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三水会6月講演会 「ヘルベルト・フォン・カラヤン氏と禅の思想」

三水会 6月講演会 「ヘルベルト・フォン・カラヤン氏と禅の思想」
 ~オイゲン・ヘリゲルを通しての指揮の極意の認識(禅・弓道とのつながり)
■講師:眞鍋圭子(まなべけいこ)さん(69年文哲卒)音楽プロデューサー、
    音楽ジャーナリストサントリーホール・エグゼクティブ・プロデューサー
■日時:2011年6月15日(水)18時30分~21時
■場所:ソフィアンズクラブにて
■参加者数:31名

 眞鍋圭子さんは哲学科(比較宗教学専攻)に在籍後、藝大でチェロも学ばれ、ドイツにも留学。そして、サントリーホールのエグゼクティブ・プロデューサー、音楽ジャーナリストとして活躍中という、多彩な経歴の持ち主です。しかし、お話を伺うと、子供の時から文章を書くことや音楽が好きだったことが相乗的に良い形でかみあい、自然体で、キャリアを築かれ、現職をこなしていらっしゃることがわかりました。華やかな雰囲気の中、参加者全員、眞鍋さんの講演に耳を傾けました。

▼自己紹介・2人の神父様との出会い

 哲学科卒業後、第2バチカン公会議の影響でできた東洋宗教研究所で助手をされていた当時の、特にデュモリン神父・ラサール神父(愛宮真備師)の思い出を語られた。デュモリン神父は神秘主義の研究から禅を研究していた方であった。また、「ラサール神父様は後光が差すような気をもった神父様」で、禅に精通した方で、悟りに関する著書もあり、禅道場に通うなど、日本の禅僧とカトリック神父が重なったような方であった。(後にこのラサール神父とカラヤンを引きあわせることになるのだが、) 昼は研究所の助手、夕方から夜は藝大の別科でチェロを学び、1971年5月からベルリン自由大学(昔の西ベルリン)に留学し、音楽学を専攻。ドイツは、学割もあり、ベルリンフィルのコンサートは数百円で聞くことができたので、頻繁にコンサートに通い、指揮者の前の席で、いつもカラヤン氏を見ていた。「自分は音楽ジャーナリストなので日本にいらっしゃるときに ぜひインタビューさせてほしい。」という申し入れをしたところ、すんなりと受けてくださった。

 その後、カラヤン氏が1973年と1977年に来日された際の通訳・家族のアテンドを依頼された。1973年にカラヤン氏は上智大学のオーケストラ部も訪問し、マスコミに報道されたが、上智大オーケストラ部がベルリンに招待されたときの世話役も務め、1977年に再来日された際に、上智大学のラサール神父との面談の希望があり、教授館でお二人を引き合わせた。今、振り返ると、これが、カラヤン氏にとっては、重要な出会いになったのであろう。そして1989年カラヤン氏は、自宅で心不全のために静かに息を引き取られ、劇的な死を迎えられた。それから没後20年、2009年に「素顔のカラヤン」という本を執筆し、大きな反響をよんだ。

▼「素顔のカラヤン」

 カラヤン氏はシャイな性格なため、周囲から誤解されることが多かったという。「金の盲者」のように言われ、ヨーロッパでの評判は散々であったが、特に一緒に仕事をした人以外見たことのない様子やご家族とも親交があったので彼の人間的な面を強調し、眞鍋さんは執筆したと語られた。しかし、その著書の中で、「ずっと自分では疑問に思いながらも、わからないまま、本に書いたカラヤン氏の言葉がある。それは、ザルツブルグ復活音楽祭の後援会でスピーチを求められたときに、聞き取りにくいはっきりしない語調でおっしゃったことだが、『ある本の中で、日本の弓道の本について書いてあった。弓が的に自然に当たるのと同じように、音楽の指揮も、極めると、その境地にならないといけないと思う。自然発生的に音楽も演奏されないといけない。(Es musiziert.)それが、本当の意味で音楽をするということだ。』というようなことをおっしゃった背景です。」

 その後、眞鍋さんは「正論」という雑誌で新保祐司氏(文芸評論家)と対談をし、「新保さんが 『カラヤン氏のいう本は、オイゲン・ヘリゲルという哲学者の本でしょう』とおっしゃり、おかげでカラヤンがどの本を読んでいたかわかり、やっと謎が解けました。「素顔のカラヤン」を執筆して本当に良かったと思いました。」と眞鍋さんは感慨深げに語った。

▼オイゲン・ヘリゲル・弓道(禅)・指揮

 眞鍋さんは、哲学者オイゲン・ヘリゲル(戦前、東北帝国大学に哲学を教えに家族とともに来日し、日本文化に理解のある学者)の著書「弓と禅 Zen in der Kunst des Bogenschiessens」にカラヤン氏がスピーチで語られたことと同じ内容があることを見つけ、その本をカラヤン氏は読むだけでなく、オーケストラの指揮でも実践されていたという事を今になって認識したという。

