最新記事
196

北京出張で見た海外での安全対策ー福永佳津子

2012/10/20 10月11日から15日まで北京に滞在した。出発前、「日本人駐在員の何人もがタクシーの乗車拒否に遭っている。うまく乗れても車中でずっと日本の悪口を聞かされた人も…」との情報が入っていたので、空港送迎ならびに日中の移動の手配を依頼してから出た。 現地に着いて観光地に出向いたが、まったくと言っていいほど日本人観光客に出くわさなかった。苗さんという中国人ガイドによると、ほぼ9割強のツアーがキャンセル... 2012/10/20<br /><br /> 10月11日から15日まで北京に滞在した。出発前、「日本人駐在員の何人もがタクシーの乗車拒否に遭っている。うまく乗れても車中でずっと日本の悪口を聞かされた人も…」との情報が入っていたので、空港送迎ならびに日中の移動の手配を依頼してから出た。<br /><br /> 現地に着いて観光地に出向いたが、まったくと言っていいほど日本人観光客に出くわさなかった。苗さんという中国人ガイドによると、ほぼ9割強のツアーがキャンセルになっているという。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012102209531460a.jpg" alt="福永さん故宮博物院20121018IMG_2015" border="0" width="430" height="323" /><br />写真:北京・故宮博物院前(観光客はいっぱいいるがその中に日本人は・・・)<br /><br />万里の長城、天安門広場、故宮でも誰ひとり見かけなかった。北京旅行のハイシーズンというのに、やっぱりだ。まだ中国出張が解禁でないことも在北京駐在員から聞く。<br /><br />安全確保もさることながら、ビジネス成果が全く期待できないことが理由だ。販売促進も今の時期は考えられず、活発なビジネス活動はほとんど封印されているとのことだった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121022095326aba.jpg" alt="福永さん万里の長城P1110941" border="0" width="430" height="323" /><br />写真:万里の長城(世界各地からの観光客で賑わう北京の観光地だが、日本のツアー会社の誘導旗や日本人観光客の姿をまず見ることはなかった)<br /><br />昨日、上海で日本人駐在員が顔を殴れらた話が報道されたが、日本料理店内の日本人客が大勢いる中での暴挙。当面、安心エリアはないと思ってよさそうだ。<br /><br /> 日本大使館前の道路は6車線。ピーク時にはその全車線がデモ隊に埋め尽くされたという。現在は直近の1車線を封じて警備のためのバリケードが敷かれ、青色灯を点滅させた複数台の警察車両、要所要所に立つ公安の物々しい立ち姿に警戒が解けない厳しい事態を知る。大使館に入るには隣のビル内から通じる脇道から回り込む形。館内に入るのは当然だがひと苦労だった。<br /><br />大使館員に聞いた事例のひとつは、ネットで宿泊予約した人が「知らない」と門前払いをされた話だ。現地としっかりした業務提携がある旅行会社を通じての手配でない限り、同様の問題は今後も起こり得る。<br /><br />さらには、パスポート携帯は義務となっているが、「ホテルに忘れた」と答えて、トラブルになった例もあるそうだ。通常であれば、さほどのお咎めもないところ、徹底した追及に遭う。「何で見せるんだ」と抵抗した輩がいるそうだが、結果は言うまでもない。<br /><br /> 日本人学校は運動会の中止に追い込まれ、企業によっては事態悪化を案じて家族を帰国させている。小競り合いはまだまだ起こり得ると思ってよかろう。<br /><br />大使館員も9・18後の2週間ほど、私服通勤を言われたという。背広姿=日本人の典型となって、ターゲットになり得るからだ。日本人であることを気付かせない知恵と工夫、無用のトラブルを生まない姿勢と努力。長期化しそうな今回の問題の雲行きを見つつ、各自は出来得る限りの回避術を施すべきであろう。<br />(文責(社団法人)海外邦人安全協会理事  福永佳津子('71年文英) 2012/10/16 記)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121022095539eab.jpg" alt="福永さん" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /><hr size="1" />プロフィール<br />福永佳津子氏 71年文英卒。在ニューヨーク6年。マンハッタンビルカレッジで修士号取得。帰国後は海外生活カウンセラーとして講演、執筆多数。NHK趣味悠々「サトウサンペイと楽しむ海外旅行術(ロングステイ)」講師など。著書に「ある日海外赴任」「アジアで暮らすとき困らない本」など。海外邦人安全協会理事。ロングステイ財団政策審議会委員。
194

我謝京子監督「3.11:ここに生きる―In The Moment」特別上映会開催

