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三水会 4月講演会 「東日本大震災支援活動について」~ 大西健丞氏

三水会 4月講演会
  「東日本大震災支援活動について」~ 大西健丞氏
    ~阪神・淡路の方程式は通用しない~
    ~必要なのは政府・企業・民間の連携協力~
講師:特定非営利活動法人ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)代表理事
   公益社団法人CIVIC FORCE代表理事
   特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム理事
   大西健丞氏('91文新)
日時:2011年4月20日(水)18時30分~21時
場所:四ツ谷・ソフィアンズクラブ(参加者数35名)

2011/05/20

大西氏
(大西健丞氏)

□大西健丞氏は、特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン(以下PWJ)を15年前に立ち上げ、イラク、スーダンなど紛争地帯や、インドネシアの津波被災地で支援活動を展開し、一躍脚光を浴びた。今回の東日本大震災では、PWJ、「公益社団法人 Civic Force(シビックフォース)」の代表理事として最前線に立ち、被災者支援活動の総指揮をとられている。

▼人生の有限さを悟り、イラクで社会人デビュー

□1991年新聞学科卒。バブルの時期で、体育会水泳部主将だったため、大学4年時には多数の企業から就職の勧誘を受けたが、全部断っていたそうだ。というのも3年のときご尊父が倒れられ、植物人間のような状態で集中治療室にいる姿を見て、改めて人生は有限だということを実感したからだそうだ。自分が納得できる一生にしたいと思い、就職せず、上智大学の国際関係の大学院を目指したが、研究計画書は1番だったにもかかわらず、英語の成績が悪く入学失敗。

□それで英語を勉強してやろうと奮起し、亡くなった父親が残してくれたお金を持って渡英。ビザも取らず、いきなり英国の大学院に行って「入れろ」と言うと「英語の成績表を見せろ」と言われ、TOEICやTOEFLも受けてない彼は「これだけ話しているのでわかるだろう」と訴え、無理やり予科の大学院コースに入ることができた。

□イギリスの大学院では「紛争解決学(CONFLICT RESOLUTION)」という耳慣れない新しい学問を専攻。修士号を取得。その後帰国し「アジア人権基金(土井たか子理事)」に入り、社会人としてのデビューは、イラク派遣だった。ここから彼のNGO (Non-Governmental Organization = 非政府組織)人生が始まった。

未だ残る地雷原
(未だ残る地雷原:写真:Civic Force提供)

▼PWJ立ち上げから企業パートナー協働事業へ

□1年目は給料も出ず、当時の彼女に養われながら、なんとか生活していたところ、そのNGOが撤退したのがきっかけで、自分たちで起業して、倒産するまで頑張ろうとPWJを1996年に設立。イラク、スーダン、コソボ、東ティモールなどの紛争地帯、大規模な地震(イラン、インドネシア等)災害地帯など数々の災害地を経験。


□2004年の中越地震のとき、初めて国内でNGOとしての災害援助を体験。日本最大のスーパーマーケットチェーンのイオングループと被災者支援で提携することになった。

□その後帝人株式会社とも提携して、20分で組み立てられる「バルーンシェルター」という大型テントを開発。これで400人以上の被災者に寝泊まりの場所を提供。これらの企業との連携(パートナー協働事業)がその後の彼の活動理念を大きく変えることになった。

バルーンシェルター1
(バルーンシェルター:写真:Civic Force提供)

バルーンシェルター2
(中越地震でのバルーンシェルター:写真:Civic Force提供)

□ここでわかったこと。日本の企業は、被災支援にすばらしい能力を持っているということ。企業が本気で協力すれば、単なるドナー(支援金の寄付)でなく、かなりの被災者を直接救えるノウハウやリソースがある。NGOだけでは大したことはできないが、企業の参加や協力は支援活動に大きな力をもたらす。そう思った大西氏は、国交省の「TEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)」に張り合うくらいのつもりで「Civic Force(シビックフォース)」(市民の力・市民軍)を立ち上げた。

