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【スペシャルインタビュー】瀧澤正上智大学長に聞く(3/3)

この4月に上智大学の第14代目の学長に就任された滝澤正氏に、学生時代の思い出から、上智に来られた理由、そして学長就任後の心境や活動など、多岐にわたってお伺いしました。第14代上智大学長 滝澤正氏 インタビュー日時:2011年4月20日 場所:上智大学学長室にて聞き手:横川和夫('60文新)、土屋夏彦('80理電)(~ スペシャルインタビュー(2)より続く)▼看護学科、大阪サテライトキャンパスがスタート…… 4月に学長に... この4月に上智大学の第14代目の学長に就任された滝澤正氏に、学生時代の思い出から、上智に来られた理由、そして学長就任後の心境や活動など、多岐にわたってお伺いしました。<br /><br /><table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="530"><tr><td>第14代上智大学長 滝澤正氏 インタビュー<br />日時:2011年4月20日 <br />場所:上智大学学長室にて<br />聞き手:横川和夫('60文新)、土屋夏彦('80理電)</td></tr></table><br /><br />(~ <a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-109.html" title="スペシャルインタビュー(2)">スペシャルインタビュー(2)</a>より続く)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/ssk110420010.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/ssk110420010.jpg" alt="ssk110420010.jpg" border="0" width="400" height="300" /></a><br /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼看護学科、大阪サテライトキャンパスがスタート</span><br /><br />…… 4月に学長に就任されて、具体的に動き始めていることはありますか。<br />…滝澤学長 4月から聖母学園と法人合併して、看護学科が上智にできた。これまでの上智では考えられないような実務直結の学科ですので、既存の学科にも影響を与えるのではないかと思います。また大阪にサテライトキャンパスができました。上智は首都圏には強いが地方には弱い感じがしていましたので、コミュニティカレッジの講座を開くなどして、関西でも上智ありということでやっていきたいと思います。また福岡の泰星中高が上智福岡中高と名称を変えて、高大連携を強くし、より良い受験生を全国規模で集める手掛かりとして始めたのですが、他にもそのようなことを考えています。<br />…… イエズス会が経営している中高は神奈川県の栄光、神戸の六甲、広島の広島学院がありますが、なぜ泰星中高だけ名称を変えたのですか。<br />…滝澤学長 三校とも進学校として頑張っていますので、なかなか上智大学と全面的な教育提携をするところまではいっていません。今後も広くカトリック系高校を含めて折衝は続けていきますが、手始めに泰星中高を上智中高にしたわけです。<br />…… カトリック校も横浜の聖光学院や鹿児島のラ・サール中高など大学進学校として成績を上げているところは生徒も集まりますが、そうでないところは少子化などの影響を受け経営が難しくなってきていますね。上智福岡中高への名称変更で、単なる受験学力が高いというだけではなく、問題意識や視点を持った学生が集まってくるといいのですが。<br />…滝澤学長 その通りで、ここ数年が正念場です。<br />…… 上智は「Men and Women for Others,with Others」を建学精神に掲げていますが、大震災被災地に学生をボランティアで派遣する計画はありますか。<br />…滝澤学長 5月の連休、そして夏休みに派遣する準備を進めています。被災した方々に迷惑をかけてはならないので、事前の準備、教育、訓練に力を入れ、また参加者は欠席扱いにしないよう各先生方にお願いしているところです。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼自由競争で機能しない法科大学院制度</span><br /><br />…… ところでアメリカのロースクールを真似して2004年にスタートした法科大学院ですが、どうですか。<br />…滝澤学長 全般的に見て、あまりうまく機能していないようですね。<br />…… 日本の学校教育は、制度をいじればいじるほどおかしくなっていく。大学入試で導入された「大学入試センター試験」も、受験戦争をエスカレートさせて偏差値至上主義のいびつな学校教育にしてしまいました。私は共通一次試験導入の時に文部省を担当していましたが、文部省は大学独自のユニークな二次試験を行うために、高校でどのくらい学んだかを調べる基礎的問題を出すので受験生の負担にはならないと説明していました。しかし現実は二次試験の「足切り」に使われています。<br />…滝澤学長 法科大学院も似たところがありますね。日本は極端な平等社会ですから、ある大学が法科大学院をつくると、我も我もで74校もできてしまった。そうすると競争が起きて、法科大学院の序列ができる。つまり日本的な平等主義と競争社会のために、当初考えたようには制度がうまく機能しないのです。当初は74校もつくる計画ではなかった。<br />…… 司法試験の合格率も当初は70%程度と想定していたようですが、現実は3、40%に落ちてしまった。学費がかかるので貧しい家庭の子弟は入学できなくなり、法科大学院も貧富の格差を拡大する手助けをしているのではないかという批判も出てきています。<br />…滝澤学長 ちょうど時期も悪かったですね。法科大学院は2、30校しかつくらないと規制すればよかったのに、小泉政権の打ち出した市場原理主義に基づく自由競争で、という声が強くなり、文科省はほとんど全部の開設を認めてしまったわけです。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼合格率もそこそこの上智法科大学院</span><br /><br />…… 小、中、高校のカリキュラムも同じ問題を抱えています。1970年代に一挙に内容を高度化したため、落ちこぼれや登校拒否の問題が出てきた。やっと遠山文相のときに30%削減を打ち出したら、塾をはじめ教育産業に反対されて「ゆとり教育」をあっさり撤回してしまいました。文部官僚には命をかけても教育のために信念を貫く役人がいないのが現実ですね。<br />…滝澤学長 上智の法科大学院には受験生がたくさん応募してきますし、合格率もそこそこいいですが、他の合格率が低いところは何億も赤字を出していますから経営的にも大変ですね。<br />…… 有能と思われる弁護士の多くが法科大学院の教授になっているのも問題ですね。<br />…滝澤学長 弁護士救済策にもなってしまった。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼再考の余地ある裁判員裁判制度</span><br /><br />…… 裁判員裁判制度も問題を抱えています。私は少年事件の追跡取材もしてきましたが、裁判員裁判制度では少年事件を審理するのは難しいのではないかという感じがしています。そもそも裁判員が可塑性に富む少年の再生を配慮する少年法を理解できていないのが現実で、被害者感情に流されて、少年事件でも厳罰傾向が強くなっています。<br /><br />…滝澤学長 国民が裁判に関心を持つ手段としては裁判員裁判制度はいいのではないかと思いますが、今のような形でいいのかは再考の余地があります。もう少し違ったやり方があるのではないでしょうか。殺人のような重い事件ではなくて、軽い事件に関与してもいいし、刑事事件ではなく民事事件に関与してもよいわけで、裁判に関心を持つことが狙いなら、刑事の凶悪事件は市民に負担が重過ぎると思います。<br /> 私たち市民がかかわる裁判では契約がどうしたとか、土地の争いが多いですから、紛争が起きたら裁判所に行くんですよ、ということを知ってもらうためなら、もう少し違った形で裁判員裁判制度を運用してもよいかと思いますね。<br />…… 殺人事件で、しかも凶悪事件に限定して裁判員裁判制度を導入したのは、法務省が国民に責任転嫁したのではないかという批判もありますね。<br />…滝澤学長 重罪に関して素人が関与するというのは、外国にも多いのです。それで外国もやっているから日本でも導入してみようということだと思います。<br />…… フランスの場合はどうですか。<br />…滝澤学長 フランスの陪審員制度は殺人事件など重罪だけです。ヨーロッパではイタリア、ドイツなどでも同様の制度を採用していますからね。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼ヨーロッパ法を鳥瞰する本を</span><br /><br />…… 滝澤学長は今でもフランス法の研究を続けておられるのですか。そのテーマは何ですか。<br />…滝澤学長 フランス法だけでなく、比較法と言って、もう少し広く、いろいろな国の法の違いについて最近は関心を持っており、概説書も書きました。比較法となると世界全体につながりますが、フランス法との中間でヨーロッパ全体の法を鳥瞰(ちょうかん)するような分かりやすい概説書でも書けたらいいなあと思っています。<br />…… これからヨーロッパは激しく変化していく時代だと思いますので、学長は上智の顔ですから、遠慮せずにメディアに登場していただきたいですね。<br />…滝澤学長 チャンスがあれば、そうしたいと思っています。<br />…… 一昔前は広く浅く知識を身につけている人が重宝されましたが、最近はひとつのテーマを深く掘り下げる専門性のある方がアピール度を高めてきています。ぜひ研究は続けられてください。ところでご家族は。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼研究者一家の家族</span><br /><br />…滝澤学長 法政大学法科大学院の教授をこの3月に辞めた妻と、息子と娘がいます。二人とも研究者の卵のような感じですね。<br />…… 研究者一家ですね。奥様とはどこでお知り合いになったのですか。<br />…滝澤学長 同じ東大の大学院でです。民法が専門です。<br />…… お子さんは何を研究されているのですか。<br />…滝澤学長 長男はカントを中心にドイツ哲学をやっており、非常勤講師をしています。長女は20世紀のフランス文学をやっていますが、学術振興会の特別研究員です。娘は最近までフランスに4年、スイスに1年留学していました。<br />…… 滝澤学長自身はフランスには留学されたことがあるのですか。<br />…滝澤学長 子どもたちが小さかったころに2年間留学しました。1年は単身で、あとの1年は家族も一緒でした。<br />…… ご両親は健在でしょうか。<br />…滝澤学長 父は数年前に亡くなり、母は健在で地元の信州大学でフランス文学の先生をしていた兄と一緒に生活しています。<br />…… ご健闘をお祈りします。お忙しいところありがとうございました。
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【スペシャルインタビュー】瀧澤正上智大学長に聞く(2/3)

この4月に上智大学の第14代目の学長に就任された滝澤正氏に、学生時代の思い出から、上智に来られた理由、そして学長就任後の心境や活動など、多岐にわたってお伺いしました。第14代上智大学長 滝澤正氏 インタビュー日時:2011年4月20日 場所:上智大学学長室にて聞き手:横川和夫('60文新)、土屋夏彦('80理電)(~ スペシャルインタビュー(1)より続く)▼だれもやらない基礎法のフランス法に…… 滝澤学長の場合、フラン... この4月に上智大学の第14代目の学長に就任された滝澤正氏に、学生時代の思い出から、上智に来られた理由、そして学長就任後の心境や活動など、多岐にわたってお伺いしました。<br /><br /><table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="530"><tr><td>第14代上智大学長 滝澤正氏 インタビュー<br />日時:2011年4月20日 <br />場所:上智大学学長室にて<br />聞き手:横川和夫('60文新)、土屋夏彦('80理電)</td></tr></table><br /><br />(~ <a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-108.html" title="スペシャルインタビュー(1)">スペシャルインタビュー(1)</a>より続く)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/ssk110420011.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/ssk110420011.jpg" alt="ssk110420011.jpg" border="0" width="400" height="300" /></a><br /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼だれもやらない基礎法のフランス法に</span><br /><br />…… 滝澤学長の場合、フランス法が専門ですね。なぜフランス法なのですか。<br />…滝澤学長 2年で修士号を、そして博士号を取るまでに5年かかりましたから大学院には7年いました。法律の中でもこせこせしないのが基礎法分野で、外国のことを調べたり、昔の法を調べたりします。フランス法はだれもやっていない、そうした基礎的なところを勉強するのも必要だろうと思って。