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学内図書館にて「戦後70年写真展」開催中

5月31日(日)の「オールソフィアンお集い」にて写真展と講演会を開催し、6月14日(日)には、聖イグナチオ教会ヨセフホールでも披露させていただいた「戦後70年 戦時下の上智、学徒動員 写真展」が、上智大学四ツ谷キャンパス内中央図書館1階にて常設設展にされています。展示期間:2015年6月25日(木)~9月3日(木)場所:上智大学四谷キャンパス中央図書館1階開催時間:図書館の休館日を除く毎日     開館日開館時間につ... 5月31日(日)の「オールソフィアンお集い」にて写真展と講演会を開催し、6月14日(日)には、聖イグナチオ教会ヨセフホールでも披露させていただいた「戦後70年 戦時下の上智、学徒動員 写真展」が、上智大学四ツ谷キャンパス内中央図書館1階にて常設設展にされています。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201507041318408a1.jpg" alt="戦後70年資料展示を開催" border="0" width="430" height="287" /><br /><br />展示期間:2015年6月25日(木)~9月3日(木)<br />場所:上智大学四谷キャンパス中央図書館1階<br />開催時間:図書館の休館日を除く毎日<br />     開館日開館時間については<a href="http://www.sophia.ac.jp/jpn/research/lib/schedule" target="_blank" title="<開館スケジュール>"><開館スケジュール></a>をご確認ください。<br /><br />※入場の際、外部の方は図書館入口でお申し出ください。<br /><br />■戦前・戦中・戦後の時代区分による貴重な資料を展示<br /><br />上智大学の史・資料室が所蔵する、戦前・戦中・戦後の写真および資料を現在図書館1階で公開しています。当時のキャンパスの様子に加え、学内で行われた軍事教練や出陣学徒壮行会の模様を写真でお伝えするとともに、徴兵のために繰り上げ卒業となった卒業生代表による答辞なども展示しています。<br /><br />主催・問合せ:総務局広報グループ/史資料室<br />Tel: 03(3238)3294<br />詳しくは「上智大学公式ページ」を御覧ください<br />戦後70年「学生が見た、上智大学の戦前・戦中・戦後」写真・資料展示を開催<br /><a href="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2015/6/globalnews_1513/20150625?kind=0" target="_blank" title="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2015/6/globalnews_1513/20150625?kind=0">http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2015/6/globalnews_1513/20150625?kind=0</a><br />
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18歳から選挙権(武市英雄 ’60 文英)

 18歳や19歳はこどもなのか、大人なのかという疑問がある。「高校生が集まっても、趣味などたわいない話ばかりして、まだこどもだね」という人もいる。礼儀や人との付き合い方が分かっていない、ともいう。それでいて大人以上の犯罪をおかす人もいるので驚く。 一方で、東北の地震被災地へボランティアに出かける人もいる。海外の被災地へ救援活動する人も見られる。 このほど参議院本会議で、選挙権年齢を20歳以上から18歳以上...  18歳や19歳はこどもなのか、大人なのかという疑問がある。「高校生が集まっても、趣味などたわいない話ばかりして、まだこどもだね」という人もいる。礼儀や人との付き合い方が分かっていない、ともいう。それでいて大人以上の犯罪をおかす人もいるので驚く。<br /><br /> 一方で、東北の地震被災地へボランティアに出かける人もいる。海外の被災地へ救援活動する人も見られる。<br /><br /> このほど参議院本会議で、選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に引き下げる改正公職選挙法が全会一致で可決し、成立した。国政選挙では来年夏の参院選から18歳以上が投票できる。<br /><br /> 18歳、19歳で240万人が増え、2%強を占める見通しになる。これは1945年に25歳以上から20歳以上に引下げられて以来、70年ぶりの改定になる。<br /><br /> しかし全世界的に見ると、18歳以上への引下げはかなり遅い。アメリカは18歳。すでに1970年代から。英国やドイツ、フランスも18歳以上。韓国は19歳以上。16歳以上の国もある。<br /><br /> いままでは20歳代の投票率が少ないので、18歳以上になっても投票率は上がらないのではないかと見られている。若者の政治離れが今後も続くのか。<br /><br /> 18歳以上に引き下げられたことによって、なんとか「政治離れ」を食い止めてもらいたい。「誰に投票したらよいのか」のキャンペーンを国や地方自治体、学校などが行ってほしい。高校生だけでなく、小、中学校でも「模擬投票」を実施してもらいたい。まず相手の話を聞いて、自分なりの疑問、質問を打ち出す。<br /><br /> 普通選挙の歴史とか、議員インターシップへの参加とか、投票所での事務補助など「生きた政治」への関心を広めることになろう。<br /><br /> それには、普段から時事問題への関心をつけてほしい。最近は各新聞紙とも主義、主張が違っているので、図書館などで各紙の紙面、社説を比較するのも一案である。<br /><br /> 政治がよくなるのは若者の使命でもある。もちろん大人の責任が大きいのは当然であろう。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201401132223218c7.jpg" alt="(7)武市英雄名誉教授" border="0" width="230" height="243" /><br />(武市英雄 ’60 文英 新聞学者 上智大学名誉教授)<br />
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三水会 2015年02月講演録:反畑誠一氏

■講演テーマ:「うたのチカラ ー 日本の音楽文化、著作権の変遷と最新の課題」■日 時: 2015年02月18日(水) 18:30~20:30■場 所: ソフィアンズ・クラブ■講 師: 反畑誠一(たんばたせいいち)さん (’60年文学部新聞学科卒)     音楽評論家、立命館大学客員教授■参加者数:30名※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。■反畑誠一さんプロフィール文学部新聞学科卒業後、朝日新... ■講演テーマ:「うたのチカラ ー 日本の音楽文化、著作権の変遷と最新の課題」<br />■日 時: 2015年02月18日(水) 18:30~20:30<br />■場 所: ソフィアンズ・クラブ<br />■講 師: 反畑誠一(たんばたせいいち)さん (’60年文学部新聞学科卒)<br />     音楽評論家、立命館大学客員教授<br />■参加者数:30名<br />※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。