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<!-- passive:etc --><div style="text-align:center;margin-bottom:10px;"><iframe src='//assys01.fc2.com/1382' style='width:300px;height:250px;border:none;' scrolling='no'></iframe><!-- FC2管理用 --><img src="//media.fc2.com/counter_img.php?id=1368" width="1" height="1"><!-- FC2管理用 --></div><div style="font-size:8px;">上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。<br />新しい記事を書く事で広告が消せます。</div>
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偏見差別のない社会実現のために努める日々 細川佳代子氏

「コムソフィア賞受賞者その後(3)」  「障がいのあるお友達がいますか」偏見差別のない社会実現のために努める日々勇気の翼インクルージョン2015理事長  細川佳代子さん(1966文英)2000年に第10回コムソフィア賞を受賞された細川佳代子さんから、次のような近況が寄せられました。▼だれもがかけがえのない存在 「今日はゴールではございません。スタートです!」 これは7年前の2005年スペシャルオリンピックス(以下S... 「コムソフィア賞受賞者その後(3)」<br />  <br /><span style="font-size:large;">「障がいのあるお友達がいますか」<br />偏見差別のない社会実現のために努める日々<br /></span><br />勇気の翼インクルージョン2015理事長  <br />細川佳代子さん(1966文英)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120425111241dd9.jpg" alt="細川佳代子" border="0" width="280" height="317" /><br /><br />2000年に第10回コムソフィア賞を受賞された細川佳代子さんから、次のような近況が寄せられました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼だれもがかけがえのない存在</span><br /><br /> 「今日はゴールではございません。スタートです!」<br /> これは7年前の2005年スペシャルオリンピックス(以下SO)冬季世界大会・長野の閉会式での挨拶です。<br /> 「本当の成果が問われるのは10年後、2015年までに、障がいの有無などに関係なく、すべての人が地域社会でいきいきと、助け合い、支えあって暮らしている、そんな社会が実現して初めて、大会が成功だったと言える」と申しました。<br /> だれもがかけがえのない大切な存在であることに気づき、障がいを暗くてマイナスなイメージではなく、「個性」として捉えるような意識の変革があってこそ、「真の成功」と考えているからです。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼勇気を与えてくれたコムソフィア賞</span><br /><br /> 従来は細川元首相夫人としての肩書が先行して、私自身の障がい者に対する活動を評価してくださる方はおりませんでした。ところが母校の上智大学・マスコミソフィア会はスペシャルオリンピックでの私の活動を評価して、コムソフィア賞をくださったのです。そのことが私にとって新たな勇気となり、今日までの活動を支える原動力となっています。ぜひ、今後も勇気を与えてくださるコムソフィア賞を続けていただきたいと思います。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「上から目線」の社会福祉活動を改めて</span><br /><br /> 私は小、中、高校、そして大学もカトリックの教育を受け、社会福祉について開眼させられ、大学卒業後も社会福祉活動を行ってきました。ところが知らず知らずのうちに「上から目線」の取り組みになっていたのです。<br />21年前にスペシャルオリンピックで、熊本のとも子ちゃんが体操種目で銀メダルに獲得したのをニュースで知り、驚いて、当時は熊本にいたので、とも子ちゃんと体操のコーチに会いに行きました。<br /> そのコーチの方から神奈川の牧師さんを紹介され、知り合いになったのがスペシャルオリンピックにかかわるきっかけとなっただけでなく、「上から目線」を改めることになりました。<br /> 「どんなに世の中が発達しても人口の2%は障がいを持った人たちであり、その人たちとともに活動することこそ神様からのプレゼントなのだ。単なるかわいそうという感情ではなく、障がいを気にならない社会を行動で示すことが大切なのです」<br />この牧師さんの言葉が新たな私を芽生えさせました。現在の「勇気の翼」、そのなかでも特にインクルージョン(壁を乗り越え、共にの意味)の活動につながっています。<br /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼友達になることが一番の近道</span><br /><br /> 長年のSOの活動を通して、私が実感しているのは、障がいのある方たちと関わりを持つこと。共に汗を流したり、言葉を交わしたり、一緒に楽しい時間を過ごす交流体験を続け、「友達」になることこそが、相互理解への一番の近道だということです。<br /> 助けや支えを必要とする人たちに接し、手を差し伸べることで、実は私も助けられ、成長し、豊かで温かな気持ちを感じることができます。<br /> 「障がいのあるお友達がいますか?」の問いかけに「はい!」と答える人が過半数になったら、ダウン症や自閉症の人たちがあたりまえに仕事をし、地域に溶け込んだ温かなインクルージョン社会ができているはずです。<br /> 現在は「NPO法人勇気の翼インクルージョン2015」を立上げ、さまざまな角度からインクルージョン社会実現に向けた活動を展開しています。「障がい」に対する偏見や差別等、人々の意識を変えるには頭も心も柔軟な子どもの頃からの「教育」が大切です。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼障がいのある人との交流プログラム</span><br /> <br /> ~『障がいのある方との交流』を通して「友達になる」~<br />こうした交流は、学齢期の子ども達の人間力を高め、個々の違いを認める心を育みます。学校に『障害のある方との交流プログラム』を導入することで、差別や偏見のない思いやり溢れる社会の実現を目指しています。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼障がいのある人がファッションショーに出演</span><br /><br /> お互いを大切な存在と認め合えるインクルージョン社会の実現のために、今、自分に何ができるのかを考え、一歩を踏み出していただくために、普及啓発とPRイベントを実施しています。<br />「インクルージョン デビューコレクション」というのは、障がいのある47人がモデルとなり、芸能人やスポーツ選手らと共にステージを歩くファッションショーです。<br /> 彼らの個性溢れるパフォーマンスに、出演者も観客の方々も、誰もが笑顔でいっぱいの楽しいステージとなります。岡山を中心に新潟、長野、熊本、福岡で展開しています。<br /> 「勇気の翼」は、毎年11月にラジオ生放送と横浜のショッピングモールで開催している参加型普及啓発イベントです。障がいのある方もない方も、共に楽しめるアートイベントや音楽・ダンスの発表会、トークイベントやフロアホッケー体験などを通じて、不特定多数の方々にインクルージョン社会の素晴らしさをPRしています。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼74歳のお年寄りも参加できるフロアホッケー</span><br /><br /> 障がいのある方々との継続的な交流を通して、真の相互理解を促進する活動をしています。<br /> 「ぷれジョブ」による交流は障がいがあったり、他者と意思疎通が図りにくいなどの支援を必要とする子どもたちが、週1回1時間のお仕事体験を通じて、地域社会の一員として自信を持って暮らすことを目指したプログラムです。続けるうちに「街の景色が変わる」と言われています。<br /> 「フロアホッケー」による交流は、年齢・性別・障がいの有無などに関係なく、それぞれの体力や技能レベルに応じて、すべての人が楽しめるユニバーサルなスポーツです。<br /> 例年、長野で大会を開いていますが、今年で7回目になります。障がい者同士の試合ではありません。障がいのある、ないに関係なく、また年齢制限の壁をなくして試合をするのです。74歳のお年寄りから障がいを持った人、それに4歳の子どもまで参加するユニークなフロアホッケーです。これこそがインクルージョンの姿を象徴していると思っています。<br /> 特別支援学級をはじめ、施設や特例子会社など、さまざまな方々がこのスポーツを通じた交流をして、温かな地域づくりを実現しています。(了)<br /><br /><hr size="1" />細川佳代子プロフィール<br />1966年上智大学文学部英文学科卒業。その後仕事でヨーロッパ駐在。<br />1971年細川護熙氏(1963法法)の参議院議員初当選直後に結婚。<br />1993年細川護熙氏が第79代内閣総理大臣就任。内助の功を発揮。<br />1994年スペシャルオリンピックス日本を設立、現在名誉会長。<br />2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会・長野の会長。大会終了後もスペシャルオリンピックスの理念を広げるために日本各地で啓蒙活動を行う。またユニバーサルスポーツとしてフロアホッケーを普及するために日本フロアホッケー連盟を設立。会長を務め、障害、性別、年齢等を超え、共に生きる喜びを感じる社会の実現を目指している。<br />2008年 NPO法人「勇気の翼インクルージョン2015」設立、現在理事長を務めている。<br /><br />細川佳代子ブログ<br /><a href="http://blog.livedoor.jp/kayokohosokawa/" target="_blank" title="http://blog.livedoor.jp/kayokohosokawa/">http://blog.livedoor.jp/kayokohosokawa/</a>