<br />…… フランス語はおできになったのですか。<br />…滝澤学長 大学に入ってからですから、それほどでもありません。私の2歳年上の兄が京大に行きましてフランス文学をやっていたのですね。フランスという点では兄弟はつながっているのです。<br />…… フランス法では何を追及されているのですか。面白いという興味、関心がないと研究は長続きしないと思いますが。何が面白いのですか。<br />…滝澤学長 いろいろ勉強していると、何か分かってくるものが必ずあるのですよ。何でこうなっているのかと調べて、しばらくは何も分からない。しかしある時、ああなるほど、こんな筋道で考えるとフランスの法律制度は、こんな時代背景でこんな仕組みで出来上がっているのか。そういう筋道を理解できると、非常に気持ちがいいです。ですからそれが励みになるわけですね。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼日本の法律のルートはフランス法</span><br /><br />…… 日本の法律の場合、フランス法の影響を受けているのでしょうか。<br />…滝澤学長 ドイツ法の影響のほうが大きいですよ。戦後はアメリカの影響も非常に強いですが。明治の初めはフランス法が専ら日本に入って来ていたので、フランス法の影響もかなり残っているのです。<br />…… 例えばどんなところですか。<br />…滝澤学長 今の民法はドイツに近いですが、その前にフランス人のボアソナードがつくった旧民法はほとんどフランス法をモデルにしていたのです。他の分野でも日本の今の法律のルーツをたどっていくと、フランス法の要素がありますので、今の法律を考える際には役立つと思います。<br />…… なぜ日本はフランス法からドイツ法へと切り替えていったのですか。<br />…滝澤学長 明治憲法をつくって、日本の国家体制そのものがプロイセンドイツ型になっていく。そうなるとフランスは進歩的すぎるからドイツの方が明治憲法体制にふさわしいということになり、ドイツをモデルにしたので、法律全体もドイツ型になっていくのです。<br />…… 仮にドイツ法型にならなかったら、日本は今のような状態にはならなかったですか。<br />…滝澤学長 変わったと思います。専門的な話になりますが、ドイツの法律は理論的、体系的なのです。だから日本人には取り入れやすい面もあるのです。フランス法はより体験的というか実践的ですから、フランス法を採り入れていれば、われわれの生活そのものが西洋的なものを理解しないといけないようになる。ドイツ法の理論的な体系だけを採り入れたので、法律は非常に立派にできているのですが、我々の実際の生活は、それと違った生活形態がありえた。それで最近、司法制度改革審議会なるものが日本はもっと法化社会にならないといけない、法令が実際に社会を動かすような社会にしようと盛んに言ってます。それは恐らくドイツ法が基礎にあったからだと思いますよ。<br />…… フランス法的なものが日本社会に取り入れられていたら、日本の社会は今より良くなっていたとお考えですか。<br />…滝澤学長 少なくとも多様な考え方が入ってきたほうがよかったと思います。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼国際関係法学科づくりのため上智大へ</span><br /><br />…… 大学院を出られて、それからどうなっていくのですか。<br />…滝澤学長 昭和51年、1976年に博士号を取って、その4月から上智大学のお世話になったのです。きっかけは当時のピタウ学長などが提唱して、上智大学は近い将来、法学部に国際関係法学科をつくるという構想があった。できたのはそれから5年後ですが、将来の布石として外国法を勉強している人も必要だろうということで「来ないか」という話になったのです。<br />…… 「来ないか」というのはだれから言われたのですか。<br />…滝澤学長 東大の私の先生と上智の比較法の先生と、その仲を取り持つ東大名誉教授で、当時、上智大教授の鈴木竹雄先生がおりまして…。<br />…… 躊躇されることはなかったのですか。<br />…滝澤学長 東大で博士号を取ると引く手あまたで、中央、立教、北大など、いろいろな大学から来ませんかという話はあったのですが、私の指導教授が「これからは上智がよくなるから上智がいいよ」と言う。それで上智と決めたのです。<br />…… 私は1960年に卒業しましたが、当時の上智大学は三流、四流大学もいいとこで、「情痴大学」と揶揄されたものです。<br />…滝澤学長 私もよく知らなかったです。中央、立教の方がよく知ってましたよ。北大は遠いからどうしようもない。私が来た頃からピタウ学長が頑張ったこともあって、結果的には正解だったと思っています。<br />…… カトリック信者でもない。卒業生でもない。そういう人が学長になったということは上智創設以来初めてで、その点では画期的な出来事だと思いますが。<br />…滝澤学長 私もそう思います。<br />…… 上智大学をよく知らないで入ってこられて、実際にどうでしたか。<br />…滝澤学長 居心地がいいですね。研究者、教授を大事にしてくれているという感じですね。他の大学から漏れ伝わってくる情報ですと、教員も労働者の1人としてどんどん働かせる、ただそれだけの存在のように扱う大学もありますが、上智はそうではなくて、学者として扱ってくれる感じがして、いいと思いますね。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼上智を愛することではだれにも負けない</span><br /><br />…… 経営母体がイエズス会で、しかもカトリックという組織は頂点にバチカンが控えています。ともすると上からの管理体制の枠にはめ込まれて、その狭い枠の中だけでしか身動きできないのではないかと危惧されますが。<br />…滝澤学長 そうだと思っていました。私は全くの外様ですから学長になるなどとはしばらく前は全く予想もできなかった。当然、神父さんや信者の方々または上智出身者でないと学長になれないと思っていましたから。ところがだんだん神父さんの数も減ってきたし、人材もなくなってきたのだと思います。だから信者でないとなどと言っておられなくなってきたのだと思います。<br />…… ドイツの大学では、出身大学では教授になれないという大原則があり、日本の大学のさまざまなコネ重視とは違った構造になっているようです。地震、津波、原発事故と未曾有の大災害に見舞われ、従来の価値観が根底から問われ始めた年に学長になられたのは、大きな啓示かもしれないですね。<br />…滝澤学長 立教でも既にプロテスタントでない人が学長になったり、いろいろな動きがありますね。遅かれ早かれ、上智もそういう事態になったのかもしれません。私も昭和51年に来て、35年も上智で教師をやっていますから上智出身とかカトリックではありませんが、上智を愛するということではだれにも負けないと思っています。卒業生とか信者というバックがないだけで、上智に対する思い入れは強く持っていますので、それでカバーできるのではないかと思っています。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼きちっと仕事をやる信頼感が学長候補に</span><br /><br />…… お話しをうかがっていますと、学長になりたいと思っていたのではないようですね。<br />…滝澤学長 可能性は全然ないと思っていましたから。学科長を6年、法学部長を4年、あと図書館長を2度やって、最後は法科大学院をつくって院長を4年やりました。学内のいろいろな仕事をやらせていただいて、仕事をきちっとやってくれるという信頼感が生まれてきたのではないかと思います。<br />…… 学長に立候補する場合は、自分の方針を打ち出しますよね。<br />…滝澤学長 上智の場合は立候補ではなく、学長推薦委員会で3人の候補を推薦する、推薦されても断る選択肢が全くないわけではありませんが、お断りする理由もないからオーケーしますということで候補者になったわけです。<br />…… しかし投票して決めるのだから、学長になったらこうするといメッセージは出すのでしょう。<br />…滝澤学長 そうですね。候補者に決まった後、既定の様式があり、具体的なことは公約できませんので、時代の変化に対応していくためにも皆さんの意見を集約して上智を少しでもよくしていきましょう、情報発信をきちんとして改革を進めていきましょう、といったことを述べました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼三人の信頼する副学長とチームワークで</span><br /><br />…… 学長になったからには、リーダーシップを発揮し、決断を下す責任が課せられてくると思いますが。<br />…滝澤学長 まだ少ししか仕事をしていませんが、学長職はかなりの部分が大学の象徴、いわば飾りのようなものですね。多くの会議に出席し議長をしたり、挨拶文を書いたり実際に挨拶したり、そんなことばかりです。実際の仕事は3人の副学長にお願いするということで、副学長にふさわしい人を選ぶというのが私の最初の大事な仕事でした。<br />…… どんな方を副学長に選ばれたのですか。<br />…滝澤学長 3人の副学長は、学務担当が理工学部の曄道(てるみち)佳明先生、学術交流担当が国際教養学部のアンジェラ・ユー先生、総務学生担当が神学部の神父さんで増田祐志先生。高祖理事長とも相談して私が指名し、最終的には理事会の承認を得たわけです。三人の方には非常によく協力していただいているので、信頼する副学長がいれば、チームワークがとれて全体として仕事ができるのではないかと思っています。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼マネジメントは理事会が</span><br /><br />…… 学長は上智の顔ですが、学長の役割はどういうところにありますか。理事会もあるので、マネジメントはどこがするのですか。<br />…滝澤学長 それは大学によって違います。総長という形で学長と理事長を兼務している大学では学長のリーダーシップが強い。上智の場合は学長と理事長と分かれていて、理事会が強い力をもっています。伝統的にイエズス会が経営を担っていて、神父さんが大多数を占める理事会がマネジメントを担当しています。教学サイドでいろいろ考えるのが学長の役割ですが、その調整に難しいところがありますね。<br />…… ということはマネジメントは現実的に対処しなければならないけれど、学長は理想の大学像を追い求めることはできる、その立場にあると言うことですね。<br />…滝澤学長 その通りです。資金や人的側面から考えると実現するかどうかはわかりませんが、私の方からこのような改革をしていきたいという提案はしていかなければならないと思っています。<br />…… 滝澤学長としては、どんな大学にしていきたいと考えていますか。最近は他の大学も国際化に力を入れたりして、上智の特徴が失われてきているように思いますが。<br />…滝澤学長 おっしゃる通りですね。早稲田も立命館も国際化に力を入れ、しかも人的資源も財力もあるから、上智は押されっ放しというのが実態だと思います。しかも神父さんの数は減ってきているので、特色を出しにくくなっていますね。上智は大きな大学ではないので、すべてにわたってトップを走るといった総合力では太刀打ちできません。国際化という中で特色を出していかなければならないと考えています。(<a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-110.html" title="つづく">つづく</a>)
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【スペシャルインタビュー】瀧澤正上智大学長に聞く(1/3)

この4月に上智大学の第14代目の学長に就任された滝澤正氏に、学生時代の思い出から、上智に来られた理由、そして学長就任後の心境や活動など、多岐にわたってお伺いしました。第14代上智大学長 滝澤正氏 インタビュー日時:2011年4月20日 場所:上智大学学長室にて聞き手:横川和夫('60文新)、土屋夏彦('80理電)瀧澤正TAKIZAWA TADASHI プロフィール■1969年東京大学法学部卒業、1976年東京大学大学院法学政治学研究科にて法... この4月に上智大学の第14代目の学長に就任された滝澤正氏に、学生時代の思い出から、上智に来られた理由、そして学長就任後の心境や活動など、多岐にわたってお伺いしました。<br /><br /><table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="530"><tr><td>第14代上智大学長 滝澤正氏 インタビュー<br />日時:2011年4月20日 <br />場所:上智大学学長室にて<br />聞き手:横川和夫('60文新)、土屋夏彦('80理電)</td></tr></table><br /><br />瀧澤正TAKIZAWA TADASHI プロフィール<br />■1969年東京大学法学部卒業、1976年東京大学大学院法学政治学研究科にて法学博士号取得。その4月に上智大学に赴任。上智大学法学部教授、上智大学法科大学院教授を経て、2011年4月より、第14代上智大学長就任。<br />■専門はフランス法。近年は国内外の法律問題の調査・研究を行う「比較法」でも様々な実績を残している。研究成果としては、渋沢・クローデル賞を受けた『フランス行政法の理論』およびわが国における標準的概説書という評価を得ている『フランス法』が代表的。<br />■学長就任後、総合人間科学部(看護学科)を設置、大阪サテライトキャンパス開設など、意欲的に教育改革を推進している。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/ssk110420031.