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原サチコのハノーファー⇔ヒロシマ☆サロン

 ドイツ演劇界で特異な存在感を放つ日本人俳優原サチコさん(88外独)が、ハノーファー州立劇場で定期的に開催してきた「ヒロシマ・サロン」を、今回東京で「原サチコのハノーファー⇔ヒロシマ☆サロン」として開催した。これは、昨年の講演会に続き大盛況の会合だった。参加者は、ドイツワインと軽食を楽しみながら「ヒロシマ・サロン」の雰囲気を味わった。原さんは、80年代東京のアングラ劇場で活動した後1999年からドイツの演劇...  ドイツ演劇界で特異な存在感を放つ日本人俳優原サチコさん(88外独)が、ハノーファー州立劇場で定期的に開催してきた「ヒロシマ・サロン」を、今回東京で「原サチコのハノーファー⇔ヒロシマ☆サロン」として開催した。これは、昨年の講演会に続き大盛況の会合だった。参加者は、ドイツワインと軽食を楽しみながら「ヒロシマ・サロン」の雰囲気を味わった。原さんは、80年代東京のアングラ劇場で活動した後1999年からドイツの演劇界で活躍している。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228104945f24.jpg" alt="写真① 原さん正面 RIMG29934" border="0" width="430" height="323" /><br>原サチコさん<br /><br />※原サチコさんについては、下記マスコミソフィア会HPを参照ください<br /> <a href="http://cumsophia.jp/op111002.html#op111002" target="_blank" title="http://cumsophia.jp/op111002.html#op111002">http://cumsophia.jp/op111002.html#op111002</a><br /><br /><blockquote><p>■東京ドイツ文化センター主催講演会報告<br />■講演テーマ:<br /> 「ヒロシマとフクシマ<br /> 原サチコのハノーファー⇔ヒロシマ☆サロン」<br />■講演者: 原サチコさん(88年外独)     <br />■日時:2012年8月3日(金)19時~21時<br />■会場:ドイツ文化会館ホール<br />■参加者数:約90名 <br /></p></blockquote><br /> 東京版「ヒロシマ・サロン」は、小高慶子さん(81年文独)の司会進行で始まった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201212281050487cc.jpg" alt="写真② 司会の小高さん RIMG29920" border="0" width="430" height="323" /><br>司会の小高さん<br /><br /> 原さんは、自己紹介として、2002年からポリー役を務めているブレヒト作「三文オペラ」の有名な作中歌「モリタード マックザナイフ」を歌い盛り上げた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228105142938.jpg" alt="写真③ オープニング RIMG29848" border="0" width="430" height="323" /><br>ヒロシマ・サロンオープニング<br /><br /> まずはハノーファーで2年に渡り開催されている「ヒロシマ・サロン」の様子が動画で紹介された。 <br /><br /><span style="font-size:large;">▼きっかけ</span><br /><br />  なぜ遠い異国の地ドイツ・ハノーファー市で広島を紹介するようになったのか?<br /><br /> 原さんは、2009年ウィーンのブルク劇場からハノーファー州立劇場に移籍した。当時ハノーファーの中心街で、「ハノーファー市は広島市と友好都市」という石碑をみて、驚いたという。周囲に友好都市のことを聞いたが、知らない人が多く、調べてみると長い歴史があることがわかった。ハノーファー州立劇場の歴史の中で、唯一の日本人専属俳優である自分が、広島に関する作品を上演するべきでないかと思うようになった。<br /><br /> ちょうどその頃、日本の知り合いが井上ひさしさんの『少年口伝隊一九四五』を上演していたので、その本を取り寄せ読んだところ、客観的な描写が多く、ドイツ人に受け入れやすいと思ったという。原さんは、早速台本を劇場スタッフと翻訳して、「Little boy, big typhoon」というタイトルで、ハノーファー州立劇場初のヒロシマ作品として上演した。俳優3名と共にハノーファーの子供3人が出演した。 その「Little boy, big typhoon」の稽古に入る直前、2010年7月に原さんは初めて広島市を訪れ、ハノーファーゆかりの人や、被爆2世、3世、放射能研究所などでインタビューしてまわった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228105422484.jpg" alt="写真④ 広島訪問について語る原さんRIMG29850" border="0" width="430" height="323" /><br>広島訪問について語る原さん<br /><br /> ドイツでは今でも「エー!ヒロシマって、人住んでいるの?」「ヒロシマって行っても大丈夫なの?」