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911ニューヨークテロから10年 ~ 日本人であることを痛感した悲劇

911ニューヨークテロから10年日本人であることを痛感した悲劇海外生活カウンセラー、福永(江見)佳津子(46文英)□世界を震撼させた世紀の悲劇、911NYテロから10年になる。かつてNYで邦人のための電話相談室カウンセラーをしていた私は、2機目がWTCに激突した映像を目の当たりにした瞬間、「こうしてはいられない。被災者家族の相談窓口に身を置かなくては」との思いがこみあげ、即NY行きを決断した。▼邦人被害者は... <table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="530"><tr><td>911ニューヨークテロから10年<br />日本人であることを痛感した悲劇<br />海外生活カウンセラー、福永(江見)佳津子(46文英)</td></tr></table><br /><br />□世界を震撼させた世紀の悲劇、911NYテロから10年になる。かつてNYで邦人のための電話相談室カウンセラーをしていた私は、2機目がWTCに激突した映像を目の当たりにした瞬間、「こうしてはいられない。被災者家族の相談窓口に身を置かなくては」との思いがこみあげ、即NY行きを決断した。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼邦人被害者は24人</span><br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110803111033981.jpg" alt="福永img027グランドセントラル駅のミッシングボード" border="0" width="400" height="301" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110803111033981.jpg')" /><br />(グランドセントラル駅のミッシングボード)<br /><br />□NYのグランドセントラル駅には大きなミッシングボードが屏風のように立ち並び、行方不明者の写真が何百枚、いや何千枚も折り重なるように張られていたが、すぐにもそこかしこに日本人の顔を見分けて体が固まった。ある顔写真の脇の余白には日本から駆けつけたご両親のメッセージが書き込まれていた。「お前ならがれきの下から這いあがれるはずだ。頑張れ。お父さんは待っているぞ」…。邦人被害者は24人。駐在員が圧倒的に多く、若きエリートたちはミッシングボードの写真の中で幼子を抱きながら弾けるような笑顔を見せていた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼日の丸の旗で天国に</span><br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110803111317d02.jpg" alt="福永img017犠牲となった消防士が属する消防署前に手向けられた花束とろうそく。" border="0" width="400" height="266" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110803111317d02.jpg')" /><br />(犠牲となった消防士が属する消防署前に手向けられた花束とろうそく)<br /><br />□辿りついたNY市内は警察車が道路を塞ぎ、夥しい数の星条旗に埋め尽くされていた。テロに屈せず結束して戦う姿勢の象徴として、走行するタクシーもパトカーも星条旗をはためかせ、行き交う市民はもちろん、ショーウインドーのマネキンの胸元にさえも、赤白青のリボンがつけられていた。米国中の星条旗がNYに集まったと言われ、それでもまだ足りず、慌てて中国に発注し、製造を急がせたと新聞で読んだ。しかし、息子の死を知り、日本から駆けつけた母親には星条旗一色の光景は見るに堪えなかった。彼女の胸の内はこうだっただろう。星条旗の下に結束なんかするものか。そもそも今回のテロはアメリカを怨んでの犯行だ。冗談じゃない。我が息子は絶対に日の丸で日本の旗で天国に送るんだ…。その母親がNY中の白い布と赤い布を集め、徹夜で日の丸の縫いあげたという話はあまりに有名だ。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼セカンドパールハーバーだ</span><br /><br />□事件発生直後に日本人犯人説がワーッと広がった話はご存知だろうか。飛行機で体当たり?神風邪特攻隊のやり方だ。それも奇襲攻撃はパールハーバーを思わせる…。その日のメディアの見出しには、あろうことか「セカンドパールハーバー」という文字が躍った。飛行機が突っ込んだ報が市内を駆け巡った直後、市バスに乗っていた日本人学生は目の前の乗客に「お前は日本人か」と問い詰められ、また日本のプレス車が故意に傷つけられた不愉快な事件も発生。ある日本人留学生はいっとき校内から外に出られなかったとも聞いている。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼慰霊碑の建立は日本人</span><br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110803111502d8b.jpg" alt="福永img020骨組みが辛うじて残るWTCビル" border="0" width="250" height="373" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110803111502d8b.jpg')" /><br />(骨組みが辛うじて残るWTCビル)<br /><br />□そうした一方、911を追悼する慰霊碑の建立で若き日本の建築家が最終コンペに残り、その偉業を成し遂げた話は嬉しい。実はWTCビルは日本人の山崎実氏の設計によるものだ。WTCビルの崩壊を報じたある国の新聞は、「さすがに日本人の設計したものは凄い。ビルは内側に向かって崩壊し、周囲への被害を最小限に抑えた」と書いている。若き建築家は周囲からこう言われたそうだ。「日本人が作ったものが崩壊し、その慰霊碑をまた日本人が作った。WTCの歴史を始めたのも閉めたのも才能ある日本人だった」。遠い国の出来ごとに思えた悲劇は、いろいろな意味で私たちが日本国の日本人であることを痛感させられた出来ごとでもあった。(了)<br /><hr size="1" /><br />■福永さんは城西大学紀尾井町キャンパスのエクステンション講座で、「911NYテロから10年=現場取材で見たこと聞いたこと感じたこと=」というテーマで講演されます。関心のある方はどうぞご参加ください。<br /><br />○日時  2011年9月10日(土) 13時20分~14時50分<br />○場所  城西大学紀尾井町キャンパス 千代田区紀尾井町3-26<br />○参加費 1000円<br />○申し込み・問合せ先 城西大学エクステンション事務局<br /> TEL 03-6238-1400<br /> E-mail kioiclub@jiu.ac.jp<br /><hr size="1" /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110803113205e2a.jpg" alt="福永さんs" border="0" width="120" height="120" align="left" hspace="10" /><br />福永さん略歴<br />上智大学文学部英文学科卒。在ニューヨーク6年。マンハッタンビルカレッジで修士号取得。帰国後は海外生活カウンセラーとして講演、執筆多数。NHK趣味悠々「サトウサンペイと楽しむ海外旅行術(ロングステイ)」講師など。著書に「ある日海外赴任」「アジアで暮らすとき困らない本」など。海外邦人安全協会理事。ロングステイ財団政策審議会委員。
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