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/ssk110420031.jpg" alt="ssk110420031.jpg" border="0" width="400" height="300" /></a><br /><br /><br />…… 学長就任おめでとうございます。早速ですが、滝澤さんがどんな人生を歩んでこられたのか、といったことからお話しいただきたいと思います。そもそも、お生まれはどちらですか。<br />…滝澤学長 生まれたのは長野県中野市で、長野市から少し山の方に入った志賀高原のふもと辺りで、家は兼業農家でした。父は小、中学校の先生をしながら家族で一町歩ほどの田畑を耕し、米や麦をつくっていました。<br />…… 親が学校の教師だと、家では厳しく育てられたのではないかと思ってしまうのですが。<br />…滝澤学長 いや、そんなことは全くないですよ。田舎だからのんびりやっていました。今のように塾などはないから、だれも勉強なんかしている人はいません。そもそも勉強する雰囲気などありませんでした。野原に出て遊んでいましたし、農繁期になると田植えや稲刈りで学校が一週間ほど休みになり、お百姓の手伝いをしましたね。<br />…… お父さんは何を教えられていたのすか。<br />…滝澤学長 社会科と、あとは美術です。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼田舎で遊びに熱中した少年時代</span><br /><br />…… 滝沢学長は昭和21年の戦後生まれですが、物心がついたときはどんな感じを抱いていたのでしょうか。私は小学2年のときに終戦だったので、ひもじい思いを体験したので、たとえ正義のための戦争であってもノーだという思いは強いのですが。<br />…滝澤学長 あまりそういう経験はないですね。物心がついたときは、もう日本もかなり復興してきていましたし、もともと農業をやっていましたから食べ物に困ったという感じもなかったです。<br />…… 長野県といえば、戦争中は満州に開拓民としてかなりの人々を送りこんだことで知られていますね。<br />…滝澤学長 そうですね。私の親戚でも満州に行って引き揚げてきた人もいます。<br />…… 小学校時代に興味、関心を持ったり、熱中したりしことはありますか。どんな少年だったのでしょう。<br />…滝澤学長 何に熱中していたのだろう。すっかり忘れてしまいました。いろんな遊びに熱中していたのじゃなかったかなあ。マンガを読んだり、チャンバラごっこをしたり、山や川に行ったりとか。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼長野高校から東大へ</span><br /><br />…… 中学校はどちらに。<br />…滝澤学長 近くに公立の学校しかありませんでしたから、私は小、中とも地元の学校です。<br />…… 長野県と言えば地域に根差した教育に力を入れたりする「信濃教育」で昔から有名ですが、そんな体験をされたことはありますか。<br />…滝澤学長 全体に長野県は教育熱心で、教師が尊敬されていたし、子どもも学校の先生は偉いのだとみんなが感じていましたね。その点では学校に行って勉強するのはいいことだという意識はありました。<br />…… 例えば教科中心ではなく、飼育する動物を軸に総合学習をしていくといった授業はなかったですか。<br />…滝澤学長 そういうのはなかったですね。動物は学校で飼っていましたが、教育の一環として位置づけられていることはなかったです。<br />…… 中学の部活では何をされていたのですか。<br />…滝澤学長 中学校での部活が始まったころで、私はサッカーとか陸上を少しやっていました。でも、それほど熱心にやったほうではありませんでした。<br />…… ご自分の進路が決まったのは高校時代ですか。<br />…滝澤学長 小、中学校時代は、東京に行くなんて考えませんでした。ところが長野高校へ進みまして、長野高校からは東京の大学に行く人がたくさんいる。そこで初めて大学に進学するために行くので東京に行ったりする可能性があるのだと知りました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼学園紛争で6月に東大を卒業</span><br /><br />…… 進路はどういう形で決まっていったのでしょうか。<br />…滝澤学長 長野高校は進学校でしたので、成績が良ければ東大や京大、あるいは東北大と国立志向で取り組んでいましたので、わりと成績がよかったので、それでは東京大学に行きましょうかということになったのですね。<br />…… その段階で学者の道に進むという考えは頭の中にはあったのでしょうか。…滝澤学長 正直申しますと、あまり考えていませんでした。都会の人なら当然、東大に入って官僚になるといった設計を描いているかもしれませんが、なにせ田舎者ですから、大学に行った後のことは考えていなかったのですね。<br />…… ということはある程度、当時の成績と雰囲気で東大の文一、法学部に進路が決まっていったということで、何が何でも文一に、ということでもなかったわけですね。<br />…滝澤学長 そうですね。まあ、どこの学部でもいいということで、こういう勉強をやりたいという明確な意識はあまりなかったですね。<br />…… 奇しくも滝澤学長の大学時代は、学園闘争が華やかな時代でしたね。<br />…滝澤学長 大学紛争はちょうど私が大学4年になったころです。ですから私は4年の時は授業が非常に少なくて、3月に卒業できなくて、6月卒業という変則的な卒業でした。<br />…… 学園闘争では、どういう立場を取られたのですか。<br />…滝澤学長 大部分の学生はそうだったと思いますが、どの立場にも属さないノンポリですね。<br />…… 安田講堂が学生たちに占拠されて、ヘリコプターが上から散水したりしましたね。当時、私は昭和基地に向かう南極観測船「ふじ」に乗っていて事態を知りました。滝澤学長はどこにおられたのですか。<br />…滝澤学長 授業が途中からなかったので、仕方がないから本郷すぐそばの下宿にいて勉強していました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼公務員試験は合格したものの…</span><br /><br />…… 大学時代にどのようなきっかけで法律に関心を持たれたのですか。<br />…滝澤学長 文一に入ったので法学部に行くことになった。それは高校時代の選択ですよね。特に理由はないのです。あとは何で研究者になったかということだと思うのです。東大に入ったら、東京の人はすぐに将来の設計を描いているわけです。大蔵省に入り、代議士になって末は大臣、というすごい人ばかりですから。これにはついていけないと思って。学者ならのんびりしていいのではないかと思ったわけです。<br />…… それでは司法試験とか公務員上級職試験などは受けなかったのですか。<br />…滝澤学長 公務員試験を受けましたけれど、行こうとは思っていませんでした。<br />…… それはどうしてですか。<br />…滝澤学長 公務員試験は合格したのですが、そこでも競争は厳しいのです。東大の法学部の卒業生同士で、また出世競争するのは、うんざりだなと思って。<br />…… そういう発想はどこから出てくるのでしょう。<br />…滝澤学長 田舎者だからじゃないですか。もう少し目先が効いていたら賢明な道があったかもしれないですけれど。<br />…… 根底から官僚になって出世しようなどと考えたことがない。<br />…滝澤学長 ないというか知らなかったということでしょうね。その筋の情報によれば、公務員試験を受験して合否が出る前に官庁と接触して内定を取るといったノウハウがあるみたいです。私などは合格してからでも、と思っていたら、もうほとんど採用が終わってしまっているから、ついていけないという感じでしたね。<br />…… 卒業の段階で、研究生活に入るということが決まっていたわけですか。<br />…滝澤学長 そこから大学院に進みました。これも成績が良ければ助手になって、もっと早く出世する研究者の道もあったようです。私はのんびりしていましたから、「いいです。大学院に行ってゆっくり勉強しますから」と助手を断って大学院に行ったので、ここでも世間知らずもいいところです。(<a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-109.html" title="つづく">つづく</a>)
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官僚システムによって日本は破滅する

三度目の被爆惨禍を招いた日本の悲劇安全より保身を優先した官僚システム磯浦康二('57文新)▼66年前と酷似している光景テレビに映し出された津波のツメ跡は、66年前、B29に焼き尽くされた東京とそっくりだ。茫然とたたずむ被災者の姿は66年前の私たちの姿に重なる。地震警報のビービーというブザー音、66年前は空襲警報のブザー音。停電、行列、買いだめなどなど・・・も。 66年前「古代神話」で国民は洗脳された。今回は小学... <table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="460"><tr><td>三度目の被爆惨禍を招いた日本の悲劇<br />安全より保身を優先した官僚システム<br />磯浦康二('57文新)</td></tr></table><br /><br /><span style="font-size:large;">▼66年前と酷似している光景</span><br />テレビに映し出された津波のツメ跡は、66年前、B29に焼き尽くされた東京とそっくりだ。茫然とたたずむ被災者の姿は66年前の私たちの姿に重なる。地震警報のビービーというブザー音、66年前は空襲警報のブザー音。停電、行列、買いだめなどなど・・・も。<br /> 66年前「古代神話」で国民は洗脳された。今回は小学校から教科書で「原発安全神話」に国民はだまされた。しかし4月12日に「FUKUSHIMA」は一転「レベル7」とチェルノブイリ並みになり、死の街になった。「神話」は、やはり「神話」だった。<br />第2次大戦当時に吹くと言われた「神風」は吹かなかった。ところが今回は「放射能の風」が吹いた。そして「集団疎開だ!」と松本防災担当大臣が叫び、原発周辺の約20万人が「集団避難」と呼ばれて故郷を離れた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼人災というより犯罪</span><br />地震、津波は「天災」。戦争も原発事故も東電、官僚、政治家が反対や危険の声を無視して意図的に行ったという意味で「人災」というより「犯罪的」だ。<br />66年前「責任者」である軍人や指導者は「1億総懺悔」と責任を一般市民に転嫁してみな逃げた。今回は、東電だけでなく官僚、学者、そしてマスコミが何をしたか、その責任を徹底して追及したうえで、原因を明らかにしなければならない。<br />「軍事官僚」は昭和初期から「陸海軍大臣現役制」によって内閣の生殺与奪の権を握り「軍事予算」は際限もなく膨れ上がった。検察官僚や内務官僚と結び、政治は「大政翼賛会」をつくりマスコミを動員し国民を戦争に駆り立て突っ走った。日本中を焼け野原にされても戦争を止めようとせず、原爆を投下されて広島、長崎が破滅するまで止めようとしなかった。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼官僚システムの3つの特徴</span><br />官僚システムの特徴は「タテ割りタコツボ」「自己利益追求」「自己保身」である。<br />例えば「大東亜戦争」の時は「陸軍」と「海軍」は別々の戦闘を行い、「共同作戦」などは行わなかった。航空隊も「陸軍航空隊」と「海軍航空隊」に分かれ、航空機の設計、製作、乗組員の募集も訓練も別々に行った。軍需工場の中は「陸軍」と「海軍」が分けられ、間に「壁」があった。<br />陸軍は海軍には秘匿して「3式潜航輸送艇」という潜水艦を建造、海軍は海軍で「陸戦隊」を持ち、独自の空挺部隊や戦車部隊を保有し、大東亜戦争末期には10万の兵力を持っていた。<br />当時の東條英機総理大臣は内務、外務、陸軍、文部、商工、軍需の各大臣を兼任。それでもタテ割りの官僚組織を動かすことは出来なかったと戦後、懺悔(ざんげ)した。<br />戦争という国の存亡をかける事態に陥っても、陸軍と海軍という軍事官僚組織は互いに無視し合い、別々の戦争をしていた。<br />今回の大震災の場合でも、道路、水道、電気の復旧を行う場合、道路は国土交通省、水道は厚生労働省、電気は経済産業省の所管であり、更に各県、市町村が関わるというタテ割りの複雑なシステムが復旧を阻んでいる。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼日本の官僚制にアメリカも危惧</span><br />5月4日の「朝日新聞」に、ウイキーリスクが暴いた「秘密公電」の分析が掲載されていた。<br />その中にアメリカ大使館が本国に送った「日本分析」があり、2006年に既に日本の弱点を次のよう分析していたという。<br />「日本の官僚制と計画制度は柔軟さを欠くかもしれず、結果として日本は未知か新たな備えを必要とする脅威には弱点を持ち得る。そうした状況が重大なシステムやサービスの長期にわたる喪失につながり得る」<br />今日の事態を5年前に既に予測していたのだ。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「敗戦」直後、官僚は何をしたか?</span><br />敗戦直後の昭和20年8月末、鈴木九萬 終戦連絡横浜事務局長(外務官僚)とマッカーサー元帥の先遣隊のサザランド中将が、横浜グランドホテルで会談した。日本側は「占領軍の占領政策を円滑に進めるためには、日本の官僚組織による“間接統治”が欠かせない」と、他の懸案に先立って提案したという。(元共同通信記者の今成勝彦氏の調査)<br />敗戦という国家危急の時でも「官僚システム」は、国民のことより自己保身に汲々としていた。「国民」のことなど全く考えず、自分の保身と利益しか追求しない恐ろしい「システム」なのだ。