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LED夜景がはえる赤坂の夜・恒例の三水会懇親忘年会開催

12月の三水会は、恒例の懇親忘年会で久しぶりに出席したメンバーや現役学生さんも交え(参加者26名)和やかな雰囲気で東京赤坂の台湾料理店「点心 新葡苑」で、去る14日(水・19時)開催されました。会にはマスコミ・ソフィア会からも磯浦康二会長を始め数名が参加して楽しい会でした。▼大きな時代の流れの節目 ― 今年2016年懇親忘年会は、三水会黒水幹事の挨拶で始まりました。「今年は4月に発生した熊本地震が大きな... 12月の三水会は、恒例の懇親忘年会で久しぶりに出席したメンバーや現役学生さんも交え(参加者26名)<br />和やかな雰囲気で東京赤坂の台湾料理店「点心 新葡苑」で、去る14日(水・19時)開催されました。<br />会にはマスコミ・ソフィア会からも磯浦康二会長を始め数名が参加して楽しい会でした。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016bonen_sansuikai0.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016bonen_sansuikai0.jpg" alt="2016bonen_sansuikai0.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large;">▼大きな時代の流れの節目 ― 今年2016年</span><br /><br />懇親忘年会は、三水会黒水幹事の挨拶で始まりました。「今年は4月に発生した熊本地震が大きな被害をもたらしいつになく騒々しい一年であった気がします。外交・政治面でも様々なことおきました。内政では東京都知事の交代とそこから派生した小池改革での築地市場移転問題、2020年オリンピック、パラリンピックの会場問題など、これまで見えていなかったことがあぶりだされました。<br /><br />さらに外交ではトランプ新米国大統領の年明け早々に誕生に向けて日本のみならず世界がその発言を見守っています。そして、ロシア、プーチン大統領の来日と領土交渉の行方、オバマ米大統領の広島訪問、安倍総理の真珠湾訪問、天皇陛下の生前退位のご意向をめぐる議論などなど、戦後71年が過ぎゆく今、大きな時代の流れの節目になるような気がします。世界の、日本の、将来をしっかり見据えて選択し行動する事がこれまでになく大事だと感じています。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016bonen_sansuikai1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016bonen_sansuikai1.jpg" alt="2016bonen_sansuikai1.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />エンタテインメントでは、ポケモンGOが社会現象となり、四ツ谷や大学も描かれたソフィアンの川村元気さんがプロデュースした新海誠さんの「君の名は」が興収200億超の爆発的ヒットを飾るなど明るい話題もありました。そう、SMAP騒動も忘れては行けませんね。ただ、今年の流行語大賞はいただけない言葉がいくつかありました。来年はもっと素敵な言葉が大賞を射止めることを期待します。<br /><br />来年は今年以上に大きな変化の年になると思います。来年春にはソフィアタワーがオープンします。そんな中、世界の中で尊敬される日本であるようにソフィアンの活躍が期待され、求められるのではないでしょうか。三水会もそんな一助になれればと思い、来年も活動してまいります。」と述べた。そして今年の三水会で講演したリスト(一覧参照)配られました。<br /><br /><table border="2"><thead><tr> <th align="center">月</th><th align="center">内容</th></tr></thead><tbody><tr><th rowspan="2">1月:</th><td>「日本の航空権益と航空界の新しいトレンド」</td></tr><tr><td>遠藤大介さん(日本航空開発部商品サービス企画部・01年比較文化) </td></tr><tr><th rowspan="2">2月:</th><td>「日本の医薬品業界の抱える課題とグローバル環境での経営」</td></tr><tr><td>鳥居正男さん(当時:ベーリンガーインゲルハイムジャパン株式会社代表取締役社長、エスエス製薬第代表取締役会長、現在:ノバルティスホールディングスジャパン株式会社 代表取締役社長・66年外国語ドイツ語学科入学後、米国ロヨラ大学経営学部卒、75年上智国際学部卒)</td></tr><tr><th rowspan="2">3月:</th><td>「英語コミュニケーションのカギ:ポジティブイングリッシュの効用」</td></tr><tr><td>木村和美さん(東京外国語大学英語講師・74年外国語学部英語学科卒)</td></tr><tr><th rowspan="2">4月:</th><td>「独自の車づくりの追求~レガシィ、インプレッサ誕生物語」 </td></tr><tr><td>伊藤健さん(元富士重工、レガシィ、インプレッサ開発責任者・71年理工学部機械工学科卒)</td></tr><tr><th rowspan="2">5月:</th><td>「地震列島に生きる覚悟」</td></tr><tr><td>山本明夫さん(元NHK記者、松蔭大学教授・71年文学部新聞学科卒)</td></tr><tr><th rowspan="2">6月:</th><td>「これから世界はどうなるか?これから世界をどう理解すべきか?~多言語翻訳ビジネスの視点から」</td></tr><tr><td>上田輝彦さん(WIPグループ代表兼WIPジャパン代表取締役会長・89年法学部法律学科卒)</td></tr><tr><th rowspan="2">7月:</th><td>「これからの雑誌の生き残りはニッチマーケットにあり!」</td></tr><tr><td>十河ひろ美さん(株式会社ハースト婦人画報社「25ans」「Richesse」編集長・86年文学部新聞学科卒)</td></tr><tr><th rowspan="2">9月:</th><td>「水上機ビジネスが地方を活性化する~瀬戸内から新しいビジネスの息吹」</td></tr><tr><td>鵜木ゆみこさん(株式会社せとうちホールディングス企画本部広報部・ゼネラルマネージャー・78年文学部新聞学科卒)</td></tr><tr><th rowspan="2">10月:</th><td>「ソフィアタワーを造る~超高層ビルを支える鉄骨はどこからやってくる?」</td></tr><tr><td>竹山信夫さん(ヤマネ鉄工建設株式会社常務取役・72年理工学部機械工学科卒) </td></tr><tr><th rowspan="2">11月:</th><td>「糖質制限食の実践とその対象者」</td></tr><tr><td>マリー秋沢さん(有限会社ビューティーニーズ代表・92年比較文化学部卒)</td></tr></tbody></table><br /><br />なおこれらの講演要旨は、コムソフィア・オンラインに順次掲載されていきます。(山田洋子 77外独)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016bonen_sansuikai2.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016bonen_sansuikai2.jpg" alt="2016bonen_sansuikai2.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016bonen_sansuikai3.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016bonen_sansuikai3.jpg" alt="2016bonen_sansuikai3.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br />
  • Date : 2016-12-24 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会 2016年03月講演録:木村和美氏('74年外英)

■講演テーマ:「英語コミュニケーションのカギ:ポジティブ・イングリッシュの効用」■日 時:2016年3月16日(水) 18:30~21:00■場 所:ソフィアンズクラブ■講 師:木村 和美(きむらかずみ)さん('74年外国語学部英語学科卒)    東京外国語大学英語講師■参加者数 30名<木村 和美(きむらかずみ)さんプロフィール>’74年卒業、三菱総合研究所に勤務後、日本語学校教師などを経て、ご主人の転勤でアルゼンチン、メキシコ、... ■講演テーマ:「英語コミュニケーションのカギ:ポジティブ・イングリッシュの効用」<br />■日 時:2016年3月16日(水) 18:30~21:00<br />■場 所:ソフィアンズクラブ<br />■講 師:木村 和美(きむらかずみ)さん('74年外国語学部英語学科卒)<br />    東京外国語大学英語講師<br />■参加者数 30名<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221946237.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221946237.jpg" alt="㈰正面RIMG20942" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><木村 和美(きむらかずみ)さんプロフィール><br /><br />’74年卒業、三菱総合研究所に勤務後、日本語学校教師などを経て、ご主人の転勤でアルゼンチン、メキシコ、アメリカで海外生活を送る。ロスアンゼルスでは、UCLA大学院の応用言語学部で英語教育学(TESL)の修士号を取得後、サンタモニカカレッジで日本語を教えるなどして7年間滞在。帰国後は、東京外国語大学、慶應義塾大学、早稲田大学、中央大学などで英語や第二言語習得などを教える。アメリカで経験・研究した英語の文化や価値観に基づくコミュニケーション術「ポジテイィブイングリッシュ」を提唱し、英語のほめ言葉が持つパワーを国内で紹介している。