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上智大学は「母なる大地」~ 学園紛争なしに今の自分はない

「コムソフィア受賞者その後」(2)第7回コムソフィア受賞者  「大地を守る会」会長  藤田和芳さん('70法法)藤田和芳氏国際社会や地域社会で貢献した人、国際報道やマスコミ学会で優れた業績を上げたソフィアンズに対し、コムソフィア賞を授与して25年が経とうとしております。 受賞者は30人に達しています。四分の一世紀を迎えようとするのを機に、コムソフィア受賞者に登場していただき、近況報告をはじめ、その後... 「コムソフィア受賞者その後」(2)<br />第7回コムソフィア受賞者  「大地を守る会」会長  藤田和芳さん('70法法)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201204221324115e4.jpg" alt="大地を守る会の藤田氏DSCF4644" border="0" width="430" height="320" /><br />藤田和芳氏<br /><br />国際社会や地域社会で貢献した人、国際報道やマスコミ学会で優れた業績を上げたソフィアンズに対し、コムソフィア賞を授与して25年が経とうとしております。 受賞者は30人に達しています。四分の一世紀を迎えようとするのを機に、コムソフィア受賞者に登場していただき、近況報告をはじめ、その後の活動報告をしていただくことにしました。<br />今回は、第七回(1997年)コムソフィア賞を受賞された「大地を守る会」の会長、藤田和芳さんです。<br />藤田さんは市民運動を展開しながら有機野菜の宅配システムを確立し、その有機野菜は銀座三越地下3階にある「大地を守る会」の青果ショップでも販売するほどになっています。インタビューは海浜幕張の本社で、4月6日に松村裕幸(1970年外・ポ)が行いました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼尊敬する先輩のいる上智を受験</span><br /><br />―出身は岩手県で、高校は水沢高校だったと記憶していますが、当時、上智は東北の出身者が少なくて、ましてや、岩手県から上智を受験するとは、そのあたりを教えください。<br /><br />藤田 出身は岩手県胆沢町で、実家は農家です。水沢高校ではバスケットボールをやっていて、全国大会にも行ったのですが、さすが、バスケットボールでは、将来、身をたてることは出来ないことがわかっておりました。確かに当時の上智大学では岩手県出身の入学は少なかったとは思いますが、上智を受験したのは尊敬する先輩がいたためです。法学部を受けたのは、司法試験を目指すというよりも、将来につぶしがきくのではないかという発想でした。<br /><br />―大学入学後のクラブ活動は?<br /><br />藤田 上智大学新聞部におり、上智大学新聞の編集員でした。<br /><br />―1968年から大学では大変な学園紛争があった頃ですよね。確か上智大学新聞は学園紛争の真っただ中にあって、その最前線だったはずですが。マスコミには興味があったのですか?<br /><br />藤田 学生時代から60年安保のことは、興味があり、日高六郎さんの本が愛読書でした。新聞を読むこともかなり好きでした。当時はベトナム反戦運動と70年安保が生活の一部となり、学生新聞に、学生の反戦を鼓舞するような記事を書いて、大学とひんぱんにぶつかり、けんかをしました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼ピタウ理事長、アンドラ―デ神父が交渉相手</span><br /><br />―実は私も、当時、学生寮に居て、同じポルトガル語のクラスに反帝学評の全国のトップにいた木田芳明がいて、人生で大変な経験をしました。寮では田上桂作が一番の仲間でした。田上や木田はご存知ですか?<br /><br />藤田 もちろん。田上はあの学生時代から紛争中も後にも今でも友人です。木田は、本人だけでなく、弟とも大学卒業後も、ずーっと、付き合いがあります。彼は今コロンビアに居るはずですが…。田上と電話で話しますか?(と言って、九州の田上に電話する)田上、ここに、松村さんがいるが…。<br /><br />田上 おお、松村か?何してるの?藤田の事務所にいるの?何?取材?彼は、2007年のニュースウィーク誌の世界の100人に選ばれた人だから、真面目に、記事を書いてや…。<br /><br />藤田 人生とは本当に摩訶不思議ですね。でも、今思えば、あの学園紛争がなかったら、今の自分はなかったと思いますね。社会に対する不満、人生への葛藤…。でも、あの時代に培われた大学での友人は卒業後40年経った今も、続いているですから…。<br /><br />― 私も、当時の和泉学生会で、処分調査委員会の副委員長をしていて、同じクラスの木田の処分を大学側との調査で、葛藤しましたが、学部を超えた調査委員、今まで、知らなかった法学部長の青柳先生とか柳瀬副学長とのインタビューなど、普通の学生では経験出来ないことをしたと思っています。藤田さんと同じで、あの当時の仲間が一番です。30年海外で生活していて、2年前に日本に帰国し、いの一番に集まってくれたのが、あの当時に仲間です。あの仲間は財産であり、昨年からソフィア会を手伝っているのは、それが原点です。学園紛争の発端の池田君事件の彼も今、弁護士でソフィア会の幹事ですよ。<br /><br />藤田 そうですね。あの当時のことを話したら、エンドレスですね。<br /><br />―当時、大学当局の交渉相手はだれでしたか?<br /><br />藤田 当時のピタウ理事長とアンドラーデ神父です。よく、二人とは考え方の違いで議論をしました。今では懐かしい記憶ですし、大学在学中そして卒業後も、影響を受けたと思っております。考え方の違いを超えた「神の深み」を感じる方たちでした。ピタウ先生は、今でも、お付き合いをしております。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼有吉佐和子の「複合汚染」にも感化</span><br /><br />―大学卒業後はすぐに、現在の「大地を守る会」を設立したのですか?<br /><br />藤田 いや。1970年に大学を卒業した後すぐ勤務したのは、小さな出版社でした。たまたま茨城で、土地改良剤を開発する高倉医師との巡り合いが現在の「大地を守る会」の出発点です。高倉先生は、戦時中毒ガス研究に携わったそうですが、シベリアから引き揚げてきて、港で毒ガスと同じ臭いに驚いた。それがDDTで、農薬にもなり、土壌を荒らし、健康被害の問題になった。<br /><br />―私が滞在していたアフリカでもマラリアのハマダラ蚊撲滅のためにDDTが導入され、ハマダラ蚊が一時は減少しましたが、その結果、土地がダメになりました。<br /><br />藤田 アトピー問題も化学薬品によるものと知って、有機農業の必要性を痛感するようになり、友人4人と「大地を守る会」を結成しました。また、当時は<br />有吉佐和子さんの小説「複合汚染」が発表され、この小説にも感化されました。<br />―確か「大地を守る会」の最初の会長は、歌手の加藤登紀子さんのご主人の藤本敏夫さんでしたよね。藤本さんとは昔からの友達ですか?<br /><br />藤田 いや、藤本さんとは明治大学の反戦・反帝会議で御一緒したことがあったのですが、それほど親しくはありませんでした。立ち上げた4人の内の一人と藤本さんが友達で、刑務所から出てきた後、彼が、活動に興味を持ち、参加したので、彼を最初の会長にしました。<br /><br />―「大地を守る会」は今では、三越の食品売り場でもその一角を占めており、「大地」の野菜でないと買わない「大地」ファンの家庭が多いようですが、それまでの一番の御苦労はなんだったのでしょうか?<br /><br />藤田 やはり、ネットワーキングというチャンネルをつくることが大変でした。それに、命と暮らしを守るという信頼を獲得していくのに時間がかかりました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼TPP参加には大反対</span><br /><br />―藤田さんにとって、「コムソフィア賞」とは何でしょうか?<br /><br />藤田  1997年にコムソフィア賞をいただいたのですが、お陰さまで、<br />上智大学新聞以来の上智のマスコミから賞をいただいて、大変に光栄で名誉と思っています。特に上智大学新聞の諸先輩たちから、特に三菱商事会長の諸橋先輩からは上智大学新聞を廃刊に導いたのは私だとお叱りを受けておりましたので…。それに昨年2011年のコムソフィア賞受賞者の鮎川ゆかりさんは私の長年の友人でもあり、本当に適材者だったと思います。<br /><br />―藤田さんにとって上智大学とは?<br /><br />藤田 家内も上智卒ですし、先程言いましたように、学園紛争当時の右も左とか関係なく仲間になった人たちとは今でも、一生涯の付き合いをしていますし、ピタウ神父を尊敬しております。その意味で、上智大学は 「母」なる大地ですし、上智はファミリィーと考えております。<br /><br />―最後にTPPについてお聞きします。TPPについてどう思われますか?<br /><br />藤田 先ず、原発賛成を唱える人たちはTPP擁護者です。TPPに参加することによって、現在の食糧の自給率が39%から13%に下がることになると言われております。食の安全から言っても、大きな問題です。食の問題は年間1900万にも及ぶ食べ残しとか、富の分配を考えることの方が大事です<br />やはり、「大地を守る会」の根本的な原点である「命と暮らし」「自然環境と調和した、生命を大切にする社会の実現」を目指すという観点から、大反対です。<br />(取材:松村裕幸 '70外ポ)<br /><br /><hr size="1" />藤田和芳氏プロフィール<br /><br />1947年岩手県胆沢郡胆沢町(現・奥州市)出身。岩手県水沢高校卒業後、1970年上智大学法学部卒。1975年大地を守る会を立ち上げ、現在株式会社大地を守る会代表取締役社長。一般社団ソーシャル・ビジネス・ネットワーク代表理事、一般社団アジア民衆基金会長。100万人のキャンドルナイト呼びかけ人代表、アジア農民元気大学理事長、ふるさと回帰支援センター理事。1997年コムソフィア賞受賞。2007年Newsweek [世界を変える社会企業家100]に選ばれる。
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コムソフィアヘッドライン