彼らにとっての「国益」とは「官僚システムの利益」でしかない。<br />官僚たちは占領機関中を通じてシステムを温存し、占領終了後はいち早く日本の統治機構を掌握し、今日に至っている。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼歴史は繰り返す</span><br />今回の原発事故は「経済産業省」の官僚と、内閣府「原子力安全委員会」の「御用学者」、<br />そして「電力会社」を中心としたいわゆる「原子力村」と献金や広告費などで動かされた「政治家」や「マスコミ」が国民の声を無視して突っ走り破局を迎えた。大東亜戦争の陸軍と海軍の行動と同じ構図である。<br />原子力安全行政は、かつては、科学技術庁の原子力安全局と通産省資源エネルギー庁が担っていたが、橋本行革による中央省庁再編のどさくさにまぎれて、規制機関である「原子力安全・保安院」は「資源エネルギー庁」が属する「経済産業省」に所属することになった。これで原発を推進する機関と規制や監督をする機関が同じ屋根の下に入った。アクセルとブレーキが同居する仕組みとなり、やりたい放題となった。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼環境保護関係法から放射能は適用除外</span><br />また環境庁が所管する環境保護関係の法律からは「放射能」が「適用除外」とされた。<br />「水質汚濁防止法」第23条、この法律の規定は、放射性物質による水質の汚濁及びその防止については、適用しない。「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律」第52条、この法律の規定は放射性物質による海洋汚染等及びその防止については適用しない。<br />このように「原子力村」を構成する官、政、学、電力会社、マスコミは戦時中の軍事官僚のように独走体制を固めて利益を追求し「原発爆発」という破局へ向けて突き進んだのである。<br />5月1日の参議院予算委員会で、海江田経産大臣は「今でも(原発から)毎日154テラベクレルが放出されている」と述べた。(5月1日参議院予算委員会の議事録は<a href="http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/daily/select0114/177/17705010014013a.html" target="_blank" title="こちら">こちら</a>)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「FUKUSHIMA」は日本の3度目の被爆</span><br />評論家の内橋克人氏は、アメリカで公表されなかった「マンクーゾ報告」を紹介している。米国のピッツバーグ大学トーマス・F・マンクーゾ博士は「マンクーゾ報告」(1977)の中で放射線による被害のことを「slow death」(緩やかなる死)として警鐘を鳴らした。<br />しかしアメリカ政府は公表しなかった。<br />マンクーゾ博士は「日本はアメリカに比べて国土も狭いし、人口も密集している。この広いアメリカでも原発の危険性は常に議論されているのに狭い日本で原発事故が各地に広がった場合、一体日本人はどこに避難するつもりでしょうか。日本人は広島・長崎と2度も悲惨な原爆の悲劇を経験しているではないか」と語った。<br />日本は広島、長崎に続いて3回目の被爆を体験することになった。しかも出口はまだ見えない。(了)
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第24回マスコミ・ソフィア会総会、6月12日(日)開催

マスコミソフィア会総会の開催日が決定いたしました※総会は終了しています。当日の模様は<こちら>を御覧ください。マスコミソフィア会は、会の創設以来、コムソフィア賞を設け、母校の発展と共に毎回素晴らしい人を毎年、顕彰してきました。今年も、第24回を迎える今年も、この1年間の会の活動をみなさまにお伝えする総会と共に、上智大学関係者(在校生、卒業生、関係事業従事者)の中から・国際社会、地域社会に貢献した優れた... <span style="font-size:x-large;">マスコミソフィア会総会の開催日が決定いたしました</span><br /><br />※総会は終了しています。当日の模様は<a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-114.html" title="<こちら>"><こちら></a>を御覧ください。<br /><br />マスコミソフィア会は、会の創設以来、コムソフィア賞を設け、母校の発展と共に毎回素晴らしい人を毎年、顕彰してきました。今年も、<br />第24回を迎える今年も、この1年間の会の活動をみなさまにお伝えする総会と共に、上智大学関係者(在校生、卒業生、関係事業従事者)の中から<br />・国際社会、地域社会に貢献した優れた人物<br />・国際報道、日本紹介に優れた業績を挙げた人物<br />・マスコミ学に新しい優れた論文を発表した人物<br />の、いずれかから、社会の一遇でキラリと光り活躍しているソフィアンをみなさんで讃える「第21回マスコミソフィア賞」授賞式が行われます。<br /><br />今年も、みなさまから多数の推薦いただき、厳正なる選抜審査の結果、コムソフィア賞の受賞者が決定いたしました。<br /><hr><br /><Table border="0" width="530" cellspacing="10" cellpadding="0" bordercolor="#000000"><Tr><Td RowSpan="3"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011052610181938c.jpg" alt="鮎川先生" border="0" width="80" height="80" /></Td><Td>第21回マスコミソフィア賞受賞者</Td></Tr><Tr><Td><font size="4"><strong>千葉商科大学 政策情報学部教授<br>鮎川ゆりかさん('71年外英)</strong></font></Td></Tr><Tr><Td>受賞理由:早くから地震の多い日本には原発は不要と訴え『プルトニウム燃料産業~その影響と危険性』の翻訳や地球温暖化問題に言及した『脱炭素社会と排出量取引』の出版を行い、また語学力を生かして国際環境NGOで活動し、気候変動の国際交渉を追ってきた。<br /></Td></Tr></Table><br /><hr><br />※過去の受賞者一覧は<br /><a href="http://cumsophia.jp/histry.html" target="_blank" title="http://cumsophia.jp/histry.html">http://cumsophia.jp/histry.html</a><br /><br />授賞式を含むマスコミソフィア会総会を下記の日程で行います。<br />会員の皆様は、2010年度活動報告などございますので、お誘い合わせの上ご参加いただけますようよろしくお願い申し上げます。<br /><br />日時:2011年6月12日(日)12:30開場 13:00開会<br />場所:上智大学11号館6F 会議室(※5階会議室に変更になりました)<br />参加費:会員 無料(一般1,000円、学生500円)<br />申し込み:info@cumsophia.jp(メールでお申し込みください)<br /><br />日程:12:30 開場<br />   13:00 開会、総会の部 会長挨拶、議事<br />       来賓スピーチ 滝澤 正上智大学学長(予定)<br />       祖敏明上智学院理事長(1971文哲)(予定)<br />       和泉法夫ソフィア会会長(1970理機・1972文社)(予定)他<br />   13:45 コムソフィア賞授賞式<br />   14:00 コムソフィア賞受賞者記念講演<br />       講師:鮎川ゆりかさん<br />       テーマ「原発はいらない」<br />        ~脱原発で、自然エネルギーをベースとした緑の国家復興を~<br />   15:30  校歌を歌う<br />   16:00  閉会<br /><br /><br /><table border="1" width="530"><tr><td>鮎川ゆりかさん記念講演(要旨)<br>「原発はいらない」~脱原発で、自然エネルギーをベースとした緑の国家復興を~<br>2011年3月11日に起きた東日本大震災は、大規模な揺れと津波で甚大な被害をもたらした。またそれにより「どんなことがあっても安全」と言い続けられてきた原子力発電所が次々と燃料溶融・大量の放射能放出を起こすという原発史上類のない過酷事故を誘発し、その安全神話を崩壊させた。これからの日本は、原発に頼らない、自然と調和した、安全なエネルギー源を基盤とする社会経済構造を構築していかなければならない。最も重要なことは大幅な省エネルギー、地域冷暖房・熱供給システムの普及、そして究極的には自然エネルギー100%の社会を目指すのである。それは日本に豊富な太陽、風力、森林・農業バイオマス、小水力、地熱、地中熱、波力、潮力、雪氷など、地域にあったエネルギーを地産地消するエネルギー分散型社会である。</td></tr></table>
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三水会 4月講演会 「東日本大震災支援活動について」~ 大西健丞氏

三水会 4月講演会  「東日本大震災支援活動について」~ 大西健丞氏    ~阪神・淡路の方程式は通用しない~    ~必要なのは政府・企業・民間の連携協力~講師:特定非営利活動法人ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)代表理事   公益社団法人CIVIC FORCE代表理事   特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム理事   大西健丞氏('91文新)日時:2011年4月20日(水)18時30分~21時場所:四ツ谷・ソフィ... <table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="520"><tr><td>三水会 4月講演会<br />  「東日本大震災支援活動について」~ 大西健丞氏<br />    ~阪神・淡路の方程式は通用しない~<br />    ~必要なのは政府・企業・民間の連携協力~<br />講師:特定非営利活動法人ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)代表理事<br />   公益社団法人CIVIC FORCE代表理事<br />   特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム理事<br />   大西健丞氏('91文新)<br />日時:2011年4月20日(水)18時30分~21時<br />場所:四ツ谷・ソフィアンズクラブ(参加者数35名)</td></tr></table><br />2011/05/20<br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201205201400565fc.jpg" alt="大西氏" border="0" width="430" height="323" /><br />(大西健丞氏)<br /><br />□大西健丞氏は、特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン(以下PWJ)を15年前に立ち上げ、イラク、スーダンなど紛争地帯や、インドネシアの津波被災地で支援活動を展開し、一躍脚光を浴びた。今回の東日本大震災では、PWJ、「公益社団法人 Civic Force(シビックフォース)」の代表理事として最前線に立ち、被災者支援活動の総指揮をとられている。<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>▼人生の有限さを悟り、イラクで社会人デビュー</strong></span><br /><br />□1991年新聞学科卒。バブルの時期で、体育会水泳部主将だったため、大学4年時には多数の企業から就職の勧誘を受けたが、全部断っていたそうだ。というのも3年のときご尊父が倒れられ、植物人間のような状態で集中治療室にいる姿を見て、改めて人生は有限だということを実感したからだそうだ。自分が納得できる一生にしたいと思い、就職せず、上智大学の国際関係の大学院を目指したが、研究計画書は1番だったにもかかわらず、英語の成績が悪く入学失敗。<br /><br />□それで英語を勉強してやろうと奮起し、亡くなった父親が残してくれたお金を持って渡英。ビザも取らず、いきなり英国の大学院に行って「入れろ」と言うと「英語の成績表を見せろ」と言われ、TOEICやTOEFLも受けてない彼は「これだけ話しているのでわかるだろう」と訴え、無理やり予科の大学院コースに入ることができた。<br /><br />□イギリスの大学院では「紛争解決学(CONFLICT RESOLUTION)」という耳慣れない新しい学問を専攻。修士号を取得。その後帰国し「アジア人権基金(土井たか子理事)」に入り、社会人としてのデビューは、イラク派遣だった。