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海外での安全対策・日本国の日本人であるということ 〜11回目の9.11を迎えて

海外生活カウンセラー・福永佳津子氏('71年文英卒)から、11年目の9.11を迎えての近況をいただきました。福永さんは2001年9月11日、あのニューヨークの同時多発テロ事件のとき、日本から単身渡米し、現地でのボランティア活動を推進した経験を持っている方です。(詳しくは昨年11月に行ったマスコミソフィア会での講演会の記事をご参照下さい=>http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-144.html


「命を惜しまずビルに飛行機ごと体当たりしたって?カミカゼみたいだ」

「予告もなしに卑劣なテロ行為に及んだ仕草は、パールハーバーかの如き」。

 マンハッタン島の玄関口で威風堂々と上陸者たちを迎えた米国のシンボル塔に飛行機が突っ込んだテロ事件。その直後に駆け抜けた思いもよらない風評に日本人は凍りついた。

その日の新聞メディアには、「カミカゼ」や「セカンドパールハーバー」の文字が躍り、我々は突如、居心地の悪さに晒され、唖然とした。とある学生はバスの乗客に「日本人か」と詰問されたと言い、日の丸のついたプレスの車のミラーが折られ、日本人と間違われたパキスタン人女性が殴打されたとの話がまことしやかに囁かれた。

その夏、米国で製作され日本でも公開された映画は「パールハーバー」と題したラブロマンス映画だ。「米国の知識人たちはあの時のことは誤解だったと理解しているよ」といった空気が流れかけたのもつかの間。秋に入ってすぐの悲劇に「パールハーバー」はいとも簡単に比喩的に持ち出された。過去の歴史的事件はそう易々と「水に流す」ことなどできるはずもないことを、悲劇の現場で痛いほど知らされた「911」でもあった。

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福永佳津子氏


 NYのタクシー運転手はアフガニスタン人が多い。タクシーの前後に大判の星条旗を括りつけ、「NY市民のひとりとして皆と結束し戦い抜く」という強い意志を鮮明に訴えんとしたのが彼らだった。

それでもアフガニスタン人のタクシーには断固乗らないと息巻く客が、時に運転手と殴り合うシーンを何度か見た。ガソリンスタンドもアフガニスタン人の経営になるものが多い。スタンドが見えないほどの大量の星条旗で覆われていたら、そこは紛れもなくアフガニスタン人店ということだ。

泊まっていた安宿のすぐ近くにあったアフガニスタン料理店の看板が白ペンキで塗り潰され、何の店だかわからなくなるのに時間はかからなかった。


 「911」の悲劇を受けて、各国トップが弔意のための訪米を急ぐ中、我が国の時の総理が訪米したのは、9月24日だったかと思う。ローカルニュースで総理の弔意が報じられるや、我が国の立ち位置が親米と解釈されたか、すぐ様イスラム圏にある某国日本大使館の日の丸が燃やされる事件に発展している。国のトップがどっちを向いて何をどう発言するかで、海外にいる日本国民が突如窮地に立たされるということの事例のひとつだろう。

 少し時計を戻して湾岸戦争の話を例にしてみよう。米国の小学校でのこと。親戚の誰かが湾岸に派兵されている現地小学生たちは、湾岸戦争を取り上げた授業の中で、日本人児童に向かってこう言った。

「どうして日本人は湾岸戦争に兵隊を送らないの?」

「僕のおじさんやいとこが命がけで戦っているのに、日本が何もしないのはどうして?」。

質問が素朴なだけに率直で手厳しい。「子どもたちが答えに窮している。どう答えさせたらいいのか」と父母たちがNY日本総領事館に助けを求めた話は有名だ。「アメリカは日本の石油のために血を流しているのに日本人は知らん顔か」と言われた駐在員もいる。日本国を背負ったつもりなどさらさらないのに、自国の対応の矢面に立たされ、返す言葉を失うことになるとは、考えもしなかったことだろう。


 平和で快適な海外生活が続いているうちはいい。しかし何かの拍子で突然風向きが変わり、危機に瀕することになることは今回の中国での抗日デモでも明らかだ。


 こうした事態をどう予測してどう回避するのか。他でもない、自分が日本とどういう関係にある国に身を置いているかを常日頃からしっかり自覚し、自国の発言や振る舞いが滞在国における自分の安全に大きな影響を起こすことを知っておくことが肝要だ。各自に事態を読み、機に応じた対応を素早く取るアンテナの高い危機管理能力が求められることは言うまでもない。