コムソフィアヘッドライン 2012年4月20日付け(3月30日から4月15日まで)最近のソフィアンズのマスコミに取り上げられたものを抜粋してご紹介しています。日時掲載メディア氏名卒業年掲載内容15-Apr朝日新聞井上ひさし1960・外・仏 作家ガリバーの冒険」 文 文藝春秋社15-Apr朝日新聞原沢敦1979・文・新 読売巨人軍代表兼GMGeneral Managerとはの記事15-Aprカトリック新聞ジャイメ・コエーリョ19... コムソフィアヘッドライン 2012年4月20日付け(3月30日から4月15日まで)<br /><br />最近のソフィアンズのマスコミに取り上げられたものを抜粋してご紹介しています。<br /><br /><table width="620"border="2"><thead><tr><th>日時</th><th>掲載メディア</th><th>氏名</th><th>卒業年</th><th>掲載内容</th></tr></thead><tbody><tr><th>15-Apr</th><td>朝日新聞</td><td>井上ひさし</td><td>1960・外・仏 作家</td><td>ガリバーの冒険」 文 文藝春秋社</td></tr><tr><th>15-Apr</th><td>朝日新聞</td><td>原沢敦</td><td>1979・文・新 読売巨人軍代表兼GM</td><td>General Managerとはの記事</td></tr><tr><th>15-Apr</th><td>カトリック新聞</td><td>ジャイメ・コエーリョ</td><td>1967・神・神院 元上智大学教授</td><td>現代日葡辞典など みんな燦燦の欄の記事</td></tr><tr><th>14-Apr</th><td>NHK</td><td>片山千恵子</td><td>2008・外・イ NHKアナウンサー2004年ミスソフィア</td><td>週刊プレマップほか 担当出演</td></tr><tr><th>14-Apr</th><td>TBSテレビ</td><td>三雲孝江</td><td>1977・外・仏</td><td>ニュースキャスター コメンテーター 出演</td></tr><tr><th>13-Apr</th><td>朝日新聞</td><td>新妻聖子</td><td>卒年不詳 女優</td><td>ミュージカル ミス・サイゴン 7月公演</td></tr><tr><th>12-Apr</th><td>テレビ朝日</td><td>伊豆見元</td><td>1977・院外 静岡県立大学教授</td><td>北朝鮮コメンテーター</td></tr><tr><th>12-Apr</th><td>朝日新聞夕刊</td><td>井上ひさし</td><td>1960・外・仏 作家</td><td>「闇に咲く花」公演 案内記事</td></tr><tr><th>12-Apr</th><td>NHK</td><td>宮地信幸</td><td>1991・文・新 セブンイレブン 勤務</td><td>Biz+番組出演 コンビニ好調 鍵は女性客</td></tr><tr><th>12-Apr</th><td>週刊文春</td><td>細川護煕</td><td>1963・法・法 元総理大臣</td><td>中国 詩心 を旅する 達磨</td></tr><tr><th>11-Apr</th><td>朝日新聞</td><td>今野敏</td><td>1979・文・新 作家</td><td>罪責 潜入捜査 実業の日本社文庫</td></tr><tr><th>10-Apr</th><td>読売オンライン</td><td>石井苗子</td><td>中退 作家</td><td>石井苗子の健康術 執筆</td></tr><tr><th>9-Apr</th><td>読売オンライン</td><td>白鵬</td><td>(特別講演)</td><td>400名の上智大学で講義</td></tr><tr><th>7-Apr</th><td>朝日新聞</td><td>芹沢俊介</td><td>1966・経・経 評論家</td><td>追悼 吉本隆明 文学界 5月号 執筆</td></tr><tr><th>7-Apr</th><td>朝日新聞</td><td>小澤征良</td><td>1996・外・比 2003年第13回コムソフィア特別賞</td><td>すばる 5月号 連載小説</td></tr><tr><th>6-Apr</th><td>朝日新聞</td><td>関川夏央</td><td>中退 作家・評論家</td><td>リニアは止まらない ロマンな旅好かれるか インタビュー</td></tr><tr><th>2-Apr</th><td>NHK</td><td>杉浦友紀</td><td>卒年不詳 NHKアナウンサー2003年ミスソフィア</td><td>おはようにっぽん スポーツ担当 出演</td></tr><tr><th>1-Apr</th><td>朝日新聞</td><td>知花くらら</td><td>2006・文・教タレント2006年ミスユニバース世界2位</td><td>思い出す本 忘れない本 執筆</td></tr><tr><th>1-Apr</th><td>カトリック新聞</td><td>イシドロ・リバス</td><td>1960・神・神院 元上智大学教授</td><td>結婚 生涯ともに誠実に ドンボスコ社 執筆</td></tr><tr><th>1-Apr</th><td>上智新聞</td><td>水谷修</td><td>1981・文・哲 2003年第13回コムソフィア賞受賞者</td><td>生徒と共に歩み続ける 夜回り先生 紹介記事</td></tr><tr><th>1-Apr</th><td>上智新聞</td><td>原沢敦</td><td>1979・文・新 読売巨人軍代表兼GM</td><td>取材の基本は全てに通じる 紹介記事</td></tr><tr><th>1-Apr</th><td>上智新聞</td><td>古谷有美</td><td>2011・外・英 TBSアナウンサー</td><td>聞き上手になりたい 紹介記事 2008年ミスソフィア</td></tr><tr><th>31-Mar</th><td>ウエッジ出版</td><td>渡辺頼純</td><td>1976・文・哲 慶応大学教授</td><td>TPP 執筆</td></tr><tr><th>30-Mar</th><td>朝日新聞夕刊</td><td>井上ひさし</td><td>1960・外・仏 作家</td><td>言語小説集 新潮社</td></tr></tbody></table>
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三水会3月講演会「誰も知らない地方政治の実態」稲垣淳子氏

■講演テーマ:誰も知らない地方政治の実態■講師: 中野区議会議員 稲垣淳子(いながきじゅんこ)さん('94年外仏)     ■日時:2012年3月21日(水)19時~21時■場所:ソフィアンズクラブにて■参加者数:20名 稲垣淳子氏□今月の三水会講師は、中野区区会議員選挙で2007年に無所属で初当選、そして昨年は2位で再当選した稲垣 淳子さん(無所属)。 清楚でエレガントな雰囲気の方だが、会社勤務を辞め、「政治を良くしたい」... ■講演テーマ:誰も知らない地方政治の実態<br />■講師: 中野区議会議員 稲垣淳子(いながきじゅんこ)さん('94年外仏) <br />    <br />■日時:2012年3月21日(水)19時~21時<br />■場所:ソフィアンズクラブにて<br />■参加者数:20名 <br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120416111308a3c.jpg" alt="三水会稲垣_正面RIMG20769" border="0" width="430" height="320" /><br />稲垣淳子氏<br /><br />□今月の三水会講師は、中野区区会議員選挙で2007年に無所属で初当選、そして昨年は2位で再当選した稲垣 淳子さん(無所属)。 清楚でエレガントな雰囲気の方だが、会社勤務を辞め、「政治を良くしたい」という強い思いで区会議員になったという熱い闘志を内に秘めている方だ。特に教育問題に取り組みたいと思っているが、実情はなかなか厳しいという。「この講演会を通して、地方政治の実態を知っていただき皆さんに行動を起こしてほしいと思います」と訴えていた。<br /><br />選挙結果HP:<a href="http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/711000/d004577.html" target="_blank" title="http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/711000/d004577.html">http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/711000/d004577.html</a><br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201204161115287d4.jpg" alt="三水会稲垣_質問RIMG20790" border="0" width="430" height="320" /><br />講演会場の様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「皆さん、投票に行かれますか?」</span><br /><br />□講演は、まず、「2009年の国政選挙と、4年に1度の2011年の市・区議会議員選挙投票に行った人はどのくらいですか」という会場への問い掛けから始まった。参加者ほぼ全員が挙手。「さすがに意識が高い方が、この会は揃っていますね」と稲垣さん。<br /><br />□中野区では国政選挙の投票率は約60%、地方選挙は40%を切ることもあるという。また中野区の場合は、区長選挙が、単独に行われる場合が多く、このときの投票率は30%を切る場合もある。都市部では特に、地方選挙に対する意識は一般的に低いというのが現実だ。選挙に全く行かず、自分の居住地域の市長・区長の名前さえも知らない人が多い。はからずも、三水会参加者の市民・区民意識の高さが明らかになった。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼中野区の概要</span><br /><br />□「自分の住んでいる市や区の仕組みがどうなっているのか、皆さんご存じでしょうか?」<br /><br />稲垣さんは地元中野区の概要についてデータを見ながら本題の具体的説明に入った。