<br /><br /><blockquote><p><span style="font-weight:bold;">■反畑誠一さんプロフィール</span><br /><br />文学部新聞学科卒業後、朝日新聞系広告代理店を経て1963年、株式会社 主婦と生活社に入社。「週刊女性」副編集長などを歴任し退職後、1983年より音楽評論活動に専念するため「反畑誠一事務所」を開設。<br /><br />その後各メディアで活躍され、海外フィールドワークは、旧ソ連など25カ国余にのぼる。同時に(社)全国プロモーターズ協会理事や(一社)日本音楽著作権協会(JASRAC)理事などの要職を歴任、音楽業界の発展に貢献されている。<br /><br />現在は、日本レコード大賞常任実行委員(元審査員)、立命館大学産業社会学部客員教授として音楽業界のみならず人材育成にも尽力されている。アジアの音楽市場研究の第一人者でもある。<br /><br />並行して30年余にわたり時事通信社配信で全国各紙に毎週、音楽コラム「ヒットの周辺」を執筆中(関東圏では茨城新聞、上毛新聞、神奈川新聞は毎火曜掲載)。現在は終了したが長年にわたり、世田谷FMキー全国64局ネットで「反畑誠一のTHE BIG TIME」のパーソナリティを務めた。</p></blockquote><br />反畑さんは、それら音楽文化活動の集大成とも言える、JASRAC創立75周年記念として「うたのチカラ」(集英社刊)を昨年11月に出版。これでは、昭和から平成に至るまでの日本の「うた」を生み出してきた人・時代・現場を400ページに渡ってまとめあげ、その編纂、監修を務められました。<br /><br />今回はこの著書で表された「日本における著作権の変遷とグローバルな視点からの課題、ポピュラー音楽史にまつわるエピソード」などをお話しいただきます。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150624084122a3f.jpg" alt="正面1RIMG11414" border="0" width="430" height="323" /><br /><反畑誠一氏><br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■音楽の聴き方と唱法の変化</span><br /><br />ご紹介にあずかりました反畑です。「うたのチカラ」(集英社)という本が昨年11月に発刊されまして、地味な内容なんですが、けっこう売れているらしいです。この中から私が執筆した部分も含めて、「うた」というものが我々にどんなチカラを与えてくれてきたのかについて、整理してお話したいと思います。<br /><br />おかげさまで、私のような仕事をしていると、海外に勉強に行く機会も多かったんですが、今日の寒さと雨模様で思い出した旅の話から始めさせてください。<br /><br />1998年、ドレスデンという町に行きました。旧東ドイツで、我々はベルリンの壁を越えて行きました。その前に陶磁器で有名なマイセンにも寄りました。なぜドレスデンに行ったかというと、「ゼンパー・オーパー」というオペラハウスがありまして、有名なノルマンディ大作戦の大空襲で大きな被害を受けた場所です。今はドイツ市民の手で復興させてあります(1985年復興完成、1990年ドイツ再統一に伴い州立の歌劇場に)。我々はかつてそこで上演されていた「ワーグナーの楽曲など」を再び観られるということで連れてっていただきました。<br /><br />しかしながら8時(20時)から開演ですから、終わってホテルに戻ったのが11時30分くらい、外は華氏33度(摂氏だと1度くらい)、寒いのなんの、それなりの準備はしていったんですが、ホテルに着いた時にいただいた白湯の有りがたかったことを覚えています。<br /><br />その時の旅行では、その後、列車でエルベ川を越えてチェコのプラハに抜けまして、プラハの国立劇場で音楽鑑賞などして回りました。ヴルタヴァ川にかかるカレル橋のたもともものすごく寒かったです。そんな寒い想い出ばかりの旅でした・・・。<br /><br />今日お話するテーマの中に、音楽文化と著作権、権利をどうクリエイター制作者を保護し、安心して制作に取り掛かれるか、著作権の存在は、これだけのネット時代になっても、重要な権利の存在であり、それがあるから、文化が栄える、産業が栄えるという構造がありまして、その一方、ネットの登場によって、混乱も起きている、そんなところをお話していきたいと思います。<br /><br />私はこの「うたのチカラ」を執筆するに当たって順守したことがあります。それは「平和であればこそ音楽が栄える」、「音楽文化があるからこそ平和である」ということ。<br /><br />JASRACという、日本の音楽著作権の仲介業務法にしたがって誕生した管理団体があります。これが今年でちょうど創立75年になるわけです。<br /><br />私が1937年(昭和12年)生まれで、その2年後の昭和14年に団体ができたんですが、ずっとこうまとめてみると、戦争の影が本当にたくさん出てまいります。戦争の影という観点から辿って行くと、今になってみると、表現をするという意味では、日本国憲法第21条、表現の自由を謳っているわけですが、これを守らなければ文化が栄えることはない、ということろに行き着くわけです。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506240841245cb.jpg" alt="講演の様子RIMG11362" border="0" width="430" height="323" /><br /><講演の様子><br /><br />またその後の「教育」ということが大きな役割を果たしてきました。6・3・3・4制、こうしたことが、音楽文化も含めて、日本の文化を誰もが享受できるようにしてきたこともわかってきます。<br /><br />それと、我々は「ドレミファ・・・」であたりまえになっていますが、昔は「いろは」で表現した時代もありました。「ドレミファ・・・」は使うななんていう時代もあって、そこからも「音楽と時代」という観点から見ると、さまざまな変遷が見えてくるわけです。<br /><br />「適正レコード」という言葉をお聞きになったことがある方いらっしゃるでしょうか。日本が太平洋戦争に突入してまもなく、レコードが、国の指令によって1000曲がピックアップされ、これ以外は放送してはならない、レコードにしてもならない、先ほど触れた表現の自由がどんどん衰退していきました。それは戦後に全廃されるわけですが、そんな時代もあった・・・。<br /><br />音楽は我々にとってどんな存在なのか・・・。専門家の方の言葉を借りれば、私のような評論家は人様の言葉をお借りして置き換える商売なんですが笑、「音楽とは、自分がなにもしなくても存在しているもの」と言えます。<br /><br />音楽というのは、自分でレコードをかけて聞くことはありますが、自然に音楽が入ってくる、生活の中に定着してくるものだと言うんです。全くもってそのとおりだと・・・。そういうことを本でお書きになってる方がいらっしゃたので、拝借させていただきました。<br /><br />さらには、音楽は学ぶものではなく、自然の形で存在しているもの。<br /><br />よく聞かれることなんですが、「音楽がわかる」「わからない」と言うことがありますが、音楽はわかるものではない。また音楽は感じる、感じないでもない、ごく自然な形で我々の生活の中に存在しているものなんです。<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■音楽文化と時代</span><br /><br />ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の元社長の丸山茂雄さんという方がいらして、お父様はあの有名な「丸山ワクチン」を発明された方。その丸山さんが学生に向けてまとめられた大変素敵な言葉の数々があったので、私もメモらせていただきました。