 それは、オイゲン・ヘリゲルの著書「弓と禅」の中に、ヘリゲル氏が、弓道を習うが、毎日、弓を引く格好をするだけの稽古で、なかなか、的がでてこない。しびれをきらしたヘリゲル氏は、ある日、的を射る練習をしたいと弓道の師に申しでるが、師は自分が弓をひいて的にあてようとするのではない。弓の極意というのは、常に自分のやっていることがきちんとしていれば、きちんと的にあたるということを示唆するが、なかなか理解できなかった。そこである晩、弓道の師が暗闇のなかで、2度、矢を射ってみせたが、2回とも命中し、2回目に放った矢は最初の矢を突き抜けて、的にあたっていたので、オイゲン・ヘリゲルは驚愕したというエピソードがあった。まさにそれが、弓を射るということの極意であった。

②HP用20110615三水会講演弓を射る格好RIMG8951
(写真:弓を射る格好をする眞鍋氏)

 カラヤン氏は、生前、同じ曲を何回もオーケストラの団員がいやになるほど練習をさせていたそうで、自分が台の上に立つだけで、オーケストラが完全な演奏ができるように鍛えているようだった。そのことは、「カラヤン氏は自分の指揮という行為を、弓道とも相通じる禅の精神にまで、つきつめて考えていらしたと思い、この本を読み、カラヤン氏が、何を当時考えていらしたか、やっとわかり、少しでもそのフォローをしたいと思うのと同時に改めてカラヤン氏に敬意を表したい。」と眞鍋さんは語った。

 「渡り鳥の群れは、どの鳥がリーダーかわからないが、一瞬で、同じ方向をめざしさっと飛んで行く。」というたとえ話を、カラヤン氏は良くなさっていたという。

③HP用20110615三水会講演RIMG8965
(写真:講演中の眞鍋氏)

 カラヤン氏の2女から最近電話があったときに、オイゲン・ヘリゲルは、哲学者としては、ドイツではそれほど高名ではないが、1977年にカラヤン氏が上智大学を訪問された際、ラサール神父がその著書を紹介なさったのではないかという話になったそうだが、「上智大学との縁も考え、今回の三水会の講演を引き受けました。」と締めくくられた。

 最後の質問コーナーで、眞鍋さんは、「自分の人生のベストチョイスは上智大学に通い、様々な言語(ドイツ語はジーメンス神父様に鍛えられ、フランス語、ラテン語等)を習得し、自分の興味のある授業にも自由に参加できたことです」と語られた。また、1974年当時、カラヤン氏を上智大学に連れてきたオーケストラ部の隈部まち子さん(外独)の話題、ザビ―ネ・マイヤー(クラリネット奏者)の問題は何だったのか、ベルリンフィルとの確執、SONYの盛田氏がプレゼントしたチャイコフスキー5番のCDの話題から、カラヤン氏は自分の頭の中の音楽のイメージを指揮なさっていて、眼の前のオーケストラのことは見ていないのではないかという秘話、スピート狂でジェット機も操縦したというメカ好きのカラヤン氏の知られざる面なども話題になり、会場は盛り上がった。

④HP用20110615三水会表情豊かRIMG8960
(写真:講演中の眞鍋氏)

 特に、マスコミソフィア会の村田氏との話では、テレビマンユニオン製作のドキュメンタリー「サントリースペシャル」の番組撮影の裏話が出た。カラヤン氏は、横顔を撮るアングルまで決まっていて、外部の人に撮影させないという独自の美学があり、気難しい方だったそうだが、日本のスタッフがそのカラヤン氏の素顔を撮った貴重なドキュメンタリーフィルムは、テレビ局(TBS)の方針で古くなり廃棄されたらしという話題が出て、残念な実態が明らかになった。

⑤HP用20110615三水会質問コーナーRIMG8973
(写真:質問コーナー)

⑥HP用20110615三水会村田さんRIMG8985
(写真:先輩の村田さんと)

 カラヤン氏にまつわる質問も出て、眞鍋さんが、目をつぶって指揮をなさる様子を再現なさるなど、改めてカラヤン氏の演奏を聴きたくなるような講演でした。

⑦HP20110615三水会カラヤンの指揮のまねRIMG8963
(写真:カラヤン氏の眼を閉じて指揮をする様子を真似る眞鍋氏)

報告 山田洋子(77外独)


■講師プロフィール
眞鍋圭子(まなべ けいこ)(1969年文学部哲学科卒)
上智大学卒業後、東京芸術大学別科チェロ専攻。ベルリン自由大学とミュンヒェン大学にて音楽学専攻。ベルリン自由大学在学中より故ヘルベルト・フォン・カラヤンや故カール・ベームなどのインタビューを行い、音楽ジャーナリストとして活動を開始。ヨーロッパではザルツブルク復活音楽祭(カラヤン主催)でカラヤンのもと、オペラ制作の実際を学ぶ。また、ミュンヒェン大学在学中からサントリーホール設立プロジェクトに参加。カラヤンをホール設立のアドヴァイザー役に頼む。その後、数々の公演をプロデュースし、大成功を収めてきた。プッチーニ音楽祭と日本との共同制作オペラ「蝶々夫人」のプロデュースではプッチーニ財団より「プッチーニ特別賞」を受賞。この作品は2005年愛知万博「愛・地球博」でも再演され、イタリア文化への貢献ということで、イタリア政府より「連帯の星」勲章が授与された。※その他、ご紹介しきれないほど数多くのプロデュース実績あり。
●著書:「カール・ベーム:心から心へ」「素顔のカラヤン」「音楽と我が人生」他多数。
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  • Date : 2011-07-16 (Sat)
  • Category : 三水会
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