□シビックフォースは、日ごろから災害支援にかかわるさまざまな組織と連携を密にし、支援の想定プランを確認しあい、いざというときにスムーズな対応ができ、より多くの被災者のニーズにこたえるための調整機関であり、情報、人、資金、物資などのリソースを集約したプラットフォーム(土台)だ。

シビックフォース
(シビックフォース:資料:Civic Force提供)

▼自衛隊も1日1食で救援活動

□さて、今回の東日本大震災について、大西氏の目にはどのように映っているのか。

□大西氏は、今回自衛隊は大変頑張ったと言う。総理が10万人と数を言ってしまったため、計画にはない10万人が出動することになった自衛隊。最初の3週間は陸前高田、南三陸町、気仙沼、宮古方面などで展開している部隊も1日1食(コンビニのおにぎり1個)。それでも精一杯被災地の復興に尽くしていたそうだ。

□避難所も似たような状況だった。すべての原因は、官邸にいる指揮官はじめ内閣府の人たちの誰もが阪神・淡路大震災という意識だったためだと大西氏は言う。実際、神戸の3倍以上の被害が出ているにもかかわらず、同じ方程式で計画した被災支援のため、阪神淡路のときなら3~4日で物資が余っていたはずが、今回は1カ月以上も食料や物資の不足に悩まされた。未曾有の災害のときに、どう自衛隊を展開させるか、どう避難所に物資を届けるかというプランが官邸になく、指揮官不在のためうまく機能していないといういら立ちを現場で感じた。

被災地1
(東日本大震災被災地の様子1:写真:Civic Force提供)

被災地2
(東日本大震災被災地の様子2:写真:Civic Force提供)

被災地3
(東日本大震災被災地の様子3:写真:Civic Force提供)

▼瀬戸内海から気仙沼にフェリボートの手配から、自前の衛星携帯電話開放まで

□気仙沼湾の大島で、7隻のフェリーや旅客船が全滅し、震災後は一時孤立状態になっていた。住民3200人が一時孤立状態にあった。漁船ではとても3200人分の物資を効率よく運べないと思い、大西氏たちはフェリーの調達のために介入した。「私は瀬戸内海の島、江田島市にフェリー1隻が余っているのを知っていたので、広島県知事に連絡をして江田島市長を説得、半年間、無償で貸してもらうことができました。なんと船長つきで・・・」(講演会の2日後、4月22日からフェリーが航行再開。たかがフェリー1台であるが、国よりスピーティーな対応を可能にした。)

□また、被災当初は現地で全く携帯電話が使えなかった。そこでPWJ所有の衛星携帯電話を被災者に3日間開放したそうだ。各々5分以内で安否の連絡のみを近親者にすることにしたが、1日中列ができてしまったそうだ。「その結果270万円の電話代の請求書がきました。(笑)」

□物資に関しては、IKEA(スェーデンの家具メーカー)が、被災後3日目に、600セットの布団を自前の輸送手段で寄付しにきてくれたそうだ。IKEAはさらに岩手県の仮設住宅の入居者の3分の1の生活物資をも提供していると言う。イオングループもヤッケなど日常必要なものを無償提供。4つの店舗が壊滅的に被害を受け、8つの店舗で未だ営業ができない状態、その上従業員が何十人も亡くなっているイオングループだが、現地の支援は怠らず立派な企業だと思った。これぞ企業は戦力であり、ドナーではないという実例なのだと言う。一方、全国展開の企業は自らも被災者になってしまうが、エリアを限定してやっている企業も大切であるということに気づいたとも語った。

企業支援1
(東日本大震災の企業支援1:写真:Civic Force提供)

企業支援2
(東日本大震災の企業支援2:写真:Civic Force提供)

企業支援3
(東日本大震災の企業支援3:写真:Civic Force提供)


