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<!-- passive:etc --><div style="text-align:center;margin-bottom:10px;"><iframe src='//assys01.fc2.com/1382' style='width:300px;height:250px;border:none;' scrolling='no'></iframe><!-- FC2管理用 --><img src="//media.fc2.com/counter_img.php?id=1368" width="1" height="1"><!-- FC2管理用 --></div><div style="font-size:8px;">上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。<br />新しい記事を書く事で広告が消せます。</div>
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黒船の再来 ~デッカー夫妻回想録~

【BOOKS】黒船の再来 ~デッカー夫妻回想録~ (Kooインターナショナル出版部)2011年6月14日  戦争直後の4年間(昭和21年4月~25年6月)、米海軍横須賀基地第四代司令官だったデッカー 少将夫妻がつづった60有年前の回想録。飢餓にあえぐ市民に余剰食糧を与え、 敗戦で疲弊した横須賀をキリスト教精神で民主化し、 栄光学園、清泉女学院など学校、聖ヨゼフ病院、衣笠病院など病院、福祉施設、女性解放などの面で 再建していく様... 【BOOKS】黒船の再来 ~デッカー夫妻回想録~ (<a href="http://www.kooint.co.jp/" target="_blank" title="Kooインターナショナル出版部">Kooインターナショナル出版部</a>)<br /><br />2011年6月14日<br /><br />  戦争直後の4年間(昭和21年4月~25年6月)、米海軍横須賀基地第四代司令官だったデッカー 少将夫妻がつづった60有年前の回想録。飢餓にあえぐ市民に余剰食糧を与え、 敗戦で疲弊した横須賀をキリスト教精神で民主化し、 栄光学園、清泉女学院など学校、聖ヨゼフ病院、衣笠病院など病院、福祉施設、女性解放などの面で 再建していく様子が具体的に、ユーモアを交えて記されている。  旧日本海軍の施設を平和産業に解放・転換し、失業者を数千人 雇用するなど商工業を発展させた。 また、京都、奈良、広島、長崎、金沢、長野など日本各地を旅行し、日本の歴史を 深く学ぼうとした。戦後の占領史の空白を埋める貴重な現代史の一こまでもある。 <br />佐々木 寛(’59外英)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110615103655103.jpg" alt="黒船の再来表紙" border="0" width="334" height="473" /><br /><br /><table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="334"><tr><td>『黒船の再来』(“Return of the Black Ships”)<br /> Kooインターナショナル出版部 2011年5月20日発行<br />A5判 616ページ <br />¥3,000円+税<br /> ベントン・W・デッカー エドウィーナ・N・デッカー共著<br /> 翻訳:佐々木寛ほか横須賀学の会訳</td></tr></table><br /><hr><br />■『黒船の再来』本の注文は<br /><br />Kooインターナショナル出版部<br />〒107-0061<br />東京都港区北青山1-4-1-414<br />tel&fax:03-6913-1266<br />e-mail: book@kooint.co.jp<br /><br />また、「横須賀学の会」でも受け付けています。<br />〒238-0021 横須賀市富士見町1-54 大橋祥宏方<br />電話&ファクス:046-823-0333<br />郵便振替:00200-7-124593
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第24回マスコミソフィア会総会・第21回コムソフィア賞授賞式

 6月12日(日)13時より、「第24回マスコミソフィア会総会」が、上智大学11号館5F会議室にて、会員約40名の参加の下開催されました。(大学正門前)(11号館5階会議室内の様子) 磯浦康二幹事長が司会進行をする中、この4月より学長になられた、滝澤正上智大学学長、そして高祖敏明上智大学院理事長、和泉法夫・ソフィア会会長からの祝辞をいただきました。滝澤学長、高祖理事長からは、2年後の2013年に迎える上智大学100周年記...  6月12日(日)13時より、「第24回マスコミソフィア会総会」が、上智大学11号館5F会議室にて、会員約40名の参加の下開催されました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0006_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0006_R.jpg" alt="DSC_0006_R.jpg" border="0" width="430" height="288" /></a><br />(大学正門前)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0118_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0118_R.jpg" alt="DSC_0118_R.jpg" border="0" width="430" height="288" /></a><br />(11号館5階会議室内の様子)<br /><br /> 磯浦康二幹事長が司会進行をする中、この4月より学長になられた、滝澤正上智大学学長、そして高祖敏明上智大学院理事長、和泉法夫・ソフィア会会長からの祝辞をいただきました。滝澤学長、高祖理事長からは、2年後の2013年に迎える上智大学100周年記念事業を何としても成功させたい、そのためには、ぜひともマスコミソフィア会など、各界で活躍される上智大学OB/OGたちの協力が不可欠とのこと。和泉会長からも、OB会の鏡となってこれからの活動に期待したいとの力強い言葉をいただきました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0044_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0044_R.jpg" alt="滝澤学長" border="0" width="430" height="288" /></a><br />滝澤学長<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0046_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0046_R.jpg" alt="高祖理事長" border="0" width="430" height="288" /></a><br />高祖理事長<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0047_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0047_R.jpg" alt="和泉会長" border="0" width="430" height="288" /></a><br />和泉会長<br /><br /> 総会議事では、今回体調不良で欠席された、濱口浩三マスコミソフィア会会長の挨拶を磯浦幹事が代読。