という質問を受けることがよくあると言う。「Little boy, big typhoon」上演により、原爆直後の広島について知ってもらうことは出来るが、それとは別に、現在の広島市について、もっとドイツ人にきちんと知らせる必要がある。<br /><br /> そう思った原さんは、「Little boy, big typhoon」の上演後、現在の広島のことを語る付随プログラム『ヒロシマ・サロン」を始めた。原さんは放射能の測定機も購入して実際にデータで数字を示し、「ヒロシマ」が安全なことを、合理的なドイツ人にわかりやすいように説明した。また、サロンでは広島風お好み焼きを焼いて、お客さんに食べてもらったり、広島出身の「パフューム」の曲を紹介したり、楽しみながら広島を知ってもらうことを目指した。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201212281055277d1.jpg" alt="写真⑤ ヒロシマ・サロン会場の様子RIMG29869" border="0" width="430" height="323" /><br>ヒロシマ・サロン会場の様子<br /><br /> <span style="font-size:large;">▼林壽彦さんとの出会い</span><br /><br /> 「ヒロシマ・サロン」の中で一番大きな出会いは林壽彦さんとの出会いだったという。<br /><br /> 林さんは広島の原爆投下で小学生の時に家族を亡くした。1967年にヨーロッパ研修学生団のリーダーとしてハノーファー市を訪れた。その時、通りがかりのドイツ人老夫婦に「日本人ですか?」と聞かれ握手を求められ「はい、広島から来ました」と答えたところ、そのドイツ人は突然手をひっこめて後ずさりをしたそうだ。原爆症を伝染されると恐れたのだろう。<br /><br /> 林さんがそのことを当時のホルヴェック・ハノーファー市長に話したところ「そのハノーファー市民の行動は私の責任です。私達はお互いに知らなすぎる。私達はもっと知りあわなくてはなりません」と林さんに謝罪し、このことがハノーファー市と広島市とが青少年交流を始めるきっかけとなった。<br /><br /> 双方の市の子どもたちが相手の市にホームスティして交流を図る形で、この青少年交流は1968年から約30年間継続した。始まって15年後の1983年にハノーファー市と広島市は友好都市になった。<br /><br /> 原さんは林さんに2010年7月に広島で、一ヶ月後の8月にハノーファーで会ってインタビューを行った。その直後の2010年10月に林さんは肺がんで亡くなった。奇しくも原さんの撮ったインタビューが、林さんの最後のインタビュー映像となった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228105720a86.jpg" alt="写真⑥ 最後となった林さんとのインタビューの様子RIMG29852" border="0" width="430" height="323" /><br>最後となった林さんとのインタビューの様子<br /><br /> 広島とハノーファーの青少年交流を基盤に、世界平和の実現のために一生涯を捧げた林さんの最後の言葉を、ハノーファー市の人々に伝えることが自分の使命だと原さんは思った。また、最後のインタビューのとき、「私は広島出身ではありませんが、広島を語ってもいいのでしょうか?」と尋ねた原さんに対して、「どんどんやってください。私たち被爆者はいつか死んでいく。若い人が語り継いでくれないと困るのです」と励ましてくれた林さんの言葉を忘れられないという。 <br /><br />―以下林さんの最後のインタビュー抜粋―<br /><blockquote><p>「ハノーファー市と広島市の関係はもう40年以上続いていますが、その関係が次の時代を生きていく若い人逹の時代の世界平和のために役立てばと思っています。私は40年間、子供逹に未来に向けて何ができるのかと声をかけてきました。君たちも他の国の人逹に、平和のために何が一緒に出来るかを問い続けてほしいと思います。皆さんが私と同じくらいの年齢になった時、世界は変わっていても、平和は変わらずにいてほしい・・・・演劇も、ただ演劇をやるだけではなく、心に目的をもって演劇をやれば、井上ひさしさんを超えて、人々の心に平和を訴えることができる。期待しています」</p></blockquote><br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228105811032.jpg" alt="写真⑦ 林さんのメッセージが披露された RIMG29859" border="0" width="430" height="323" /><br>林さんのメッセージが会場では披露された<br /><br /><span style="font-size:large;">▼福島原発事故―日本とドイツの報道格差</span><br /><br /> 「広島を通じて日本のことを語る夕べであるヒロシマ・サロンなので、2011年3月11日東日本大震災、それに伴う原発事故が起こって、そのことを避けて通るわけにはいきませんでした。」と原さんは語り出した。<br /><br /> 3.11東日本大震災に伴う福島原発事故に関しては、日本とドイツの報道格差があまりに大きく、在独の日本人は板挟みになったという。原発事故に対するドイツでの反応は衝撃的に大きく、原さんも周囲のドイツ人から「すぐに家族を避難させなさい」と言われ、東京の自宅に電話をすると家族には、「何を言っている?」