著書に『ポジティブ・イングリッシュのすすめ―ほめる・はげます英語のパワー」(朝日新聞社)、『英語脳養成CDブック』(マキノ版)、『英会話ヂカラをアップ:魔法のフレーズ100』(ドメス出版)、『最新ポップスで学ぶ総合英語』南雲堂)などがある。<br /><br /><span style="font-size:large;">■「英語コミュニケーションのカギ:ポジティブ・イングリッシュの効用」</span><br /><br />黒水(司会):「今日は、木村さんに英語のコミュニケーションだけでなく人間関係の発展にも役立つ『ほめる』英語を中心とした『ポジティブ・イングリッシュの効用』についてお話しいただきます。誰でも中学英語で簡単にほめられる基本パターンの紹介からほめることについての日米の文化背景の違いにもふれていただきます」<br /><br /><span style="font-size:large;">▼講師口上:</span><br /><br />木村さんは、ご主人の海外転勤にともないアルゼンチン、メキシコ、アメリカと3つの国の異文化を体験された。「私ははじめにアルゼンチンにいきましたが、インフレがひどく、政治も不安定でしたが、ヨーロッパからの移民が多く、自分たちはヨーロッパの子孫ということで、とてもプライドがあります。一方、インディオの先住民が子孫のメキシコ人は親日的で、親切にしてもらいましたが、貧富の差が大きい国です」と当時を振り返えられた。その後アメリカへ転勤されたが、「この3つの国に共通していたのは、皆話すことが大好き、議論好き、そして良いと思ったら、すぐ口に出してほめる、ということです。特に、アメリカでは、ほめることがごく自然にやりとりされています」と話をはじめられた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「ほめること」の大切さ―求められる日本語思考の決別</span><br /><br />木村さんは、日本には、謙遜の美徳があり、目立ちたくない、おべっかを使っていると思われたくないという文化ですが、英語社会では、「ほめること」が英語のコミュニケーションの一つの特徴といえると指摘された。<br /><br />その例として「Judyさんと田中さんのちぐはぐな会話」(下記)という英語としてのコミュニケーションが成り立っていない事例を示された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211220928cdc.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211220928cdc.jpg" alt="資料1Judyさんと田中さんのちぐはぐな会話" border="0" width="430" height="194" /></a><br />Judyさんと田中さんのちぐはぐな会話<br /><br />ネクタイを褒められた男性が、「Thank you」 と返すのが英語流のところを、「いえいえ」と日本流の謙遜した返事をしている会話である。このように日本語モードで会話していると、そこで会話が終わり、コミュニケーションはおろか、人間関係も発展していかないので、ほめることは英語モードになる一つのプロセスだそうだ。<br /><br />そこで、英語のコミュニケーションを効果的にとるのには、語彙の豊富さ、文法の知識が必要なのはもちろんだが、同時に英語のmind set マインドセット、英語の価値観・文化背景で英語を使うことも大切だと木村さんは強調された。英語力はあるのに、コミュニケーションで行き違いがあるのは、英語を使ってはいるものの、頭の中は日本語の思考、日本の価値観になっているからであるとも指摘された。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼ポジティブ・イングリッシュの効用</span><br /><br />木村さんは、人を「ほめること」には、ポジティブな考え方や価値観を反映した英語の表現やフレーズを用いることであり、それには、相手をポジティブな目線で見ることでまずスタートするという。そしてポジティブ・イングリッシュの効用について、次の4点をあげられた。<br /><br />①会話をスムーズに、コミュニケーションを活発にする<br />②相手に自信を与える―>相手の力を引き出す<br />③自分もhappyになり、プラスとなる<br />④人間関係を推進する<br /><br />さらにポジティブ・イングリッシュの代表格の「ほめる」という意味の英語表現のバリエーションを紹介した。<br /><br />Praise(ほめる)、encourage(励ます)、recognize(認める)、appreciate(感謝する)、understand(理解する)<br /><br />●praise は英英辞典では以下のように定義されている。 to say that you admire and approve of someone or something, especially publicly<br /><br />木村さんは、英語社会では具体的にほめることとお世辞は、はっきり区別されていると強調する。<br />ほめる言葉の中でも、特に気軽に使える、小さいほめ言葉、complimentにスポットをあてられた。英語のコミュニケーションに特長的なのは、小さいほめ言葉、気軽にやりとりされるほめ言葉 それは英語でcompliment といい、英語の会話の中で重要な役割をはたしているという。<br /><br />●complimentは以下のように定義されている。 a remark that expresses admiration of someone or something flattery (お世辞): to praise someone in order to please them or get something from them, even though you do not really mean it.<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201612112221191a1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201612112221191a1.jpg" alt="㈭講演の様子RIMG20965" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large;">▼ほめることの効用</span><br /><br />木村さんは、ほめることの効用についてもふれられた。<br /><br />① 色々な場面での人間関係を広げ、深める<br />a.社会生活の潤滑油(social lubricant)となる。<br />社会の中の色々な営みをスムーズにさせるもの。あまり親しくない間柄、または全く知らない人の間で、ほめることは潤滑油になり、人間関係が始まるきっかけになる。<br />b.人間関係を深める (rapportを生み出す)。<br /> 既に知っている人同士でも、さらに信頼関係、心の通い合いが深まる。<br />c.組織・グループの中の結束 (solidarity) を強める。<br /><br />② 相手に自信を与える <br />a. ほめることは相手の良さ・個性に気がつくこと<br />マイナス面をプラス面と見てあげる。 <br />b. feeling of importance(重要感)を与えられる<br />c. やる気をひきだせる<br /><br />③ 自分にも良い効果がある。<br />a. 自分が信頼される。<br />b. 相手を動かすことができる。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「ほめる」ことは難しくない</span><br /><br />木村さんは、「ほめる」ことは決して難しいことではないと指摘された。<br /><br />① 相手の良さ・特別なことに気がつく。誰でも良いところがある。小さいことでもほめる材料になる。positive thinkingで相手を見る<br /><br />②他の人と比較しない、自分や世間の基準に合わせない<br /><br />③異なる価値観や考え方を理解しようとする。心を広くもつ。良いと思ったら口に出す(相手に伝える)<br />上記の発想で、ほめることは簡単に出来るという。<br /><br />さらに、英語では意外と簡単なフレーズでほめられるという。その例としてWolfson(1984)が行ったおもしろい調査も示された。異なる性、年令、職業のさまざまなアメリカ人の日常会話から集めた約1200のcomplimentをパターンごとに分類したところ、9つのパターンだけで全体の約97%を占めている。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221220ee3.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221220ee3.jpg" alt="資料2Complimentの9大パターン" border="0" width="430" height="322" /></a><br />Complimentの9大パターン<br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221221527.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221221527.jpg" alt="資料3Complimentの3大パターン" border="0" width="430" height="323" /></a><br />Complimentの3大パターン<br /><br />そのデータを基に、中学生レベルの英語でも十分ほめられると強調され、日本人が簡単にほめられる、「5つの基本パターン」を提案された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221352254.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221352254.jpg" alt="資料4ほめることは簡単" border="0" width="430" height="325" /></a><br />ほめることは簡単<br /><br />また、ほめることの上手なアメリカ人の表現(I’m proud of you! やGood try!など)や発想についても資料「ほめ上手・励まし上手なアメリカ人に学ぶ」で示された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221449b28.