2010年度活動報告、会計報告、2011年度活動計画、予算案提案、新役員の選定などが発表され、すべての議事について、満場一致で承認されました。(新役員名簿は<a href="http://cumsophia.jp/bind/cumsophia_Yakuin2011.pdf" target="_blank" title="こちら">こちら</a>をご覧ください)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0037_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0037_R.jpg" alt="磯浦幹事長挨拶" border="0" width="430" height="288" /></a><br />磯浦幹事長が活動報告<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0055_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0055_R.jpg" alt="受賞を受ける鮎川氏" border="0" width="430" height="288" /></a><br />受賞を受ける鮎川ゆりか氏<br /><br /> そして、第21回を迎えるコムソフィア賞の授賞式では(受賞理由などは<a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-107.html" title="発表ページ">発表ページ</a>を参照)、千葉商科大学 政策情報学部教授で、一般社団法人Office Ecologist代表も勤める、鮎川ゆりかさんが登場。第1回目から続いている篆刻(てんこく)・刻字作家の横山翠蹊(すいけい)(1955文新)さん作のオリジナル「刻字楯」が授与されました。今回の文字は「恕」(じょ)。原発の諸問題をはじめ、地球温暖化防止などにも努められている鮎川さんのされてきた活動の根幹を成す「人を思いやる心」を表したということです。そして受賞後初の記念講演が行われました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0180_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0180_R.jpg" alt="刻字楯を持つ鮎川氏" border="0" width="430" height="288" /></a><br />刻字楯を持つ鮎川氏<br /><br /> 鮎川ゆりかさんは、「原子力資料情報室(CNICJapan)」(1975年9月設立)を初代代表・高木仁三郎氏と運営に携わり、どこよりも世界の原子力についての情報を的確に国内外に伝えるNGO機関として多数の実績を残されました。1991年「国際プルトニウム会議」では、世界9カ国20名の専門家を迎えて、国際世論に「プルトニウムの再利用の恐ろしさ」を伝えるとともに、日本政府にプルトニウム政策の再認識をしてもらうきっかけを作りました。その後、1997年からは、WWF(国際環境保全団体)で地球温暖化防止に取り組み、京都議定書の推進などに力を注がれています。<br /><br />速報として受賞者の講演の要旨を紹介します。<br /><br />-----------------------------------------------------------------------------<br />鮎川ゆりか氏 第21回コムソフィア賞受賞記念講演<br />「福島原発事故を教訓に 緑の国家へのパラダイムシフトを!」<br />2011年6月12日(日)上智大学11号館5F 会議室<br />-----------------------------------------------------------------------------<br /><br /> 2011年3月11日、東日本大震災当日の17時、東京電力が政府に「緊急事態通報」。同日19時、政府が「原子炉緊急事態宣言」。そして21時23分、総理大臣が「福島第一原発1号機から半径3㎞圏内の住民へ避難指示、10㎞圏内は屋内退避を指示。これを聞いて、私は「大変なことになった」と思いました。さらに、1号機、3号機の水素爆発や海水注入では、さらにそのとんでもない事態に吐き気まで込み上げて来ました。重なる原発反対運動にもめげず運営し続けてきたあの原発機を、東電自ら廃炉にするということなのです。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0103_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0103_R.jpg" alt="トークする鮎川氏(1)" border="0" width="430" height="288" /></a><br />トークする鮎川氏(1)<br /><br /> 一体次は何が起こるのか恐怖の日々が始まりました。私が尊敬して止まない、元原子力資料情報室(CNIC)・高木仁三郎代表(2000年没)の言葉を思い出しました。「なるべく遠くへ逃げる・・・」そして、これまで様々な活動をして参りましたが、それでも、このような事態を引き起こすことを食い止められなかったという、自責の念にも苦しみました。<br /><br /> 私が原子力発電に興味を持ったのは、1980年ころ、Nucleonics Weekという原子力産業の業界紙の翻訳に関わったことがきっかけでした。専門用語がたくさんあったため、ちんぷんかんぷんで、どうしようかと思っていたときにめぐり合ったのが高木さんが書かれた「プルトニウムの恐怖」という書籍でした。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0139_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0139_R.jpg" alt="トークする鮎川氏(2)" border="0" width="430" height="288" /></a><br />トークする鮎川氏(2)<br /><br /> 原子力発電では、天然ウランを核分裂させエネルギーを得るとともに、同時に生成されたプルトニウムを再利用することによって、エネルギーの取得効率が何十倍にもアップされます。そのため、プルトニウムは、使用済み燃料と共に、厳重に保管することになります。これが何より大変危険な行為なのです。<br /><br /> 今回のような水素爆発などは、誰も想定していなかったことですが、再利用するためのプルトニウムを炉から取り出して、様々な形で世界で輸出入が行われている事実は日常のことなのです。プルトニウムは半減期(放射線の放出力が半分になるまでの期間)が約2万4000年。万が一輸送の途中で漏れた場合、汚染された場所に未来永劫放射能が残ってしまうのです。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0125_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0125_R.jpg" alt="トークする鮎川氏(3)" border="0" width="430" height="288" /></a><br />トークする鮎川氏(3)<br /><br /> 1991年11月、グリーンピース・インターナショナルとCNICの共催で、「国際プルトニウム会議」が大宮で行われました。