<br /><br />まず、<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「平安時代の宮廷にはクラッシク音楽は流れていなかった」</span><br /><br />ということ。クラッシック音楽と我々が言っているものは、モーツアルトなど宮廷音楽から発したもの、平安時代の日本にも宮廷文化があったわけですが、日本にはクラッシクは流れていなかった、音楽はなかった。雅楽はあったかもしれませんが・・・。続いて・・・<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「フランス革命のバスティーユ監獄前でブルースが奏でられることもなかった」</span><br /><br />ブルースといえば、黒人の悲しみのうたと言われますが、フランス革命のあの場所では演奏はされなかった。文化交流がなかったので表現の方法としてのブルースはまだ伝えられていなかった・・・。<br /><br />そして今日の<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「バンドサウンドは、明治時代にはなかった、大正時代も昭和初期にも、第二次大戦直後だってほとんどの場所になかった」</span><br /><br />バンドサウンドはせいぜいここ50年の歴史しかない。我々が聞いている音楽のほとんどは、ここ50年程度のものでしかないということがわかります。<br /><br />さて、これから50年後にはどんな音楽のカタチになっていくのか・・・。シンセサイザーなどを使ったり、さまざまな進化を遂げいている音楽ですが、50年たったらどんなふうに変化していくんだろう・・・。<br /><br />そして丸山さんの素敵な言葉・・・<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「音楽は娯楽であり趣味でもあるが、文化の一部であると同時に文化そのものである」</span><br /><br />確かにそう感じますね・・・。<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■著作権の存在と保護、国際関係</span><br /><br />これは今回の講演の大きな柱になるテーマです。<br /><br />これは日本国内に限ったものではなく、世界にまで影響を及ぼし、国際条約まで結ぶ必要のあるもの。それはどういう意味かというと、音楽を作る人々、作詞作曲編曲家が世界をまたに持つ権利。難しいとか、説明できないとか、言われるかも知れませんが、日本著作権協会(JASRAC)の入社試験で、「小学生にもわかるように著作権について説明しなさい」という問題が出たそうです。<br /><br />著作権とは「本・写真・歌詞・曲などの作者が持っている権利のこと、作者に無断でその作品を使うことができない」、ただし、作品は「世の中に出て初めて存在意義(著作権)が生じる」ということです。自分だけのものであるかぎり、創作物として認められないということなんですね。これは重要な意味をなしています。<br /><br />さらに「この権利は国家間で文書化した国際条約で保護されている」ということになっています。これを歴史的に紐解くと、1886年9月9日の「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」に始まり、発案者はビクトル・ユーゴー(レ・ミゼラブルの作者)なんですね。<br /><br />いま著作権について大きな動きが起きています、それがTPPによる著作権の保護期間の延長問題。お手元に朝日新聞の記事をコピーして参りました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506240841266e8.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506240841266e8.jpg" alt="反畑さん新聞記事IMG_1147" border="0" width="200" height="286" /></a><br /><朝日新聞2015年2月14日記事>※クリックで拡大<br /><br />私は法律家ではありませんが、著作権を勉強する機会がありました。アジアの著作権事情を2年間にわたって調査団を組んで調べたんです。ちょうどその時期は香港が中国に返還される時、或いは韓国はまだ日本語放送を禁じていた時代、国際著作権条約にも加盟していなかった。そんな状態で、著作権を国際的にどう運用すればいいのか、海賊版の宝庫でした。お互いに改革改善をしていかねば大きな損失を被る、ということで調査をしました。<br /><br />朝日新聞の記事を読んでいただければ、著作権が国際的にどんな問題をはらんでいるかがわかってきます。それも法律家の目線というよりも、ジャーナリストの目線で考える必要が在ることも分かってきます。<br /><br />この記事の中で重要なことは、TPP交渉では、日本の「作者の死後50年」を著作権保護期間とすることに対して「70年」に延長することを求めているんですが、日本の著作権使用料の国際収支がすでに約6200億円の赤字(2013年)であること、つまり海外への支払いのほうが多い、保護期間を延ばればさらに赤字がます可能性があるということになります。<br /><br />そしてここからが重要、日本は第二次世界大戦で敗戦したことで、米国やカナダなど連合国15カ国の著作物に関しては、元々「死後50年」に10年の延長が義務付けられているため、TPP交渉を受け入れると保護期間は80年にまでなる可能性がある、さらに赤字が加算されるかもしれない・・・ということなんですね。<br /><br />じゃあ敗戦したドイツはどうしたのか、イタリアはどうしたのか、これ違うんですよ。それぞれ独自の条約を国際的に結んでいるので、日本だけが負の条約を抱えているということにも注目する必要があるというわけなんです。<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■音楽文化と時代、将来の課題</span><br /><br />そして将来の課題。1939年、JASRACが誕生した昭和14年に日本の人口は約7200万人でした。この中には台湾約35万人、樺太約38万人、朝鮮約70万人、南洋諸島約9万人、満州国約150万人なども含まれていました。<br /><br />それが、2008年の1億2808万人をピークに急速に高齢化と人口減少の一途を辿っています。その理由が、低賃金で長時間労働、そのために結婚が見えない若者たちの増加、だから人口が増えない。<br /><br />若者が音楽に飛びついて日本文化の原動力になっていくわけですから、このままでは国までもが衰退していってしまう。このままであってはならない。<br /><br />戦争、敗戦、復興、高度成長、不況、デジタル革命、東日本大震災、原発汚染、少子高齢化、そして人口減少、この75年間を表す絵本を見つけました。それが沖縄・与那国島の小学生・安里有生(あさとゆうき)さんの「へいわってすてきだね」(ブロンズ新社)<br /><br />中から抜粋すると・・・<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「へいわなせかい、へいわってすてきだね。これからも、ずっとへいわがつづくように、ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ」<br /></span><br />これに習って日本文化を謳えば・・・<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「おんがくのせかい、おんがくってすてきだね、これからも、ずっとおんがくがつづくように、ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ」</span><br /><br />この言葉で私の講演を一区切りつけたいと思います。