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221449b28.jpg" alt="資料5ほめ上手・励まし上手なアメリカ人に学ぶ" border="0" width="430" height="323" /></a><br />ほめ上手・励まし上手なアメリカ人に学ぶ<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「ほめる」文化背景の違い</span><br /><br />木村さんは、「ほめる」ことの文化背景の違いについても触れられた(資料⑥)。日本と欧米との文化との違いを見てみると、①表現する文化としない文化、②率直が美徳の文化と謙遜が美徳の文化、③楽しむ文化と頑張る(努力する)文化 ④メッセージを素直に受け取るのが礼儀の文化とメッセージを否定するのが礼儀の文化などの違いがある。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016121122172025d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016121122172025d.jpg" alt="資料6ほめることの文化背景の違い" border="0" width="430" height="323" /></a><br />ほめることの文化背景の違い<br /><br />そしてほめることの日本の例として山本五十六海軍連合艦隊司令長官の言葉「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」を引用された。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼英語コミュニケーションに必要な心得6ヵ条 </span><br /><br />木村さんは、日本の学校での英語教育は、文法、和訳中心の受信型で、「発信するためのもの、使うためのもの」という視点で教えられていない。「英語で発信できる」ようになる英語教育の必要性を強く訴えられた。そのための英語コミュニケーションの心得として次の6つのことをあげられた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221839417.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211221839417.jpg" alt="資料7英語コミュニケーションに必要な6カ条" border="0" width="430" height="323" /></a><br />英語コミュニケーションに必要な6カ条<br /><br />①カッコよく、英語を話そうと思わない<br />②間違っても良しとする <br />③頭の中で和文英訳しない<br />④自分の言いたいことの日本語のレベルを下げる<br />⑤相手の話から質問を見つけて会話をつなげる<br />⑥日頃からニュースや新聞で情報に触れ、英語で話題を提供できるようにする<br /><br /> 特に印象深かったのは、木村さんが、「学生に間違っても良い」というと、「いいんですか!」とびっくりする。学生は、間違いは×、間違ったら終わり、正しい英語でなくてはいけない、と思いこんでいる。でも実際のコミュニケーションでは、間違ってもそれで終わりではなく、最後に自分の言いたいことが相手に伝われば良い。間違うといやだから、むしろ、黙っている、という人が最悪のケースで、欧米では黙っていることが一番、低い評価になり、自分も結局損をするという。<br /><br />現在英語を第一言語とする人は、世界の全人口の5%に満たない。その一方、世界で英語を使う人は20億人に達する。ネイティブ崇拝を捨てて、間違えてもしょうがないと居直り、そこそこの英語でと励まされた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼質問コーナー</span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211222229567.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211222229567.jpg" alt="㈷質問コーナー 佐藤幹事RIMG21038" border="0" width="430" height="323" /></a><br />質問する佐藤幹事<br /><br />質問の中では、日本人の謙遜の意識やスマイル、具体的なほめる英語について等意見交換があった。木村さんは、「レストランやお店でお礼をきちんと言葉で表すことが大切で、日常生活の会話を楽しむ材料として自然に楽しんでほしい」と述べられた。また学生時代の思い出として「もっと勉強しておけばよかったと思います。UCLAに留学する際、ニッセル神父様によい推薦状を書いていただきUCLAに入学できました。今ある私は上智大学の英語学科のおかげだと思い本当に感謝をしています」と述べられた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />木村さんの話は、人柄があらわれるように、相手の存在をみとめ、ほめるという内容で、さりげない日常のことだが、日本社会においても大切なことだと思った。私自身、かつて台湾系アメリカ人経営の企業に在籍したが、ブロークンイングリッシュでもアメリカ人を部下にして、ビジネスをやっている多くのアジア系の人たちに出会った。礼儀は必要だが、日本人のように正しい英語にこだわるより、自分の意見をしっかりもつことの大切さをその時痛感したが、今回の講演は大変参考になった。一方、コムソフィア賞を受賞された鳥飼玖美子さん、つくば言語技術研究所の三森ゆりかさん等、さまざまな形で英語教育にたずさわり活躍されている卒業生の多いことを改めて実感した。最後に講師の著書もぜひ参照ください。『ポジティブ・イングリッシュのすすめ―「ほめる」「はげます」英語のパワー』(朝日新聞社・https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784022731685)(報告・1977年外独卒 山田洋子)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211222231836.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-98.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161211222231836.jpg" alt="㈺懇親会RIMG21062" border="0" width="430" height="323" /></a><br />懇親会の様子<br /><br />
  • Date : 2016-12-10 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会 2016年02月講演録:鳥居正男氏('75年国経修)

■講演テーマ:日本の医薬品業界の抱える課題とグローバル環境での経営■日 時:2016年2月17日(水) 18:30~21:00■場 所:ソフィアンズクラブ■講 師:鳥居 正男(とりいまさお)さん('75年国際学部経営学修士課程卒)    前ベーリンガーインゲルハイムジャパン株式会社代表取締役社長■参加者数 38名    <鳥居 正男(とりいまさお)さん プロフィール>1947年生まれ。1966年外国語学部ドイツ語科入学、71年米国メリーラ... ■講演テーマ:日本の医薬品業界の抱える課題とグローバル環境での経営<br />■日 時:2016年2月17日(水) 18:30~21:00<br />■場 所:ソフィアンズクラブ<br />■講 師:鳥居 正男(とりいまさお)さん('75年国際学部経営学修士課程卒)<br />    前ベーリンガーインゲルハイムジャパン株式会社代表取締役社長<br />■参加者数 38名<br />    <br /><鳥居 正男(とりいまさお)さん プロフィール><br /><br />1947年生まれ。1966年外国語学部ドイツ語科入学、71年米国メリーランド州ロヨラカレッジ経営学部卒業後、日本ロシュ入社。75年上智大学国際学部経営学修士課程卒。日本ロシュでは社長室長、試薬部長を経て83~87年にはアメリカ、スイスのホフマン・ラ・ロシュ社に出向。89年取締役医薬本部長、92年常務取締役、93年ローヌ・プーランローラ社長、95年シェリング・プラウ社長、会長を歴任。2011年ベーリンガーインゲルハイム株式会社代表取締役社長就任、同時に傘下のエスエス製薬の会長も兼務。(2016年7月1日よりノバルティスホールディングジャパン株式会社代表取締役社長就任。なおこの講演は前職の2016年2月に行われたものです)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201611032053096d2.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201611032053096d2.jpg" alt="10 正面RIMG20879" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />■日本の医薬品業界の抱える課題とグローバル環境での経営<br /><br />講師口上:「私は、高校時代から海外志向がつよく外資系ではたらきたかったので、まず上智のドイツ語科を選びましたが、英語がうまくなかったので、ESSに入りドイツ語より英語漬けの日々で、フォーブス神父様のおかげで米国留学もしました。当時、留学が一般的ではなく帰国後の就職が不安だったので、留学前にバロン神父様にご相談し、会社の紹介をお願いしましたところ幸運にもスイスの製薬会社ロシュに入社。入社二年目に日本ロシュのスイス人役員のアシスタントに抜擢され、その方が日本ロシュの社長、その後スイス本社のNo.2にも就任された方で、本当によい方に巡り合えました」と語られた。<br />その後、鳥居さんは、日本人として初めての日本法人社長になれなかったので日本ロシュを飛び出し、3社の外資系医薬品メーカーのトップを歴任されてこられた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205423571.