9カ国20名の専門家も参加しての大規模な国際会議となりました。参加料3万円にも拘らず、原子力産業界はもとより、政府関係者、一般市民などのべ約700名に参加していただくことができました。ここで、日本のプルトニウム政策に対する、諸外国からの厳しい意見が交わされ、日本の専門家たちが、初めてその国際的な見地を知ることになりました。そして、ようやく国際的にどういった政策をしてゆけばいいのかを調査する委員会が科学技術庁内にできることになったのです。<br /><br /> 日本を「プルトニウム経済」に入らせないこと。特に、再処理-プルトニウム燃料-高速増殖炉による核燃料サイクル確立の阻止。即ちこれは、原子力発電に頼らない生活をどう作ってゆくかだと思います。我々はこのためにあらゆることを考えてゆかねばならないと思っています。<br /><br />(要約:土屋夏彦 '80理電)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0166_R.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0166_R.jpg" alt="鮎川著作書籍" border="0" width="430" height="288" /></a><br />鮎川氏著作・翻訳書籍:<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4535555486/twoc-22/" target="_blank" title="脱炭素社会と排出量取引">脱炭素社会と排出量取引(日本評論社)</a>/<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822895181/twoc-22/" target="_blank" title="プルトニウム燃料産業(七つ森書館)">プルトニウム燃料産業(七つ森書館)</a><br />
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三水会 5月講演会 「石ノ森章太郎と被災した関連施設(宮城県石巻市)の状況」 瀧川正靖さん

三水会 5月講演会 「石ノ森章太郎と被災した関連施設(宮城県石巻市)の状況」■講師:瀧川正靖さん('84経済学科卒)株式会社石森プロダクション取締役副社長■日時:2011年5月18日(水)18時30分~21時■場所:四ツ谷・ソフィアンズクラブ(参加者数18名) 2011/6/11 今回の三水会の講演会は前回の大西健丞氏に引き続き、東日本大震災の復興に焦点を当てた内容であった。漫画家・石ノ森章太郎氏は宮城県出身で、特に関連施設のあ... <table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="520"><tr><td>三水会 5月講演会 「石ノ森章太郎と被災した関連施設(宮城県石巻市)の状況」<br />■講師:瀧川正靖さん('84経済学科卒)株式会社石森プロダクション取締役副社長<br />■日時:2011年5月18日(水)18時30分~21時<br />■場所:四ツ谷・ソフィアンズクラブ(参加者数18名)</td></tr></table><br /> <br />2011/6/11<br /><br /> 今回の三水会の講演会は前回の大西健丞氏に引き続き、東日本大震災の復興に焦点を当てた内容であった。漫画家・石ノ森章太郎氏は宮城県出身で、特に関連施設のある石巻市の被災の様子、また同氏の貴重な原画9万枚・救出作戦の裏話も披露され、民間企業と現地の人々が一体となり復興に向かう強い意気込みが感じられる講演会であった。石ノ森章太郎氏の時代を超越した発想・創造力と生き続けるキャラクター逹に感激した。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼自己紹介</span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612221104c7d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612221104c7d.jpg" alt="瀧川正靖氏 RIMG8362_R" border="0" width="430" height="320" /></a><br /><br /> 瀧川正靖氏は、1962年、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。3歳で帰国したので、スペイン語は覚えていないそうだが、次に、父親の赴任で、小学校2年生の時に行った中米・ドミニカ共和国の印象も語られた。「腰蓑だけの裸の現地人が立っている光景をみて最初ショックを受けましたが、首都に入ると都会でした。貧富差が激しく、西にはハイチがあり、貧しい地域です。ドミニカには広島カープの野球学校もあり、野球が盛んで、子供逹の夢は野球選手になることです。」<br /><br />上智大学の経済学部では宇佐美ゼミで学び、卒業後、伊藤忠に入社。パーフェクTV!等に所属。当時オリジナル番組の提案をして、「ぺ―パ― ビュー」という料金だけ払ってその場で見るという新しいタイプの企画を担当し、「ハウンドドッグ」、「ローリングストーンズ・セントルイスラ イブコンサート」などを成功させた。新しい多チャンネルで面白いコンテンツをめざし、ドラマ、映画等担当していたところ、2004年に石ノ森 章太郎氏のプロダクションとのプロジェクトが始まり、2007年には伊 藤忠等とのジョイントベンチャー、現在の(株)石森プロができに再編され、現在、同社の取締役副社長を務められている。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼石ノ森章太郎の名前の由来・作品紹介</span><br /><br /> 次に某大な作品数の中から代表的なものを紹介しならが、石ノ森章太郎氏の横顔や手塚治虫氏とのエピソード等も披露された。<br /><br /> 石ノ森章太郎氏は本名、小野寺章太郎、1938年生。宮城県登米郡石森(いしのもり)生まれなので、中学生時に投稿した際、ペンネームに生 地の名称を使い、石森章太郎で、「いしのもり」と読まれるだろうと本人は思ったが、結局「いしもり」としか読んでもらえなかった。 1986 年、デビュー30周年を機に、初心にもどるべく、「石ノ森」に改名。1998年享年60歳で他界。2008年にギネスブックに「1人の著者に よって出版された最多コミックの記録」として770作品12万8千枚で世界記録の認定も受けた。<br /><br /><table border="0" cellspacing="15" cellpadding="10"><caption>石ノ森 作品(1)&#9400;石ノ森章太郎プロ</caption><tr><td><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201106122057354d3.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201106122057354d3.jpg" alt="二級天使" border="0" width="180" height="263" /></a></td><td><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201106122108210cc.