ご清聴ありがとうございました。(まとめ:土屋夏彦 '80理電)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150624084127f19.jpg" alt="懇親会乾杯RIMG11417" border="0" width="430" height="323" /><br /><講演後、懇親会の様子><br /><br /><参考図書><br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087815560/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51acvI%2BbVEL._SL160_.jpg" border="0" alt="うたのチカラ JASRACリアルカウントと日本の音楽の未来" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087815560/twoc-22/" target="_blank">うたのチカラ JASRACリアルカウントと日本の音楽の未来</a><br />JASRAC創立75周年記念事業実行委員会 反畑 誠一 <br /><br />集英社 2014-11-18<br />売り上げランキング : 411621<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087815560/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893095870/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51PFGPPRqwL._SL160_.jpg" border="0" alt="へいわってすてきだね" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893095870/twoc-22/" target="_blank">へいわってすてきだね</a><br />安里有生 長谷川義史 <br /><br />ブロンズ新社 2014-06-17<br />売り上げランキング : 2267<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893095870/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table>
  • Date : 2015-06-22 (Mon)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年1月講演録:大門小百合氏(’91外比)

■日 時:2015年1月29日(木) 18:30~20:30 ■場 所:ソフィアンズ・クラブ ■参加者数:30名■テーマ:日本の報道と世界の報道の違いから見えるもの■講 師:大門 小百合(だいもんさゆり)さん(91年外国語学部比較文化学科卒)     ㈱ジャパンタイムズ執行役員 編集担当    (http://www.japantimes.co.jp/)<プロフィール>91年 (株) ジャパンタイムズ 入社。報道・経済担当の記者を経て、2006年報道部長、2013年に... ■日 時:2015年1月29日(木) 18:30~20:30 <br />■場 所:ソフィアンズ・クラブ <br />■参加者数:30名<br />■テーマ:日本の報道と世界の報道の違いから見えるもの<br />■講 師:大門 小百合(だいもんさゆり)さん(91年外国語学部比較文化学科卒)<br />     ㈱ジャパンタイムズ執行役員 編集担当<br />    (<a href="http://www.japantimes.co.jp/" target="_blank" title="http://www.japantimes.co.jp/">http://www.japantimes.co.jp/</a>)<br /><br /><プロフィール><br />91年 (株) ジャパンタイムズ 入社。報道・経済担当の記者を経て、2006年報道部長、2013年には、ハードワークな記者と子育てを両立しながら同社117年の歴史で初めての女性執行役員(編集担当)就任。その間2000年ハーバード大学のジャーナリストプログラムに1年留学、2005年にはサウジアラビア王立研究所の研究員として招聘された。著書に『ハーバードで語られる世界戦略』(光文社新書)、『The Japan Times 報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ刊)がある。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150622221948937.jpg" alt="1 RIMG11099 正面1" border="0" width="430" height="323" /><br />大門小百合さん<br /><br />司会(黒水):「The Japan Timesは、多くの在日の外国人に読み継がれて117年の日本を代表する英字新聞です。現在大門さんは、同紙の歴史で初の女性執行役員、編集責任者として活躍されておられます。記者の激務をこなしながら、子育てと両立させ、キャリアを作ってこられています。また、世界に日本を発信していくご自身の使命や、講演前週にはダボス会議に参加された感想等を交えて、その模様などについてもお話しいただきます」<br /><br />演者口上: 「The Japan Timesの大門です。今日は私がどのような仕事をしているのか、外国と日本のはざまで働いていてその中で気づいたことや、あわせて最近私が出した本『The Japan Times 報道デスク発 グローバル社会を生きる女性のための情報力』の中でもふれましたが、働きながら考えたことや英字新聞の読み方等について書いたのでぜひご覧ください」<br /><br />大門さんの講演は、The Japan Timesの歴史と創刊の時代背景に関する話から始まった。日本の歴史に翻弄されてきた同紙の沿革を通し、日本の近代史を異なる角度から見ることになり、参加者は興味深く講演に聞き入った。<br /><br />日本の報道と世界の報道の違いから見えるもの<br /><br /><span style="font-size:large;">▼日本の歴史に翻弄されたThe Japan Times</span><br /><br />・ The Japan Timesは、明治時代の1897年3月22日に創刊。当時欧米諸国からは「不思議の国ニッポン」という眼で見られていたが、 その時代に日本の姿を紹介するために生まれた英字新聞。日本人が海外に目を向けたとともに日本に外国人が押し寄せてきた時代背景の中、三井、三菱、日本銀行、日本郵船などが出資し、明治の元勲伊藤博文の元秘書官の頭本元貞と福沢諭吉の親戚にあたる山田季治が創刊した。大門さんは、創刊号社説(別掲)と合わせ同紙の「存在意義 Raison d’Etre」*も紹介された。「言葉の壁」をなくし、相互理解を深め、対話を促進するという存在意義につながる。<br /><br />……………………………………………………………………………………………………<br />*「The `Raison d’Etre’ of The Japan Times<br />Through our words, ideas and innovations, we engage Japan and the world in dialogue.