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205423571.jpg" alt="2 講演の様子RIMG20801" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />講演の中では、外資系企業に長年在籍された鳥居さんだが、いろいろな国の上司と部下関係の特徴についても述べられた。例えば、アメリカでは、上司との上下関係は、厳しく、フランスの場合は、複雑でどこで決定されるのかわからない等々、また、難破船でいかに船から人を減らすかというジョークも披露され、「みなさん飛び込みました(会場笑)」というと、日本人は素直に従うという話も交えられ、和やかな雰囲気で、講演は進められた。<br />鳥居さん自身、仕えた上司は13人で、国籍も8カ国とさまざまで(スイス、アメリカ、ペルー、アルゼンチン、パキスタン等々)、特に4年ほど仕えた日本人は厳しい方だったが、勉強になり感謝していますとも述べられた。<br /><br />▼企業評価が高いベーリンガーインゲルハイムジャパン<br /><br />鳥居さんは、ベーリンガーインゲルハイムジャパン株式会社代表取締役社長を務められていたので、同社の特徴について述べられた(資料1参照)。同社は、ドイツのインゲルハイムという町にあるベーリンガーファミリーが所有する株式公開していない企業で、役員、OBそして町全体が企業と密接な人間関係を築いているという。<br />会社のVISION(Value through Innovation.革新による価値の創造)と4つのVALUE・Respect(配慮)・Trust(信頼)・Empathy(共感)・Passion(情熱)を大切にする社訓も示された。人材長期育成にも投資をしている同社は、2014年 3/8週刊ダイヤモンド誌の「いい会社 わるい会社」でも紹介され、現役社員の投稿による会社ランクで働きやすい会社ランク11位と評価は高く、草食外資系企業として同社が紹介されている。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205529016.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205529016.jpg" alt="1ベーリンガーインゲルハイムP3" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料1.ベーリンガーインゲルハイムの紹介 <br /><br />▼世界の製薬企業の動向と日本の医薬品市場の特徴<br /><br />鳥居さんは、世界大手製薬企業の医薬品売り上げ(2014年)の資料(資料2参照)を元に特に最近話題になったギリアドの企業買収の話題から高額な薬剤や増大する治療費についても触れられながら、説明された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016110320553013f.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016110320553013f.jpg" alt="2「世界大手製薬企業の医薬品売り上げ(2014年)」P6" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料2.世界大手製薬企業の医薬品売り上げ(2014年)<br /><br /><br />そして鳥居さんは、日本の医薬品マーケットの特徴として次の点を挙げられた。 <br />●規制産業(厚生労働省)<br />・国民皆保険制度<br />・薬価制度<br />●アメリカに次いで世界で2番目の規模<br />●ハイリスク・ハイリターン:1製品の開発に15年間、1000億円<br />●労働集約:60,000のMRが180,000人の医師を訪問<br /><br />薬価制度は、日本独特のもので、日本では承認されれば、薬価がつき、価格も決められるが、ヨーロッパでは承認されても価格が決まるまで時間がかかりすぐに発売出来ないことも多いと説明された。また、MR(MEDICAL REPRESENTATIVE)という医薬品業界独特の営業職(昔はプロバーといった)についても、病院の医局に出入りして医師とのつながりを密にするためにしのぎを削っている厳しい営業現場の様子を紹介された。<br /><br /><br />▼日本の今後の医療ニーズはどこに向かうか―進む日本の高齢化<br /><br />さらに鳥居さんは、今後の日本社会について医療の観点から内閣府の平成26年度高齢白書、総務省の資料等を元に説明をされた(資料3,4,5参照)。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016110320553220a.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016110320553220a.jpg" alt="3「日本の高齢化が一番進んでいる」p15" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料3.日本の高齢化が一番進んでいる <br /><br />日本は、高齢化が世界でも一番進んでいて、日本の健康寿命は世界一である。平均寿命と健康寿命の差の年数も示され、70歳以上で生涯医療費の約半分を占めるという統計も示された。<br />女性の平均寿命86.3歳、健康寿命73.62歳、その差12.68年、男性の平均寿命79.55歳、健康寿命70.42歳、その差9.13年。生涯医療費は2,400万円といわれるがその49%が70歳以上で発生している。死因も20世紀初頭は、感染症が多かったが、最近はいわゆる生活習慣病が増えている。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205533b55.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205533b55.jpg" alt="4「2025年には団塊世代が皆75歳以上になる」p16" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料4.2025年には団塊世代が皆75歳以上になる <br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205535703.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205535703.jpg" alt="5 70歳以上で生涯医療費の約半分を占める p18" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料5.70歳以上で生涯医療費の約半分を占める <br /><br />▼日本は世界で2番目の医薬品マーケット<br /><br />続いて鳥居さんは、「2014年の厚生労働省 医薬品産業政策の現状と課題」という資料を示しながら、日本の医療費は40兆円を超え、医薬品の市場規模は医療用医薬品が9割を占めるというデータも示された。<br /> <br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205800188.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205800188.jpg" alt="6 医療費は40兆円を超えた P19" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料6.40兆円を超えた日本の医療費 <br /><br />日本は世界で2番目の医薬品マーケットであり、また日本は世界で第3位の新薬創出国でもあることも話された。日本は世界で2番目の医薬品マーケットであり、また日本は世界で第3位の新薬創出国でもあることも話された。(資料7.資料8.参照)<br />さらに医薬製品別国内売上高をみた場合、外資系企業の製品が多いという。(資料9参照)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205729f3d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205729f3d.jpg" alt="7 日本は世界で第3位の新薬創出国p23" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料7.日本は世界で第3位の新薬創出国 <br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201611032057312cf.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201611032057312cf.jpg" alt="8 日本は世界で2番目のマーケット P22" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料8.日本は世界で2番目の医薬品マーケット<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201611032057324fe.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201611032057324fe.jpg" alt="9 2014年度製品別国内売上高 P24" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料9.製品別国内売上高(2014年) <br /><br />▼日本の医薬品業界の抱える課題<br /><br />鳥居さんは、日本の医薬品業界抱える課題として3つの疑問に答えるという形で説明された。<br /><br />1)儲かるのか <br />製薬企業は、新薬の研究開発費には膨大な費用がかかり利益率が年々厳しくなってきている。(資料10.参照)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205734924.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205734924.jpg" alt="10 日本の製薬企業の研究開発費比率と利益の対売上高比率の推移 P30" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料10.日本の製薬企業の研究開発費比率と利益の対売上高比率の推移<br /><br />2)ジェネリック薬品の安全性については、<br />日本は世界的にみてもオリジナル薬品の使用が高く、ジェネリック薬品(後発医薬品)の使用が低い。