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201106122108210cc.jpg" alt="サイボーグ009" border="0" width="180" height="270" /></a></td></tr><tr><td align="center">二級天使</td><td align="center">サイボーグ009</td></tr></table><br /><table border="0" cellspacing="15" cellpadding="10"><caption>石ノ森 作品(2)&#9400;石ノ森章太郎プロ</caption><tr><br /><td><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612210820184.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612210820184.jpg" alt="仮面ライダー" border="0" width="180" height="135" /></a></td><td><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612221830f74.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612221830f74.jpg" alt="ゴレンジャー" border="0" width="180" height="194" /></a></td></tr><tr><td align="center">仮面ライダー</td><td align="center">秘密戦隊ゴレンジャー</td></tr></table><br /><br /> 「石ノ森氏は大変早熟な方で高校2年生のときから手塚治虫氏のアシスタントを務め、高校3年で『二級天使』の連載でデビュー、また、テレビの企画、監督もなさる多才な方でした。人柄は、温厚で、おこったことがない・ことわらない人で、唯一、ある作品で原作者名が外された事件のときだけおこった。という逸話があるそうです。また、『ジュン』という作品について、手塚治虫氏の『あれは漫画ではない』というファンヘの発言 に、非常に傷つき、その連載をやめると発表したのですが、嵐の夜、手塚氏自身が『自分の失言であった』とわざわざ石ノ森氏宅に謝罪しに訪れ、連載が継続されたという話も有名です。」等のエピソードも語られた。<br /><br /> ドラマ化もされた「HOTEL」、時代物「佐武と市捕物控」など、多岐にわたる代表作品のイメージが紹介され、例えば、1964年7月19日に発表された未完の大作「サイボーグ009」は、当時、東西冷戦の時代で、戦争の武器商人が若者を拉致し、兵器に改造するというプロットだが、時代の背景から国際社会の潮流まで取り入れた石ノ森氏の創造力の偉大さが改めて印象づけられた。<br /><br /> 「仮面ライダー」も主人公が改造人間で、似たプロットだが、今年40周年記念映画「オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー」は4月から絶賛上映中で、第1週1位。TV番組「仮面ライダーオ―ズ/OOO」も好調。物販は3年連続最高売上・マーチャンダイジングは1.2倍の伸びを示し、不況にもかかわらず、メダルを使い変身するコンセプトが受け入れられ、不動の人気があるという。9月にも新企画が予定されているという。<br /><!--<a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612212059714.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612212059714.jpg" alt="仮面ライダーオーズ" border="0" width="430" height="257" /></a>--><br />(詳細:TV朝日HP:<a href="http://www.tv-asahi.co.jp/ooo/" target="_blank" title="http://www.tv-asahi.co.jp/ooo/">http://www.tv-asahi.co.jp/ooo/</a> 参照)<br /><br /> 「息子さんによると父親が寝ている姿を見たことがないそうで、石ノ森氏は、朝2時、3時ごろに寝て、翌朝7時ごろから起きてすぐ執筆なさっていたので、いつも背中しか見なかったそうです。無理な生活をなさっていたのか、60歳で亡くなられました。」(瀧川氏)ということだが、石ノ森章太郎氏の残したヒーロー達は、今も夢を人々に与えて生き続けるだろう。そして現実に今回の東日本大震災で、瓦礫の中に残った「石ノ森萬画館」や19体のアニメヒ―ローの像があり、石巻市の人々に復興への大きな希望を与えている。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼石巻市の状況報告「今こそみんながひとつになる時」  石ノ森萬画館と原画救出作戦</span><br /><br /> 次に石巻市の被災の様子を3月末に現地で撮影された画像を見ながら、同市にある「石ノ森萬画館」の状況や支援活動について報告がされた。 <br /><br /> 「石ノ森萬画館(<a href="http://www.man-bow.com/manga/" target="_blank" title="http://www.man-bow.com/manga/">http://www.man-bow.com/manga/</a>)」は国と石巻市によって運営されている公共施設であり、官民一体になって成功した第3セクターの施設の「手本」とされてきたが、今回の震災においても、避難所として地域社会に大きな貢献をした。また、石ノ森章太郎氏への熱い思いがひとつになり、東北の人々の謙虚でまじめな姿が浮き彫りにされた。講演会では、現地報告の前に、行方不明の方や亡くなった方への黙とうも捧げられた。<br /><br /> 石ノ森萬画館は宮城県石巻市、北上川河口に浮かぶ中瀬にあり、空から見た地形がN.Y.のマンハッタンに似ていることから”マンガッタン”と名付けられている。まず、瓦礫の中に、「空飛ぶ円盤」が不時着したような姿で残っている建物を見て、会場の全員が目を見張った。アニメーションの世界が現実の中に表れたようだった。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612213155e53.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612213155e53.jpg" alt="0000a中州" border="0" width="430" height="256" /></a><br />(石巻市マンガッタン)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612213241566.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612213241566.jpg" alt="032萬画館_R" border="0" width="430" height="320" /></a><br />(震災後の萬画館)<br /><br /> 一階だけで高さ8M以上ある同館は中州に降りたった宇宙船をイメージし、造船技術を駆使して建設されたものだが、この石ノ森章太郎氏の奇抜な発想が震災から同館を救い、救援活動にも役立つことになる。