世界各国から上映依頼殺到!!東日本大震災ドキュメンタリー映画「3.11:ここに生きる―In The Moment」(我謝京子監督)特別上映会開催 先月9月20日(木)、第22回コムソフィア賞受賞者の我謝京子さん(1987外西・ロイター記者)監督作品ドキュメンタリー映画「3.11:ここに生きる―In The Moment」(LaLaTV制作)の東京特別上映会が開催されました。会場の青山「東京ウイメンズ・プラザホール」は、ほぼ満席(171名)でした。上映会... <span style="font-size:large;">世界各国から上映依頼殺到!!<br />東日本大震災ドキュメンタリー映画<br />「3.11:ここに生きる―In The Moment」(我謝京子監督)特別上映会開催</span><br /> <br />先月9月20日(木)、第22回コムソフィア賞受賞者の我謝京子さん(1987外西・ロイター記者)監督作品ドキュメンタリー映画「3.11:ここに生きる―In The Moment」(<a href="http://lala.tv/programs/higashinihon311/" target="_blank" title="LaLaTV制作">LaLaTV制作</a>)の東京特別上映会が開催されました。会場の青山「東京ウイメンズ・プラザホール」は、ほぼ満席(171名)でした。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121018101803d22.jpg" alt="我謝さん上映会正面20120920" border="0" width="430" height="323" /><br />上映会場での我謝京子さん<br /><br />上映に先だって、我謝さんが登壇し、1分間の黙とうの後「この映画はすでにカナダ、韓国、フランス、台湾などで上映され、来週はカナダ・カルガリー国際映画祭、来月はイタリア・アジア映画祭でも上映が決まっています。今、世界中から上映の引き合いが来ています。そして、皆さんご自分の人生と比べてご覧下さい」と述べられ、上映会が始まりました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼被災女性へのインタビュー構成による胸迫る作品</span><br /><br /> 映画は、冒頭、激しく揺れる地震と津波のすさまじい光景が映し出され、改めて息を呑む思いがしました。そして、震災後毎日を懸命に生きていく女性たちの今の思いが語られていきます。震災から4カ月を過ぎた2011年7月、気仙沼から始まり、南三陸、石巻、福島、郡山、相馬、釜石、陸前高田、仙台などで出会った女性たちは、津波の爪跡の残るがれきの上で語り続けます。<br /><br /> この作品は、6月30日のマスコミ・ソフィア会総会の記念講演会でも、約5分のトレーラーが紹介されています。東日本大震災が起きた時のシーンをずっと映し、ナレーションは一切入れない。我謝監督自身がこだわった点について、お話を伺いましたが、改めて本編を見ると、一人ひとりへの取材や、場面が丁寧に、淡々と撮られていて、その当時の恐怖、悲しみが逆に際立ってきました。それは、画面やインタビューをポイントだけにしぼった編集や取材の音声もきれいに入っていることなど、細部へのこだわりのようでした。ナレーションなしで本人たちの肉声で語られる言葉が、胸に迫り、本当にすばらしい作品となっていました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121018101802188.jpg" alt="我謝さん上映会場20120920" border="0" width="430" height="323" /><br />上映会場の様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼今、この瞬間に生きることを問う</span><br /><br /> 映画終了後、我謝監督から登場人物、制作現場、上映会でのエピソードが紹介されました。<br /><blockquote><p>「私達はだれも3.11の震災や、9.11の同時多発テロの時代の前には戻ることはできません。この1分後、1時間後のこともわからない中、人間として何ができるのか考えると、今この瞬間をどうやって自分が生きようかということだけは、自分逹で決められることだと皆さんおっしゃるので、この映画のタイトルも『In the moment・今、この瞬間をどうやって生きるか』というタイトルにしました。また『3.11ここに生きる』という日本語のタイトルには、東北地方だけのことだけではなくこの今この時間を共有する世界に生きるという意味も込めました。<br /><br /> そして、その思いが伝わったのか、今、自分でも驚くほど、世界各国から上映の引き合いが来ています。カナダの上映会では交通事故で大けがをした女性が前向きになったというエピソードがあり、世界中で、この映画を通して多くの人を励ましているということを実感しました。さまざまな出会いもあり、映画の女神さまがいるかのように大きな力に動かされてこの映画はできたと思います。」</p></blockquote><br />と語られました。また、<br /><blockquote><p>「東日本大震災の復興支援は、人それぞれですが、自分は映画で記録することで行いたいと思います。