と怒られ、どうすることも出来ずに気がおかしくなるほどだった。在独日本人の間では、このことをきっかけに家族や友達と仲違いしてしまった話も多い。<br /><br /> また、日本との友好団体に関わる多くのドイツ人逹は、日本から避難してくる人逹のために、ホームスティ先を用意したが、避難してくる日本人はいなかった。原発事故が起きたにもかかわらず多くの日本人が日本にとどまっているのはドイツ人からみると「不思議」で、理解に苦しむことらしい。<br /> <br /> 原さんは、「ヒロシマ・サロン」の内容を一部変えて、東日本大震災以降の日本の知り合いの様子を報告することにした。例えば、原発事故直後に「ドイツに逃げて来てください」と知り合いに出したメールの返事。「私はチェルノブイリの当時、ドイツにいたので原発が危険な状態であることはよくわかっている。しかし当時の政権を選んだのは国民私達で、その責任は自分逹にもある。ここで逃げだして生き延びたとしても一生後悔すると思うし、人生長生きをすることより、人生をどう締めくくるのか、どう生きるのかが大切だと思う。<br /><br /> 自分は、何が起ころうと、東京で自分の仕事と心中する覚悟です。」この知り合いのメールを朗読すると、「『初めて日本人の考えが理解できた』と涙ながらに言ってくれるお客さんが多く、サロンをやっていて良かった」と、原さんは語った。<br /><br /> 極端な例だが、「日本にいる日本人は放射能で、いつかいなくなるのでしょ?」と言ってくるドイツ人もいたそうだ。多かれ少なかれドイツ人は日本における放射能汚染を深刻に捉えているが、日本のことをどのくらい身近に思っているかどうかで、対応は違ってくる。<br /><br /> そんな中で、原さんの心を慰めたのは、日本のことを心から心配してくれているアニメファンやコスプレイヤーの若者たちだったという。コスプレイヤー達は、はじめはお客さんとして来ていたが、次第に積極的にサロンを手伝うようになっていった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228105912e28.jpg" alt="写真⑧ アニメキャラクターの衣装のドイツの若者達(コスプレーヤー)RIMG29879" border="0" width="430" height="323" /><br>アニメキャラクターの衣装を着たドイツのコスプレイヤーの様子も紹介<br /><br /><span style="font-size:large;">▼チェルノブイリと福島</span><br /><br /> 原さんは、コスプレイヤー達だけでなく、日独の友好協会の人々や、シュマールシュテーク元ハノーファー市長など、様々なゲストをサロンに招いた。<br /><br /> 長年「三文オペラ」で共演してきた、ウクライナ出身のアコーデオン奏者、タチアナ・ブラヴァという友人も「ヒロシマ・サロン」に招き、当時のチェルノブイリの話もしてもらった。<br /> ―以下抜粋―<br /><blockquote><p> 「1986年4月26日チェルノブイリ原発事故が起きた日、キエフでは、原発で小さな火災が発生したというラジオのニュースしかなく、人々は普段通りの生活をしていた。タチアナには当時、クロアチア人の恋人がいた。クロアチアにいる家族からすぐに故郷に戻るように恋人に連絡があり、国境まで送って行った。国境からキエフにもどる電車は空っぽで、何か重大なことが起きたと勘付いたタチアナは、キエフの人々に訴えたが誰も本気にしなかった。その日は金曜日だった。週末が明けて月曜日になって初めて、重大な事故であったことが知らされた。タチアナは、しばらく一人で外国に避難していたが、3ヶ月経ってキエフに戻った。音楽大学の教授に頼まれ、『外国でも事故はたいした影響はないと言われています』と学生達の前で演説したが、学生達はもちろん、それが本当でないことを知っていた。クロアチアに戻った恋人は、もう二度とキエフに戻って来なかった・・・」</p></blockquote><br /><br /> 昨年の震災と福島原発事故当時のドイツのニュース報道の様子も紹介された。それに関連して、ハノーファーから一番近い原発であるグローンデ(Grohnde)の話も出た。<br /><br /> 原さんは、ハーメルンのB.U.N.D.(ドイツ最大の市民自然保護団体)に招かれて講演した際、ハーメルン近くにあるグローンデ原発とその問題点について、自然保護団体の人々から聞く事が出来た。そこで、脱原発に関しては「先駆者」と思われているドイツにも、日本と同じような問題があることを知った。以前原発で小さな事故があって放射能が少し漏れたとき、報道がだいぶ遅れたこと、原発の建つ村の受けている補助金、大企業の見えない力等。原さんが見せたグローンデ原発の映像は、ドイツの美しい田園風景の真ん中に、煙をもくもくと吐く原発がそびえ、その横を、サイクリングを楽しむ人々が通っているというものだった。 <br />(参考 HP:<a href="http://en.wikipedia.org/wiki/Grohnde_Nuclear_Power_Plant" target="_blank" title="http://en.wikipedia.org/wiki/Grohnde_Nuclear_Power_Plant">http://en.wikipedia.org/wiki/Grohnde_Nuclear_Power_Plant</a> )<br /><br /><span style="font-size:large;">▼今後の「ヒロシマ・サロン」</span><br /><br /> 原さんは、最後に「日本とドイツは近いようで、やっぱり遠い。