(資料11.参照)厚生労働省は、医療費の関係からジェネリック薬品の使用を数年以内には80パーセントを目標と設定している。(資料12.参照)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205735851.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205735851.jpg" alt="11 各国の後発医療品シェア P33" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料11.各国の後発医薬品シェア<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201611032059462fe.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201611032059462fe.jpg" alt="12 後発医療品の数量シェアの推移と目標P34" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料12.後発医薬品の数量シェアの推移と目標  厚生労働省は、医療費の関係からジェネリック薬品の使用を80パーセントに増やす施策<br /><br /> <br />3)医療関係者と医薬品メーカーとの癒着問題<br />近年業界団体での規制がたいへん厳しく、特に外資系企業の場合、日本特有の葬祭(香典)の習慣について、海外本社の理解を得るのに苦労されるという話題にも触れられた。<br /><br />そして最新の医療ニーズにも触れられ、「満たされていない医療ニーズ 治療満足度と薬剤の貢献度の相関図」(資料13参照)を示され、今後はアルツハイマーやがん治療の新薬にニーズが高いことも述べられた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205948764.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103205948764.jpg" alt="13 満たされていない医療ニーズ P38" border="0" width="430" height="323" /></a><br />資料13.満たされていない医療ニーズ 治療満足度と薬剤の貢献度の相関図<br /><br />▼“グローバル人材”は死語―日本人で世界を相手に仕事が出来る人は少ない<br /><br />最近製薬会社の老舗の武田薬品が海外からトップを迎えたということでグローバル人材ということが話題になったが、「グローバル人材という言い方は、日本特有であり、こういう言葉があること自体グローバルではないのではないのでしょうか」と鳥居さんは、切り出された。「日本人で世界を相手に仕事をできる人は100人もいない。その理由には日本の教育特に英語教育に問題がる。さらに日本のメディアの在り方についても、グローバルな視野が欠けている。テレビでもコメンテーターは批判をするだけで、情報の発信に片よりがあるのではないか」と指摘された。<br />例えばドイツでは、まず発言をして自分の意見をいわないといけない。ところが日本人は間違ったことを言ってはいけないという気持ちと英語を正しくしゃべろうとする意識が強すぎ、考えている間に、発言のタイミングを逃してしまう。世界では、なにより語学以前の自分の意見を相手に分かりやすく情熱を持って伝えるコミュニケーション力が求められる。<br /><br />▼グローバル環境で活躍できる人材が何故日本から育たないのか?<br /><br />鳥居さんは、これまでの経験から「グローバル環境で活躍できる人材が何故日本から育たないのか?」と次の点を指摘された。<br />■正解主義<br />■画一化<br />■詰め込み重視の教育で考える力を鍛えない<br />■英語力が決定的に弱い<br />■危機意識の欠如<br />■内向きで世界的な視野が無い<br />外資系に長年在籍される鳥居さんでも、海外出張はいまだに気が重いそうだ。発言できるよう必ず準備していき、できるだけ会議の最初に発言する等、努力をされているという。<br />さらに鳥居さんは、グローバル環境で活躍できる人材に求められるコアの資質としては 次の点を挙げられた。<br />■コミュニケーション力<br />■違うものに違和感を持たずに受け入れる力<br />■他人への配慮・関心・興味<br />■気持ちのゆとり<br />■タフさ<br />外資系企業は社員を大事にしないのではないか等、ネガティブな面もあるが、良い外資系企業として次のことを挙げられた。<br />■強い経営基盤がある<br />■日本の重要性を認識している<br />■ある程度任せる(すべてはあり得ない)<br />■本気でグローバルリーダー育成に取り組んでいる<br /><br />鳥居さんは、最後に外資系トップを23年間やってこられた経験から次の点をあげられた。<br />■本社との深い信頼を築く<br />約束履行<br />過度な期待を防ぐ<br />活動の透明性<br />■顧客との強い関係作り<br />■社員が仕事をする価値を感じる職場作り<br /><br />さらに海外企業のトップは、どんなに忙しくても人に対して、とても温かに接するというエピソードも交えられながら、グローバルな環境で求められるのは、「謙虚さ」であることを強調された。<br /><br />▼質問コーナー<br /><br />このコーナーでは、内外の製薬業界を取り巻くトピックから、英語の上達法についてまで多岐にわたる内容で活発な意見交換が行われた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016110321010992e.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016110321010992e.jpg" alt="5 質問コーナーRIMG20871" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />▼感想<br /><br />今回の講演会は、内外の医薬品業界の話題から日本人がグローバルに活躍するためのヒントにいたるまで、大変充実した内容であった。<br />特にアメリカ留学経験のある鳥居さんでもご自身、海外出張で、英語の会議はいまだに、気が重いようなことをおっしゃったが、ビジネスでグローバルに活躍するには語学力もさることながら、いかに人とのコミュニケーションをとられるかということで、非常に気を使っていらっしゃることを強く感じた。<br />鳥居さんは、2016年5月に著書『いばる上司はいずれ終わる―世界に通じる「謙虚リーダー学入門」』(プレジデント社http://president.jp/articles/-/17869 )を発行されたが、その中で「来社されたお客さまとの面談を終えると、私はできる限りエレベーターに同乗し、エントランスまでご一緒します。お客さまをお見送りするためです。ビジネスの話が終われば、その場の雰囲気はやわらぎます。エレベーターに場所が移ればなおさらです。仕事上の関係を離れて、プライベートなことも話しやすくなります」と、出版社の紹介ページにも書いておられ、ご多忙でも非常に細やかな配慮をなさる方とも感じた。<br />私の所属する外独同窓会の会長をされたおり、今年7月には別の大手薬品企業のトップに就任されたが、今後のご活躍をお祈りします。(報告:山田洋子 1977年外独卒)<br /><br />懇親会にて<br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103210111b02.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20161103210111b02.jpg" alt="9 懇親会RIMG20884" border="0" width="430" height="323" /></a><br />
  • Date : 2016-11-03 (Thu)
  • Category : 三水会
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三水会 2016年01月講演録:遠藤大介氏(’01比文)

■講演テーマ:「日本の航空権益と航空界の新しいトレンド」―航空会社にとって発着枠の重要性―■日 時: 2016年1月20日(水) 18:30~20:45■場 所: ソフィアンズ・クラブ■講 師: 遠藤大介さん(2001年比較文化学部卒)■参加者数:20名※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。<遠藤大介(えんどうだいすけ)プロフィール>2002年(株)日本航空(JAL)に入社。入社後は、本部関西空港... ■講演テーマ:「日本の航空権益と航空界の新しいトレンド」―航空会社にとって発着枠の重要性―<br />■日 時: 2016年1月20日(水) 18:30~20:45<br />■場 所: ソフィアンズ・クラブ<br />■講 師: 遠藤大介さん(2001年比較文化学部卒)<br />■参加者数:20名<br />※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626104702362.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626104702362.jpg" alt="㈰正面RIMG20478" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><遠藤大介(えんどうだいすけ)プロフィール><br /><br />2002年(株)日本航空(JAL)に入社。入社後は、本部関西空港支店を皮切りに人事部総合職採用事務局、営業本部東京支店法人販売部、運航本部A300乗員部、 路線計画部、国土交通省所管の国際線発着調整事務局出向を経て、現在は開発部商品サービス企画部に在籍、主に機内食開発と飲料選定の業務にあたっている。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626104703635.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626104703635.jpg" alt="㈪黒水幹事紹介RIMG20512" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />黒水幹事(司会)「2016年最初のテーマは『日本の航空権益と航空界の新しいトレンド』ということで、日本航空の遠藤大輔さんにご登場いただきます。