<br /><br /><blockquote><p>■中野区の概要<br />人口:  310,332人 (外国人登録者数 11,335人)<br />世帯数: 177,325世帯<br />面積:  15.59k㎡ (東京都の総面積(2,186.61平方キロメートル)の約0.71%)<br />区長:  田中大輔<br />(データは平成24年3月1日現在)<br /><br />■中野区議会の概要<br />定数: 42名(女性議員 11名)<br />会派構成<br /> 自民党   14名<br /> 公明党    9名<br /> 共産党    6名   <br /> 民主党    4名    <br /> みんなの党  2名<br /> 無所属     7名<br /><br />■定数: 42名(女性議員 11名)<br /></p></blockquote><br /><br />特に注目される点は、次の点である。<br />1.区長の権限が非常に強い<br />2.区議会の政党数内訳は国政と、は全く異なる<br /><br /> <span style="font-size:large;">▼強い区長の権限</span><br /><br />□予算の中身を決める権限は区長だけにある。よく区議会議員選挙演説で、「自分が議員になったら、このような政策を行う」と候補者が訴えている。しかし予算編成権は区長にしかないため、現実的には難しいと言える。区議会議員(地方議員)は、区長が出してきた予算の内容(例えば社会保障、教育などへの金額の内訳)に対して質疑を行い反対か賛成かの立場を表することだけしかできないのだ。それほど、区長の権限は大きい。そこで、「有権者は、まず自分の居住地域の市長・区長がどのような人か、よく見極めて、選挙に足を運んでほしい」と、稲垣さんは強調する。市長・区長の手腕や考え方によって、私達の日常生活が大きく左右されることになるからだ。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼国政と全く異なる政党数内訳</span><br /><br />□「中野区議会の概要・会派構成」にあるように民主党は中野区議会では少数で、国政とは全く異なることが分かる。自民、公明、共産党が多数を占めている。<br /><br />□区民の利害とは無関係の政党同士の無用な対立が多いこともあり、稲垣さん自身は無所属を通しているという。また地方議会は、国会のように議員内閣制度ではなく、二元代表制で、「区長 対 議会」で多数決の賛否によって決定される。そこでは、区長と多数派を占める政党の間でお互いに恩を売るような「慣れ合いの関係」の構図があるらしい。無所属の少数派の意見は通りにくい傾向があるので、陳情は多数派政党の議員に集中するようだ。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼自民党議員が多い中野区</span><br /><br />□このような背景があるため、区議会では、発言の内容ではなく、どの立場(政党)のだれが発言したのかが重視されるという。<br /><br />□中野区の特徴は自民党が多く、支持者は地元の地主や商店主で、地域密着型の政治色が強い。隣りの渋谷区は、自民と民主が半々くらいと地域によって異なる。東京のような都市部では地方に比べて女性議員の割合が高いという。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼税金の仕組み</span><br /><br />□次に「歳入決済額の推移」(図1)、「歳出決算額の推移」(図2)、「扶助費の推移」(図3)を見ながら、どのようなシステムで税金が徴収され、また支出されるかを説明してくれた。<br /><br />□基本的に23区の場合は、「住民税」、「たばこ税」、「軽自動車税」の3つの税金だけが区が直接徴収できる。しかし固定資産税、法人住民税は東京都が一括徴収し、「特別区交付金」として各区の財政状況に応じて格差が生じないよう各区に分配される。いわば東京都からの「お小遣い」と言える。住民税収が多い、渋谷区や港区はこの交付金額は少ない。しかし中野区、足立区、台東区、北区等、住民税収が少ない自治体はこの交付金の恩恵を受けることになる。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120416111747dfb.jpg" alt="三水会資料_稲垣_1-s" border="0" width="430" height="304" onclick="popupImage('http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120416111747dfb.jpg')" /><br />「歳入決済額の推移」(図1)※クリックで拡大<br /><br /><span style="font-size:large;">▼タバコは居住地で購入を</span><br /><br />□「たばこ税」は直接徴収できるため、ある店舗でたばこを購入すると、その購入店舗がある区の税収になる。当然繁華街やビジネス街の多い新宿区や港区等のたばこ税収入は大きい。中野区のたばこ税の収入は約17億円だが、新宿・港区だと40億円以上になるという。健康には、たばこはよくないが、税収源としての観点からは、滞納がなく、区にとっては最高だという。<br />□「喫煙者の方は、ご自分の居住区内で購入してください。(笑)」と付け加えた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼問題多い支出</span><br /><br />□出ていくお金、つまり支出を大まかに分けると、義務的経費とそれ以外に大別される。<br />義務的経費で問題なのは人件費だ。区職員、区議会議員の費用が主で、中野区では以前は職員が2500人以上いたが、今は2000人を目指している。職員を減らした分は民間に部分的に委託しているが、この費用は物件費として支出される。ところが民間委託の数字はブラックボックスになっていて、人件費としてどれだけ支出されたかは明らかにされていない。つまり人件費が本当に減ったのかどうかは不明なのだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201204161119144d4.jpg" alt="三水会資料_稲垣_2-s" border="0" width="430" height="304" onclick="popupImage('http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201204161119144d4.jpg')" /><br />「歳出決算額の推移」(図2)※クリックで拡大<br /><br /><span style="font-size:large;">▼増える生活保護費と子ども手当</span><br /><br />□さらに問題なのは扶助費だ。扶助費の推移を見ると分かるように年々、生活保護費と子ども医療費助成が増え続けている。<br />□生活保護費は、平成13年度は87億円だったが、平成24年度予算では160億円以上で、約10年前に比べ、ほぼ倍増している状況だ。これは国の法定受託義務で、4分の3が国の負担、4分の1が自治体の負担である。以前この負担割合を1対1にしたいという提案が国からあったが、各区市町村が拒否してこの割合で継続されている。生活保護をもらう人は医療費が無料なので、どんな費用がかかる治療であっても気軽に病院に行ける。23区では小中学生の医療費は自治体から全額補助されるので無料で、少子化にも関わらず、増加し続けているという。具体的にみると、部活動後のスポーツマッサージも補助で受けていたり、無料によるコンビニ受診によって緊急医療の必要な子どもが後回しにされたりする事例があるので、検討が必要ではないかという。<br />□「本当に必要とする人のために、お金が使われているのか疑問に思うこともあります」という。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012041611203251f.jpg" alt="三水会資料_稲垣_3-s" border="0" width="430" height="304" onclick="popupImage('http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012041611203251f.jpg')" /><br />「扶助費の推移」(図3)※クリックで拡大<br /><br /><span style="font-size:large;">▼国民健康保険料の未納率は3割</span><br /><br />□国民健康保険料の未納率は中野区では3割で、増加し続けている。本来なら医療や介護に使うべきお金ではない一般会計のお金がこの穴埋めのために、8億円以上も中野区では使われている。<br /><br />□「国保については、以前は一次産業従事者が多く加入していたが、今は、派遣社員等収入が不安定な若い人が4分の3くらいを占めているので、払いたくても払えない人が増加しているのが現状。これで保険料を値上げしても未納が増えるだけで、抜本的改革が必要ではないだろうか」と稲垣さん。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼地方政治にもっと関心を</span><br /><br />□最後に稲垣さんは「講演で一番訴えたかったのは、少しでも地方政治の実態を知り、関心を持ってもらいたい。そして、区長、区会議員の主張・行動を良く考慮して、投票をしてほしい」と述べた。<br /><br />□「地方自治体の納税者の80%はサラリーマンですが、その声がないがしろにされがちな現状を少しでも改善したい」という。「また地方政治について知らない人や無関心の人が多いので、まず現状を知ってもらうことで、少しでも、地方政治に関心を持ってほしい」と訴えた。<br />最後の質問コーナーでは、役所の労働効率、税金、国民健康保険等について、さまざまな意見交換が行われた。<br /><br />(感想)<br />□区長の権限がこんなに大きいとは知らなかったし、自分の身近なところにある地方政治を改めて見直す良い機会で大変勉強になった。数年後の地方選挙のときに参考にしたいと思った。淡々とした口調で熱い思いを語られた稲垣さんの今後の活躍を応援したい。<br />この講演会は昨年9月に開催予定だったが、台風の影響で2012年3月まで延期になった。<br /><br />(報告 山田洋子 '77外独)<br /><hr size="1" />プロフィール<br />稲垣淳子(いながきじゅんこ)さん(’94年外仏)<br />中野区議会議員<br />福岡県生まれ。’94年フランス語学科卒業後、会社員を経て翻訳家として独立。<br />その後、2007年4月無所属で中野区議会議員初当選(36位1,753票)。<br />無所属会派「一粒会」を立ち上げ活躍、昨年の改選では2位で無所属再選を果たした。<br />(2011年2,852票)