お互いの思っていることを少しでも交流できたら、少しでも理解が深まって、一緒に未来を考えていくことが出来るのではないかと、ヒロシマ・サロンを続けている。政治的な集会をやるつもりはない。『伝書鳩』のように両国の間を飛んで、何かしら人と人を結ぶ事が出来たら、と思うだけ」と語った。原さんは、2012年からケルン州立劇場に移籍したため、ハノーファー州立劇場での「ヒロシマ・サロン」は終了したが、多くの支援者により「ヒロシマ・サロン」はハノーファーにて継続される予定だ。<br /><br /> 今回の東京版「ヒロシマ・サロン」では、梅津和時さんによるサックス演奏や、石巻市雄勝中学校の和太鼓演奏をドイツに招待したエピソード (参考HP  <a href="http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00219599.html" target="_blank" title="http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00219599.html">http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00219599.html</a>)、ドイツ若手演出家の福島県滞在エピソードなども盛り込まれ、話題満載の「ハノーファー⇔ヒロシマ☆サロン」であった。<br /><br /> 最後に、広島市からハノーファー市に送られた111本の桜の映像を見ながら、「さくら」の歌を会場の人々全員で歌って、会を閉じた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228110143fc9.jpg" alt="写真⑨ 最後に「サクラ」を合唱RIMG29916" border="0" width="430" height="323" /><br>「サクラ」を合唱<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012122811021381d.jpg" alt="写真⑩ ドイツ ソーセージ・ワインのビュッフェ RIMG29831" border="0" width="430" height="323" /><br>ドイツソーセージ・ワインのビュッフェ<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br /> 原さん独特の語り口の奥には、重たい広島市の歴史や原発問題があり、ワインを楽しみながらいろいろと考えさせられた。個人的なドイツ人の知合いが、2011年3月の原発事故発生時に、ドイツから毎日、風の方向までメールをよこしてくれた。当時「何を騒いでいるのだろう」と思ったことを思い出し、原さんの話を聞きドイツでの反響の大きさがよくわかった。ドイツの皆さんが、原発事故を日本人より親身になって心配してくれたことに改めて感謝したい。<br /><br /> 震災1年後の2012年3月に「福島の嘘」というドイツの放送局ZDFが制作したドキュメンタリーも話題になったそうだ。http://www.at-douga.com/?p=5052  2011年コム・ソフィア賞受賞者の鮎川ゆりかさんが「ドイツと日本では『市民度』のレベルが異なる」と言われたのも思い出した。同時に、日本のアニメ文化がドイツの若者に浸透していることは、驚きであった。<br /><br /> 今後の原さんのケルン州立劇場での活躍に期待したい。是非母校でその活動も紹介していただきたいと思った。<br />(報告:磯浦康二'57年文新、山田洋子'77年外独)
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三水会12月忘年会

■三水会2012年12月忘年会■日時:2012年12月18日(火)18時30分~21時■場所:フェスタ飯倉にて■参加者数:25名おいしい食事とカラオケが楽しめるお店「フェスタ飯倉」にて、三水会の忘年会が華やかに開催されました。麻布ソフィア会でおなじみの高山雄一社長のご好意で、「フェスタ飯倉」をお友達価格でご提供いただき、三水会メンバー約25名が参加しました。(残念ながら主幹幹事の松尾さんは欠席)会場の様子MCソフィア会会長の河西... ■三水会2012年12月忘年会<br />■日時:2012年12月18日(火)18時30分~21時<br />■場所:フェスタ飯倉にて<br />■参加者数:25名<br /><br />おいしい食事とカラオケが楽しめるお店「フェスタ飯倉」にて、三水会の忘年会が華やかに開催されました。<br /><br />麻布ソフィア会でおなじみの高山雄一社長のご好意で、「フェスタ飯倉」をお友達価格でご提供いただき、三水会メンバー約25名が参加しました。(残念ながら主幹幹事の松尾さんは欠席)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012122810321699b.jpg" alt="会場RIMG5082" border="0" width="430" height="323" /><br>会場の様子<br /><br />MCソフィア会会長の河西明さん('70文新:(株)日本ケーブルテレビジョン代表取締役社長)、小久保さん、渡邊さんも参加されました。