遠藤さんは、JALから国土交通省所管の国際線発着調整事務局に出向され、実際に航空権益をコントロールされていたというたぐいまれなご経歴をお持ちです。現在は開発部に在籍され、搭乗したときにお世話になっている機内食、ワイン等のセレクトを直接担当されています。<br /><br />日本の航空界はここ数年、大きく様変わりしています。JAL、ANAといった2強の競争激化、LCCなどの格安航空の登場と大手航空会社の経営の行き詰まりなどがニュースとなっている。そこに横たわる「航空権益」は日本国内ばかりでなく各国との凌ぎあいをもたらす。 今回は遠藤さんが前職の国交省の委嘱業務をしていた頃の体験をもとに日本の航空権益はどうなっているかという点を中心にお話しいただきます。」<br /><br /><span style="font-size:large;">▼始まった2020年オリンピックに向けの羽田空港発着枠準備</span><br /><br /> 遠藤「私は、2001年比較文化学部卒ですが、当時は、市ヶ谷キャンパスで、四谷との交流はありませんでした。自分でパイロット志望の友人と四谷の授業によく出席し、今日ここにおられる柳本先生によくソフィアンズクラブでお話し伺っていました。」という謙遜された自己紹介で始まった。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626104904a29.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626104904a29.jpg" alt="㈰本日のフライトプラン" border="0" width="430" height="297" /></a><br />資料①「本日のフライトプラン」<br /><br />遠藤さんは、1)JALの経営破綻伴う新規路線制限から、2)ANA・JALの2013・2014年羽田空港発着枠配分について、さらに3)平成26年に羽田・成田の年間発着75万回と他国の比較、4)羽田空港発着枠・2020年オリンピックに向けの準備、5)スカイマーク経営破綻から、6)成田空港新滑走路建設の現状、7)福岡空港レベル3空港に向けての状況など航空業界のホットな話題に触れられた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼東京の都市規模から考えても少ない羽田・成田の発着回数</span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626105136aeb.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626105136aeb.jpg" alt="㈪各都市の発着回数と旅客数" border="0" width="430" height="298" /></a><br />資料②「各都市の発着回数と旅客数」<br /><br />遠藤さんは、世界の各都市の発着回数と旅客数を、資料参照しながら、日本の空港と世界の空港の状況の比較をされた。年間に飛行機が1回空港につくと1回、飛び立つと1回という数え方で、平成26年に羽田・成田の年間発着75万回になる。東京の空港は都市の規模も考えると少ない(ロンドン110万回)。 また、他の都市にくらべると国際線の数は少ないため、羽田に国際線を増やす方向である。<br /><br />航空各社の理想は、 <br />① 飛ばしたい所(空港)から<br />② 飛ばしたい所へ<br />③ 好きな時間に<br />④ 好きなだけの便数で<br />⑤ 好きな大きさの飛行機で<br />⑥ 好きな高度・ルートで<br /><br />この6条件を満たすことにある。だが、現実はこれができないので苦労をしておられ、その背景にある規制規約の仕組みについて説明をされた。具体的には、「SLOT / 発着枠」というものが存在している。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼航空権益の塊「SLOT / 発着枠」</span><br /><br />SLOT/発着枠とは 権益(traffic right)のことで、国土交通省航空局が管理、配分(二国間協定含む)している。国際線は、国ごとに2国間の協定になっている。オープンスカイを目標として、企業、路線、便数の制限を撤廃している。背景としては海外の需要を取り込み、世界的な航空自由化に対応するためである。ただし、すいている空港に限って成り立つことである。<br /><br />それとは、別に、何時に飛行機が発着できるか等の現実的な問題は時間値(time slot)で、遠藤さんがいた国際線発着調整事務局が調整、配分している。注意すべきは 権益と時間値は全く別物であるという点である。この2つが絡みあうことで、現在の航空業界の構造は成立している。羽田、成田等、空港の拡張はしているが、現実的には、ダイヤは非常にタイトなダイヤスケジュールの中で運営されている。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼不眠不休のネットワークプランニング</span><br /><br />遠藤さんは、航空会社のダイヤ作成の仕方を国内線のひとつの飛行機の動きを例にして具体的に説明され、混み具合によっては、すいている時間にシフトして、ダイヤを成立させていけない。1日単位でなく、1週間、半年分の何百枠というダイヤを変更させる必要がでてくる。この業務、ネットワークプランニングは不眠不休の担当が多く、たいへんな仕事であることにも触れられた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626105137022.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626105137022.jpg" alt="㈫国際線発着キーワード" border="0" width="430" height="298" /></a><br />資料③「国際線発着調整キーワード」<br /><br />遠藤さんは、日本の航空法の定める混雑空港とIATAの定めるレベル3空港は別物であることを指摘された。つまりIATAのレベル3の混雑空港は、イギリスのヒースロー、ガトウィック、ドイツのフランクフルト、ミュンヘン、フランスのパリシャルルドゴール、ニースなどであり、日本国内では、成田、羽田、福岡空港がこれに入るという。<br /><br />国際線発着は、国際機関であるIATA(International Air Transport association/国際航空運送協会)がガイドラインを作成していて、国ではなく、スロットコーディネーション オフィスというインコマースの組織が管理をしている。<br />この組織は、JAL、ANA、成田、関西空港から一人という形で構成された独立したもので、航空会社の権利を代弁するものではないという。遠藤さんの場合、JALに対して連絡は一切禁じられ、各社に公平になるように、厳しい守秘義務があるそうだ。<br /><br />▼公平性、透明性、中立性が求められる国際線発着調整業務<br /><br />遠藤さんがしていた国際線発着調整業務は、IATAがレベル3混雑空港として指定している成田国際空港、東京国際空港(羽田)、福岡空港を発着する定期便(国際、国内)、レベル2混雑空港として指定している関西国際空港、新千歳国際空港を発着する国際定期便に関する発着時間枠(スロット)の調整を行っていた。<br />そして、国土交通省航空局が定める諸規制(発着回数、駐機場数など)を遵守し、 IATAガイドライン、ローカル・ガイドラインに則って、夏ダイヤと冬ダイヤに分けて調整していたという。それには⇒①公平性、透明性、中立性の高い発着枠調整の実施、②発着枠の有効活用の最大化を図る、ことを目標にした。<br /><br />▼何故空港の混雑は何故発生するのか?<br /><br />航空各社が国に何時に飛びたいかというリクエストを出しても、その通り飛べないという現実がある。<br />それは、需要(航空会社の要望)と供給(空港容量)のバランスが崩れていることによる。つまり、需要(航空会社の要望)がある特定の時間帯に集中し、供給(空港容量)が十分でないため混雑が発生し、インバランスな状態になる。<br />例えば成田空港の場合は朝、夜に国際線の発着が集中し、昼間はすいている。また滑走路の不足や荷物を受け取るターンテーブルや保安検査場がネックになる場合もある。それぞれの航空会社には、制約がある、例えば、首都圏では、米軍のもっている空域もあるので、その間をなんとかぬって行ききしているため発着能力に制限がかかる。また、新千歳空港では、自衛隊が管理しているためさまざまなルールがあるそうだ。<br /><br />最後に今急速に拡大しているLCC事業にもついても触れられた。日本の空港は、海外の人を多く呼ばないと国際化しないので、その意味では、LCCの今後の成長にも注目したいと語られた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626105426c1f.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626105426c1f.jpg" alt="㈭講演の様子RIMG20535" border="0" width="430" height="323" /></a><br />講演中の遠藤氏<br /><br />▼質問コーナー<br /><br />LCC、ヨーロッパの航空会社や組織の効率化、貨物航空、税関の問題等について、質問があった。学生時代から航空会社志望で、英語を学ぶために、上智の比較文化学部に入られたことについても触れられた。<br /><br />▼感想<br /><br />航空業界は、専門的にうかがってみると、本当に国際間の問題も含め、非常に大変な業界であることを改めて認識した。東京の都市規模から考えても少ない羽田・成田の発着回数が少ないといる指摘には忸怩たる思いがした。個人的な話題だが、先日高松空港が霧のため視界不良で、飛行機は大幅に遅れ、自分の便は着陸できたが、後の便は羽田に引き返し、キャンセルとなった。乗客はもちろん、ダイヤ調整をされている、各航空会社の担当者も、大変なのだろうなと、遠藤さんの講演を思い出した。普段利用している空の旅の見方が、少し変わったような気がした。また別の機会に、航空業界のお話しもうかがってみたいと思った。<br />(まとめ ’77外独 山田洋子)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626105429605.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160626105429605.jpg" alt="㉀懇親会RIMG20708" border="0" width="430" height="323" /></a><br />懇親会にて<br />