丸い形で窓もない構造から、瓦礫も入らず、3階建の建物の2階以上は無事で展示物にも被害はなかった。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011061221372445b.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011061221372445b.jpg" alt="015館内様子_R" border="0" width="430" height="574" /></a><br />(被災後の萬画館の館内の様子)<br /><br /> 3月11日の震災後、約1週間連絡不通で、瀧川氏によると東京では、その時、全く現地の様子がわからず非常に恐ろしい状態であったという。震災当日萬画館では、水が引いた時に、来館者や職員を外に避難させ、結果的には全員無事であったそうだ。しかし、職員が1名館内に取り残されていたことが判明。松島の航空自衛隊の捜索ヘリのキャラクターに同社のものが使われた関係があり、自衛隊にも連絡したりした。一方、館内に残された職員は、近辺の橋にいた人や流されてきた人逹、約40名を同館内に助け入れ、臨時の避難場所として開放した。最上階のレストランにあった食料で数日過ごしたが、窓がないため、昼間でも真っ暗の状況だったという。<br /><br /> 19日になりやっと現地と連絡がとれ、「至急収蔵されている原画9万枚をとりにきてほしい。」という依頼があった。安全な管理ができず、盗難被害も防ぐためだったという。「被災した自分のことよりも石ノ森氏の原画救出を優先させてほしいという東北の人逹の生真面目さに大変感激しました。」(瀧川氏) そこで急きょ、現地に行くことになったが、情報や物資もなく、道路がやっと通じた3月30日に乗用車1台、トラック1台で6時間半以上かけて現地に到着。停電の中、発電機を使い、403箱9万枚の原画を2時間で無事に外へ運びだすことに成功した。「現地の方に『遠くからわざわざいらしていただいてすみません。』と頭を下げられ、世界に報道されているように謙虚な方逹で本当にすばらしいと思いました。」(瀧川氏) 事前に建物は倒壊の危機があるという情報を現地で流し、原画もすべて運びだしたと発表しておき、隠密でこの救出作戦は実行されたという。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612214024d65.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612214024d65.jpg" alt="024原画救出の様子_R" border="0" width="430" height="313" /></a><br />(原画を運び出している様子)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201106122142046b6.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201106122142046b6.jpg" alt="029救出された原画_R" border="0" width="430" height="325" /></a><br />(救出された原画の入った箱)<br /><br /> 講演では、当時の様子や、萬画館の「萬」の字はあえて「漫」ではなく、「よろず」という「多方面の分野にわたる」という広い意味をもつという命名の由来についても触れられた。<br /><br /> また石巻市内では19体のアニメキャラクター像が建てられているが、1体を除き、ほとんど全て無事であった。大変な状況であるにもかかわらず現地の人逹は、愛情を持って、キャラクターをきれいに掃除しているという。 瓦礫の中に立っている生き生きとしたアニメキャラクターの画像が紹介され、人々に夢と希望を与えていることがよくわかった。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612215751e84.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612215751e84.jpg" alt="瓦礫の中で生き残ったヒーロー" border="0" width="430" height="320" /></a><br />(瓦礫の中で生き残る仮面ライダー像)<br /><br /> 「石巻日日(ひび)新聞(4月15日)」には石森プロ・小野寺章社長が「皆さんが復興のヒーロー」というメッセージを発表するなど、メディアの掲載事例も多く紹介された。特に萬画館が柱1本折れず大津波に耐え、避難所として使われた様子は現地の新聞でも大きく取り上げられ話題になった。新聞見出しには「仮面ライダーが石巻の復興の希望(スポーツ報知3月28日)」等アニメのヒーローと一緒に伝えられていた。漫画家のやなせたかし氏からも寄付が寄せられたという。<br /><br /> 5月には、萬画館で春のマンガッタン祭りも開催され3千人もの子供逹が訪れ盛況で、復興支援のため映画上映会等も行われた。(<a href="http://mangakan.weblogs.jp/manga/2011/05/%E6%98%A5%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%B3%E7%A5%AD%E3%82%8A%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E5%BE%A1%E7%A4%BC.html" target="_blank" title="春のマンガッタン祭りホームページ">春のマンガッタン祭りホームページ</a>)<br /><br /> 最後に瀧川氏は、「石ノ森萬画館は県 や市には衣食住ライフラインが優先なので、すぐには娯楽・文化に は費用がでないということを言われたらしいため、民間企業として 自助努力を続け、マスコミから発信もできる数少ない施設として『石ノ森萬画館』をぜひ復興させたい。」と語り、「特に、2階以上はほぼ被 害にあわなかったのに、開館が遅れ、めどがたたないことは、大変悔しい。」と思いを露わにした。石森プロでは「今こそみんながひとつになる 時」というスローガンの下、出来る限りの支援活動を続けるという。今後の石ノ森萬画館と石森プロの復興支援活動を応援したい。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612220146be4.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110612220146be4.jpg" alt="045今こそみんながひとつになるとき_R" border="0" width="292" height="400" /></a><br />(今こそみんながひとつになる時:キャンペーンポスター)<br /><br />同社では「石ノ森萬画館復興義援金募集」のチャリティーTシャツ販売も行っています。(<a href="http://www.ishinomori.co.jp/shien/" target="_blank" title="http://www.ishinomori.co.jp/shien/">http://www.ishinomori.co.jp/shien/</a>)是非ご覧ください。