<br />我々は「自らの言葉」「多様な考え」「革新的な取組み」を通じて、日本と世界との対話を促進していく」<br /><br />創刊号の社説:<br />It is a remarkable and deplorable fact that after 40 years of mutual association, His Majesty’s subjects and the foreign residents remain to this day virtually strangers to each other. <br /> (わが帝国臣民と居留外国人が、互いに交際して以来40年を経たにもかかわらず、依然としてまったくあい見知らぬ者のような状態にあることは慨嘆に耐えない。)<br />・・・even at this day the two sections of the community are in every important point almost totally unknown to each other. The bulk of the Japanese have as much difficulty to understand foreigners as the latter find it difficult to understand the former. <br />(今日においてすら、両者は肝要の件においてほとんど相知る処無く、日本人の多数は外国人を理解し得ず、又外国人も日本人を解し難しとす)<br />……………………………………………………………………………………………………<br /><br /><span style="font-size:large;"> ▼「敵性語新聞」から「マッカーサーの読む新聞」へ</span><br /><br />・太平洋戦争時代は「敵性語」の新聞ということになり、軍部の方針に翻弄されたが、日本の状況を海外にも知らせるというPR的な役割にもなっていたそうだ。<br /><br />太平洋戦争の始まった当時1941年の日米開戦とともに軍部の検閲を受けるようになり、 編集スタッフは日本人と少数の中立国、友好国の外国人だけに絞られた。<br /><br />1943 年、軍部が題号変更を要請し社名をNippon Timesに変更したが、戦時中も毎日約3000部の「敵性語新聞」発行していた。そのような時代の流れの下、英米法の権威の高柳賢三氏による講和を望むコラムを設け、戦争終結への努力も行っていたという。<br /><br />・1945年終戦直後、The Japan Timesは皮肉なことに米軍 GHQ支配下で「マッカーサーの読む新聞」として、飛ぶように売れることになった。マッカーサー信仰が強すぎ、1945年10月11日付け時事新報社説「権力者崇拝」民主主義の擁護を警告したそうだ。<br /><br />・ 1956年 The Japan Timesに社名を復帰させた。<br /><br />「117年たった今、世界に伝えるというミッションの必要性を感じるとともに我々のミッションも少しずつ変化したように思う」と大門さんは語られた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼外国人の視点を意識し記事にする</span><br /><br />現在の編集部は日本人と外国人の比率が半々であるが、「昨日成田に到着した外国人にもわかるように」書くというのが大原則である。日本人として当然常識と思っていることに背景の説明が必要なことや「暗黙の了解」で片づけられてしまっている事柄も、きちんと事実確認をして説明する責任があるという。例えば靖国神社が何であるのか、海外の人には背景の説明が必要であるし、成田空港の土地問題では、土地価格の数字がないことに、外国人の編集者からチェックが入り、「自分が(日本的)常識人になってしまったことを痛感し反省した」と語られた。また同紙では、問題提起も含めて記事を掲載する場合もあるという。例としてハーグ条約について外務省が発行している説明パンフレットの一部の表現が不適切ではないかという問い合わせを取り上げたことを挙げられた。だれにでもわかりやすいThe Japan Timesは、意外に海外出張から帰国したばかりの日本人にも、背景説明が丁寧なので好評のようだ。同紙の「FYI(For your information)」というコーナーは、大門さんが企画され、人気のあるロングセラーのコラムだそうだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150622222111d23.jpg" alt="5 RIMG11174 講演の様子2" border="0" width="430" height="323" /><br />講演の様子<br /><br />「海外の人の価値観、どのような視点でみるのかを考えるのは大切である」と強調された。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼絶対的に不足していた東日本大震災時の情報発信―感謝された安否記事</span><br /><br />次に東日本大震災当時の様子を大門さんは振り返られた。当時報道部長だった大門さんは阪神大震災のときの経験を元に、地道に確認した安否情報や避難所などのリストを作成し、毎日更新して掲載した結果、多くの人から感謝された。「海外のメディア(CNN、BBCなど)からかつてないほど問い合わせが殺到し、取材の合間に記者はツイッターでニュース発信も行った。とにかく英語の情報が不足していたので、大使館、避難所、安否情報などの生活情報のリストを作成し国内ニュースのページを増やし、対応した」という。情報不足のため3月15日当時の初期の報道をみると海外メディアの報道の仕方もセンセーショナルで混乱を招いた。<br /> <br />後に、首相官邸や外語大学の翻訳者等が動きだすが、震災当初はほとんど英語での情報がなかった。その中でフリーランスの在日外国人記者の活躍に大門さんは着目された。当時、海外メディアの中にあまりにもヒステリックな報道があり、在日外国人記者が「Wall of Shame (恥の壁)」というサイトを立ちあげた。 これは「Hall of Fame (栄誉の殿堂))をもじったものだが、実際の状況と海外メディアの過激な内容の報道を比較して、バランスのとれた内容の記事を書いてくれた。彼らは 原発、放射能汚染の状況を積極的に取材したという。「この経験で常にどういう情報が必要とされているかを考えるようになった」と当時を大門さんは振り返った。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼一年間毎日掲載した放射能レベルグラフ</span><br /><br />政府が情報開示をしないうえ、東電も長時間にわたる会見を開くが、ほしい情報は少なく、記者を数時間はりつけるわけにもいかなかった。そこで日本だけでなくアメリカの専門家にも問い合わせ情報収集もした。原子力報道の際、記者たちは勉強しながら記事をかいたが、改めて原子力報道のむずかしさを感じた。放射能レベルのグラフを毎日掲載して1年間続けていたが、ある日やめたところ、クレームの電話が殺到した。意外なところで、このようなグラフや情報が頼りにされていたということを認識したという。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼海外のスピードについていけない日本のメディア戦略</span><br /><br />日本語と英語の報道は様々な意味で異なるが、海外では死刑や捕鯨のニュースに敏感である。日本では小さな記事なので、海外でそのように大きく取り扱われていると多くの日本人は思っていない。<br /><br />また、反捕鯨団体の例をあげると、日本は、反捕鯨団体のメディア掲載のスピードについていっていないのが現状である。彼らは写真をすぐにネットに掲載し、声明をだす等メディア戦略にたけているが、日本政府は、国際的に発信する際、翻訳作業などに時間がかかりすぎてなかなか太刀打ちができないというのが現実らしい。このようにメディア戦略では海外のスピードについていけない部分もある。<br /><br />外国人が好む写真も日本人と異なり、一面会議ではしばしば議論になる。