  • Date : 2016-06-25 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年11月講演録:石川えり氏(’99法国際関係)

■講演テーマ:「難民をどう考える?~世界から見る日本」■日 時: 2015年11月19日(木) 18:30~20:50■場 所: ソフィアンズ・クラブ■講 師: 石川 えりさん(1999年法学部国際関係法学科卒) 認定NPO法人 難民支援協会(Japan Association for Refugees)代表理事 http://www.refugee.or.jp■参加者数:30名石川えり氏<プロフィール>'94年のルワンダにおける内戦を機に難民問題への関心を深め、在学中に当認定NPO法人の立ち上... ■講演テーマ:「難民をどう考える?~世界から見る日本」<br />■日 時: 2015年11月19日(木) 18:30~20:50<br />■場 所: ソフィアンズ・クラブ<br />■講 師: 石川 えりさん(1999年法学部国際関係法学科卒)<br /> 認定NPO法人 難民支援協会(Japan Association for Refugees)代表理事<br /> <a href="http://www.refugee.or.jp" target="_blank" title="http://www.refugee.or.jp">http://www.refugee.or.jp</a><br />■参加者数:30名<br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160424133117f52.jpg" alt="1_正面写真RIMG19188" border="0" width="430" height="323" /><br />石川えり氏<br /><br /><プロフィール><br />'94年のルワンダにおける内戦を機に難民問題への関心を深め、在学中に当認定NPO法人の立ち上げに参加。卒業後、企業勤務を経て2001年より難民支援協会に入職。直後からアフガニスタン難民支援担当、日本初の難民認定関連法改正に携わる。2008年同協会の事務局長になり、2014年12月代表理事に就任。現在は特に支援事業部(難民への個別支援)等を統括。著書に『支援者のための難民保護講座』(現代人文社)、『外国人法とローヤリング』(学陽書房)、『難民・強制移動研究のフロンティア』(現代人文社)がある。<br /><br /><span style="font-size:large;">これでいいのか日本の難民政策 ―問われる日本の支援姿勢―</span><br /><br />黒水幹事(司会)「今世界では、特に欧州は難民問題で大きく揺れています。翻って日本はどうでしょうか?平成26年度の難民認定は僅か11名と他諸国に比べて大きく見劣りしています。果たしてこれは対岸の火事でしょうか?日本はこの難民問題にどう取り組むべきか?本日は、難民問題に在学中から取り組まれてきたJAR石川代表理事に問題点と今後のあるべき対応について講演いただきます。」<br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160424133254b03.jpg" alt="2_黒水幹事オープニング挨拶 RIMG19195" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201604241332565d1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201604241332565d1.jpg" alt="3_講演のテーマについて説明される石川さんRIMG19207" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large;">▼高校時代から難民問題に興味を持ち上智へ入学</span><br /><br />石川(演者):「私は、1994年に高校生時代にルワンダの内戦と難民の惨状をニュースで知り、たいへん心を痛め、なんとかこのルワンダ難民問題をどうにかできないかと思い、上智大学に入学しました。高校時代から公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本の活動に参加していましたが、ルワンダにわざわざ行かなくても日本にも難民の人がいるということに気づき、日本での難民支援の活動を開始しました。<br />1999年3月の卒業前の2月に難民支援するNPOの団体を立ちあげる準備会をたちあげ、同年7月に設立するに至りました。当時は、まず企業に就職し、社会人として働きながら、ボランティアとして難民支援活動に関わっていましたが、外務省からの支援もあり、難民支援協会にスタッフとして入ることになりました。そしてその年の1カ月後に、アメリカで「9.11」のテロ事件が起こり、タリバンから逃れてきたアフガニスタンの人たちが多く来日し、その人たちの支援から、関わるようになりました。そして、2002年には北朝鮮から逃れた人が中国の日本領事館に逃げこみましたが、中国側にもどされてしまう事件がおこりました。それを受けて日本としても難民問題に向き合わなければいけないのではないかという声が政府内でも上がってきたところから、難民に関する初めての法改正にもつながりました。そして、自分自身は難民支援に本格的に携わるようになってから、年月も経ち、結婚もし、4歳と6歳の息子の子育てをし、四ツ谷しんみち通りに近い事務所で働いています」と語った。<br />そして「今日の内容は、難民に関して基本的な情報をお伝えしたいと思いますが、日本に難民、外国人を受け入れること。海外でなく、日本に助けをもとめてきた人と、どのように向き合うか、自分と違う人たちとどう向き合うかが大きく問われています。それは自分ごととして考えないといけない問題で、本日は意見交換も後程行い、民間の機関として支援する立場なので、支援の実情についてお伝えしたいと思っています」とも軽快な口調で挨拶され、まず、難民支援協会についての説明のビデオが上映された。<br /><a href="https://www.youtube.com/watch?v=E06aAWytFKY" target="_blank" title="https://www.youtube.com/watch?v=E06aAWytFKY">https://www.youtube.com/watch?v=E06aAWytFKY</a><br /><br /><span style="font-size:large;">▼ノーベル賞受賞のアインシュタインも難民だった</span><br /><br />石川さんによると難民は、難民条約に定められているという。紛争や人権侵害で命を守るため母国を逃れてきた人、そこでは、迫害をおそれて国外へ逃れた人という定義で、震災自然災害は入っていない。狭義の意味では亡命者に近いイメージがある。<br />実際に難民といっても、各人それぞれの状況によって、いろいろな人がいる。例えば:<br />日本に逃れてきて成田に到着したばかりの難民申請をする前の人、申請書類提出して結果を待っている人、認定されている人、不認定といわれたが日本に滞在できる人、難民は不認定だが、今後どうするか悩んでいる人、インドネシア難民、第三国定住という制度で受け入れられている人等々さまざまな状況の人がいるという。難民出身の著名人も紹介された(<a href="https://www.refugee.or.jp/hope/famous.shtml" target="_blank" title="https://www.refugee.or.jp/hope/famous.shtml">https://www.refugee.or.jp/hope/famous.shtml</a> アインシュタイン、ハリルホジッチ(サッカー日本代表監督)等。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160424133511e77.jpg" alt="4_講演中の石川さん RIMG19223" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016042413351308c.jpg" alt="5_講演の様子RIMG19250" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼増大する世界の難民は6,000万人(日本人口の半分に迫る)</span><br /><br />石川さんによると難民条約上の定義は狭いが、難民となる迫害の理由は、同条約ができた50年以上前と異なり、多様化している。最近では、条約が制定された時代と異なり、温暖化による自然災害等で国がなくなりおわれた人もいるし、ISのように政府でない主体がでてきたことが原因の人もあり、条約に制定されていない状況で難民となった人が増えている。そのような状況下で、「難民条約を現代的に理解すること大切であり、どのように対応するのか大切であると感じています」と石川さんは語った。<br />2014年12月段階で世界では6000万人を超える人が難民となっている。これは、第二次世界大戦後、最悪の数字といわれている。国別にみると、最も多いのは10年以上アフガニスタンが1位だが、シリアが最近上回った。シリア難民の数量は、検索をするたびに数字は桁違いに増加している。南スーダン、ソマリアが続き、ミャンマーも昨年までは多かったが、民主化のプロセスが進み現在数は減っている。中国からの難民の数も多く、アメリカ、カナダでは中国が難民として認定された国籍の中で一番多数だったそうだ。<br />シリア難民の受入国としては、2015年現在最も多いのはトルコになっていて、少し前イスタンブールという一都市でヨーロッパ全体の難民数より多い数字だし、シリア国内やイラン、パキスタン等の近隣諸国にこそ多数の難民がいる。<br />「報道でヨーロッパに移動している難民の姿が多く伝えられるが、現実には、周辺国にも難民は多いということを共有させていただきたい」と石川さんは語った。また、ドイツが非常に多く2015年だけで100万が保護を求めて入国したといわれていてアフガニスタン、アフリカから大きな人の流れがヨーロッパに到達している。