それには、継続取材が大切なので、ホームページへ感想や登場人物へメッセージがあれば投稿してほしいです。そして、5年、10年後まで、第3弾、第4弾の作品を撮り続けたいと思っています」</p></blockquote><br />と抱負を述べた。また被災者支援活動であるタオルの象人形<a href="http://www.pure.ne.jp/~ngo/zou/index_j2.html" target="_blank" title="「まけないぞう」">「まけないぞう」</a>の販売が今年になってから縮小しているので、さらなる協力を訴えられました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼映画制作の原点は9.11</span><br /><br /> 最後に退出時間が迫る中、若い女性らの質問に答えて下さいました。<br /><blockquote><p>「自分に9.11の体験がなければこの映画は異なる内容になっていたと思います。とても良い内容のインタビューが引き出せましたが、それは、9.11の被災体験を相手に話したからです。実はインタビューされている側の人に、取材をしている側は、見られていて、自分のことをさらけ出して、真摯に相手に向き合わないと、本音は引き出せません。経験不足や若いから等の理由とは思いません。」</p></blockquote><br /> また、我謝さんは、自分の取材する時に心がけていることとして「記者の仕事は意見を押し付けるのではなく記録して紹介し、『視聴者のあなたはどう思うのか』という立場を守っている。だから今回の映画ではナレーションは入れず、ひとり一人の鑑賞者の判断に任せている」とも語りました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼山田の映画感想</span><br /><br />「これが現実に起きたことだ」という残酷な真実が、東北各地の景色や登場人物のさりげない会話から、ひしひしと伝わってくる。テレビニュースで見ているはずの原発の様子や津波の画像が、もっと長い時間映され、普段は穏やかな自然が急に狂ったように襲いかかってくる恐怖を感じた。福島の被災者の「放射能を計測するということが普段の生活に加わっただけ」という言葉がとても重かったが、前を向いて生きていこうという女性逹の力強さにエネルギーをもらい、自分自身が励まされました。<br /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼最後に</span><br /><br />上智大学でも上映が予定されています。詳しくは下記をチェック!<br /><br /><strong>映画のホームページ</strong><br /><a href="http://311moment.jp/en" target="_blank" title="http://311moment.jp/en">http://311moment.jp/en</a><br /><strong>Facebook公式サイト</strong><br /><a href="http://www.facebook.com/pages/311In-The-Moment/313413942079461" target="_blank" title="http://www.facebook.com/pages/311In-The-Moment/313413942079461">http://www.facebook.com/pages/311In-The-Moment/313413942079461</a><br /><br />こちらでは、登場人物へのメッセージや映画の感想を受け付けているので、ご覧になった方は是非投稿くださいとのこと。東日本大震災のことを風化させないために、寄付のためのサイトも開設予定だそうです。<br /><br />取材レポート:向山肇夫('63法法)、磯浦康二('57文新)、山田洋子('77外独)
195

元駐バチカン大使・上野景文氏講演会:ソフィア経済人倶楽部

加藤春一('68経経)よりソフィア経済人倶楽部からのお知らせをご紹介します。上智大学後援、上智大学ソフィア会・ソフィア経済人倶楽部共催定例講演会のお知らせソフィア経済人倶楽部共催定例講演会では、世界のカトリックの総本山・バチカンにて駐在大使として4年間(2006年―2010年)従事された経験を持つ、元駐バチカン大使・上野景文氏に講演頂きます。上野景文氏上智大学は、1549年のフランシスコ・ザビエルが来日した時のミッシ... 加藤春一('68経経)よりソフィア経済人倶楽部からのお知らせをご紹介します。<br /><br /><span style="font-size:large;">上智大学後援、上智大学ソフィア会・ソフィア経済人倶楽部共催定例講演会のお知らせ</span><br /><br />ソフィア経済人倶楽部共催定例講演会では、世界のカトリックの総本山・バチカンにて駐在大使として4年間(2006年―2010年)従事された経験を持つ、元駐バチカン大使・上野景文氏に講演頂きます。