ここから彼のNGO (Non-Governmental Organization = 非政府組織)人生が始まった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105192128099c9.jpg" alt="未だ残る地雷原" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105192128099c9.jpg')" /><br />(未だ残る地雷原:写真:Civic Force提供)<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>▼PWJ立ち上げから企業パートナー協働事業へ</strong></span><br /><br />□1年目は給料も出ず、当時の彼女に養われながら、なんとか生活していたところ、そのNGOが撤退したのがきっかけで、自分たちで起業して、倒産するまで頑張ろうとPWJを1996年に設立。イラク、スーダン、コソボ、東ティモールなどの紛争地帯、大規模な地震(イラン、インドネシア等)災害地帯など数々の災害地を経験。<br /><br /><br />□2004年の中越地震のとき、初めて国内でNGOとしての災害援助を体験。日本最大のスーパーマーケットチェーンのイオングループと被災者支援で提携することになった。<br /><br />□その後帝人株式会社とも提携して、20分で組み立てられる「バルーンシェルター」という大型テントを開発。これで400人以上の被災者に寝泊まりの場所を提供。これらの企業との連携(パートナー協働事業)がその後の彼の活動理念を大きく変えることになった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105192130229e5.jpg" alt="バルーンシェルター1" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105192130229e5.jpg')" /><br />(バルーンシェルター:写真:Civic Force提供)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519213020c2e.jpg" alt="バルーンシェルター2" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519213020c2e.jpg')" /><br />(中越地震でのバルーンシェルター:写真:Civic Force提供)<br /><br />□ここでわかったこと。日本の企業は、被災支援にすばらしい能力を持っているということ。企業が本気で協力すれば、単なるドナー(支援金の寄付)でなく、かなりの被災者を直接救えるノウハウやリソースがある。NGOだけでは大したことはできないが、企業の参加や協力は支援活動に大きな力をもたらす。そう思った大西氏は、国交省の「TEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)」に張り合うくらいのつもりで「Civic Force(シビックフォース)」(市民の力・市民軍)を立ち上げた。<br /><br />□シビックフォースは、日ごろから災害支援にかかわるさまざまな組織と連携を密にし、支援の想定プランを確認しあい、いざというときにスムーズな対応ができ、より多くの被災者のニーズにこたえるための調整機関であり、情報、人、資金、物資などのリソースを集約したプラットフォーム(土台)だ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105192133009e7.jpg" alt="シビックフォース" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105192133009e7.jpg')" /><br />(シビックフォース:資料:Civic Force提供)<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>▼自衛隊も1日1食で救援活動</strong></span><br /><br />□さて、今回の東日本大震災について、大西氏の目にはどのように映っているのか。<br /><br />□大西氏は、今回自衛隊は大変頑張ったと言う。総理が10万人と数を言ってしまったため、計画にはない10万人が出動することになった自衛隊。最初の3週間は陸前高田、南三陸町、気仙沼、宮古方面などで展開している部隊も1日1食(コンビニのおにぎり1個)。それでも精一杯被災地の復興に尽くしていたそうだ。<br /><br />□避難所も似たような状況だった。すべての原因は、官邸にいる指揮官はじめ内閣府の人たちの誰もが阪神・淡路大震災という意識だったためだと大西氏は言う。実際、神戸の3倍以上の被害が出ているにもかかわらず、同じ方程式で計画した被災支援のため、阪神淡路のときなら3~4日で物資が余っていたはずが、今回は1カ月以上も食料や物資の不足に悩まされた。未曾有の災害のときに、どう自衛隊を展開させるか、どう避難所に物資を届けるかというプランが官邸になく、指揮官不在のためうまく機能していないといういら立ちを現場で感じた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519213456015.jpg" alt="被災地1" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519213456015.jpg')" /><br />(東日本大震災被災地の様子1:写真:Civic Force提供)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519213454254.jpg" alt="被災地2" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519213454254.jpg')" /><br />(東日本大震災被災地の様子2:写真:Civic Force提供)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519213453dcd.jpg" alt="被災地3" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519213453dcd.jpg')" /><br />(東日本大震災被災地の様子3:写真:Civic Force提供)<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong> ▼瀬戸内海から気仙沼にフェリボートの手配から、自前の衛星携帯電話開放まで</strong></span><br /><br />□気仙沼湾の大島で、7隻のフェリーや旅客船が全滅し、震災後は一時孤立状態になっていた。住民3200人が一時孤立状態にあった。漁船ではとても3200人分の物資を効率よく運べないと思い、大西氏たちはフェリーの調達のために介入した。「私は瀬戸内海の島、江田島市にフェリー1隻が余っているのを知っていたので、広島県知事に連絡をして江田島市長を説得、半年間、無償で貸してもらうことができました。なんと船長つきで・・・」(講演会の2日後、4月22日からフェリーが航行再開。たかがフェリー1台であるが、国よりスピーティーな対応を可能にした。)<br /><br />□また、被災当初は現地で全く携帯電話が使えなかった。そこでPWJ所有の衛星携帯電話を被災者に3日間開放したそうだ。各々5分以内で安否の連絡のみを近親者にすることにしたが、1日中列ができてしまったそうだ。「その結果270万円の電話代の請求書がきました。(笑)」<br /><br />□物資に関しては、IKEA(スェーデンの家具メーカー)が、被災後3日目に、600セットの布団を自前の輸送手段で寄付しにきてくれたそうだ。IKEAはさらに岩手県の仮設住宅の入居者の3分の1の生活物資をも提供していると言う。イオングループもヤッケなど日常必要なものを無償提供。4つの店舗が壊滅的に被害を受け、8つの店舗で未だ営業ができない状態、その上従業員が何十人も亡くなっているイオングループだが、現地の支援は怠らず立派な企業だと思った。これぞ企業は戦力であり、ドナーではないという実例なのだと言う。一方、全国展開の企業は自らも被災者になってしまうが、エリアを限定してやっている企業も大切であるということに気づいたとも語った。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011051921383042a.jpg" alt="企業支援1" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011051921383042a.jpg')" /><br />(東日本大震災の企業支援1:写真:Civic Force提供)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105192138285a2.jpg" alt="企業支援2" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105192138285a2.jpg')" /><br />(東日本大震災の企業支援2:写真:Civic Force提供)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011051921382666c.jpg" alt="企業支援3" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011051921382666c.jpg')" /><br />(東日本大震災の企業支援3:写真:Civic Force提供)<br /><br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>▼仮設住宅問題はどうやって早急に解決できるのか・・・</strong></span><br /><br />□被災地での仮設住宅は、5万5千から6~7万必要と言われている。これに対処するための一次発注では、3万戸について、大和ハウスなど大手に発注が行われたそうだ。彼らも非常に頑張っていて、資材等もかき集めて3万戸、3カ月以内の完成を目指している。<br /><br />□しかし最大の問題は、その仮設住宅が、阪神・淡路の前例にならって、6棟から8棟に対して8家族が入るような構造、しかも平屋建て。しかし南三陸町のように元々土地が少なく、津波で浸水しさらに狭小になった被災地に、平屋建てなど建てる場所などあろうはずがない。<br /><br />□現在、避難所で約13万人、他人の家に身を寄せている人が約同数。合計約30万人が家を失っていると言う。気仙沼市の場合、体育館の中で病死されたご老人たちはすでに14名、これからさらに増加する傾向がある。このままでは、仮設住宅が一向に満足に準備されない状況になっているのだ。その理由は、これも阪神・淡路の方程式を無理やり持ち込もうとしているからだと大西氏は指摘する。今、大西氏らが提案しているのはトレーラーハウスやコンテナーハウスの活用だ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011051921411903d.jpg" alt="仮設住宅現場" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011051921411903d.jpg')" /><br />(東日本大震災仮設住宅現場・大船渡市:写真:Civic Force提供)<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>▼通用しない阪神・淡路大震災方式・求められる柔軟な発想</strong></span><br /><br />□先日ようやく国交省も認めたそうだが、コンテナーハウスなら、韓国、ドバイ、上海に数万個単位で在庫があり、すぐに買い付けれられることがわかっている。米軍がアフガンやイラクの兵隊用につくったコンテナーハウスを避難所にもってくれば、狭い所でも建てられ、2階建にもできるそうなので、仮設住宅建設にかなりの効果があると言う。<br /><br />□さらにアメリカのキャンピングカーも在庫で何千もアメリカにあり、発注すれば3週間で来ると大西氏は言う。それを入れれば、もちろん平屋の仮設住宅には劣るが、体育館よりは良い。トレーラーハウスなら、移動も可能なので、後々、場所や配置を変えコミュニティーの形成もできると言う。<br /><br />●講演終了後の質疑応答では、トイレの問題、ボランティアの心構え、原発による避難の問題、支援金と義援金の違いなど、さまざまな意見交換がされた。この中で大西さんは「イラクでは国境なき医師団がEUなど顔負けの援助をしていた。NGOは国連などより予算も多く、4倍の速さで対応していました。こうした機関にオックスフォード大は優秀な人材を投入しています」と指摘したうえで「上智大学こそ災害に対応する公益団体のための人材を育成する新学科をつくってほしいと提案しているが、まだ実現していないと語った。<br /><br />□大西氏率いるPWJやシビックフォースのさらなる活躍と新たに立ちあがる国際支援機関「アジア太平洋プラットフォーム」の成功を祈りたい。<br /><br />(取材:マスコミソフィア会・山田洋子・'77外独)<br /><br /><table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="520"><tr><td>□大西健丞氏略歴<br /><br />91年文学部新聞学科を卒業後、93年英イーストアングリア大学開発学部ディプロマ課程修了。95年英ブラッドフォード大学平和研究学部国際政治・安全保障学修士課程修了<br />日本のNGOに勤務した後、96年にピースウィンズ・ジャパンを設立。イラク、アフガニスタン、東ティモール、スーダン、ハイチなど約20カ国で 難民や災害被災者などの支援活動を展開。現在、特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン、公益社団法人シビックフォースの代表理事。特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム、特定非営利活動法人チャリティ・プラットフォームの理事 </td></tr></table><br />(リンク)<br />特定非営利活動法人ピースウィンズ ・ジャパンとは<br /><a href="http://www.peace-winds.org/jp/about/onishi.html" target="_blank" title="http://www.peace-winds.org/jp/about/onishi.html">http://www.peace-winds.org/jp/about/onishi.html</a><br />Civic Force<br /><a href="http://www.civic-force.org/" target="_blank" title="http://www.civic-force.org/">http://www.civic-force.org/</a><br />アジア・ヒューマンライツ アジア人権基金の歩み(書籍)<br /><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%84%E2%80%95%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E5%9F%BA%E9%87%91%E3%81%AE%E6%AD%A9%E3%81%BF-%E5%9C%9F%E4%BA%95-%E3%81%9F%E3%81%8B%E5%AD%90/dp/4816610022" target="_blank" title="http://www.amazon.co.jp/.../dp/4816610022">"http://www.amazon.co.jp/.../dp/4816610022</a>