<br /><br />また、1年ほど前に三水会に登場されたプロのマジシャン「魔法つかいのKOJIさん('04経営)」の、種も仕掛けもあるらしい?マジックでは、会場は大いに盛り上がりました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/kojiMagic.jpg" alt="kojiMagic.jpg" border="0" width="430" height="323" /><br>KOJIさんのカードマジックの様子<br /><br /><br />乾杯の音頭に先立ち、元NHKアナウンサーの小林氏の挨拶では<br />「三水会は会員250名で、ソフィア会内で、登録会員数の一番多い会になったようです。最初は、広報担当者の勉強会でスタートしたのですが、昭和58年から『三水会』という名称になりました。上下関係のないわかりやすい組織なのが、長続きの秘訣かもしれません。」<br />とお話されました。 <br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228103553d5b.jpg" alt="小林氏挨拶" border="0" width="430" height="344" /><br>小林氏ご挨拶<br /><br />来年は上智大学創立100周年ということで、会場では様々なイベントについての呼びかけもありました。<br /><br />2013年5月26日に予定されている「ALL SOPHIANS’ FESTIVAL」の野外ステージでは、実行委員会幹事の土屋氏から、音楽関係者のOB/OGが一同に集う「ミュージックソフィアン全員集合:ライブアンダーザ・ソフィア」について紹介があり、音楽関係者の座談会等も開催されるということで、参加の呼びかけがありました。<br /><br />また、来年10月19日に開催される拡大東京大会で発表される「東京宣言」(暮らしに、もっとソフィアを。)について、当大会実行委員の佐藤さんから簡単な案内と参加への呼びかけがの呼びかけもありました。<br /><br />「魔法つかいのKOJIさん」のマジックには、皆、ただ感嘆するばかり。仕掛け解明の為に、何回もトランプの手品を披露することになり本当にお疲れ様でした。(以前に来られたときの模様はこちら:<a href="http://cumsophia.jp/ss11011.html#Sansuikai_1101_1" target="_blank" title="http://cumsophia.jp/ss11011.html#Sansuikai_1101_1">http://cumsophia.jp/ss11011.html#Sansuikai_1101_1</a>)<br /><br />会場にカラオケセットが常備されていたこともあって、会の後半はカラオケ大会に突入。<br /><br />幹事の黒水さんの「SMAP - さかさまの空」を皮切りに、自称バリトン歌手・氏家和朗さんの「谷村新司 - 群青」には歌の旨さとそのパワーに、場内が感動に打ちひしがれました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228103726e78.jpg" alt="氏家さん熱唱" border="0" width="430" height="323" /><br>氏家さん熱唱<br /><br />その流れで、会場に駆けつけた小成富貴子('89外西)さんのフラメンコ演技には、全員の拍手でリズムを取って盛り上がりました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201212281038233dc.jpg" alt="小成さんフラメンコ" border="0" width="430" height="323" /><br>小成さんのフラメンコダンス<br /><br />次回、来年1月の三水会は1月16日(水)開催予定。ニッポン放送の清原美樹さん('83文新)による「不況に強いラジオ通販」の話だそうです。皆さん良いお年を!マスコミ・ソフィア会三水会講演録、来年もご期待ください。(報告 山田洋子 '77外独)<br /><br />※2012年1年間の講演者の一覧はマスコミソフィア会のHP(<a href="http://cumsophia.jp/sansuikai.html" target="_blank" title="http://cumsophia.jp/sansuikai.html">http://cumsophia.jp/sansuikai.html</a>)をご参考ください。
  • Date : 2012-12-26 (Wed)
  • Category : 三水会
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三水会11月講演会「ミシュランガイドで2つ星の『庭のホテル』」木下彩氏