渡航前に(社団法人)海外邦人安全協会(www.josa.or.jp/)主催のセミナーなどで勘所を養っておくのも一策だ。滞在国の治安情報に関しては外務省の「海外安全情報」(www.anzen.mofa.go.jp)から刻々と得られよう。滞在国の日本大使館や総領事館からも邦人向けに素早い発信があろう。ネット社会では様々なルートからの現況報告とその回避対策が講じられるのも早い。滞在国の言語を解せれば、そのルートからの発信にも注意したい。

「日本語で大声で話さない、日本人であることがわからないよう振る舞いに気を付ける、ターゲットとなりやすい場所に近づかない、暴動に巻き込まれないよう慎重な行動を、一人での夜間外出は控える、できる限り一人でタクシーに乗車しない、過激な政治的発言を絶対しない」などなど、今回の「事件」がいくつもの対策を教えてくれている。世界に漕ぎ出す日本人たちが、自らが日本国の日本人であることをあらためて強く認識し、世界の様々な動きに敏感に呼応して自らの安全を自らの手で確保する努力が望まれる。

 日本国の日本人であることが攻撃対象になり得るケースがある一方で、むしろ日本人であることを強調して難を逃れる必要があった事例が、「インドネシアの騒乱(1998年)」だった。

インドネシア国民の怒りは富を独り占めする華僑たちの傲慢ぶりに向けられ、町には憤懣やるかたない暴徒たちが滾る思いを破壊行為に繋げていた。事態の緊張を受けて、外務省は「危険度5」を発令。「邦人はすべからく国外退避」となり、邦人たちは日本行きの飛行機が横付けされた空港へと取るものも取らずに急いだ。

しかし、空港までの安全確保が問題だった。理由はほかでもない。日本人の見てくれが華僑と似ていることが攻撃対象となり得ることだった。車の窓を開け、大声で「私たちは日本人」と叫んでも掻き消される。遠目にも日本人の車とわかる対策はただひとつ。それは日の丸を車の目立つ場所につけ、日本人であることを強調する策だった。企業は駐在員家族のために日の丸を配り、手配が望めなかった人たちは手持ちの白紙に赤クレヨンで日の丸を書き上げ、車体に貼り付けた。その日の丸に守られ、無事に帰国を果たしたことはいう間でもない。

 日の丸を掲げたり、隠したり…。日本人であることを強調したり、悟られないように振る舞ったり…。海外に出た日本人は国内にいた時以上に、日本国の日本人であることを嫌が応にも突きつけられる場面にさらされることを知っておかなくてはならない。

危機管理のアンテナを高く掲げ、情報収集と機を見た対応が求められるその一方で、こんな話を最後に付け加えよう。今回の中国での反日行動の際のことだ。「背広で自転車に乗るのは日本人だけだよ。会社に行くならしばらくは私服で。日本人とわかる恰好は危ないよ、と教えてくれたのは中国人の同僚だった」とは北京の日本人駐在員。さらには湾岸戦争の際に、多くの邦人がいっとき拘束される羽目になったというのに、まっさきに帰国を果たした男性はこうインタビューに答えている。

「普段から現地の人と何とか仲よくしたいと思って出来る限りの努力をしてきた。いち早く難を逃れることができたのは、隣人たちがアイツだけは何とか早く日本に送り返してやろう、と尽力してくれたお陰だ。普段から信頼できる仲間を現地に持つかどうかが危機管理上、とても大事なことだ」。

(社団法人)海外邦人安全協会理事  福永佳津子


プロフィール
福永佳津子氏 71年文英卒。在ニューヨーク6年。マンハッタンビルカレッジで修士号取得。帰国後は海外生活カウンセラーとして講演、執筆多数。NHK趣味悠々「サトウサンペイと楽しむ海外旅行術(ロングステイ)」講師など。著書に「ある日海外赴任」「アジアで暮らすとき困らない本」など。海外邦人安全協会理事。ロングステイ財団政策審議会委員。
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