  • Date : 2011-05-20 (Fri)
  • Category : 三水会
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【開催告知】マスコミ・ソフィア会 5月特別講演会

~東電経営陣の問題点は?~「能力Qとこれからのエネルギー関係の経営者像講演者:東京エグゼクテイブ・サーチ株式会社 副社長 加藤春一('68経経)マスコミソフィア会5月の特別講演会が開催されます。ご興味あるかたは、お誘い合わせの上、お早めにメールにてお申し込みください。メール:info@cumsophia.jp演題:「能力Qとこれからのエネルギー関係の経営者像」~東電経営陣の問題点は?~日時:2011年5月26日(木)18:30~... <Table border="0" width="530" cellspacing="5" cellpadding="0" bordercolor="#000000"><Tr><Td RowSpan="3"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110519113426710.jpg" alt="加藤さん" border="0" width="80" height="80" /></Td><Td>~東電経営陣の問題点は?~</Td></Tr><Tr><Td><font size="4"><strong>「能力Qとこれからのエネルギー関係の経営者像</strong></font></Td></Tr><Tr><Td>講演者:東京エグゼクテイブ・サーチ株式会社 副社長 加藤春一('68経経)</Td></Tr></Table><br />マスコミソフィア会5月の特別講演会が開催されます。<br />ご興味あるかたは、お誘い合わせの上、お早めにメールにてお申し込みください。<br />メール:info@cumsophia.jp<br /><br /><table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="520"><tr><td>演題:「能力Qとこれからのエネルギー関係の経営者像」~東電経営陣の問題点は?~<br>日時:2011年5月26日(木)18:30~20:30(懇親会を含む)<br>場所:上智大学ソフィアンズクラブ<br>講演者:東京エグゼクテイブ・サーチ株式会社副社長 加藤春一(1968経経)<br>会費: 会員1000円、非会員:2000円(学生:500円)</td></tr></table><br /><br /><演目詳細><br /><br />1. 世界のトレンド:<br />GLOBALIZATION化、DIGITAL化、INTERNET化、OPEN化、SPEED化、FLAT化<br /><br />2. 世界と日本を取り巻く状況と将来見通し:<br />    ・不確実性が増し不透明な環境で<br />    ・不安定な社会が長期に続く。<br />    ・即ち様々な面でリスクと共存して生きて行く時代。<br />  <br />3. 日本の課題:<br />    ・少子高齢化問題<br />    ・財政破綻問題<br />    ・エネルギー環境問題(原発を20年以内に自然エネルギーに転換)<br />    ・原発コストには立地対策費用、事故対策費用<br />    ・back end cost(ウラン処理、廃炉費用)が除外<br />    ・年代 地域間 格差問題<br />    ・産業構造変革問題 <br /><br />4. エネルギー問題の人材論 問題点:<br />    ・東京電力関連会社 パワードコム経営陣サーチ<br />    ・BT会長 を会長  元SAP社長を 社長へ<br />    ・2年間で再生に成功<br />    ・経済産業省天下り企業 日本アルコール産業社長<br />    ・元エクソンモービル社長を社長にして3年で民営化に成功<br />    ・世界最大の資源エネルギー会社社長を二世の超優秀な人材を送り込む:<br /><br />5. 日本のリーダーと経営者の危機的状況:<br />・日本の伝統的企業は世界の経営環境が地殻変動を起こしていること認識していない。  <br />・Globalization化、Internet化 Speed化<br />・Digital化 ,Flat化の凄まじい動き: <br />・speed とopenで fatな組織構造と徹底した<br />・情報インフラを整備して活用しないと生き抜いていけない。<br /><br />6・ チヤートによる日本の構造:<br />―Global世界―<br /> ホンダ トヨタ        IBM HP APPLE<br /> ソニー キヤノン   GOOGLE ,YAHOO<br /> パナソニック  FACEBOOK GROUPON<br /><br />―Hard世界―      ― Soft世界ー<br /> 政府、官僚 SOFT BANK <br /> 東電 NTT 郵政   ライブドアー<br /> 東日本鉄道       楽天 アシスト<br />―Local世界―<br /><br />7.伝統的 会社 官僚に欠けていること:<br />    ・前例主義 形式主義 硬直した組織と経営者意識   <br />    ・最悪な事態を想定した危機意識欠如<br />    ・WORSTに備える組織構造と対策が無い<br /><br />8.グローバルで真に能力Qの高い経営者に交代が必要:<br />    ・日本にはグローバル経営者の絶対数が少ない<br />    ・従って若者への思い切った世代交代が必要<br />    ・更に女性と外国人の積極的登用<br /><br />9.日本がグローバル化する為に必要なこと:<br />    ・若者を海外に勉強 仕事で積極的に出す<br />    ・世界中から優秀な移民を受け入れる  100万人<br />    ・日本人 男女の国際結婚促進<br /><br />10.日本が目指す姿と形: <br />    ・「縮小均衡 社会の形成」 25%減 原発の段階的廃止 少子高齢化<br />    ・「持続的な質の向上社会を目指せ」<br />    ・      全てのセクターで量より質<br />    ・      hardだけでなくsoftの重要性認識<br />    ・「ヒューマノミックス社会の形成」  小島慶三先生提唱<br />    ・      ヒューマニズムとエコノミックスの共存<br /><br />以上
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【特別講演会】ITの進化とメディアの将来 ~ イーブック・システムズ・岡崎眞氏

日時:4月21日(木)18時30分~20時30分場所:四ツ谷ソフィアンズサロン参加人数:22名講演者:岡崎眞氏(イーブック・システムズ(株)代表取締役)演目:ITの進化とメディアの将来 ~ 巻物の時代から書籍の時代に ~「マスコミソフィア会」の定例講演会で、「ITの進化とメディアの将来」と題したセミナーが行われた。近年進化がいちぢるしいブロードバンドメディアとしての「電子書籍」の未来を窺い知れる非常に優れた内容だ... <table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="460"><tr><td>日時:4月21日(木)18時30分~20時30分<br />場所:四ツ谷ソフィアンズサロン<br />参加人数:22名<br />講演者:岡崎眞氏(イーブック・システムズ(株)代表取締役)<br />演目:ITの進化とメディアの将来 ~ 巻物の時代から書籍の時代に ~</td></tr></table><br />「マスコミソフィア会」の定例講演会で、「ITの進化とメディアの将来」と題したセミナーが行われた。近年進化がいちぢるしいブロードバンドメディアとしての「電子書籍」の未来を窺い知れる非常に優れた内容だった。<br /><br />講演された方は、イーブック・システムズ(株)代表取締役の岡崎眞氏。イーブック・システムズは、シンガポールに本社を置くE-Book SystemsPte Ltd.社を母体に、2004年に設立、ソフトバンク クリエイティブ株式会社、株式会社博報堂DYメディアパートナーズ、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社などが株主に名を連ねる、電子書籍関連のソリューション提供会社である。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/MSK110421034.jpg" alt="岡崎氏" border="0" width="480" height="321" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/MSK110421034.jpg')" /><br />(講演会の岡崎氏)<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>■メディアの本質の捉え方</strong></span><br /><br />岡崎氏は「いつの時代も、新しいメディアは、古いメディアの形式とコンテンツを転用することから始まり、一定の時間を経て、独自の形式とコンテンツが開発される。」と語る。今脚光を浴びている電子ブックについてもその例に漏れず、それは「メディアの本質をどう捉えるか」でわかってくるのだと言う。<br /><br />彼の幼少期、第2次世界大戦の最中の1942年上海に生まれ、その後、岡山の山村で暮らす。農村での生活、靴は草履、家族は親戚一同が周辺に集まって15~20人の大家族で暮らす日々だった。たった6~70年前のことなのに、そんな生活を娘に話すと「パパは土人だったの?」と言われるくらい、現代の生活環境とは程遠いものだった。しかしその反面、豊富で安価な「資源」はたくさんあった。その豊富な資源を利用して、貧困だった社会を変えてきた。いつの時代も「豊富な資源」が社会を変貌させる・・・。<br /><br />そんな農業社会の時代、豊富にあったものは何だったのか? それは土地であり、共同で暮らす大家族=豊富な人材だった。これらを利用して日本は1950年代以降、高度成長期を迎える。そして工業社会へと変化してゆく。ここで豊富に使え、急激に価格が低下してゆく資源は、石油や石炭などのエネルギー資源。これらから自動車産業などが生まれた。そして近年の情報社会になって、それらに取って変わったものはシリコンチップだった。即ちパーソナルコンピュータの時代に変化して行ったのである。<br /><br />さて、現在の21世紀、我々が社会を発展させされる豊富な資源は何なのか?それは「通信における帯域」なのだと言う。デジタル化の技術によって、これまで狭小だった帯域を、大量のデータで分割できるようになった。つまり「ブロードバンドメディア」こそが、土地や石油やシリコンチップのように、我々の社会を変える現代の「豊富な資源」なのだという。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105161711211fb.jpg" alt="社会を変えてきたものたち" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105161711211fb.jpg')" /><br />(社会を変えてきた資源)<br /><br />そう言われると、ソフトバンクの孫社長がうるさいほどに主張される「『光の道』構想」が思い浮かんでくる。まさに彼は、戦後トヨタが自動車で社会復興させてきたことに重なりあって見える。言われてみれば納得だが、ブロードバンドメディアの本質を捉えることで、その周りのビジネスをどうアレンジすれば良いのかが見えてくるというわけだ。<br /><br />岡崎氏は、そんなメディアの本質を紐解きながら「本」というものを改めて見つめなおしてみたと言う。<br /><br />紙(パピルス)が発明されて普及するまでに約300年、グーテンベルクの印刷技術(1455年)は約50年かかってヨーロッパ全土に普及。蒸気機関(1765年)やガソリン自動車(1885年)なども発明から普及まで約50年かかっているそうだ。ところが、大型コンピュータ(1959年)は約25年、携帯電話(1979年)も約25年で普及。