  • Date : 2012-04-15 (Sun)
  • Category : 三水会
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統治システムと首相公選論 今成勝彦氏('70年文新)

統治システムと首相公選論 ―橋下改革と船中八策に注文―桜美林大学講師、学習院女子大学講師元・共同通信社ワシントン特派員政治記者今成勝彦('70年文新)写真:今成勝彦氏 橋下大阪市長らが打ち出した船中八策を見て、やっと日本の政治改革も小手先ではなく、根っこから変えないと立ち行かなくなるとの危機感が出てきた、と感じた。彼らが主張する改革案の中に「首相公選論」が織り込まれたからだ。約15年も前にアメリカ議会制... <span style="font-size:large;">統治システムと首相公選論 ―橋下改革と船中八策に注文―<br /><br />桜美林大学講師、学習院女子大学講師<br />元・共同通信社ワシントン特派員政治記者<br />今成勝彦('70年文新)<br /></span><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120408124015bf0.jpg" alt="今成勝彦氏" border="0" width="100" height="100" /><br />写真:今成勝彦氏<br /><!--<img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120408121513823.jpg" alt="今成写真2" border="0" width="150" height="200" />--><br /><br /> 橋下大阪市長らが打ち出した船中八策を見て、やっと日本の政治改革も小手先ではなく、根っこから変えないと立ち行かなくなるとの危機感が出てきた、と感じた。彼らが主張する改革案の中に「首相公選論」が織り込まれたからだ。約15年も前にアメリカ議会制度から学ぶ、として首相公選の是非を著作で世に問うた私としては、ここに目を向け改革が進めば、と願う気持ちはある。<br />しかし、その一方で、本気で首相公選論を突き進むと、明治以来の天皇制を軸とした統治システムを壊わさざるを得なくなる。そんな高いハードルを越えていく覚悟が本当に橋下氏らにはあるのか、疑問がわいてくる。これまでといささか毛色が違っただけの橋下氏らの維新に気を奪われ、この国がいま問われている本質的な課題の大きさから目をそらしてはならないはずだからだ。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽大統領的首相とは違う<br /></span><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120408121643f7e.jpg" alt="今成写真4" border="0" width="430" height="320" /><br />写真:ワシントン特派員時代に親しかった友人の弁護士と(1987年ころ)<br /><br />約25年前、さっそうと登場した中曽根元首相も、持論に「首相公選論」を掲げた。しかし、同じ首相公選論を政治改革の柱に立てながら、橋下氏のそれとは大きく異なる。戦後政治の総決算をスローガンに戦後政治の惰性を排そうと試みた中曽根氏が欲しかったのは、何よりもアメリカの大統領のような強力な行政権限であった。その法源を国会の多数を率いる政党党首として内閣を組織する議院内閣制ではなく、国民から直接選ばれた強みをもった大統領的な首相に変えたかったのである。<br />国会の顔色をうかがいながらではなく、思う存分指導力を発揮するには、その裏付けとして国民から直接選ばれた、とのお墨付きが必要だったわけだ。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽統治システムに目を付けた慧眼<br /></span><br />これに対して、橋下氏らの発想は、統治システムそのものを変えたいとするところに違いがある。法律家らしい発想だ。つまり、日本のさまざまな行き詰まりが、現行憲法の枠組みに盛られた統治システムそのものにある、と気づいた。その手直しだけでは、もう立ち行かないところにまで来ているとの危機感である。<br />おなじ議会制民主義の大枠に乗りながらも、日本の統治システムが決定的欠陥となっているとの認識だ。官僚によるお膳立てがなければ一日も立ち行かないところに立法府の脆弱性があり、その上に立って議院内閣制が形作られているためだ。<br />実際、立法府でありながら、議会が自らのイニシャチブで法律を作るのはわずかである。9割近くの法案が官僚の手による内閣法(閣法)だからだ。<br />国会はそれを審議してお墨付きを出す単なる承認機関に成り下がっているといっても過言ではない。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽日米議会制度比較から気付いた立法府復権、ヒト・モノ・カネを<br /></span><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120408121802c0e.jpg" alt="今成写真3" border="0" width="430" height="320" /><br />写真:H.ベーカー元駐日大使(右)夫人(中央左)と。ベーカー氏は、ワシントン特派員時代は上院院内総務で、米上院の重鎮だった。夫人もカッセンバーム上院議員として活躍、その後、白亜の恋を経て結婚した。(2005年、米大使館パーティで)<br /><br />私は、30代の終わりから40代の初めをワシントン特派員としてアメリカ政治を追った。その前10年間、国内政治を取材した私は、どうせどの国の議会も単なる承認マシンとタカをくくって、米議会の取材を始めた。ところが、そこでは実に強力な権限をもつ立法府の姿を見せつけられ、アメリカ政治のダイナミズムがそこから生まれている現実に触れ、衝撃を受けたのである。<br />米議会は、法律の提案権を独占する。議員以外に法案提出権限を認めない。加えて法律を実行する上での裏付けとなる予算の編成から承認までを担当する。さらには、行政府、司法の主要人事への承認権を持つ。行政府によるいわゆる政治任命(ポリティカルアポンティー)人事まで議会の同意権が及ぶ。このように、ヒト・モノ・カネのすべてに立法府が権力を発揮することで行政府や立法府をけん制できる仕組みが機能していると言える。<br />統治システムだけを見れば、「戦争権限法」などに見られるように、行政権のトップに立つ米大統領の権限は、議会によって抑制され、勝手に独り歩きできない仕組みが作られている。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽なぜ米国は議院内閣制を押し付けたか。<br /></span><br />第2次大戦の敗北を受けて、新憲法が定められた。今日の統治システムが定めまったのである。しかし、民主主義の旗手をもって任じるアメリカが日本の新しい姿としてなぜ、大統領制を求めなかったのだろう。GHQの憲法草案は初めから議院内閣制を前提としている。本来なら。戦争責任を取らせなければならない天皇ヒロヒトの退位と天皇制による統治システムの廃止が求められてしかるべきだったはずだ。<br />戦後、67年経って未だに解き明かされていない歴史の闇がいくつかある。この点もその一つだ。確かに、天皇の権威を使って戦後の日本統治をスムーズに進めたかった連合国側の思惑が先行した、との説明には一定の理解ができよう。しかし、その結果、明治の太政官制以来脈々と続いてきた官僚制が温存され、この国の将来にこれほど重くのしかかってくるとは、さすがの米国にも考えられなかったのかもしれない。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽「国体護持」と「官僚制維持」は同意語?<br /></span><br />終戦前夜の歴史を振り返るたびに日本軍の降伏条件に「国体護持」が登場する。一見、天皇制を維持したい忠臣的思想に見える、しかし、その裏側にあるのは、天皇制と表裏一体の関係にある官僚制の温存があったと言える。天皇の忠実な臣下として政治を支えてきた官僚システムをどう温存するかが当時の為政者たちの主要関心事であり、そのための画策であったと私には見える。つまり「国体護持」が「官僚制維持」と同意語であった言えるのではないか。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽戦後も生き延びたしたたかな官僚システム<br /></span><br /><a href="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012040812192558f.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2012040812192558f.jpg" alt="今成写真1" border="0" width="225" height="300" /></a><br />写真:学習院女子大講師としてアメリカ議会制度の資料集めに米議会を訪れたときに(2004年)<br /><br /> 政治記者当時、ある若手官僚と議論していたとき、この人物の口をついて出た次の言葉が気になったのを鮮明に覚えている。<br />「万一、日本が共産党による一党独裁に代わっても、我々(官僚機構)の支えがなければ1日たりとも統治はできない」<br />強烈なエリート官僚の自信の表れと受け取ったが、今になってみると、それ以上に官僚システムへの本質を語っていたと言える。真の支配者は体制に関係なく「官僚」なのだと宣言しているのと同じだから。民主党への政権交代、野田政権による増税路線への流れをみると、「脱官僚」を掲げる民主党の青臭い政治スローガンを気にもかけず、着々と増税への道筋を進ませるしたたかな官僚機構の姿が見える。<br />彼らは、財政ひっ迫から日本を救う、としながら、その裏でちゃっかりと官僚システムがなければ、民主党の政治は子供の遊びにすぎない、と突き放す本音が聞こえてくる。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽立法府の機能の本質<br /></span><br />だからと言って、議院内閣制が時代遅れだとは思わない。