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121018102443d71.png" alt="上野景文氏" border="0" width="254" height="336" /><br />上野景文氏<br /><br />上智大学は、1549年のフランシスコ・ザビエルが来日した時のミッションを引き継ぐ、アジアのカトリック系大学の代表的存在です。上野氏が西欧文明の中心としてのカトリックを通じて見てきた日本のグローバル化のためのノウハウとは?この貴重な機会に、皆様お誘い合わせの上どうぞお見逃し無く。ソフィア会会員、教職員、上智大学在学生、カトリックにご関心のある方々の参加をお待ちしているとのことです。<br /><br />お問い合せ: ソフィア経済人倶楽部 池田賢吾 事務局長<br />ikeda_ken5@ybb.ne.jp<br /><br /><講演会><br /> 日時 :2012年11月17日(土) 14:00-15:30<br /> 講演者:上野景文氏 元バチカン大使 現在 杏林大学客員教授<br /> テーマ:「グローバル時代の比較文明論から見たカトリックと日本文明と今後の日本の行方」 <br /> 会 場:上智大学2号館17階国際会議場<br /> 参加費:無料<br /><br /><懇親会><br /> 日時:2012年11月17日(土) 15:45-17:00<br /> 会 場:教職員食堂<br /> 参加費:4,000円(当日徴収) 上智大学学生 無料<br /> 共 催:上智大学ソフィア会、ソフィア経済人倶楽部<br /> 後 援:上智大学 聴講者:ソフィア会会員・教職員・上智大学学生・カトリックへの関心者<br /><br /><上野景文氏のプロフィール><br />学歴:東京大学 教養学部卒、外務省入省、 ケンブリッジ大学経済学部卒業 修士<br />職歴抜粋:シンガポール大使館 参事官、OECD 代表部(パリ)公使、スペイン公使、メルボルン総領事、駐グアテマラ大使、国際研修協力機構常務理事、駐バチカン大使<br />主要書籍:「バチカンの聖と俗(日本大使の一四 00 日)」 (かまくら春秋社)「現代日本文明論」(第三企画) <br />主要論文:「バチカンから見た欧州」 「バチカンから見たアジア」 「バチカンから見たアメリカ」「文明論の視点から見たカトリック教会」「法王は国際公共財」
193

「札幌女子ソフィア会」レポート

「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」ソフィアンズファミリーの集いで「札幌女子ソフィア会」2012/10/13取材・文:磯浦康二('57文新)10月6日(土)~7日(日)に「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」が、函館市の函館国際ホテルで開催され、北海道、東京、九州など全国各地からソフィアン240人余が集まり成功裡に終了。各種ソフィアンズファミリーの集いの中で「札幌女子ソフィア会」では、... 「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」<br /><span style="font-size:large;">ソフィアンズファミリーの集いで「札幌女子ソフィア会」<br /></span><br />2012/10/13<br />取材・文:磯浦康二('57文新)<br /><br />10月6日(土)~7日(日)に「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」が、函館市の函館国際ホテルで開催され、北海道、東京、九州など全国各地からソフィアン240人余が集まり成功裡に終了。<br /><br />各種ソフィアンズファミリーの集いの中で「札幌女子ソフィア会」では、元北海学園大学教授の伊藤淑子さん('72文社)による講演会が行われたのでレポートします。<br /><br />■札幌女子ソフィア会講演会<br />■講演テーマ:「東北被災地支援の報告・南三陸の人々とともに歩んだ日々、復興への のろーい道のり」<br />■講師:伊藤淑子氏('72文社)元北海学園大学教授<br />■日時:2012年10月06日(土)13時30分~15時<br />■場所:「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」函館国際ホテル会場内<br /><br />3.11の東日本大震災発生以来、被災地では多くのソフィアンが支援活動に取り組んでいますが、伊藤淑子さんは、昨年12月から半年間、宮城県本吉郡南三陸町志津川地区に住み込みでボランティアを行いました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121014134242283.jpg" alt="伊藤淑子さん2012年10月6日" border="0" width="430" height="323" /><br />(写真:伊藤淑子氏)<br /><br /><span style="font-size:large;">■伊藤さん略歴</span><br /><br /> 伊藤淑子さんは上智大学を卒業後、東京都にソシャルワーカーとして勤務した後、海外に留学、また上智の大学院で学び「社会福祉学」の博士号を取得し,北海学園大学教授として学生の指導に当たっていましたが、定年を待たずに退職し、昨年12月から半年間、東日本大震災の被災地の南三陸町志津川町の中学校校庭にある仮設住宅に住み込んできました。