■講演テーマ:「ミシュランガイドで2つ星の『庭のホテル』」 そのコンセプトとは?■講師:木下彩(きのしたあや)さん('82外英)    株式会社UHM 代表取締役 兼 庭のホテル 東京 総支配人■日時:2012年11月21日(水)18時30分~21時■場所:ソフィアンズクラブにて■参加者数:20名 ミシュランガイドのホテル部門で「快適なホテル」として、2パビリオンの評価を得て(最新2013年版でも同じ評価で、4年連続)、また、トリ... ■講演テーマ:「ミシュランガイドで2つ星の『庭のホテル』」 そのコンセプトとは?<br />■講師:木下彩(きのしたあや)さん('82外英)<br />    株式会社UHM 代表取締役 兼 庭のホテル 東京 総支配人<br />■日時:2012年11月21日(水)18時30分~21時<br />■場所:ソフィアンズクラブにて<br />■参加者数:20名<br /><br /> ミシュランガイドのホテル部門で「快適なホテル」として、2パビリオンの評価を得て(最新2013年版でも同じ評価で、4年連続)、また、トリップアドバイザーの”トラベラーズチョイスアワード2012”も受賞した「庭のホテル 東京」。贅沢さより上品さにこだわった 「美しいモダンな和のホテル」だ。<br /><br />今回は同ホテル総支配人で株式会社UHM代表取締役の木下彩(きのしたあや)さん('82外英)に、「先進」と「粋」、そして「和」を尊んだ江戸の町のように、機能の美と心なごむくつろぎに満ち、お客様ひとり一人に真心のあるパーソナルなサービスを提供する想いについて講演いただいた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228094737cb8.jpg" alt="三水会11月木下彩氏" border="0" width="430" height="396" /><br>木下彩氏<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「ザ 庭のホテル ストーリー」</span><br /><br /> ロゴマークと同系色の着物姿の木下氏は「『庭のホテル』の伝道師」を自称するとおり、その「美しいモダンな和のコンセプト」を追求している。<br /><br /> 今回の講演はまさに「ザ 庭のホテル ストーリー」であった。まずホテル内の細部に至るこだわりが画像で紹介された。建てられたのは2009年で、東日本大震災の前だったが、安全性も重視し、免震構造で設計された。そのような構造がわからないように、「和」をコンセプトとした建物の内外は美しく仕上げられている。ちなみに、3.11の時は、花瓶がひとつだけ割れた程度の被害で済んだそうだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201212280952387dd.jpg" alt="①庭のホテル東京 概要" border="0" width="430" height="331" /><br>資料 ホテル概要<br />(ホテルフォトギャラリーはこちら:<a href="http://www.hotelniwa.jp/hotel_guide/gallery.html" target="_blank" title="http://www.hotelniwa.jp/hotel_guide/gallery.html">http://www.hotelniwa.jp/hotel_guide/gallery.html</a>)<br /><br /><span style="font-size:large;"> ▼「庭のホテル 東京」のコンセプトとは</span><br /><br /><blockquote><p>美しいモダンな和のホテル<br /><br /> 江戸から明治にかけての文化遺産が数多く残り、出版社や大学などが集積する、間近に神田の古書店街を控えた、文化の香り高いこの町に、しっくりと馴染むホテル。<br /><br />瓦の大屋根、手焼きの陶板の築地壁、伝統の技や意匠を随所に取り入れた、時を経ても古くならないホテル。<br />国際都市東京のまっただ中にありながら、大小の石の間から湧き出す水がせせらぎとなって流れ、季節の草木が芽吹き、花開き、色づく中庭に、武蔵野の面影が宿る静謐なホテル。<br /><br />贅沢さより上質さにこだわり、伝統とモダンが調和する居心地のよい空間に、自然光や和紙を通した柔らかな光が満ち、知的な気分が漂う、洒落た普段づかいのホテル。<br /></p></blockquote><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201212280954458ec.jpg" alt="③庭のホテル東京 ロゴマーク" border="0" width="200" height="188" /><br>   庭のホテルロゴマーク<br /><br /> ロゴマークは、江戸から現在までの歴史を表している。江戸の古地図をイメージに使い、明治・大正時代のように右から左に書くことで印象に残るデザインになっている。色は「深川鼠(ふかがわねず)」という江戸時代に流行った粋な色を使用。意図していないそうだが、「隠れ家のようなホテル」とよくいわれ、水道橋という立地だが、学生街のイメージとは異なる静かな場所にある。ネーミングには非常に悩んだそうだが、わかりやすく、右からの表記で認知度が高いそうだ。「たまに 『ルテホの庭』とそのとおり、宛名に書く方もいらっしゃいますが、ちょっと考えましょうね(笑)」と、木下氏は会場を沸かせた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012122809564657c.jpg" alt="三水会11月プレゼンの様子1" border="0" width="430" height="323" /><br>プレゼンの様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼入社のきっかけとホテル設立</span><br /><br /> 次に日本のホテル業界の流れにも触れながら、入社することになったいきさつについて語られた。