近年の普及率は加速し始めている。そして、アップルなどのパーソナルコンピュータ(1989年)から25年目が再来年の2014年、この年に何か全く新しい端末機器が誕生する予感がある。そして、その年に、ブロードバンドメディアの完全普及がなされる年なのではないか。<br /><br />あと3年後、ブロードバンドメディアが完全普及した世の中。そのとき「本」はどんなものになっているのだろう。<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>■FlipViewerで変わる電子書籍の未来</strong></span><br /><br />彼が紹介してくれたのは「FlipViewer」という電子書籍を表示させるビューアーである。電子書籍を表示するビューアーは数々発表されているが、岡崎氏がこのビューアーを選んだ理由として、特許として様々な機能が保護できる点と、優れた閲覧性を挙げている。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/FlipViewer.jpg" alt="FlipViewer" border="0" width="480" height="360" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/FlipViewer.jpg')" /><br />(FlipViewerホームページ)<br /><br />電子書籍は、いわゆるフィーチャーフォンでのビジネスでは、携帯小説や電子コミックで、ひとつの分野を築くまでにはなったが、これらは、あくまで、数百円程度の価値のもので、小説やコミックそのものの価値には程遠いものだ。それは、ユーザーが支払う価格としての価値は、コンテンツの内容ではなく、コンテンツを取り巻く「器」だからではないかと岡崎氏は言う。<br /><br />リアルな本を思い浮かべて欲しい。ハードカバーは新刊本、豪華な装丁が魅力、調度品としての価値もある、そういうことで高くて納得。しかし、仮に新刊として出版されたベストセラー作家の本であっても文庫の形であれば500円前後の値段しか付けられない。つまり、コンテンツにいくら支払うかは、内容ではなくて入れ物(器)の値段だと豪語する。電子書籍も、これまで、入れ物はHDD(ハードディスク)のスペースであって、限りなくタダに見えたというのだ。では、電子ブックはどこに価値を見出すのか・・・?<br /><br />ところが、昨年から利便性や表現力のあるブックリーダーとしてのiPadやAndroidなどのタブレット機器、そして、その上に載っている多種多様なアプリの登場で、電子書籍ビジネスの利便性(器の価値)が大きく変わってきたと言う。<br /><br />岡崎氏は、求められるビューアーの中核は表現の多様性だと捉えている。そこで様々なビューアーを求めて世界を捜し歩いた結果、たどり着いたのが、この「FlipViewer」だと言う。<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>■何を継承して何を電子化するか</strong></span><br /><br />電子書籍化の波は、大きく分けて2通りあると言う。ひとつは、紙の本のシミュレート。すべての仕様は紙の本と一緒。紙でなく、メディアが電子ブックリーダーに変わっただけのもの。そしてもうひとつは、紙ではできないことを実現させた新しい本の形を創造するもの。岡崎氏が最初に言われた「いつの時代も、新しいメディアは、古いメディアの形式とコンテンツを転用することから始まる」ことから察すれば、つまり、何を電子化し、何をこれまでどおりを継承させるかが重要になるわけだ。<br /><br />まず、何について既存の書籍の仕様を継承させるべきか。それは、本の厚みではないか。これは今どこら辺を読んでいるかを直感的に知るうえでとても大事な仕掛けである。これまでの電子ブックリーダーには、そのような細かい表現はまだまだ乏しい。ページをめくるアニメーションや栞の挿入など、ある程度の機能はあるものの、本当の意味でぱらぱらとめくる表現(Multi-Flipと言う)は、現在の電子ブックリーダー以上に派手に表現したほうが好まれる。これはたまたまめくったページで、自分の好みの記事に出会えるという意外感につながっるものだからだ。(これらすべてシンガポールのE-Book Systems社の特許となっている)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/MSK110421011.jpg" alt="MultiFlip" border="0" width="480" height="368" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/MSK110421011.jpg')" /><br />(MultiFlipの例:講演資料より)<br /><br />方や、電子書籍として進化させるべき仕様は何か。いくつかの調査から、挿絵や写真は動いたほうが良いものがあることがわかった。また、電子的な文章の特徴であるハイパーテキストをふんだんに使った本に進化させたほうが都合の良い結果も現れた。文章の中の重要語句がすべて注釈とリンクしていたり、さらには、その注釈部分が膨大にあっても電子書籍はびくともしないし、読みにくくもならない。何らかの手順を説明するにしても、文章や写真よりも動画やアニメーションのほうが、はるかに優れている。たとえば、お店紹介も、写真に店先ののれんをかけておき、そこをくぐるような動作で、店内の情報に入り込む、そんな旧来の本にはあり得ない表現こそが電子書籍ならではの表現が一般的になってゆくと彼は考えた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/Manyo004.jpg" alt="雑誌の例1" border="0" width="480" height="368" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/Manyo004.jpg')" /><br>(雑誌の例1)<br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/Manyo007.jpg" alt="雑誌の例2" border="0" width="480" height="368" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/Manyo007.jpg')" /><br>(雑誌の例2)<br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/Manyo012.jpg" alt="雑誌の例3" border="0" width="480" height="368" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/Manyo012.jpg')" /><br>(雑誌の例3)<br /><br /><br />最後にビジネスをする上で最も重要な収入源、広告をどうするか。広告に関しては、これまでのナローバンド時代のバナー広告はある意味で失敗だったと言う。早く中身を見たい読者に、見たくもないバナーという面積は圧迫感さえ感じさせる。しかし「ページをめくる」という行為は、次のコンテンツが約束されていないため、たまたまめくった先に広告があっても違和感なく取り入れられると考えた。従って、これまでのバナー広告では不可能だったブランディング効果が最大限発揮できるようになると直感したそうだ。広告を閲覧する都度に読者の年齢や職業、趣味などで入れ替わる手法も効果が発揮されるのだ。(これも特許になっている)<br /><br />そのような仕様をすべて具現化してくれたのが「FlipViewer」なのだ。<br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>■FlipViewerで巻物が書籍へ・・・</strong></span><br /><br />ささらに岡崎氏は語る。これまで以上の快感でぱらぱらめくれるこの「FlipViewer」は、これまでのウエブの概念をも変える力を持っている。公開はされていないが、この技術を取り入れたASP(アプリケーションサービスプロバイダ:これを仮にFlipブラウザと命名する)を用意すれば、なんと、Googleの検索ページも「ぱらぱらめくり」出来るようになると言う。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/google_demo.jpg" alt="GoogleDEMO" border="0" width="480" height="300" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/google_demo.jpg')" /><br />(Googleのぺらぺらめくりデモ)<br /><br />これは、従来のIEなどのインターネットブラウザを、上から下に巻物を広げてゆく「巻物閲覧ブラウザ」と考えると、「Flipブラウザ」によって、ついにウエブ閲覧文化が、古代の絵巻物時代から、製本された本の時代に変わるときなのではないか・・・。これは大変興味ある考え方だと思った。<br /><br />岡崎氏は、まだまだ、電子書籍の価値を大きく変えられるほどの表現技術は出てきていないように思うと言う。しかし様々な表現力を付加させることで、入れ物の価値を変えることこそが、ブロードバンドメディアで社会革命をもたらすきっかけになることは間違いないようだ。<br /><p>(参考リンク)<br><br />イーブック・システムズ(株)<br /><a href="http://www.ebooksystems.co.jp/" target="_blank">http://www.ebooksystems.co.jp/</a><br><br />FlipViewer<br /><a href="http://www.ebooksystems.co.jp/products/FV-download.php" target="_blank">http://www.ebooksystems.co.jp/products/FV-download.php</a><br><br />FlipBook<br /><a href="http://stage.flipviewer.com/flipbooks/" target="_blank">http://stage.flipviewer.com/flipbooks/</a></p>
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東日本大震災からみえてきたこと ~

「東日本大震災からみえてきたこと」  ~灯りの陰影で生まれる新しい街の発想・震災で出現した“シェアードスペース(Shared Space)”~山田洋子('77外独)□今回の地震と津波に原発事故が重なった東日本大震災は、私たちが長い間、築き上げてきた生活の仕方、思考の方向、文化の在り方などの価値観をくつがえし、改めてすべてを根底から問い直す大きなきっかけを与えてくれたような気がしています。□私は、「公共の色彩を考える... <table border="1" cellspacing="5" cellpadding="5" width="600"><tr><td>「東日本大震災からみえてきたこと」 <br><br><span style="font-size:large;"> ~灯りの陰影で生まれる新しい街の発想・震災で出現した“シェアードスペース(Shared Space)”~</span><p style="text-align:right;">山田洋子('77外独)</p></td></tr></table><br /><br />□今回の地震と津波に原発事故が重なった東日本大震災は、私たちが長い間、築き上げてきた生活の仕方、思考の方向、文化の在り方などの価値観をくつがえし、改めてすべてを根底から問い直す大きなきっかけを与えてくれたような気がしています。<br /><br />□私は、「公共の色彩を考える会」という「色彩」を切り口に街の景観の向上を目指す市民団体で活動をしています。昨年、会のフオーラムで従来の「安心・安全」のための「近代化」と称する価値観に対して発想の転換を訴えた2人の先生の講演を思い出しました。当時は現在の状況は予想されていませんでしたが、今回の震災は、改めて灯りと街の景観、さらには、市民の公共性マナーを考えるよい機会を与えてくれたように思います。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼これまでが明る過ぎたのではないか</span><br /><br />□震災後、私たちの街の店や駅などは、節電のため暗くされ、明るさに慣れ切った私たちは当初は違和感がありました。しかし慣れてくるにつれて、多少暗くても不便さを感じないだけでなく、これまでが明る過ぎたのではないかとさえ思うようになりました。<br /><br />□欧米の街では、現在のような暗さが普通だという話も聞きます。4月19日の日経新聞夕刊の生活欄には、欧米の地下鉄駅は50ルクス程度なのに、東京の地下鉄駅は80ルクスから場所によっては10倍の500ルクス程度もあるという記事が載っていました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011051621145636d.jpg" alt="地下通路" border="0" width="400" height="300" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2011051621145636d.jpg')" /><br />(壁のウィンドウディスプレイが消灯している日本橋地下通路)<br /><br />□先日、私は日本橋のデパートを目指して、いつもより暗い地下通路を歩きましたが、暗い通路の奥から老舗デパートの暖簾越しに、ちらちらと輝く売り場の光がもれているのを見たとき、なんとも言えない安らぎを感じました。