って他の仕事をしつつ、金曜にナレーションを加えて、日曜に放送、という自転車操業の日々でした。

半年間26本やってさすがに無理だと分かり、その後、伊丹十三さんや五木寛之さん、野坂昭如さんなど、当時の「話の特集」という雑誌の同人たちがかわるがわる出演するようになりました。

村田亨氏
    講義する村田さん


この時点では東京(日本テレビ)は日曜夜10時30分、大阪(読売テレビ、番組は元々読売テレビの企画)は夜11時。当時この時間にまだ起きている人は、普通のサラリーマンではあり得ませんでした。逆にあまり時間に囚われないマスコミの人たちの中で話題になっていったわけです。

当時旅を紹介する番組として唯一NHK「新日本紀行」がありましたが、旅を企画した本人が出演して、ナレーションも入れるような番組は本当にめずらしかった。このスタイルが、未だ43年続く長寿番組になった理由とも言えるでしょう。

しかしながら、マスコミ業界には興味を持ってもらったものの、非常に特異な番組だったため、視聴率は2%、3%程度。このころから民放は視聴率争いがだんだん激化していくんです。

そのきっかけは、万博が終わって、世の中(文化)が豊かになり、文化の源でもあるテレビに世間の目が集中し始めて来たことにあると思います。そのためテレビ番組にスポンサーになる会社も増え、スポンサーが並んで待つ黄金時代に突入。その結果、視聴率というものに注目が集まるようになったんです。

■夜の番組から一転して朝の番組へ・・・

そんな状況の中での1976年、当時日曜の朝の時間帯が低迷しており、そこで「遠くへ行きたい」に白羽の矢が立ちます。これまで夜の番組だったものが、いきなり半日ずれて、朝10時30分からに移動することになったんです。

移動するに当たって、日曜朝10時30分は、旅好きの人がちょうど出かける時間ではないのかという懸念がありました。しかし実際はそれほど落ち込むこともなかったのですが、あまり良くもならず、その後、さらに6年後の1982年には朝8時30分に移動することになります。

この時間帯は当時、NHKとTBSの独壇場でした。NHKは「趣味の園芸」、TBSは小汀利得(おばまりとく:本当の読みはとしえ)さんという名物ジャーナリストが出演する「時事放談」。この2つがダントツで、日テレは2%、3%程度でした。

しかし「遠くへ行きたい」の視聴率は、1年半くらいかかって、時事放談に追いついたんです。次いで2年半後にはNHKの「趣味の園芸」も抜いた。このころには日曜の早朝にもかかわらず10%を越える時も出るほどの勢いとなりました。

視聴者が多くなると、番組の見方も変わってきます。単なる一人旅を楽しむ番組だったのが、旅を通してタレントや文化人の素顔が見られる番組というポジションに変わっていったんです。

旅するタレントも多岐にわたり、永禄輔さんや渡辺文雄さんなどの文化人だけはなくて、千昌夫さんや八代亜紀さんまで登場するようになっていきました。先日お亡くなりになった三國連太郎さんも旅をしてくださいました。そんな文化人やタレントを交えたキャスティングによって、レーティングはさらにアップ。10%を越えるのがあたりまえになっていきました。

そこにTBSが関口宏さんを起用して「サンデーモーニング」を立ち上げました。しかし、8時30分から9時の時間帯は一向に日テレ「遠くへ行きたい」の独壇場でした。関口さんは「9時まではなにもすることがない」と愚痴をこぼしていたと言います。

■「遠くへ行きたい」による日曜早朝開拓は続く・・・

それに気を良くした日テレは1989年10月、日曜朝8時から徳光和夫さんを起用して「ザ・サンデー」を始めました。「遠くへ行きたい」はさらに早朝7時30分に移動。スタッフはさすがにここまで早朝の放送になったら旅番組としては見ていただけなくなるのではととても心配したんです。

だからと言って「遠くへ行きたい」のつくり方をかえるつもりもありませんでした。当時から番組でやらないことというのが暗黙の決まりとしてありました。例えば「テロップを多用しない」。必要最低限の人の名前などだけしか入れない。しかも白地でしか入れない。CMに行くまでに「このあとは・・」と視聴者を煽るような演出は絶対しないなどなど。

そんなこだわりも頑固に守り、時間帯も早くなり、どうなることかと思ったところ、さらに視聴率はアップしたんです。日テレ幹部は7時30分にもこんなに視聴者がいる!となったわけです。

懇親会
     講演会後の懇親会にて・・・


当時朝7時からは、他局が子供向けアニメ番組を流す中、日テレは所ジョージさんの「所さんの目がテン!」を編成し、大人向けの編成を貫いていました。これが視聴率を高める効果に拍車をかけていたんです。

しかし他局の子供向けアニメ番組も無視は出来なくなって行きます。その理由の一つは、アニメ番組は視聴率はなかなか取れないものの、キャラクターグッズなどの権利収入が稼げるということがあったわけです。日テレも所さんの番組を他へ移して、7時からはアニメにした時代もありました。結果、前番組の視聴率が悪いと、そのあとの番組もなかなか良くならないということで「遠くへ行きたい」の視聴率は低迷していきます。ここ数年は3~4%程度を行ったり来たりの状況でした。

そしてついに「遠くへ行きたい」(東京)は2013年(今年の)4月、朝5時30分からの枠に移動となりました(読売テレビは7時からで続けられています)。もうこれで視聴者も付いては来れまいと思ったところ、意外に良い視聴率を獲得。

ということで「遠くへ行きたい」は、視聴率戦争のなかで、いろいろ揉まれた結果、日曜時間帯の視聴者の開拓を40数年にわたってすることになったわけです。今日の話の中から、少しでもみなさんに、大人が楽しめる面白い番組はどういったものかがわかっていただけたら光栄です。

私はつい先日、朝5時30分にテレビを見る、という行為がどのような感触なのかを実体験してみたんです。これが意外に朝から明るくて気持ちいい。さらに一日が長く使えていいことづくめ。みなさまも、日曜は朝早く起きて「遠くへ行きたい」を見て、一日を有効に使ってみてはいかがでしょう。(まとめ:土屋夏彦 '80理電)


紀尾井の森カルチャー倶楽部とは

上智大学の創立100周年を記念して、マスコミ・ソフィア会としてこれまで行ってきた母校発展のための活動に加え、私どもの培ってきた知恵や力を、卒業生や上智大学関係者はもとより、広く近隣のみなさまとも分かち合おうと開校したプチカルチャースクールです。現在の約1000名のマスコミ・ソフィア会会員には、マスコミを中心に、いずれも様々な分野で偉業を成し遂げてきたツワモノぞろい。ツワモノらの貴重な体験談や生の声をお伝えすることで、少しでも皆さまの人生のお役に立てればと考えております。
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