1960年代の東京オリンピックを機に、主たる都内の老舗ホテル(オータニ、オークラ、パレスホテル等)は創業され、70年代になるといわゆる「ビジネスホテル」という業態が出てきた。そのような時代の流れの中、木下氏の実家である旅館「森田館」と「佐々喜」は閉館され、「庭のホテル」の前身である「東京グリーンホテル水道橋」と「東京グリーンホテル御茶ノ水」が開業した。旅館からビジネスホテルの経営に転換された木下氏のお父様は「(社)全日本シティホテル連盟」の発起人でもあった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228095751e02.jpg" alt="④庭のホテル東京 会社沿革" border="0" width="430" height="320" /><br>資料 会社沿革<br /><br /> 「ホテル業界を意識せず、何も考えずに就職活動をし、勤め始めた」という木下さんだが、1982年にホテルニューオータニに入社した。「特に女子の就職が厳しい時代で、英語学科の女子も大変だった」と当時を振り返った。その後、専業主婦の期間もあったが、お父様の後を継ぎ社長を務めていたお母様が1994年に亡くなり、自分が事業を継ぐことになった。それまで、全くタッチしていなかったホテル経営に携わることになったが、自分より年上の社員にも、やさしく迎え入れられたという。<br /><br />  「入社した当時の平成6年はバブルがはじけた直後で、ビジネスホテルにとっては好機だったし、ネット予約が現在のように普及していなかった。しかし、入社直後から右肩下がりに業績が落ちていった。ネットの存在は大きく、価格競争にとても太刀打ちできないと思った」と木下氏は当時を振り返った。ある程度の業績は維持していたが、ネット予約の普及やチェーンホテルの増加という状況の中、10年後の将来をどのようにするのか熟慮した結果、老朽化の進んでいた「東京グリーンホテル」を建て替えることにした。2007年新しいホテルの工事が開始され2年後の2009年5月に「庭のホテル 東京」として新たに開業した。「東京グリーンホテル御茶ノ水」は売却し、建築資金も得られた。<br /><br />  新ホテルをどのようなホテルにするのか、まず特徴を考えた。三崎町(みさきちょう)という同じ場所に昭和10年から80年近く営業をし、近所の三崎神社という小さい神社の氏子でもある。歴史を調べると同神社は旅の神様で江戸時代、大名が参勤交代の際、道中の安全祈願をしたことがわかった。木下氏は旅館内で幼少期を過ごされたため、なじみの深い土地柄でもある。このような歴史的スポットもあり、自分が育った町でもある所のイメージアップをしたいと思い、最初に紹介されたコンセプトを考えたという。また前身の「東京グリーンホテル」はビジネスホテルとして知名度はあったが「庭のホテル」と差別化するために、あえて「東京グリーンホテル」の名称は一切出さないことにした。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012122810014348b.jpg" alt="⑤庭のホテル東京 会社概要" border="0" width="430" height="322" /><br>資料 会社概要<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「ミシュランガイド」に開業年に掲載</span><br /><br /> 「『ミシュランガイド』に載れば」と冗談で言っていたが、なんと2009年5月開業の「庭のホテル 東京」は、同年11月発売の「ミシュランガイド」のホテル部門に掲載された。7月に同社から資料提出依頼があったが、新しいホテルの資料集め程度かと思い、覆面調査の人が来たのかもわからなかったそうだ。同ガイドは一般にレストラン部門が有名だが、ホテル部門もあり、「快適なホテル」として2パビリオンの評価を得ている。「ミシュランガイド」のような第3者のお墨付きもあり、「庭のホテル 東京」は話題となり、営業もやりやすくなったという。そして、2012年12月1日発売の最新版「ミシュランガイド東京・横浜・湘南2013」でも同じ評価を得たので、4年連続して掲載されることになる。(参考HP <a href="http://www.hotelniwa.jp/plan/seasons/michelin.html" target="_blank" title="http://www.hotelniwa.jp/plan/seasons/michelin.html">http://www.hotelniwa.jp/plan/seasons/michelin.html</a> )<br /><br /> また、世界最大の旅行クチコミサイト「トリップアドバイザー(http://www.tripadvisor.jp/)」の評価も高く、同サイトのベストサービス部門で”トラベラーズ チョイスアワード2012”も受賞した。<br /><br />講演会では海外からの「トリップアドバイザー」の書き込み(11月前半)も具体的に紹介され、国際的にも木下氏の「和」のコンセプトがきちんと伝わっていることが示された。「ソフトの面での改善はまだまだ必要だが、平均点以上の評価をいただきありがたく思っている」と木下氏は語った。