伊藤さんは「あくまでも私見であるが」と断ったうえで、被災地の現状と今後の問題点を次のように話されました。<br /><br /><span style="font-size:large;">■被災地の現状とボランティア</span><br /><br /> 震災時点の南三陸町は、人口約1万7千人(5千3百世帯)の、漁業を中心に成り立っている町だった。震災により、死者565人、行方不明310人、全壊・半壊世帯が全世帯の57.7%という被害を受けた。南三陸町を上空から撮った写真を見ると、まるで海から来た巨大な怪獣がひと舐めした様に見え、町の形は何もない。死者の中には、町の職員も多く含まれており、行政、住民共に大きな打撃の中から再出発した。仮設住宅は58カ所で2,168世帯5,800人が入居している。<br /> 震災後、多くのボランティアが町に入り、イベントの実施、物資の供給などを行ってきており、現在も続いている。一方で、被災住民の生活課題は、時をおって変化している。災害直後の避難所では、多くの人々が集団生活をしており、外部支援に対応する人手もあった。仮設住宅は各家庭単位の生活であり、人手はない。<br /> また、仮設住宅入居後の1年は、住民の関係が希薄であったこともあり、住民の交流促進や慰安の提供のためにイベントなどが重視されたが、生活が落ちついた2年目以降は、正確な情報提供に基づく住民自治の形成が課題となっている。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012101413440832b.jpg" alt="札幌女子ソフィア会講演会全景2012年10月6日" border="0" width="430" height="323" /><br />(写真:札幌女子ソフィア会講演会全景)<br /><br /><span style="font-size:large;">■重要な住民自治</span><br /><br /> 「阪神淡路震災」の時は仮設住宅の中で住民が孤立したということがあったが、この町では仮設住宅の自治会組織率が100%で、まとまりは良い。もともとこの地方には江戸時代から「契約講」という相互扶助を基盤とした自治組織があり、1960年代以降、行政区という形で再編されたが、その伝統は続いている。<br /> 仮設住宅での生活が長期化すると思われた時点で、住宅によっては行政区の伝統を生かし、共同の運営・管理が行われている。しかしそれはあくまでも点にとどまり、線から面へという展開は困難なようである。<br /><br /><span style="font-size:large;">■復興住宅の建設</span><br /><br /> 多くの人々の頭を占めているのは仮設住宅を出た後の暮らしである。高齢などの理由で住宅再建が不可能な住民は、災害復興住宅に入居することになる。志津川地区の住民を対象とした町の最近の調査では、「公営住宅入居希望」39%、「集団移転」35%、「個別移転」22%だった。<br /> 災害後、被災地には阪神淡路、中越などの被災を経験した住民や研究者が訪れ、経験を伝えてくれた。中でも、中越地震の経験者から伝えられた木造二階建ての復興住宅は、居住性の良さや、他の住宅との近接地に建てられるなどの理由で、住民の関心を集めた。<br /> しかし、現在検討されているのは、従来からある鉄筋コンクリート高層住宅(団地型)の建設であり、その方向で話が進む可能性が高い。木造住宅の方がコンクリート高層住宅よりもコスト面ですぐれているなどの指摘もあるが、前例が少なく、建設およびその後の運営管理のノウハウの難しさなどの点から、実現は困難な様子である。こうしたことの実現に向けて、住民、NPO団体、行政が共に協力するという状況は、残念ながら望めない。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201210141344579a2.jpg" alt="札幌女子ソフィア会講演会には細川代世子副会長と高祖理事長も参加した。" border="0" width="320" height="426" /><br />(写真:札幌女子ソフィア会講演会には細川代世子副会長と高祖理事長も参加された)<br /><br /><span style="font-size:large;">■今、何が求められているか?</span><br /><br /> 被災者の希望は「慰問・物資」から変化してきている。被災地に「泊まって、食べて、土産を買い」地域経済の復興を支えること、そうした関わりを継続することが、希望の中心になっているように思われる。自分としては、同じような震災が起きた時に、自分が住んでいる地域が南三陸町と同じような住民自治を築く可能性があるか、ないとしたら今から何をすればよいか、それを考える良い機会を提供されたと考えている。<br /><br />講演会後に伊藤さんはマスコミ・ソフィア会のインタビューに答えて、今後の問題点などを語ってくださいました。映像で記録いたしましたので下記を御覧ください。(了)<br /><br /><span style="font-size:large;">■伊藤淑子氏が語る被災地の現状と今後の問題点</span><br />(映像:約7分:聞き手・磯浦康二)<br /><br /><iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/3L8Ge--S7lY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