公正な選挙によって選ばれた国会議員の多数派が、行政府を指導するこの制度自体は、決して国民主権に逆行するものではない。現にイギリス議会は議院内閣制によってその権限を発揮し、国の運営に当たっているからだ。<br /> 問題は、立法府がその権限をいかんなく発揮できるために現行憲法にはない権限をどう取り戻すかにある。首相公選制にしただけは意味がない。<br />立法府がその権限を発揮できる仕組みがなければ、行政府の独走を許し、立法府が形骸化するだけである。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽首相選出方法だけに目を奪われるな<br /></span><br />首相の公選制とあわせて、厳密な立法権の実行、すなわち法律は議員提案のみとすること。事実上財務省に握られている予算編成権を内閣から、国会に移す。主要官庁の局長以上の人事は、国会が握って離さない。このような官僚機構へのグリップがあれば、立法府は本来の機能を発揮できる。官僚機構をコントロールできるだけの政策力をつけていくには、まず、その裏付けである権能を整えるところから始めるべきではないか。<br /> 橋下氏らの船中八策には、こうした立法府の復権という視点が十分ではない。統治システムから日本を変えていくには、憲法改正も辞さないと口にする。ここまではいいのだが、本当に統治システムを根本から変えていく覚悟が橋下氏らにはあるのだろうか。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽突き詰めると天皇制廃止に至る<br /></span><br />首相公選制にするとは、衆議院に優先議決権がある首相指名選挙を廃止し、その代わりに、首相選出のための国民投票を行えばよいというだけではない。事実上、議院内閣制から共和制への移行になるのだから、当然、憲法上も天皇の位置が変わってくる。天皇に残されている様々な国事行為の廃止はもちろん、「国民統合の象徴」とされる天皇制の廃止まで覚悟しないといけなくなる。<br />口では、新鮮な発想で旧来の政治を批判する橋下氏らだが、本来、血の革命を経なければ手にできない改革を本気で進める覚悟がどれだけあるのか。そこを国民に明確に示しながら「維新」を進めない限り、結局は「口先改革」の域を出ないだろう。<br /><br /><span style="font-size:large;">▽「聞こえのいい話は疑え」<br /></span><br />見栄のいい蝋細工の料理サンプルを陳列ケースに並べる。ところが、それをみた客がその料理を注文すると、「時間がかかる」「言い材料がそろわない」などと言い訳ばかり。挙句の果てには、これまでより高い値段で、何の変哲もない平凡な料理を押し付ける。そんなインチキ商売と同じで、おいしい話ばかりマニフェストに盛り、国民の期待を集めたが、いざ注文すると、言い訳と同時に「値上げ(増税)」を求めてくるのが今の民主党のやり方なのだ。<br /><br />「聞こえのいい話は疑え」とは、昔から政治に対する民衆の知恵である。橋下改革がそう言われ、国民から愛想づかしを食らわないよう、「船中八策」への覚悟とその裏付けを示すべきだろう。(了)<br /><br /><hr size="1" />今成勝彦氏プロフィール<br /><br />今成勝彦(イマナリカツヒコ) 桜美林大学講師、学習院女子大学講師、元・共同通信社ワシントン特派員政治記者、新聞協会紙面審査懇談会前委員、著書「国際情報論」「米国議会制度」など多数。<br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4900747319/twoc-22/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51RYJQPZ20L._SL160_.jpg" border="0" alt="首相公選は日本を変えるか―アメリカ議会のダイナミズムに学ぶ (21世紀の礎ブックス)" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4900747319/twoc-22/" target="_top">首相公選は日本を変えるか―アメリカ議会のダイナミズムに学ぶ (21世紀の礎ブックス)</a><br />今成 勝彦 <br /><br />いしずえ 2001-06<br />売り上げランキング : 593208<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4900747319/twoc-22/" target="_top">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table>
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4月8日に2100回を迎える「遠くへ行きたい」村田亨氏

ディスカバージャパンに40年かかわり続けた村田亨さん('64外露)    読売テレビ・日本テレビ系列で毎週日曜朝7:30~8:00に放映されている「遠くへ行きたい」が今度の日曜日で放送2100回を迎える。この番組を担当しているのがマスコミソフィア会の幹事で、テレビマンユニオンのプロデュユーサー、村田亨さん('64外露)だ。    村田亨氏この番組はテレビマンユニオンが発足してわずか8か月後の1970年10月からスタートした... <span style="font-size:large;">ディスカバージャパンに40年かかわり続けた村田亨さん('64外露)<br /></span>   <br /> 読売テレビ・日本テレビ系列で毎週日曜朝7:30~8:00に放映されている「遠くへ行きたい」が今度の日曜日で放送2100回を迎える。この番組を担当しているのがマスコミソフィア会の幹事で、テレビマンユニオンのプロデュユーサー、村田亨さん('64外露)だ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120403102419b82.jpg" alt="村田亨" border="0" width="150" height="150" /><br />    村田亨氏<br /><br />この番組はテレビマンユニオンが発足してわずか8か月後の1970年10月からスタートした長寿番組。6800万人の民族移動を成し遂げた大阪の万国博が終了したため、国鉄(現JR)は、さらに新幹線や電車を利用して多くの人たちに全国津々浦々まで旅をしてもらおうとこの番組を企画した。<br /><br />従来の名所旧跡中心の旅番組ではなく、あまり知られていない地方の良さを紹介しようと最初は永六輔さんが単独で毎回登場した。<br /><br />この番組に村田さんがかかわり続けて40年。同じ番組に一人のプロデューサーが40年もかかわり続けているのは恐らく日本では村田さんただ一人。世界的にもギネス世界記録になるのではないか。<br /><br />2100回目の旅人は徳光和夫さんで、北海道へ行く。村田さんからは「徳光さんの話芸と旅先での出会いがマッチして大人が楽しめる旅となったと思います。少し早起きしてご覧いただければと思います」というメッセージが寄せられた。<br /><br /><hr><strong>遠くへ行きたい「2100回記念は徳光和夫北海道旭川の旅」<br />04月08日(日)7:30~8:00(読売テレビ・日本テレビ系列)※各地の放送時間は下記を参照<br /></strong><br /><系列各局放送時間><br />日本テレビ:(日)7:30<br />札幌テレビ:(火)10:25<br />青森放送:(金)10:25<br />※毎月第1週目は休止<br />山形放送:(日)7:30<br />テレビ新潟:(日)25:20<br />中京テレビ:(日)7:30<br />読売テレビ:(日)7:30<br />日本海テレビジョン:(土)05:29<br />広島テレビ:(日)7:30<br />南海放送:(日)7:30<br />福岡放送:(日)7:30<br />長崎国際テレビ:(日)16:55<br />山梨放送:(水)9:55<br />北日本放送:(金)15:55<br />テレビ大分:(火)10:25<br /><br />※放送時間については、各局にお問い合わせください。<br />各局の都合により、放送日時が変更されることがあります。ご了承ください。<br /><br /><hr><参考><br />遠くへ行きたい(テレビマンユニオン公式ホームページ)<br /><a href="http://www.to-ku.com/" target="_blank" title="http://www.to-ku.com/">http://www.to-ku.com/</a><br />遠くへ行きたい(読売テレビ公式ホームページ)<br /><a href="http://www.ytv.co.jp/tohku/" target="_blank" title="http://www.ytv.co.jp/tohku/">http://www.ytv.co.jp/tohku/</a><br />遠くへ行きたい2100回記念(日本テレビ番組ページ)<br /><a href="http://www.ntv.co.jp/program/detail/2188787.html" target="_blank" title="http://www.ntv.co.jp/program/detail/2188787.html">http://www.ntv.co.jp/program/detail/2188787.html</a>
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コムソフィア賞から7年 ―センシュウはソフィアになるのです―