<br /><br />(報告:山田洋子('77外独))<br /><br /><hr>プロフィール<br /><br />瀧川 正靖(たきがわ まさやす)<br /><br /> 1962年 アルゼンチン生まれ (3歳で帰国したのでアルゼンチン、スペイン語は覚えていません)<br />      小2でドミニカ共和国へ 小5帰国<br /> 1984年 伊藤忠商事株式会社入社 <br /> 1985年 JCSAT 日本通信衛星㈱に出向 <br /> 1992年 帰任し、JCSATとSAJAC(住商、日商岩井系)の合併事務局 <br /> 1994年 パーフェクTV!(そしてスカパー!へ)立上げ業務 <br /> 1997年 日本初の音楽PPV国内生中継「ハウンドドッグ」海外からの生中継 <br />      「ローリングストーンズ ライヴ フロム セントルイス」<br />      格闘技「PRIDE.1」(ヒクソン・グレイシー対高田延彦)生中継 等々 <br /> 2000年 帰任 その後、コンテンツ関連事業担当(ドラマ「医者と患者」、<br />      主な映画製作委員会「CASSHERN」「あらしのよるに」等 <br /> 2004年 伊藤忠商事㈱は㈱石森プロと合弁で㈱石森エンタテインメント設立 <br /> 2006年 MOTTAINAIプロジェクト立上げ(毎日新聞社・【ノーベル平和賞受賞者】ワンガリ マータイさんと。) <br /> 2007年 ㈱石森プロと㈱石森エンタテインメントを統合。同年、㈱石森プロに出向<br /><hr>
  • Date : 2011-06-11 (Sat)
  • Category : 三水会
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放射能のひみつ

BOOKS:「放射線のひみつ」中川恵一著(朝日出版社)2011年6月5日東日本大震災で引き起こされた大地震と津波によって、福島第一原子力発電所は致命的なダメージを被り、未だ予断を許さない状況が続いている。それにもまして、原発の爆発による放射能の撒き散らし事故について、様々な憶測が飛び交い、国民はすでに、安心して食事をしたり、外に出たりすることもできなくなってきている。その大きな原因のひとつは、原発事故による... BOOKS:「放射線のひみつ」中川恵一著(朝日出版社)<br />2011年6月5日<br /><br />東日本大震災で引き起こされた大地震と津波によって、福島第一原子力発電所は致命的なダメージを被り、未だ予断を許さない状況が続いている。それにもまして、原発の爆発による放射能の撒き散らし事故について、様々な憶測が飛び交い、国民はすでに、安心して食事をしたり、外に出たりすることもできなくなってきている。<br /><br />その大きな原因のひとつは、原発事故による放射能漏れの正しい情報を、国がわかりやすく説明できていないことと、そして、我々自身も正しい知識に乏しいということによる。<br /><br />私は、放射能の専門家ではないが、事故直後からテレビで流れだした「ベクレル」や「シーベルト」などの専門用語の正しい使い方に興味を持ち、事故当初から、自身で「ベクレル」(放射線量)から「シーベルト」(放射線量が人体に与える被曝量)に換算できるAndoroidスマートフォン用アプリを制作・リリースしている。(アプリについては最後にリンクがある)<br /><br />一番不思議なことは、あれだけ「放射能が毎日漏れ続けている」とか「次期に人体にも影響が出てくる」と言っておられる方々が、毎日、普通に空気を吸い、食事をし、屋外で活動されていることである。本当に放射能が我々の住む関東にも連日飛来しているのなら、我々も至急避難せねばならないはずだ。そこは、信用していないはずの国からの指示をまっているというのだろうか。国民の混乱は極度に達している。<br /><br />たまたま書店で入手した東大病院の中川恵一氏が書かれた「放射線のひみつ」(朝日出版社)がとてもわかりやすく、かつ頼りになる説明だったので、この本を参考に、今回の原発事故での我々の心構えについてまとめたい。<br />紙面の都合でかなり要約しているため、詳しくはぜひこの書を読むことをおすすめする。(記事のタイトルはあえて放射能のひみつとした。書籍名は放射線のひみつである。その理由は下記に抜粋した)<br /><br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4255005893/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51O3MCXyM6L._SL160_.jpg" border="0" alt="放射線のひみつ" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4255005893/twoc-22/" target="_blank">放射線のひみつ</a><br />中川 恵一 寄藤 文平 <br /><br />朝日出版社 2011-05-27<br />売り上げランキング : 3416<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4255005893/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br /><br /><span style="font-size:large;">■放射線が人体に与える影響の考え方</span><br /><br />この書では「(今回の事故の)放射線が人体に与える影響」についての重要ポイントがまえがきにわかりやすくまとめられている。<span style="font-size:x-small;">あ</span><br /><br /><ol><br /><li>今回の原発事故による「放射線被曝」(被爆ではなくて被曝である)は、原発付近で一度に大量の放射線にさらされている方々を除き、一般公衆にがん患者の増発を引き起こすことは「ない」</li><br><br /><li>放射線汚染を恐れ、政府や自治体が出荷制限などをしていない野菜・魚・水までも控えてしまうことは、かえって「健康被害」をもたらす</li><br><br /><li>放射線被曝という言葉だけが独り歩きして、X線治療やCTなどによる検診を控えることは、がん早期発見などを遅らせる要因となる</li><br><br /><li>放射線に対する正しい知識を欠いたままでは、放射線への恐怖・懸念・ストレスを増すばかりである。<br /></ol><br /><br />では、書籍のほうで「言語と単位」「放射線を正しく怖がる」「ニュースから読み取る」の3章に分かれているものの中から、私なりに最重要であると思われる事柄を抜粋する。<br /><br /><span style="font-size:large;">■放射線に関する言語や単位について</span><br /><br />◎原子爆弾で被った健康被害は「被爆」、これは日常では起こりえないこと。それに対し、今回の事故による健康被害は「被曝(被ばく)」、これは日常的に被っていること。これに対する免疫力は、数千年の生物の進化の過程で誰もがある程度持っている。<br /><br />◎ロウソクを「放射性物質」とすると「放射能」は火がついていること、「放射線」はその火の明るさを表す。<br /><br />◎「ベクレル」はロウソクの炎の大きさ、「シーベルト」は炎の明るさを表すので、ベクレル値が大きくなれば、もちろんシーベルト値も大きくなる、が、いくらベクレル値が大きくても、ロウソク(放射性物質)そのものが遠くにあれば光は届かないと同様、人体に与える影響も少なくなる。(これを確率的影響という)<br /><br />◎「10ミリシーベルト」と言われても、「ある時間あたりの放射線の人体への影響力」の意味と、「ある期間で積算した放射線の人体への影響力」の2通りがある。