それは、これまでの白く照らされた通路からは見たことのない光景でした。暗くなることによって、明かり陰影によって生まれる新しい発見もあると思いました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110516211454917.jpg" alt="デパート" border="0" width="400" height="300" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110516211454917.jpg')" /><br />(日本橋地下通路のデパート入口 明るい売り場の光が暖簾を通して漏れている)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼明るすぎる街路灯で沈む景観</span><br /><br />□日本では「明るい」ことが「安全で近代的」と考えられ、夜は、昼間のように街路灯が道をこうこうと照らすというのが当たり前となっています。しかし街路灯だけが明るすぎるために周囲の景観が沈んでしまい、その周りの街並みや人の生活の気配が感じられにくいのです。こうした明るいことへの疑問を問題提起した東京都市大学の小林茂雄教授の講演を私は思い出しています。<br /><br />□小林教授は、安全確保のために明るく設置されている街路燈は、歩くためならもっと暗くてもよいし、明るいと暗いものはより見えにくくなる。人影が判断できる程度に街路灯を暗くすると、逆に建物内部の光が透過して外に漏れ出す、つまり、家の内部の光によって、夜の街並みが浮き上がってくると説いています。そして富山市八尾町、五箇山相倉合掌集落、白川村、横浜山手西洋館等で実験的な取り組みをしています。(参考:小林教授URL <a href="http://kobayashilab.net/">http://kobayashilab.net/</a> )公共性という意味では、個人住宅の玄関灯などが街の安全にも寄与しているという意識を住民が持つことも大切です。<br />参考情報:5月22日(日)TV東京18時30分~19時「放送予定の番組トコトンハテナ」「震災後 街の明かりはどう変わったの?(仮題)」<a href="http://www.tv-tokyo.co.jp/tokoton/">http://www.tv-tokyo.co.jp/tokoton/</a> に東京都市大学小林茂雄教授は出演なさるとのことです。 せひ、ごらんください。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼ヨーロッパでは標識のない道路が</span><br /><br />□今回の震災では、停電したため交通信号機が使えなくなり、歩行者、自転車、車が交差点などの空間を共有するという非常事態が発生しました。信号が点滅していないから危険であるといった報道がされましたが、車、自転車、歩行者、一人ひとりが注意をして、お互いに安全に道路を利用し合ったというのが現実です。<br /><br />□日本ではあまり話題になっていませんが、筑波大学副学長西川潔教授の講演によると、実はヨーロッパでは「シェアードスペース(SHARED SPACE)」という運動が始まっています。街から、道路標識をとり除き、歩行者、自転車、車の3者が同じ道路、スペースを共有する、シェアするという新しい考え方です。専門的には、「心理的交通鎮静化」と呼ばれています。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110516211451ed8.jpg" alt="ロゴマーク" border="0" width="400" height="320" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110516211451ed8.jpg')" /><br />(筑波大学西川教授資料:ロゴマークに「シェアードスペース」の概念は表わされています。)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105162114493b4.jpg" alt="オランダ新聞" border="0" width="400" height="266" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201105162114493b4.jpg')" /><br />(筑波大学西川教授資料:オランダのドラハテンという街で、道路標識を抜いて捨てようとしているところ(現地の新聞))<br /><br /><span style="font-size:large;">▼即席のシェアードスペースが日本でも</span><br /><br />□シェアードスペースの地域を車が走る時は、歩行者とアイコンタクトが出来る程度の時速30Km以下に減速し、歩行者、自転車とコミュニケーションをとりながら、走ります。自転車、歩行者も同じです。つまり道路利用者が標識や信号等の規制を頼って行動するのではなく、相互のコミュニケーションを取りながら安全な環境をつくりあげていくという考え方で、利用者それぞれが道路は少し危険であるという意識を持ち、注意をしながら行動することも重視されています。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110516211447fe5.jpg" alt="オランダドラハデン" border="0" width="400" height="266" onclick="popupImage('http://blog-imgs-34.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20110516211447fe5.jpg')" /><br />(筑波大学山本早里准教授資料:オランダ ドラハテンのShared Space 車、自転車、歩行者が共存しています。)<br /><br />□オランダのハンス・モンダーマン (Hans Monderman)という交通技術者が始めた取り組みで、オランダ、ドイツ、イギリスなどで実験的に行われてきました。EUのプロジェクトとして、2009年現在で5カ国・7自治体で実施されています。図らずも日本では大震災の停電のために、いわば強制的な形で、即席のシェアードスペースの実験が行われることになったのです。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼迫られる発想の転換</span><br /><br />□能率、効率を上げるために互いに競争し合う世の中になり、交差点でさえ、信号機しか見ないでさっさと渡る。他人を意識することさえしません。つまり目と目でアイコンタクトして譲り合いながら横断するという人間らしさを失ってしまったことに、今回の震災は気付かせてくれたのではないでしょうか。<br />□たかが交差点の渡り方ではないかと思う人もいると思います。しかし人間が生きていくための基本には他の人とコミュニケーションをとり、お互いに相手を思いやるという精神が必要です。信号等の装置に頼るのが当たり前だった人には、従来の常識を覆される状況ですが、シェアードスペースの考え方のような発想の転換が必要であると思いました。(了)<br /><br />参考資料:紹介された2つの講演の内容詳細は、「公共の色彩を考える会」の第26回東京フォーラム記録集(¥1,000)で発売されています。ご興味のある方は、公共の色彩を考える会事務局 HPもご参照ください。<br />■公共の色彩を考える会事務局HP:<a href="http://www.sgcpp.jp/hp/books/list02.htm">http://www.sgcpp.jp/hp/books/list02.htm</a>
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原発事故でどう変わる日本のエネルギー政策

□福島の原発事故で原子力のあり方や日本のエネルギー政策の見直しを迫られている。日本のエネルギー政策が大きなターニングポイントを迎えたのは間違いない。□当面の大きな問題は冷房需要が増加する夏のピーク電力需要への対応である。多くの住民を混乱に陥れる計画停電は避けなければならないし、ましては供給不足による不測の停電はあってはならない。東京電力管内では、夏場の気温によっては不足する供給力は1,000万kWを上回る... □福島の原発事故で原子力のあり方や日本のエネルギー政策の見直しを迫られている。日本のエネルギー政策が大きなターニングポイントを迎えたのは間違いない。<br />□当面の大きな問題は冷房需要が増加する夏のピーク電力需要への対応である。多くの住民を混乱に陥れる計画停電は避けなければならないし、ましては供給不足による不測の停電はあってはならない。東京電力管内では、夏場の気温によっては不足する供給力は1,000万kWを上回る可能性もある。家庭や企業の自主的節電だけでは供給不足は乗り切れない。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼LED照明で原発1基分の省エネ</span><br /><br />□政府が検討している法的拘束力のある総量規制などの電力需要抑制策も一時的には必要なオプションであろう。同時に、需給逼迫が長期化しないよう、追加的な供給力の確保と、我慢や不便さを強いる節電ではなく、省エネ機器の普及などによる需要削減の努力も重要である。例えば家庭で白熱電球1つを、少し値段が高いLED照明に変えれば、東電管内全体では約100万kWの省エネ(原発1基分に相当)が見込め、150時間くらい使えば元は取れる。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼エネルギー基本計画の柱は原発</span><br /><br />□長期のエネルギー需給については、昨年6月に閣議決定された「エネルギー基本計画」に示された展望が、今後のわが国の需給展望の基本となっている。「エネルギー安定供給」、「経済効率性」、「地球環境保全」をバランスよく達成するためには、二酸化炭素を排出せず、国産エネルギーであり、経済性にも優れた原子力の積極的な活用がうたわれている。<br />□同時に、太陽光をはじめとした再生可能エネルギーの極めて意欲的な導入も盛り込まれている。低炭素化社会をリードするエネルギーのエースは原子力であり、再生可能エネルギーも長期的には重要な役割を担うというものである。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼第一次石油危機が原子力推進</span><br /><br />□歴史を振り返れば、エネルギー政策の大きな転機は1973年の第一次石油危機であった。電力供給の確保が最優先課題で、発電用エネルギーの約75%を閉めていた石油をいかに確保するかが喫緊の課題であった。まさに石油危機は電力危機への対応だったと言ってよい。石油危機を契機に脱石油、つまり石油代替エネルギー開発がエネルギー供給政策の重要な柱となったが、その中で原子力の推進は石油代替の重要な役割を果たしてきた。同時に、省エネルギー政策が強力に推進され、世界でも冠たる省エネルギー・環境技術の最先端国となった。危機をチャンスに変えたと言えよう。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼原発事故で迫られるエネルギー政策の転換</span><br /><br />□今回の原発事故は、石油危機以上のエネルギー政策転換の契機になりそうで、原子力利用に大きなブレーキがかかるのは避けられそうもない。すでに政府からも原子力発電所新増設を盛り込んだ現在のエネルギー基本計画の見直しを検討する意向が表明されており、再生可能エネルギーの一層の活用も言及されている。また、新エネルギー推進論者からは原子力をやめ新エネルギーを活用すべきとの声が益々高まっている。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼二者択一でない冷静な議論を</span><br /><br />□問題は原子力のウエイトを下げることはできても、発電用の30-40%を担う原子力を抜きに安定的な電力確保が可能か否かである。再生可能エネルギーは、枯渇することなく、クリーンであり、夢のあるエネルギーであるが、コストの問題、立地上の量的な限界、供給の不安定性等、まだまだ解決すべき課題が多い。しかも導入には時間もかかるため、一挙に原子力の代替ができるのか、夢を語るのは良いが、過大な期待もできない。新エネか原子力かの二者択一ではない冷静な議論が必要である。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼現実的でない原発の否定</span><br /><br />□一方、今回の電力不足を契機に、国民の節電意識、省エネマインドは一層強くなったように思われる。省エネルギーの推進もコスト負担が求められるが、供給面の対応に比べれば圧倒的に安上がりでのはずである。省エネルギー技術の浸透は永遠に枯渇することのないエネルギー供給源を確保したに等しい。<br />□最後に、私は決して原子力を擁護し、再生可能エネルギーに消極的なわけではない。むしろ環境論者であると思っている。ただ、実現不可能な理想論を振りかざし、一部マスコミにも見られるポピュリズムに同調するのは、結局は国民に大きな負担を強いることになるのではないかと懸念している。霞を食べては生きてはいけない。原子力発電の利用自体を全面的に否定することは現実的ではなく、今回の事故の教訓を生かし、十分な検証をした後、国民合意のもと、安全で合理的な活用を検討していく必要があろう。(了)<br /><br />日本エネルギー研究所  常務理事  伊藤浩吉('68外ポ、'70経経)
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