192

「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」が盛会裡に終了

「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」が盛会裡に終了大会内で、北海道マスコミ・ソフィア会を開催「北海道の現状と青春時代のホロ苦い思い出に花が咲く」2012/10/13文:磯浦康二('57文新)、向山肇夫('63法法)10月6日(土)~7日(日)に「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」が、函館市の函館国際ホテルで開催され、北海道、東京、九州など全国各地からソフィアン240人余が集まり成功裡に... 「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」が盛会裡に終了<br /><span style="font-size:large;">大会内で、北海道マスコミ・ソフィア会を開催<br />「北海道の現状と青春時代のホロ苦い思い出に花が咲く」<br /></span><br />2012/10/13<br />文:磯浦康二('57文新)、向山肇夫('63法法)<br /><br />10月6日(土)~7日(日)に「第4回地域ソフィア会全国大会 2012北海道大会in函館」が、函館市の函館国際ホテルで開催され、北海道、東京、九州など全国各地からソフィアン240人余が集まり成功裡に終了。来年迎える「母校百周年」に大きく弾みがつきました。<br /><br />マスコミ・ソフィア会からは山田洋子さん、小林宏之さん、大堀隆之さんほか、筆者の向山肇夫、磯浦康二が参加しました。(山田洋子(フリーライター・'77外独)、小林宏之(元NHKアナウンサー・'61文新)、大堀隆之(元NHKアナウンサー・'61外露)、向山肇夫(医学書院出版・'63法法)、磯浦康二代表幹事(元NHKアナウンサー・'57文新))<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121014132523008.jpg" alt="マスコミソフィア会ブース" border="0" width="430" height="323" /><br />(ソフィアンズファミリーの集い・マスコミ・ソフィア会ブース)<br /><br />大会の中の各種ソフィアンズファミリーの集いで「北海道マスコミ・ソフィア会」を開催いたしました。<br /><br />前札幌ソフィア会会長の村松良彦氏(元北海道新聞記者・'58文新)に中心となっていただき、東京から参加した我々マスコミ・ソフィア会の面々と、北海道の話題を中心に様々な話が交わされました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201210141325228cd.jpg" alt="マスコミソフィア会RIMG32743" border="0" width="430" height="323" /><br />(ソフィアンズファミリーの集い・マスコミ・ソフィア会ブース)<br /><br />プロ野球北海道日本ハムファイターズ優勝の話。また建設進む北海道新幹線、石川啄木生誕120年の話、東日本大震災被災者6,000人が北海道に移住している話なども出ました。<br /><br />石川啄木については、村松氏から資料が提供されました。啄木の短歌<br /><br />「しんとして幅廣き街の秋の夜の 玉蜀黍(とうもろこし)の焼くるにほいよ」<br /><br />を見て筆者磯浦は、札幌に勤務した頃の大通り公園を思い出し、美味しい北海道の玉蜀黍の味について語りました。<br /><br />また、前日の10月5日(金)に行われた行燈行列デモについても話が出ました。函館に到着したメンバーが夕刻、市内の函館市役所前を歩いていた時「大間原発ハンターイ!」「イカモタコモ ハンターイ」と声を挙げながら行進したのです。この行燈行列を見かけたのです。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201210141327232ca.jpg" alt="大間原発反対行燈行列(函館)20121005" border="0" width="430" height="323" /><br />(函館市役所前の大間原発反対行燈行列)<br /><br />これは、東日本大震災による福島第1原発事故の後、青森県の大間原発は工事を休止していたが、10月1日に電源開発が工事再開を宣言したことへの抗議の行燈行列でした。函館と大間は津軽海峡を挟んで20キロしか離れていないので、函館市民としては人ごとではなく、毎週金曜日の首相官邸前デモに合わせて約80人が市役所周辺を行進しています。