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228100555a03.jpg" alt="⑥庭のホテル東京 クチコミより" border="0" width="430" height="333" /><br>資料 クチコミより<br /><br /> また、メディア紹介でも「和」のコンセプトは、きちんと発信されている。例えば「NHKの美の壺」で有名ホテルと並んで紹介され、わざわざ観光学の専門家が見学に訪れ、また、「サービスはホテルに学べ」の著者、富田昭次氏も新刊で紹介ページを割いてくれたそうだ。木下氏自身も庭のホテルの成功事例を他大学の観光学の講座で講演することが多くなった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201212281008273bb.jpg" alt="⑦庭のホテル東京 メディア掲載等より" border="0" width="430" height="321" /><br>資料 メディア掲載誌より<br /><br /><span style="font-size:large;">▼将来の夢はパリ進出?</span><br /><br /> 宿泊客の内訳をみると、海外からの客が、当初の予想以上の40%を占めるそうだ。東日本大震災後、数字は落ちたが、今年の桜の季節や秋の「IMF総会」の時期には、50%以上となった。欧米からの宿泊客の割合が多いそうだが、今後「中金持ち層」を中心に近隣のアジア諸国の取り込みもしたいそうだ。国内では、細部へのこだわりがわかる女性客へもアプローチをかけ、団体よりも、「上質な日常にこだわる層」をターゲットにしている。集客の方針でも、「拡大」より「充実」をめざす姿勢は、くずさず、80%程度の稼働率を維持している。<br /><br /> 同ホテルでは、地元との関係も重視し、「三崎町サロン」と称し、「江戸の美学」や地元の歴史を伝える見学会「江戸まちあるき」も開催。<br /><br />(参考HP <a href="http://www.hotelniwa.jp/event/hotel_event/machiaruki.html" target="_blank" title="http://www.hotelniwa.jp/event/hotel_event/machiaruki.html">http://www.hotelniwa.jp/event/hotel_event/machiaruki.html</a> )<br /><br /> 年始には、ロビーで餅つき大会やスタッフが案内する神田明神初詣を行い、好評だそうだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228101045d52.jpg" alt="⑧庭のホテル東京 イベント" border="0" width="430" height="323" /><br>資料 イベント<br /><br /> 最後に、「自分が利用したいと思うホテルを作ったので自信をもって人に薦めている。『庭のホテル大好き。知らないで死ななくてよかった』というファンを増やし、全238室を1年365日そういうファンで埋めたいと思い、日々頑張っている。従業員も大切にし、十分に恩返しをしたい。将来の夢は、あえて言えばパリにブティックホテルをオープンさせたい、半分冗談ですが・・・」と語った。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201212281012248b6.jpg" alt="⑨庭のホテル東京 施設概要" border="0" width="430" height="320" /><br>資料 施設概要<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br /> 淡々と自然体で講演された木下さんだが、ユーモアもあり暖かい人柄を感じさせた。コンセプトを徹底させるための並々ならぬ努力とホテルに対する強い思い入れが伝わってきた。「冗談です」と木下さんはおっしゃるが、将来、パリではどのようなホテルができるのだろうか。和服で行く固い感じの日本庭園より、普段着で行ける「日本の庭」ができればと個人的に思った。パリでの新たなストーリー展開が楽しみである。今後の季節のイベントにも注目したい。(報告 '77外独 山田洋子)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121228101315e12.jpg" alt="三水会11月懇親会" border="0" width="430" height="323" /><br>懇親会の様子<br /><br /><blockquote><p><木下彩(きのしたあや)さん:プロフィール><br />1960年東京都生まれ。1935年に祖父が旅館(森田館)を開業、その後、父の代にはビジネスホテルチェーン(東京グリーンホテル水道橋・東京グリーンホテル御茶ノ水・東京グリーンホテル後楽園)を経営する近山家の長女として生まれ育つ。1982年に上智大学を卒業後、同年、株式会社ホテル ニューオータニに入社。フロント業務に携わる。1986年に同社を退社。1994年 株式会社 東京グリーンホテル(現 株式会社 UHM)に入社、取締役に就任。翌年、代表取締役に就任。2011年4月からは、庭のホテル 東京の総支配人を兼務。現在に至る。<br /></p></blockquote>
  • Date : 2012-12-25 (Tue)
  • Category : 三水会
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