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第24回マスコミソフィア会総会・第21回コムソフィア賞授賞式

 6月12日(日)13時より、「第24回マスコミソフィア会総会」が、上智大学11号館5F会議室にて、会員約40名の参加の下開催されました。

DSC_0006_R.jpg
(大学正門前)

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(11号館5階会議室内の様子)

 磯浦康二幹事長が司会進行をする中、この4月より学長になられた、滝澤正上智大学学長、そして高祖敏明上智大学院理事長、和泉法夫・ソフィア会会長からの祝辞をいただきました。滝澤学長、高祖理事長からは、2年後の2013年に迎える上智大学100周年記念事業を何としても成功させたい、そのためには、ぜひともマスコミソフィア会など、各界で活躍される上智大学OB/OGたちの協力が不可欠とのこと。和泉会長からも、OB会の鏡となってこれからの活動に期待したいとの力強い言葉をいただきました。

滝澤学長
滝澤学長

高祖理事長
高祖理事長

和泉会長
和泉会長

 総会議事では、今回体調不良で欠席された、濱口浩三マスコミソフィア会会長の挨拶を磯浦幹事が代読。2010年度活動報告、会計報告、2011年度活動計画、予算案提案、新役員の選定などが発表され、すべての議事について、満場一致で承認されました。(新役員名簿はこちらをご覧ください)

磯浦幹事長挨拶
磯浦幹事長が活動報告

受賞を受ける鮎川氏
受賞を受ける鮎川ゆりか氏

 そして、第21回を迎えるコムソフィア賞の授賞式では(受賞理由などは発表ページを参照)、千葉商科大学 政策情報学部教授で、一般社団法人Office Ecologist代表も勤める、鮎川ゆりかさんが登場。第1回目から続いている篆刻(てんこく)・刻字作家の横山翠蹊(すいけい)(1955文新)さん作のオリジナル「刻字楯」が授与されました。今回の文字は「恕」(じょ)。原発の諸問題をはじめ、地球温暖化防止などにも努められている鮎川さんのされてきた活動の根幹を成す「人を思いやる心」を表したということです。そして受賞後初の記念講演が行われました。

刻字楯を持つ鮎川氏
刻字楯を持つ鮎川氏

 鮎川ゆりかさんは、「原子力資料情報室(CNICJapan)」(1975年9月設立)を初代代表・高木仁三郎氏と運営に携わり、どこよりも世界の原子力についての情報を的確に国内外に伝えるNGO機関として多数の実績を残されました。1991年「国際プルトニウム会議」では、世界9カ国20名の専門家を迎えて、国際世論に「プルトニウムの再利用の恐ろしさ」を伝えるとともに、日本政府にプルトニウム政策の再認識をしてもらうきっかけを作りました。その後、1997年からは、WWF(国際環境保全団体)で地球温暖化防止に取り組み、京都議定書の推進などに力を注がれています。

速報として受賞者の講演の要旨を紹介します。

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鮎川ゆりか氏 第21回コムソフィア賞受賞記念講演
「福島原発事故を教訓に 緑の国家へのパラダイムシフトを!」
2011年6月12日(日)上智大学11号館5F 会議室
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 2011年3月11日、東日本大震災当日の17時、東京電力が政府に「緊急事態通報」。同日19時、政府が「原子炉緊急事態宣言」。そして21時23分、総理大臣が「福島第一原発1号機から半径3㎞圏内の住民へ避難指示、10㎞圏内は屋内退避を指示。これを聞いて、私は「大変なことになった」と思いました。さらに、1号機、3号機の水素爆発や海水注入では、さらにそのとんでもない事態に吐き気まで込み上げて来ました。重なる原発反対運動にもめげず運営し続けてきたあの原発機を、東電自ら廃炉にするということなのです。

トークする鮎川氏(1)
トークする鮎川氏(1)

 一体次は何が起こるのか恐怖の日々が始まりました。私が尊敬して止まない、元原子力資料情報室(CNIC)・高木仁三郎代表(2000年没)の言葉を思い出しました。「なるべく遠くへ逃げる・・・」そして、これまで様々な活動をして参りましたが、それでも、このような事態を引き起こすことを食い止められなかったという、自責の念にも苦しみました。

 私が原子力発電に興味を持ったのは、1980年ころ、Nucleonics Weekという原子力産業の業界紙の翻訳に関わったことがきっかけでした。専門用語がたくさんあったため、ちんぷんかんぷんで、どうしようかと思っていたときにめぐり合ったのが高木さんが書かれた「プルトニウムの恐怖」という書籍でした。

トークする鮎川氏(2)
トークする鮎川氏(2)

 原子力発電では、天然ウランを核分裂させエネルギーを得るとともに、同時に生成されたプルトニウムを再利用することによって、エネルギーの取得効率が何十倍にもアップされます。そのため、プルトニウムは、使用済み燃料と共に、厳重に保管することになります。これが何より大変危険な行為なのです。

 今回のような水素爆発などは、誰も想定していなかったことですが、再利用するためのプルトニウムを炉から取り出して、様々な形で世界で輸出入が行われている事実は日常のことなのです。プルトニウムは半減期(放射線の放出力が半分になるまでの期間)が約2万4000年。万が一輸送の途中で漏れた場合、汚染された場所に未来永劫放射能が残ってしまうのです。

トークする鮎川氏(3)
トークする鮎川氏(3)

 1991年11月、グリーンピース・インターナショナルとCNICの共催で、「国際プルトニウム会議」が大宮で行われました。9カ国20名の専門家も参加しての大規模な国際会議となりました。参加料3万円にも拘らず、原子力産業界はもとより、政府関係者、一般市民などのべ約700名に参加していただくことができました。ここで、日本のプルトニウム政策に対する、諸外国からの厳しい意見が交わされ、日本の専門家たちが、初めてその国際的な見地を知ることになりました。そして、ようやく国際的にどういった政策をしてゆけばいいのかを調査する委員会が科学技術庁内にできることになったのです。

 日本を「プルトニウム経済」に入らせないこと。特に、再処理-プルトニウム燃料-高速増殖炉による核燃料サイクル確立の阻止。即ちこれは、原子力発電に頼らない生活をどう作ってゆくかだと思います。我々はこのためにあらゆることを考えてゆかねばならないと思っています。

(要約:土屋夏彦 '80理電)

鮎川著作書籍
鮎川氏著作・翻訳書籍:脱炭素社会と排出量取引(日本評論社)/プルトニウム燃料産業(七つ森書館)
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