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20121014132722878.jpg" alt="大間原発反対行燈行列(函館)20121005B" border="0" width="430" height="323" /><br />(函館市役所前の大間原発反対行燈行列)<br /><br />さらに上智学生時代の話となり、新聞学科長で「新聞原論」を担当した小野秀雄教授にお世話なった思い出や、NHKや北海道新聞を受験した時の裏話も飛び出しました。そして青函連絡船がまだ現役の頃、地方放送番組「ラジオ連絡船」を担当し苦労したことや函館の路地裏の魚の旨い店の話題などに花が咲き、大いに親睦を深めることができました。(了)
191

三水会9月講演会「一休.comが成功するまで」森正文氏

■講演テーマ:「一休.comが成功するまで」■講師:株式会社一休 代表取締役    森 正文氏('86法法)■日時:2012年9月19日(木)18時30分~21時■場所:ソフィアンズクラブにて■参加者数:40人森 正文氏▼順調だったサラリーマン人生から・・三水会9月の講演会では、高級ホテル・高級旅館に特化した宿泊予約サイト「一休.com」をはじめとするネットサービスで年商約37億円(2011年度)を売り上げる森正文代表取締役('86法法)に... ■講演テーマ:「一休.comが成功するまで」<br />■講師:株式会社一休 代表取締役<br />    森 正文氏('86法法)<br />■日時:2012年9月19日(木)18時30分~21時<br />■場所:ソフィアンズクラブにて<br />■参加者数:40人<br /><br /><p><a href="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_1878.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_1878.jpg" alt="IMG_1878.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br>森 正文氏</p><br /><span style="font-size:large;">▼順調だったサラリーマン人生から・・</span><br /><br />三水会9月の講演会では、高級ホテル・高級旅館に特化した宿泊予約サイト「一休.com」をはじめとするネットサービスで年商約37億円(2011年度)を売り上げる森正文代表取締役('86法法)に、その成功の裏側について話を伺った。<br /><br />飯田橋にあるカトリック系の暁星高等学校からストレートで上智大学に入学。サークルにも入らず、ただひたすらぶらぶらしながら四ツ谷生活を過ごす。就職もその流れで、文系1位人気の日本生命保険相互会社に。友人から「こんなに給料が高くてラクな会社はない」と聞いて入社されたという森氏。<br /><br />2年くらいでサラリーマンに飽きたなと思った頃に、バブル寸前の好景気で、米国リーマン・ブラザーズ投資顧問へ、MBAの勉強がてら派遣で行って来いということになり、NYに駐在。上智出身ということで英語は堪能だと思われての渡米だったが、相当英語には苦労されたそうだ。<br /><br />その後1年半くらいで日本に帰国。米国での悪戦苦闘が功を奏し評価され、本社中樞に配属となるが、数年後30歳のときにC型肝炎を患い、これが起業を考える大きなきっかけとなったという。<br /><br />このとき、その時までに稼いだ約3000万円の貯金を投資で大損したことや父親が若くして亡くなったことなども思い出し、残りのお金が残りの人生のように思え、安泰に見えるサラリーマン生活から脱して何かを考えねばならないと起業の心に火がついたという。<br /><br /><p><a href="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_1881.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_1881.jpg" alt="IMG_1881.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br>会場の模様</p><br /><br /><p><a href="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_1882.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_1882.jpg" alt="IMG_1882.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br>会場の模様</p><br /><br /><span style="font-size:large;">▼起業したものの何をするか思い悩む・・・</span><br /><br />98年に日生を退社し、会社を設立。36歳のときだったそうだ。しかし事業内容が定まらず仕事がない時期が半年くらい続いたそうだ。