「コムソフィア受賞者その後」(1)第15回コムソフィア受賞者  専修大学教授  佐島直子さん('78法法) 2005年にコムソフィア賞を頂戴してから7年が経ちました。前年(2004年)に編集代表として刊行した『現代安全保障用語事典』が皆様のお目に留まったようで、過分なご評価をいただいたことを今でも感謝しております。それもこれも、志を同じくする共著者や編集者の存在あってこそ、でしたが、防衛庁(現防衛省)というマイ... 「コムソフィア受賞者その後」(1)<br />第15回コムソフィア受賞者  専修大学教授  佐島直子さん('78法法)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20120402101230272.jpg" alt="佐島直子" border="0" width="217" height="154" /><br /><br /> 2005年にコムソフィア賞を頂戴してから7年が経ちました。前年(2004年)に編集代表として刊行した『現代安全保障用語事典』が皆様のお目に留まったようで、過分なご評価をいただいたことを今でも感謝しております。それもこれも、志を同じくする共著者や編集者の存在あってこそ、でしたが、防衛庁(現防衛省)というマイナーな官庁で19年間勤務し、「安全保障」というアカデミズムでは敬遠されがちな分野で細々と研究を続けていた「私」のような目立たない存在に、よくもまあ気が付いてくれたものだ、母校とはなんとありがたいものか、という「うれしい驚き」が当時の正直な気持ちでした。<br /><br /> ちゃんと見ていてくれた、がんばってきてよかった、生きてきてよかったとこみ上げる感情を、授賞式で抑えきれなかったことを昨日のことのように覚えています。そして、スピーチで、「もっともっと安全保障を一般人や学生の身近にひきつけられるような教科書、叢書を刊行していきたい」と申し上げたとおり、この7年間、安全保障に関わる啓蒙書の執筆に傾注してまいりました。<br /><br /> しかしながら、少子高齢化の加速する日本において中堅私立大学教員の仕事は激務であります。自由闊達に思う存分筆をふるう、といった環境ではありません。途中、非定型抗酸菌症という特異な病気で長期療養を余儀なくされたこともあり、細切れの限られた時間に、自身を鼓舞して書き続けるのが精一杯だったと言わざるを得ません。<br /> それでも、叢書『日本の安全保障』シリーズ、Japanese Sea Power、JANZUS: towards complementary security arrangementsなど、自分でもいったいいつ書いたんだろうと思うほど沢山の論考を世に問うことができました。<br /><br /> 2010年には、拙稿がスペイン語とカタルニア語に訳されバルセロナ大学の教科書になりました。また、2011年には『安全保障ってなんだろう』(勁草書房)を上梓、第一部の理論に加え、第二部では思い切って歴史を取り上げてみました。歴史学者の先生方にはお叱りを受けるかもしれませんが、私なりの「今日的教訓」という視座を設定しました。お恥ずかしい限りですが、「佐島史観」と呼んで下さる方もおいでです。<br /><br /> 現状において、客観的に自分の能力や環境に照らし、スピーチでお約束したことは、「やりつくした」の感があります。しかも2012年の1月に、専修大学学内の選挙で、教養教務委員長(昔風に言えば教養学部長)に選出されてしまいました[4月着任予定]。この際、筆を休め、新職に専心すべきであろうと思料しております。<br /><br /> それにしても、思い出すのは、数年前、学年の同窓会にピタウ先生においでいただいた時のことです。私が母校ではなく専修大学に勤務していることを申し上げますと、ピタウ先生は即座に「それで良いのです。上智でなくて良いのです。貴女のいるところがソフィアです。そしてセンシュウはソフィアになるのです」とおっしゃいました。<br /><br /> 今、責任ある職責を目の前に、そのお言葉をかみしめております。<br />(佐島直子 '78法法 専修大学教授)<br /><br /><hr size="1" /><strong>佐島直子 略歴</strong><br /><br />1955年東京都生まれ 。お茶の水女子大付属高等学校卒業 。上智大学法学部卒業。 青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修了 。1982年~2001年 防衛庁(現防衛省)勤務。陸幕武器化学課、法務課、人事局人事第3課(採用試験係)、国際室渉外専門官などを経て 最終補職は防衛研究所主任研究官。1994-94年 オーストラリア国立大学戦略防衛研究センター客員研究員。1998-99年 ニュージーランド・ヴィクトリア大学戦略研究センター特別研究員。2001年~現在 現職、教養教務委員長、体育会フェンシング部部長、相撲部副部長。これまで体育部委員、際交流センター委員、キャリアデザインセンター委員なども経験。2009年~専修大学社会知性開発センター/社会関係資本研究センター研究員 。英国国際戦略問題研究所(IISS)会員、日本ニュージーランド学会理事、など。<br />専 門 国際政治学(アジア太平洋地域の安全保障、同盟関係、戦略文化など)<br /><br /><strong>主要著書</strong><br /><br />■<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047040509/twoc-22/" target="_blank" title="『誰も知らない防衛庁』">『誰も知らない防衛庁』</a>(角川書店、2001年)<br />■<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797253215/twoc-22/" target="_blank" title="『現代安全保障用語事典』">『現代安全保障用語事典』</a>(信山社、2004年)<br />■<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4931410073/twoc-22/" target="_blank" title="『国際安全保障論I―転換するパラダイム―』">『国際安全保障論I―転換するパラダイム―』</a>(内外出版、2007年)<br />■<a href="http://reach.acc.senshu-u.ac.jp/Nornir/search.do?type=record01&amp;uid=1206050&amp;rid=G09_Data_37380" target="_blank" title="Japanese Sea Power ">Japanese Sea Power </a>(Sea Power Centre, 2009)<br />■<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4931410774/twoc-22/" target="_blank" title="『国際安全保障論Ⅱ―アジア・太平洋の「戦略文化」―』">『国際安全保障論Ⅱ―アジア・太平洋の「戦略文化」―』</a>(内外出版、2010年)<br />■<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/432630202X/twoc-22/" target="_blank" title="『安全保障ってなんだろう』">『安全保障ってなんだろう』</a>(勁草書房、2011年)
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ソフィアンズが書いた本

グローバル人財養成塾―10の事例、24のヒント、100のチェックポイント加藤 春一 生産性出版 2012-01売り上げランキング : 62180Amazonで詳しく見る by G-Toolsグローバル人財養成塾~10の事例、24のヒント、100のチェックポイント~生産性出版(2012年1月)四六判・並製・縦組み・237頁 低下(本体1800円+税)ISBN 978-4-8201-1990-6先方は本格的なグローバル時代に突入したことから、日本生産性本部は 政界、財界、官界、学界... <table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820119907/twoc-22/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41sxD5c8C8L._SL160_.jpg" border="0" alt="グローバル人財養成塾―10の事例、24のヒント、100のチェックポイント" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820119907/twoc-22/" target="_top">グローバル人財養成塾―10の事例、24のヒント、100のチェックポイント</a><br />加藤 春一 <br /><br />生産性出版 2012-01<br />売り上げランキング : 62180<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820119907/twoc-22/" target="_top">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br /><br /><br />グローバル人財養成塾<br />~10の事例、24のヒント、100のチェックポイント~<br />生産性出版(2012年1月)<br />四六判・並製・縦組み・237頁 低下(本体1800円+税)ISBN 978-4-8201-1990-6<br /><br /><br />先方は本格的なグローバル時代に突入したことから、日本生産性本部は 政界、財界、官界、学界、労働界全体を代表する公益法人として、若い人を対象に別添名の本を書いて欲しいと依頼を受けて書き上げたものです。<br /><br />従って日本生産性本部の意図は時代に媚びたものではなく本格的な内容ーー即ち普遍的尺度で今後の若者の教科書にもなるという趣旨です。<br /><br />10の事例は日本人、外国人を含めてグローバル人財を紹介しております。<br />上智出身者は2名、一人はケニア首相顧問の日野博士、一人はインド最大の財閥タタビジネスコンサルテイング・梶社長をあげています。<br /><br />後はグローバル人財の共通項として24のヒントと なる為の100のチェックポイントを定量化できるようにしました。<br /><br />従って日本の若い世代に是非読んで欲しいと思います・<br /><br />テスコ 加藤 春一('68経経)
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コムソフィアヘッドライン