人体へ影響があるとされる年間100ミリシーベルトは積算値。365日と24時間で割ると、毎時11マイクロシーベルト。11マイクロシーベルトを24時間365日浴び続けると100ミリシーベルトになる。(現時点では放射性物質の半減期や人体の代謝を考慮すれば、生活圏内でこのような状況は存在していない)<br /><br /><span style="font-size:large;">■放射線を正しく怖がるには・・・</span><br /><br />◎年間100ミリシーベルト被ばくするとがんが原因で死亡するリスク値が最大で0.5%上昇するとされている。これを元に日本人のがんによる死亡率を計算すると、普通に生きていて33.3%の日本人ががんで死亡するとされるため、100ミリシーベルトを年間浴びると、がんで死亡する確率は33.8%となる。ちなみにタバコによるリスクは、吸わない人より1.6~2.0倍がん発症の確率が増大するという。通常のがん死亡率33.3%が66.6%(2倍)になるためには、年間で2シーベルト(2000ミリシーベルト)ほども浴びなければならない。現状では、タバコによる健康被害のほうがはるかに大きいことを理解しておく必要がある。<br /><br />◎我々は毎日「被ばく」し続けている。それを「自然被ばく」という。日本では年間1.5ミリシーベルト被ばくしているという統計(世界平均は2.4ミリシーベルト)。宇宙空間に出る宇宙飛行士は1日約1ミリシーベルト被ばくする。宇宙飛行士は180日以上は宇宙空間に出てはいけないことになっている(180日滞在すると180ミリシーベルト被ばくするから)<br /><br />◎富士山の山頂は地上の約5倍の放射線が降り注いでいるそうだ。ということは、富士山山頂で1年間生活をすると年間6ミリシーベルト被ばくすることになる。乳児の被ばく暫定値2.5ミリシーベルト(通常の1.5+1ミリシーベルト)は軽く越す値である。<br /><br />◎また、東京~ニューヨークを飛行機で往復すると0.1ミリシーベルト被ばくする。乳児とともに東京~ニューヨークを年間にたった10往復するだけで、年間1ミリシーベルトに達してしまうので、飛行機のほうが用心すべきである。<br /><br />◎以上は外部被ばく。内部被ばくで考えると、人間の体内には常時200グラムのカリウムが存在し、この一部が放射性カリウムのため、常時4000ベクレル内部被ばくしている。これは年間0.29ミリシーベルトの内部被ばくを引き起こしている。ちなみに甲状腺がんの治療には「局所被ばく」(等価線量)として3.7ギガベクレルの放射性ヨウ素を口から飲み込んでもらうそうだ。100グラムだとすれば、これは8万1400ミリシーベルトに相当。これだけのものを飲み込んでも、甲状腺の局所被ばくとなり「全身被ばく」(実効線量)とはならず、人体への健康被害は当然ない。(筆者が計算)<br /><br />◎我々が注目しなければいけない放射性物質の大量放出は、3月15日の福島第1原発2号機の水素爆発がすべてである。このとき放出された放射性物質が、花粉のように空気中に散布され、各地に飛来している。これらの放射性物質が、様々な食物や土壌に付着して、未だに放射線を放っているということだ。<br /><br /><span style="font-size:large;">■放射線被ばくについてニュースから読み取る・・・</span><br /><br />◎現状で、放射線被ばくによる健康被害で気をつけなければならないことは、がんの発症のみである。そして、各地で観測される大気中の放射線量は下がり続けているので、大気中の放射性物質による直接の被ばくよりも、大地に染み込んだ「大地からの外部被ばく」土壌や海水の放射性物質を採り込んだ野菜や魚介類を食べて体内に取り込まれる「内部被ばく」に気をつけなければならない。そうなると、問題となる放射性物質は「ヨウ素131」「セシウム137」「ストロンチウム90」の3種類のみである。このうちヨウ素131は半減期が8日なので、短期間に大量の被ばくを受けなければ問題にならない。セシウム137は半減期が30年、ストロンチウム90も29.1年なので注意が必要だ。<br /><br />◎まとめると、現状で、避難区域に指定されていない場所での生活で、これから健康被害がでることはあり得ない。(これを確定的影響と言うそうだ)これは現状の放射性物質の量では、全身被ばくで健康被害を受けるほどの量に達していないことを意味している。我々が心配しなければならないのは(確率的影響)即ち、がんを発症する確率のわずかな上昇である。通常の33.3%が33.8%になるかならないか、これは年間の被ばく線量が100ミリシーベルトに達するかどうかということである。著者は、そのことを「いつ、どこで、どんなものが、どの期間に」を注意深く見守ってゆくことだと書いている。ここには「どのくらいの量」という言葉は入っていない。つまり、数字だけでは、我々に健康被害を及ぼす可能性はわからないということである。<br /><br />◎5月1日に海江田経産大臣が参議院予算会議の席で「毎日154テラベクレルの放射性物質が発散されている」と発言したということで、3月15日以降も放射線量が各地で増え続けているのではないかという疑問を抱くのである。もし仮に増え続けているとすれば、1キログラムあたり154テラベクレルのものが、例えば雨として関東に降り注いだと考えてみると、放射線量を持つ水滴約1ミリグラム程度が各地で増え続けているとすれば、(放射性セシウムだとして被ばく量を計算すると)2926ミリシーベルトの放射性物質が増え続けていることになる。しかしそのような大きな線量が確認されたことは、未だかつて発表されていない。即ち、3月15日の大量放出に比べると、数値こそは大きく聞こえるが、取るに足らない程度のものになって飛来していると思われる。(筆者が計算)これは著者が言うように、「いつ」「どこで」「どんなものが」「どの期間に」計測されたかを詳しく把握しなければ、我々の身体に与える影響の度合いはわからないということの例ではないだろうか。<br /><br /><span style="font-size:large;">■放射性物質は永遠に残る・・・</span><br /><br />以上、ダイジェストで紹介させていただいたが、私が理解したことは、今回の原発事故による放射線被ばくによる健康被害は、大きく見積もってもがんの発症率を0.5%高める程度のものではあるが、今後数十年、発症率が高まる可能性がずっと続くということである。高まることにわざわざ足を踏み込まぬよう、自己責任で正しい情報を入手してゆかねばならない。<br />文:土屋夏彦('80理電)<br /><br /><hr>(ベクレル~シーベルト換算値)※公益財団法人原子力安全研究協会が運営するHPより抜粋<br /><a href="http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html" target="_blank" title="http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html">http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html</a><br /><table border="0" cellspacing="15" cellpadding="10"><tr><td></td><td>半減期</td><td>経口</td><td>吸引</td></tr><tr><td>(ヨウ素)I-131</td><td>8.04日</td><td>2.2×10-8</td><td>7.4×10-9</td></tr><tr><td>(セシウム)Cs-137</td><td>30.0年</td><td>1.3×10-8</td><td>3.9×10-8</td></tr><tr><td>(ストロンチウム)Sr-90</td><td>29.1年</td><td>2.8×10-8</td><td>1.6×10-7</td></tr><tr><td>(プルトニウム)Pu-239</td><td>2.41万年</td><td>2.5×10-7</td><td>1.2×10-4</td></tr></table><hr>(例)<br />1キログラムあたり200ベクレルの放射性セシウム(Cs-137)を1キログラム経口した際の被ばく線量(シーベルト)は?