▼仮設住宅問題はどうやって早急に解決できるのか・・・

□被災地での仮設住宅は、5万5千から6~7万必要と言われている。これに対処するための一次発注では、3万戸について、大和ハウスなど大手に発注が行われたそうだ。彼らも非常に頑張っていて、資材等もかき集めて3万戸、3カ月以内の完成を目指している。

□しかし最大の問題は、その仮設住宅が、阪神・淡路の前例にならって、6棟から8棟に対して8家族が入るような構造、しかも平屋建て。しかし南三陸町のように元々土地が少なく、津波で浸水しさらに狭小になった被災地に、平屋建てなど建てる場所などあろうはずがない。

□現在、避難所で約13万人、他人の家に身を寄せている人が約同数。合計約30万人が家を失っていると言う。気仙沼市の場合、体育館の中で病死されたご老人たちはすでに14名、これからさらに増加する傾向がある。このままでは、仮設住宅が一向に満足に準備されない状況になっているのだ。その理由は、これも阪神・淡路の方程式を無理やり持ち込もうとしているからだと大西氏は指摘する。今、大西氏らが提案しているのはトレーラーハウスやコンテナーハウスの活用だ。

仮設住宅現場
(東日本大震災仮設住宅現場・大船渡市:写真:Civic Force提供)

▼通用しない阪神・淡路大震災方式・求められる柔軟な発想

□先日ようやく国交省も認めたそうだが、コンテナーハウスなら、韓国、ドバイ、上海に数万個単位で在庫があり、すぐに買い付けれられることがわかっている。米軍がアフガンやイラクの兵隊用につくったコンテナーハウスを避難所にもってくれば、狭い所でも建てられ、2階建にもできるそうなので、仮設住宅建設にかなりの効果があると言う。

□さらにアメリカのキャンピングカーも在庫で何千もアメリカにあり、発注すれば3週間で来ると大西氏は言う。それを入れれば、もちろん平屋の仮設住宅には劣るが、体育館よりは良い。トレーラーハウスなら、移動も可能なので、後々、場所や配置を変えコミュニティーの形成もできると言う。

●講演終了後の質疑応答では、トイレの問題、ボランティアの心構え、原発による避難の問題、支援金と義援金の違いなど、さまざまな意見交換がされた。この中で大西さんは「イラクでは国境なき医師団がEUなど顔負けの援助をしていた。NGOは国連などより予算も多く、4倍の速さで対応していました。こうした機関にオックスフォード大は優秀な人材を投入しています」と指摘したうえで「上智大学こそ災害に対応する公益団体のための人材を育成する新学科をつくってほしいと提案しているが、まだ実現していないと語った。

□大西氏率いるPWJやシビックフォースのさらなる活躍と新たに立ちあがる国際支援機関「アジア太平洋プラットフォーム」の成功を祈りたい。

(取材:マスコミソフィア会・山田洋子・'77外独)

□大西健丞氏略歴

91年文学部新聞学科を卒業後、93年英イーストアングリア大学開発学部ディプロマ課程修了。95年英ブラッドフォード大学平和研究学部国際政治・安全保障学修士課程修了
日本のNGOに勤務した後、96年にピースウィンズ・ジャパンを設立。イラク、アフガニスタン、東ティモール、スーダン、ハイチなど約20カ国で 難民や災害被災者などの支援活動を展開。現在、特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン、公益社団法人シビックフォースの代表理事。特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム、特定非営利活動法人チャリティ・プラットフォームの理事

(リンク)
特定非営利活動法人ピースウィンズ ・ジャパンとは
http://www.peace-winds.org/jp/about/onishi.html
Civic Force
http://www.civic-force.org/
アジア・ヒューマンライツ アジア人権基金の歩み(書籍)
"http://www.amazon.co.jp/.../dp/4816610022
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  • Date : 2011-05-20 (Fri)
  • Category : 三水会
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