コムソフィアヘッドライン 2012年4月1日付け(3月01日から28日まで)最近のソフィアンズのマスコミに取り上げられたものを抜粋してご紹介しています。日時掲載メディア氏名卒業年掲載内容28-Mar夕刊フジロバート・ホワイティング中退さくらと星条旗 ダルも掟違反の洗礼28-Marメキシコ大使館川村信三上智大学史学科教授グアダラハーラを征服した日本人 コメンテーター出演27-MarNHK道伝愛子1988・外・英卒 ミャンマーの... コムソフィアヘッドライン 2012年4月1日付け(3月01日から28日まで)<br /><br />最近のソフィアンズのマスコミに取り上げられたものを抜粋してご紹介しています。<br /><br /><table width="590"border="2"><thead><tr><th>日時</th><th>掲載メディア</th><th>氏名</th><th>卒業年</th><th>掲載内容</th></tr></thead><tbody><tr><th>28-Mar</th><td>夕刊フジ</td><td>ロバート・ホワイティング</td><td>中退</td><td>さくらと星条旗 ダルも掟違反の洗礼</td></tr><tr><th>28-Mar</th><td>メキシコ大使館</td><td>川村信三</td><td>上智大学史学科教授</td><td>グアダラハーラを征服した日本人 コメンテーター出演</td></tr><tr><th>27-Mar</th><td>NHK</td><td>道伝愛子</td><td>1988・外・英卒 </td><td>ミャンマーの現状 出演 おはようニッポン</td></tr><tr><th>26-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>ベンジャミン・フルフォード</td><td>1985・外・比卒 マスコミソフィア賞受賞者</td><td>勃発!2012年滅亡する白人エリート派遣 KKベストセラー</td></tr><tr><th>26-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>坂尻信義</td><td>1989・外・ポ卒 朝日中国総局長</td><td>温首相の花道 執筆</td></tr><tr><th>24-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>緒方貞子</td><td>上智大学名誉教授 </td><td>原発輸出は疑問 インタビュウー記事及び投稿記事</td></tr><tr><th>22-Mar</th><td>読売新聞</td><td>諸田玲子</td><td>1976・文・英卒マスコミソフィア賞受賞者</td><td>天女湯おれん神隠し 小説現代4月号</td></tr><tr><th>22-Mar</th><td>読売新聞</td><td>今野敏</td><td>1979・文・新卒</td><td>連載小説 小説現代、小説新潮、オール読み物4月号</td></tr><tr><th>22-Mar</th><td>読売新聞</td><td>今野敏</td><td>1979・文・新卒</td><td>今野敏さんが音楽配信事業記事</td></tr><tr><th>21-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>上山隆大</td><td>上智大学教授</td><td>アカデミック キャピタリズムを超えて NTT 出版</td></tr><tr><th>19-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>アルフォンス・デーケン</td><td>上智大学名誉教授</td><td>回復する力は誰にでもーインタビュー記事</td></tr><tr><th>16-Mar</th><td>BS フジ プライムニュース</td><td>大野更紗</td><td>大学院生</td><td>出演 著書「困っている人」がベストセラー</td></tr><tr><th>15-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>山口美江</td><td>1983.外・比卒</td><td>40度オッカが心の友 孤独死 記事 週刊新潮 3月22日号</td></tr><tr><th>15-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>山口美江</td><td>1983・外・比卒</td><td>愛犬と無念の孤独死記事 週刊文春 3月22日号 </td></tr><tr><th>15-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>山口美江</td><td>1983・外・比卒</td><td>51歳で急死記事 女性セブン 3月29日号</td></tr><tr><th>15-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>玄葉光一郎</td><td>1987・法・法卒</td><td>総理になる練習をの記事 週刊新潮 3月22日号</td></tr><tr><th>15-Mar</th><td>週刊新潮 </td><td>栗原由佳</td><td>1998・外・仏卒</td><td>夫「岡島秀樹」単身米国でお涙頂戴記事 週刊新潮</td></tr><tr><th>14-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>玄葉光一郎</td><td>1987・法・法卒 外務大臣</td><td>事務所費疑惑 Sapio 4月4日号記事</td></tr><tr><th>13-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>山口美江</td><td>1983・外・比卒 コムソフィア賞受賞者</td><td>覚悟の孤独死をもらした言葉 週刊女性 3月27日号 / 週刊新潮 3月12日号</td></tr><tr><th>11-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>今野敏</td><td>1979・文・新卒</td><td>凍土の密約 文春文庫3月新刊</td></tr><tr><th>10-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>山口美江</td><td>1983・外・比卒</td><td>元報道番組キャスター死去記事</td></tr><tr><th>09-Mar</th><td>TV朝日</td><td>藤巻幸夫</td><td>1982.経・営卒</td><td>モーニングバード コメンテーター 出演</td></tr><tr><th>08-Mar</th><td>夕刊フジ</td><td>苫米地英人</td><td>1983・外・英卒</td><td>オセロ中島 脱洗脳 脳科学者</td></tr><tr><th>08-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>加賀乙彦</td><td>元上智大学教授</td><td>科学と宗教と死 集英社新書</td></tr><tr><th>08-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>安藤優子</td><td>2000・院・外 キャスター コムソフィア賞受賞者</td><td>3.11が私の人生を変えた 「私は決して逃げない」週刊文春</td></tr><tr><th>07-Mar</th><td>NHKテレビ</td><td>田中淳子</td><td>1988・外・英卒</td><td>おはようにっぽん アメリカ大統領選挙のゆくえ</td></tr><tr><th>07-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>小澤征良</td><td>1996.比・文卒 コムソフィア特別賞</td><td>すばる 4月特大号</td></tr><tr><th>07-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>加賀乙彦</td><td>元上智大学教授</td><td>震災はあなたの何を変えましたか?新潮4月号</td></tr><tr><th>06-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>苫米地英人</td><td>1983・外・英卒</td><td>オセロ中島カウセリング 浮上したある脱洗脳学者 週刊朝日3月16日号</td></tr><tr><th>06-Mar</th><td>朝日新聞</td><td colspan="2">上智大学</td><td>入試速報 大学合格者ランキング 週刊朝日3月16号</td></tr><tr><th>05-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>緒方貞子</td><td>上智大学名誉教授</td><td>国際援助:進む方向議論を!再生日本政治</td></tr><tr><th>05-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>安藤和津</td><td>上智大学中退</td><td>漢字は生きている</td></tr><tr><th>05-Mar</th><td>夕刊フジ</td><td>苫米地英人</td><td>1983・外・英卒</td><td>脱洗脳オセロ中島</td></tr><tr><th>03-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>竹田いさみ</td><td>1977・院・前外 独協大教授</td><td>私の視点 ソマリアの若者に雇用を!海賊問題</td></tr><tr><th>01-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>宮下奈都</td><td>1989・文・哲卒 作家</td><td>遠くの声に耳を澄ませて 新潮文庫</td></tr><tr><th>01-Mar</th><td>朝日新聞</td><td>安藤優子</td><td>2000・院・外 キャスター コムソフィア賞受賞者</td><td>大キャスター安藤優子:後釜に急浮上した高島彩 週刊新潮3月12日号</td></tr><tr><th>01-Mar</th><td>NHKテレビ</td><td>伊豆見元</td><td>1977・院・前外 静岡県立大学教授</td><td>おはようにっぽん 北朝鮮ウラン濃縮停止</td></tr><tr><th>26-Feb</th><td>カトリック新聞</td><td>水浦征男</td><td>1969.神・神卒 聖母の騎士出版社長</td><td>ボクの言い分 フリープレス</td></tr></tbody></table>
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