その間、一緒に日生を早期退職でやめて事務をお願いしていたおばさんは、ヒマな昼間にパートして会社の売上にしてくれた。そして「せっかく会社を起こしたんだから好きなことをやってみなさい」と言われたときは涙が出たという。<br /><br />これがある意味きっかけで、頭で考えることをやめ、オークションサイトを思いついたという。これが現在の一休の前身。元同僚やら友人らから資金集めをして再び約3000万円を集め、オンラインオークションを始めることとなった。<br /><br />そんな中、帰宅途中のタクシーの中からホテルの窓の灯を見て「ホテルの空き部屋は究極の在庫だ」と思ったそうだ。そこからホテルの宿泊券をオークションに出品することを思いついたのだという。<br /><br />当然ホテルに参加してもらえるよう営業することは大変だったようだが、新宿のセンチュリーハイアット東京(現ハイアットリージェンシー東京)が参加してくれたことや、スイートルームよりも高級ホテルのワンルームのほうが空きが出やすいことなどが、高級宿泊に絞るきっかけになったのだと語る。<br /><br />実はあとからわかることなのだそうだが、早くに亡くなられたお父様が生前勤められていた銀行のOBの方々が、高級ホテルに出向されているケースが少なくなく、彼らが、世話になったお父様の息子さんということで、オークションにふたつ返事で参加してくれたことも、その後の営業活動を円滑に進められた要因になっているそうだ。<br /><br />2000年5月に立ち上げ、2001年2月には単月黒字化に成功。その後一度足りとも赤字転落がないのが自慢。その後、2005年8月、東京証券取引所マザーズ上場。2007年02月には、市場変更して東京証券取引所市場第一部に昇格して現在に至る。<br /><br />そう言いながら自分のビジネスセンスに改めて惚れ込む森氏の姿が・・・。好きな言葉が「人間万事塞翁が馬」、人生の教訓は「経営者は運が良くなければならない」なのだそうだ。<br /><br /><p><a href="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_1884.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_1884.jpg" alt="IMG_1884.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br>森 正文氏</p><br /><br /><span style="font-size:large;">▼自分のビジネスセンスを謳歌する・・・</span><br /><br />森氏は語る。<br /><br /><blockquote><p> 100億円を超える利益をたたき出すネット企業とは違って、当社は、爪に火を灯すようなビジネスモデルです。<br /><br /> たとえばホテルから4万円の部屋を2万円で提供してもらえる場合、当社は10%の2000円をホテルからいただきます。でもそのうち400円は宿泊されたお客様にポイントバックするので実際は8%、1600円が収入。この手数料の積み重ねで人件費や家賃、広告費をなんとか賄っています。<br /><br /> でも当社の強みは何と言っても在庫を持たないところなんです。例えば銀座の最高級の寿司屋は2万円寿司がおそらく売れ残っても、その日に捨てず冷蔵庫に入れて翌日のランチに出す。しかしホテルの部屋は今日買ってもらえないと明日は売れない。<br /><br /> ホテルは、冷蔵庫がないまま数万円のナマモノを扱う商売。そのナマモノをその日中に販売代行してしまうのが我々なんです。</p></blockquote><br /><br />森氏の「ガハガハ」笑いながらビジネスの楽しさを話してくださるその姿勢に感銘を受けた。こういう人だから「成功」が寄ってくるんだと・・・。(レポート:土屋夏彦 '80理電)<br /><br />参考:東洋経済:コラム・連載 / CEOへの道<br /><a href="http://www.toyokeizai.net/business/column/list/SC/8626c967ec19fd5775f55572e31947d7/" target="_blank" title="http://www.toyokeizai.net/business/column/list/SC/8626c967ec19fd5775f55572e31947d7/">http://www.toyokeizai.net/business/column/list/SC/8626c967ec19fd5775f55572e31947d7/</a><br /><br /><hr size="1" />森正文(もり・まさぶみ)<br />1962年東京都生まれ。上智大学法学部卒業後、日本生命に入社。運用部門に所属。98年5月日本生命を退社。同年7月株式会社一休を設立し、代表取締役社長に就任。2000年に立ち上げた高級ホテル・高級旅館宿泊予約サイト「一休.com」は、会員263万人(12年3月末時点)にまで成長。
  • Date : 2012-10-01 (Mon)
  • Category : 三水会
    Return to Pagetop