例えば、8月15日の靖国の写真では、外国人の間では旧日本軍の軍服を着た人々が参拝する写真が人気だが、軍服姿の人が靖国神社に参拝するのが日常と思われても困る。掲載する写真を決める際に外国人の価値観は無視できないが、気をつけなければ間違った日本のイメージを作りかねないという。<br /> <br /><span style="font-size:large;">▼求められるネット時代のジャーナリズムのクオリティー</span><br /><br />ジャーナリズムはだれのためのものか?海外も意識すると解説的な要素が必要となるし、複眼的に検討する必要がある。例として、東電OL殺人事件の被害者についての報道や昨年末に報じられた40人学級に関する財務省、文科省のコメントについてあげられた。40人学級の記事については、本来であれば当事者は子どもであり、彼らの教育がどうなるか、先生はどのように感じているかなど、現場の声が記事に反映されているべきだったが、日本のメディアは財務省と文科省がもめているというようなニュアンスで、当事者不在の記事が多かった。<br /><br />また、東電OL殺人事件については、実名報道に海外メディアはこだわるが、日本の報道は実名を出さないので、結局ジャパンタイムズでは「プライバシーを守るという理由から、実名をださない」と注記するようにしたそうだ。一方、イギリスでは公の場にはプライバシーはないという考えがあるので、大きな違いがある。最近では海外でも日本国内のニュースが取り扱われることも多く、ネットの時代に記事のクオリティーをどのようにするのかまで考える必要があり、今後は メディアにとって厳しい時代になるだろう。マーケットが広がった分、競争にさらされ、海外のメディアと比較されるので、油断できない。<br /> <br /><span style="font-size:large;">▼ジャーナリストとしての原点を自覚したハーバード大学での研修</span><br /><br /> 大門さんは、 ハーバード大学のニーマンフェロー(Nieman Fellowship)への留学体験も披露された。そこで出会った世界各国のジャーナリストたちは、生命の危険にさらされながら報道をしていて、自分にとっては、ジャーナリストの原点を考えさせられ、大きな財産になったという。例えば、軍と行動しないと戦場報道できない場合、軍の表現に近い形になるというジレンマがある。国益を優先すべきか、真実は何か、善悪はっきりすることはできないこともあるが、その回答されていない疑問を問い続けて報道することも必要であると語られた。<br />(詳細は著書『ハーバードで語られる世界戦略』(光文社新書)をぜひご覧ください)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼インターネットの世界との共存-日本だけに発信しているのではない</span><br /><br />今のネット社会では、日本国内のニュースは世界でも見られている。例えば、日本の地方議員が泣いている写真は世界をかけめぐっていたという例をだされながら、リアルのものをだしてよいのか、どのような写真をだすのかはセンシティブな問題であり、また日本語であっても必ずしも日本人に読まれているとはかぎらない。<br /><br />最後に参加されたダボス会議の話題も紹介され、「日本は田舎。ヨーロッパでは金融緩和、ウクライナ等の問題を欧米の経済人が討論しているが、その中にどれだけ日本人が入れるか、国内でも国際ニュース・情報にふれていないことを痛感された」という。「『海外と日本との視点をもちつつ、情報を受け取る側も世界からの情報収集をしなければ、世界の常識からはずれてしまう』 ということでジャパンタイムズをよみましょう』 というのが落ちでございます」と締めくくられた。<br /><br />質問コーナー:大門さんは、楽しかった市ヶ谷キャンパスでの学生時代の思い出から翻訳の仕方でニュアンスが異なる問題等の意見交換にもなった。ヨルダンの日本人ジャーナリストの人質問題も話題になり、Japan Timesが後藤さんのお母さんの写真を出し、提携しているNew York Timesは、人質になったパイロットの母親の写真を掲載され、偶然それぞれのお母さんの写真が掲載されることになったという掲載紙を紹介された。 同じ事件でもポイントになる視点が異なるよい事例であった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150622222241986.jpg" alt="7 RIMG11200 ニューヨークタイムズ人質の報道" border="0" width="430" height="323" /><br />ニューヨークタイムズでの人質報道を紹介する大門氏<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />淡々と自然体で語られる大門さんだが、世界をめぐる報道世界の責任ある立場で多くの修羅場を乗り越えられてきた経験に基づくのだろうと想像した。<br /><br />私たちが日々目にしているニュースやメディアの情報をどのようにみるのか興味深い内容の講演だった。新聞学科のみならず現役学生にぜひ聞かせてあげたいと思った。いやでも私たちが目にするさまざまなニュースの背景についてネット時代は特に自分達で様々な立場の報道を聞いて考えないといけないのだろう。<br /><br />AERA編集長の浜田敬子さんと並び、日本のメディアを牽引するソフィアンの女子力大門小百合さんの今後のご活躍に注目したい。(1977年外独卒山田洋子)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150622222418855.jpg" alt="13 RIMG11244 懇親会" border="0" width="430" height="323" /><br />懇親会にて<br /><br />大門小百合さんの著書:<br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00M968STS/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Q%2BKkHuRgL._SL160_.jpg" border="0" alt="ハーバードで語られる世界戦略 (光文社新書)" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00M968STS/twoc-22/" target="_blank">ハーバードで語られる世界戦略 (光文社新書)</a><br />田中 宇 大門 小百合 <br /><br />光文社 2001-11-25<br />売り上げランキング : 78369<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00M968STS/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br /><br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789015505/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51prINqOaGL._SL160_.jpg" border="0" alt="The Japan Times報道デスク発 グローバル社会を生きる女性のための情報力" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789015505/twoc-22/" target="_blank">The Japan Times報道デスク発 グローバル社会を生きる女性のための情報力</a><br />大門 小百合 <br /><br />ジャパンタイムズ 2013-11-30<br />売り上げランキング : 347283<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789015505/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br /><br />※ソフィアン佐々木かをりさんも推薦されています