<br /><br />200 × 1.3×10-8 = 2.6μSv:マイクロシーベルト(0.0026mSv:ミリシーベルト)<br /><br />※放射性セシウムは摂取すると甲状腺に集まりやすく、甲状腺がんの元になるとされるため<br />上記200ベクレルが摂取の基準値となっている<br /><hr><br /><a href="https://market.android.com/details?id=com.twocheers.bqconverter" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/BqConverter_g2.jpg" alt="BqConverter_g2.jpg" border="0" width="160" height="240" /></a><br />私が4月にリリースしたAndroidスマートフォン用アプリ「ベクレルコンバーター」
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【特別講演会】東京エグゼクテイブ・サーチ株式会社副社長 加藤春一氏

演題:「能力Qとこれからのエネルギー関係の経営者像」~東電経営陣の問題点は?~日時:2011年5月26日(木)18:30~20:30場所:上智大学ソフィアンズクラブ講演者:東京エグゼクテイブ・サーチ株式会社副社長 加藤春一('68経経)参加者:33名 今回の講演では、私が長年携わってきた「能力Qと経営変革」というテーマで、東電関係会社や政府機関の経営が従来の日本特有の伝統的経営手法では厳しい現在の環境は乗り切れないこ... <table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="520"><tr><td>演題:「能力Qとこれからのエネルギー関係の経営者像」~東電経営陣の問題点は?~<br />日時:2011年5月26日(木)18:30~20:30<br />場所:上智大学ソフィアンズクラブ<br />講演者:東京エグゼクテイブ・サーチ株式会社副社長 加藤春一('68経経)<br />参加者:33名</td></tr></table><br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/cs110526038.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/cs110526038.jpg" alt="cs110526038.jpg" border="0" width="400" height="268" /></a><br /><br /> 今回の講演では、私が長年携わってきた「能力Qと経営変革」というテーマで、東電関係会社や政府機関の経営が従来の日本特有の伝統的経営手法では厳しい現在の環境は乗り切れないことを具体例で説明させていただきました。<br /><br /> 震災で起きた福島原発の事故に対する対応でも取り沙汰される、東京電力の体制などを例に、日本型の経営から欧米型の経営に変革させてゆくためには、<br /><br />1.年功 終身 学歴主義の ピラミッド構造の組織は<br />  ・前例主義 ・稟議制度 ・上を見た合議<br />  緊急 重要事態では 機能しない<br />2.経営者はこの様なシステムに胡坐をかいてきているので<br />  応用力 対応力、適応力が無い<br />3.1.2の理由でトップも責任を回避し 無責任になる。<br /><br />4.更に時間軸で緊急の場合は賢慮なる(フロネシス)判断力が<br />  要求されるが、そのような経験値が無く(馬鹿ぶりで)、あたふた狼狽する。<br />5.現場優先主義といいながらも現場の最高責任者の声に<br />  真摯に聞く耳を持つリーダーがいない。<br /><br /> 伝統的会社は組織が硬直化 制度が上記のように疲弊化、人事は能力では無く年功で、結果として<br /><br />1.スピードに欠け<br />2.的確なコミュニケイショが行われなく<br />3.間違った判断を下し、結果として責任を取らない・・・<br /><br /> 無責任組織を変えるには優秀な経営者への若返り、外部からの人材登用で組織・制度を変えないと日本の経営は沈没すると申し上げました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/cs110526034.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/cs110526034.jpg" alt="cs110526034.jpg" border="0" width="400" height="268" /></a><br /><br /><br /> 特にグローバル化、インターネット化 オープン化 スピード化、フラット化する中で、経営者が日本の良き伝統を継承しながらも、リスクとチャンスを同一として捉え変革をして行かないと。その行為も埋没してしまう危機性があることをお伝えしました。<br /><br /> 更にリーダーシップ論ではアメリカのウエストポイントの3つのフォロワーシップ論<br /><br />◎yes or noの明確化<br />◎thank you の感謝<br />◎sorryの間違いには誤る3つの言葉<br /><br />を徹底的に鍛えられて、初めてリーダーになれることも大事であると申し上げました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/cs110526013.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/cs110526013.jpg" alt="cs110526013.jpg" border="0" width="400" height="268" /></a><br /><br /><br />最後に、宮本武蔵の五輪書の地の巻きに、大工の棟梁が実に日本的リーダーの極みを表現していることも披瀝いたしました。<br /><br />会場には約30人、官僚、大学教授、外資系社長経験者、マスコミ関係 若いエグゼクテイブが参集し、活発な意見交換が行われました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/cs110526046.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/cs110526046.jpg" alt="cs110526046.jpg" border="0" width="400" height="268" /></a><br /><br />(報告:加藤春一)
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