  • Date : 2015-06-20 (Sat)
  • Category : 三水会
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上智大学戦没者追悼の会主催「追悼ミサ」・「戦没者偲ぶ会」開催

戦後70年の今年、天皇皇后両陛下はパラオ共和国を訪問され、南方戦線の激戦地・ペリリュー島で、全ての戦没者と犠牲者に追悼の念を捧げられました。 アジア太平洋・15年戦争の末期に行われた学徒動員や徴兵で上智大学からも、学び舎を離れて戦場に向かい、再び還ることの出来なかった多くの仲間がおります。この戦後70年の節目に当たり、そうした仲間を偲び、追悼の行事を行いたいという機運が後輩達の間にも高まり、この度「... 戦後70年の今年、天皇皇后両陛下はパラオ共和国を訪問され、南方戦線の激戦地・ペリリュー島で、全ての戦没者と犠牲者に追悼の念を捧げられました。<br /><br /> アジア太平洋・15年戦争の末期に行われた学徒動員や徴兵で上智大学からも、学び舎を離れて戦場に向かい、再び還ることの出来なかった多くの仲間がおります。<br /><br />この戦後70年の節目に当たり、そうした仲間を偲び、追悼の行事を行いたいという機運が後輩達の間にも高まり、この度「上智大学戦没者追悼の会」を立ち上げ、下記の通り「追悼ミサ」並びに「戦没者偲ぶ会」を行う運びとなりました。<br />つきましては、会員の皆様にも是非ご参加頂きますようご案内申し上げます。<br />またご家族の方もどうぞご一緒にご参加下さい。<br /> <br />     記<br /><br /><strong>日時:2015年6月14日(日)<br />  13時30分~ 追悼ミサ <br />         聖イグナチオ教会マリア聖堂<br />  14時30分~ 戦没者を偲ぶ会<br />         ヨセフホール(聖イグナチオ教会内)<br />共催:上智大学ソフィア会、マスコミ・ソフィア会<br />協力:上智学院・上智大学</strong><br /><br /><br /> <br />戦没者のご遺族の方にも是非ご参加頂きたいので、ご遺族の方の連絡先などをご存知の方はソフィア会事務局までお知らせください。また、ご遺族等の消息をご存知の方、その他お問い合わせは下記にご連絡ください。<br /> <br />〒102-8554 東京都千代田区紀尾井町7-1上智大学ソフィア会事務局 山崎<br />       E-mail:jimukyoku@sophiakai.gr.jp Tel:03-3238-3041
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三水会 2014年11月講演録:高橋 浩氏(’67文英)

■講演テーマ:『視聴率15%を保証します!』 ―テレビ番組誕生秘話とヒットの法則を語る―■日 時: 2014年11月19日(水) 18:30~20:30■場 所: ソフィアンズ・クラブ■講 師:高橋 浩(たかはしひろし)さん (’67年文学部英文学科卒)東映アニメーション株式会社取締役相談役■参加者数:30名(プロフィール)1967年NETテレビ(旧日本教育テレビ・現在のテレビ朝日)入社。主に番組企画・編成分野の仕事に携わる。特に『日曜洋画劇... ■講演テーマ:『視聴率15%を保証します!』 ―テレビ番組誕生秘話とヒットの法則を語る―<br />■日 時: 2014年11月19日(水) 18:30~20:30<br />■場 所: ソフィアンズ・クラブ<br />■講 師:高橋 浩(たかはしひろし)さん (’67年文学部英文学科卒)<br />東映アニメーション株式会社取締役相談役<br />■参加者数:30名<br /><br /><img src="http://blog-imgs-75.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150608141606446.jpg" alt="正面RIMG9037" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />(プロフィール)<br />1967年NETテレビ(旧日本教育テレビ・現在のテレビ朝日)入社。主に番組企画・編成分野の仕事に携わる。特に『日曜洋画劇場』『土曜ワイド劇場』をはじめ『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『美少女戦士セーラームーン』等の大ヒットアニメ番組を多数立ち上げる。2002年に㈱東映アニメーションに移籍し、2003年代表取締役社長に就任する。現在は取締役相談役。<br /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼オープニング</span><br /><br />黒水(司会)「最近まで東映アニメーション代表取締役社長をされていた高橋浩さんは、1967年にNETテレビに入社された後、さまざまなテレビヒット番組を担当されました。テレビ朝日、東映アニメーションでも数々の大ヒット作品を生み出されました。最近小学館新書から著書『視聴率15%を保証します!』を出版されましたが、実は私も購入しました。すばらしい先輩がいらっしゃることを誇りに思います。今日は、まさにテレビ番組に携わってきた長年の軌跡とともに、あのヒット番組を生んだ「発想法」と「仕事術」をお聞きします」(拍手)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼冒頭で・・・</span><br /><br />高橋「黒水さんから今回著書に関して話してほしいと言われました。たぶん皆さん、本を読んでいらっしゃらないということでお話させていただきます」<br /><br />という挨拶で始まった。<br />ご自身の生い立ちを振り返りながら、人生は「縁」と「運」が大切なことを強調された。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼学生時代の何よりの財産はシェイクスピア研究</span><br /><br />高橋さんは、広島県生まれで、その後東京中野付近に移り、小学校2年から富山県に移り、高校卒業後、東京に戻り上智に入学。昭和42年4月にNETテレビに入社された。<br /><br />高橋さんは昭和42年卒だが、3年次の家族の東京転勤まで学生寮に2年ほど入られた。当時の授業は厳しく、10年かけても卒業できるのかと不安に思われたそうだ。「2回遅刻すると1回欠席扱いになり、なおかつ語学の授業は、鍵がかかるという厳しいものでした」と語られた。<br /><br />上智大学時代は英文学科に在籍され、担任は1年~4年まで、ピーター・ミルワード先生だった。「昨年88歳のピーター・ミルワード先生の講義を聴きましたが、学生時代は、勉強から金銭的な相談まで、すべて先生に引き受けてもらいました」と当時を振り返られ、何よりも大きな財産だったのは、先生から4年間シェイクスピアを学んだことだったそうだ。<br /><br />「副担任の渡部昇一先生は、ドイツ留学もされドイツ語にも堪能な先生です。テレビは子どもに悪いといって押入れにしまわれた先生ですが、私がテレビ局に入社したと言ったら『知的生活とかけ離れたか』と言われました」と苦笑しながら語られた。高橋さんは、卒論がシェイクスピアとは時代は異なるノーベル文学賞を受賞したT.S.エリオットについてで、詩のような言葉で劇を創るこの二人の作家が同じシーンでも異なる言葉を使っているという違いについて論文を書き、教授の間で、高い評価を得たという。当時、「卒論とはこう書くべきである」という3名の学生代表にも選ばれ、後輩を前に話をすることになった。 <br /><br />「『私は、卒論より、就職のほうが大切である』という話をして、卒論の書き方については、しゃべりませんでした。しかし、後に私の話を聞いて朝日新聞社に入社したという後輩に出会ったので、自分の話が役立ってよかったと思いました。卒業以来大学で話をするのは今日で2回目ですが、この本のことより老後のプランの話でもした方がよかったかもしれませんね(笑い)」とユーモアを交えて、サラリーマン時代についての話題に進んだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-75.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506081424017d6.jpg" alt="会場RIMG9045" border="0" width="430" height="323" /><br />会場の様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼人生に大切な「「縁」と「運」</span><br /><br />著書『視聴率15%を保証します!』のタイトルは出版社がつけたもので、この著書は、自分のサラリーマン人生の経験を振り返り、新しいサラリーマン人生を送る人へ参考にしてもらいたいと思い書いた。基本的には、「人との縁と運」で仕事はうまくいったり、いかなかったりするということをベースに書いてあるという。<br /><br />「人との縁」とは:高橋さんは、広島県生まれだが、東映の亡元社長岡田茂さんも広島県の出身で、高橋さんの実家の福山市駅前の料理屋を、岡田茂さんが訪れたことがあるそうだ。東映は、テレビ朝日の創立メンバーという関係もあり、高橋さんは東映アニメーションにスカウトされたという。<br /><br />また、漫画家の藤子不二雄氏も富山県の出身だが、同郷ということで、高橋さんが、日本テレビで失敗し、テレビでは無理といわれたアニメ『ドラえもん』を引き受け、平日のベルト編成と日曜日に放送したところ、今でも続く39年の長寿番組に成長した。高橋さんは、小さな縁が仕事に影響することは多く、縁を大切にして、仕事を続けられてきたという。また、そういう縁があってこそ、やってこられたとも語られた。<br /><br />「運」とは:「ふとしたことから入社した年に、名うてのテレビマンの人しかとれない賞をとったので、上司から『何でもいうことを聞いてやる』と言われ、『英語の使える仕事をやりたい』という希望を伝え、『日曜洋画劇場』を担当することになりました。同番組では、外人相手の映画の購入から始まり、どういうときに、どういう映画の放送がよいのかということを学び、大変勉強になりました。それからテレビ番組の編成部に移り、『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』などテレビ放映を反対する上司を説得して放送に踏み切りました。それらがいまだにやっているテレビ長寿番組になりました。担当した番組は多く、企画まで行い編成マンとして、『ドラえもん』『暴れん坊将軍』、ストーリーもの等、すべて担当したが、唯一例外は『西部警察』でした。そしてテレビ朝日で58歳のときに、東映アニメにこれまで経験をかわれてヘッドハントされました」と語られた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼サラリーマン人生のキャッチフレーズ―「案 印 運 縁 恩 」</span><br /><br />高橋さんは、「業績を上げてくれ」といわれて転職したが、その都度自分に対してのキャッチフレーズを創ってこられたそうだ。<br /><br />東映アニメの社長時代には、新卒採用の筆記試験の前に10分ほど社長にしゃべってほしいという依頼を受けた、300名受けても最後は10名しか入社できない。その日の夜中に290人もの落ちる人のためにプレゼントとして、人生は「あいうえお」の「あ」で始まり、最後は「ん」で終わるという話をして「あいうえお」のキャッチフレーズをプレゼントした。すなわち「案 印 運 縁 恩 」が大切であると話をされた。<br /><br />⇒ 編集担当注)詳細は著書『視聴率15%を保証します!』小学館新書をぜひご覧ください。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼テレビ番組ヒットの「ノウ・ハウ」がイッパイ―著書『視聴率15%を保証します!』</span><br /><br />高橋さんは、70歳を迎えられ、2年ほど前に社長を辞め会長になった。さらに今年、相談役になるのを機に東映アニメの若手社員に企画の「ノウ・ハウ」を教えるヒントになるような本を出したいと思って1年前から書き出した。自費出版はお金がかかると思っていたところ、あるパーティーで小学館の幹部に会い、その人にその原稿を見せると「出版したい」と言われた。新書での出版ということで、中高年層も含む一般向けの本として売り出すことになった。そこでテレビ番組の裏話を増やし、経営的な内容や人の悪口は一切入れないようにしたという。<br /><br />ちょうど三水会の前日に、高倉健さんが亡くなられたということで、放送局としては、当然主演映画を放送することや思い出話を語られた。『日曜洋画劇場』の洋画枠が日本映画まで枠が広げられたとき、高倉健の映画を放送されたこと。高橋さんが、長年担当された『日曜洋画劇場』やスポンサー会社からの条件をいかに克服したか等の裏話も、淡々と語られた。<br />最後の質問コーナーでは、学生時代のことから日本のアニメ業界の抱える話題まで、いろいろな思いを語られた。なんといっても高橋さんが学生時代に学ばれたシェイクスピア研究の深いバックグラウンドが、物事を複眼的にとらえる性格を形成されたようだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-75.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506081425448a5.jpg" alt="懇親会RIMG9188" border="0" width="430" height="323" /><br />講演会後の懇親会で・・・<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />講演を聞きながら、自分が子どものときに、淀川長治さんの解説で有名な『日曜洋画劇場』、そこで流された華やかなレナウンのテレビCMまで一生懸命見たことを思い出した。自分にとって、大変思い出深いテレビ番組の背景にソフィアンの先輩がいらしたことを知り、興味深く伺った。今後とも若いテレビマンのご指導を期待します。<br />高橋浩著『視聴率15%を保証します』(小学館新書)もあわせてぜひご覧ください。<br /><br />『視聴率15%を保証します』高橋浩著(小学館新書)<br /><a href="http://www.shogakukan.co.jp/books/09825217" target="_blank" title="http://www.shogakukan.co.jp/books/09825217">http://www.shogakukan.co.jp/books/09825217</a><br /><br /><img src="http://blog-imgs-75.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150608142655590.jpg" alt="著書と高橋様RIMG9040" border="0" width="430" height="323" /><br />著書と高橋さん<br />
  • Date : 2015-06-06 (Sat)
  • Category : 三水会
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