「トルコの200万人よりは少ない、さらにもっと多くの人がシリア国内にいるということはおさえていただきたいポイントです」と指摘された。 (参考:2016年1月現在でドイツの難民:約100万人と報道されている)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼難民条約にアジアで加入しているのは日本と韓国―求められる貢献</span><br /><br />今、難民条約に基づき、ヨーロッパではドイツが突出してシリア難民を受けいれているが、アジアでは難民を守るという意思や仕組みをもっている国は少ない。その中で日本と韓国は、アジアの中でも、難民条約に加入し、難民を保護する仕組みをもっている国で、「今後日本がどのように、難民受け入れの制度を発展させていくのか、アジアにとっても大切なことで、同時に日本にとっては非常に重い責任があり、貢献すべき立場にあり、日本は東アジアでは難民受け入れについては、貢献すべき国になっているという自覚をもっと持ってほしいと思います」と石川さんは指摘された。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼日本の難民受け入れ数5,000人、認定者11名</span><br /><br />日本の難民認定は一貫して少くなく、1982年から制度はスタートしているが、ここ3年で、難民受入数は5000名で認定者は11名と非常に少ない。2015年は7000名くらいになると予想される。申請は20倍に増加しても認定者数が非常に少ないのは問題である。<br />2008年に認定者数が多いのはミヤンマーで57名だが、ミャンマーの民主化が進むにつれて認定者数は減少し、現在の認定者数は少ない。難民の数はここ3年ほどで約1.5倍に増え、石川さんの団体は約4900名を支援している。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼難民申請に必要な書類600枚―難民保護の姿勢がない日本</span><br /><br />しかし、申請手続きには600枚にも及ぶ和文の書類を出すこともあり、日本語ができない難民の人にとっては、厳しい現実である (スライドで山のように積まれた書類が示され、会場から驚きの声があがった。 )<br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160424133756c5e.jpg" alt="6_講演の様子 難民申請に必要な書類のヴォリュームに会場から驚きの声 RIMG19260" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />「これだけ説明しないといけない制度の壁の厚さの現実をみなさんにしってほしいと思います。背景には管理していこうという姿勢が日本の制度は強く、保護をしていこうという姿勢が少ないということがあります」と強く訴えられた。<br />そのような難民の人が日本政府に申請をして認定までに平均の短期間で約3年、結果が出るまで5年半もかかる人がいるし、長い人で8年認定を待っている人もいるというのが現実で、「明日、どうなるのかわからないのに、長期間認定を待つのは、厳しく、非常に胸が痛みます」とも石川さんは語った。<br />最後に、難民支援協会の事務所の様子が写真で紹介された。スーツケースを持っている人が典型的な姿で寒い日は暖を取るために事務所にくる人もいるそうだ。緒方貞子先生が以前務められたUNHCR国連難民高等弁務官事務所ともパートナーシップをとっている(同協会のホームページ参照)。難民支援のサービスは無償で行われ、行政の補助金があるわけではないため、協会への寄付を訴えられた。(さっそく当日の三水会2次会で有志による寄付が集められ\15,000が翌日振り込まれた。)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160424133658922.jpg" alt="7_講演の様子RIMG19276" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼質問コーナー</span><br /><br />日本の難民支援活動から難民条約と難民の定義、積極的平和主義を唱える政府について、さまざまな意見交換があり、さらに学生時代緒方貞子先生の感化を受けたことも披露された。「政府には、難民を受け入れるところから積極的平和主義になってほしい」と石川さんはコメントされた。<br />また2014年9月安倍首相が国連総会でシリア・イラク難民への経済支援方針表明後の難民の日本受け入れに関するロイター通信の質問に回答した内容が、世界を駆け巡った。 ロイター通信は「安倍首相、シリア難民受け入れより国内問題解決が先」とのタイトルで報じ、海外メディアでは大きく報道され、石川さんの事務所の電話は、海外メディアの問い合わせが殺到し忙殺されたそうだ。「Open Wallet, Closed Doors」という対比で語られてしまった。「安倍首相は、難民を受け入れないとは言っていないが、人口問題に切り替えられた逃げ方についても批判され、日本の難民受入数が少ないことは海外でも批判されているのが大変残念です」と語られた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016042413395261d.jpg" alt="8_質問コーナー 回答する石川さんRIMG19310" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201604241339534c0.jpg" alt="9_質問コーナー RIMG19304" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201604241339554b1.jpg" alt="10_懇親会RIMG19329" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />日本だけでなく世界の難民の現状やご自身の活動について、明快な口調で語られる石川さんのトークに引き込まれ、あっという間に時間がたってしまった。それにしても高校時代から難民問題に興味を持ち上智に入学し、尊敬する緒方貞子先生の薫陶を受け、自分の信じる道を進む石川さんには感銘した。「For Others, With Others」という上智の精神そのものの活動をされている。ご自身もネット、テレビやラジオ等で難民の現状について積極的に発信されているが、今後のさらなるご活躍に期待したい。(まとめ '77外独 山田洋子)
  • Date : 2016-04-24 (Sun)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年10月講演録:豊田圭一氏(’92経済)

■講演テーマ:「新興国ビジネスで勝てるグローバル人材の育て方」■日 時: 2015年10月28日(水) 18:30~20:30■場 所: ソフィアンズ・クラブ■講 師: 豊田圭一(とよだけいいち)さん ('92年経済学部経済学科卒) 株式会社スパイスアップ・ジャパン代表取締役■参加者数:30名※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。■豊田圭一さんプロフィール1992年、経済学部経済学科卒業後、清水... ■講演テーマ:「新興国ビジネスで勝てるグローバル人材の育て方」<br />■日 時: 2015年10月28日(水) 18:30~20:30<br />■場 所: ソフィアンズ・クラブ<br />■講 師: 豊田圭一(とよだけいいち)さん ('92年経済学部経済学科卒)<br /> 株式会社スパイスアップ・ジャパン代表取締役<br />■参加者数:30名<br />※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。<br /><blockquote><p><span style="font-weight:bold;">■豊田圭一さんプロフィール</span><br /><br />1992年、経済学部経済学科卒業後、清水建設株式会社に入社。<br />海外事業部で勤務後、海外教育コンサルティング事業で起業。<br />2010年まで個人を対象にした留学コンサルティングや海外インターンシップ手配のほか、大手英会話スクールの留学事業立ち上げ、企業派遣留学のサポートなどに関わる。<br />その傍ら、2003年にSNS 開発会社、2005年に国際通信会社(海外携帯レンタル事業)も起業。2005~2007年には厚生労働省委託事業(委員会)の委員も務られた。<br />2011年、グローバル人材育成のためのアジア新興国での海外研修事業、インドでの英語学校事業等を展開する「株式会社スパイスアップ・ジャパン」を立ち上げ、現在、代表取締役として活躍されている。<br /><br /><span style="font-weight:bold;">株式会社スパイスアップ・ジャパン</span><br /><a href="http://www.spiceup.jp/" target="_blank" title="http://www.spiceup.jp/">http://www.spiceup.jp/</a><br /></p></blockquote><br />今回はこれまでの数々の事業のご経験、実績に基づいた興味深いお話を講演いただきます。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0104.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0104.jpg" alt="IMG_0104.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br />豊田圭一氏<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■バブル時代の幻想から覚めて起業・・・</span><br /><br />みなさんこんばんは、ただいまご紹介に預かりました豊田と申します。92年経済卒業です。今日は「新興国ビジネスで勝てるグローバル人材の育て方」というテーマでお話したいと思いますが、まずは簡単なプロフィールからご紹介します。<br /><br />大学を卒業して入社したのが清水建設。ここに3年弱勤務しました。何で清水建設に入社したかというと、在学中の就職活動していた1991年ころは、バブル時期ですから就職用のパンフレットがすごかったんです。<br /><br />特に目を惹きつけられたのが清水建設。売上が世界一で、とは言っても海外売上比率は5%くらいだったんですが、ほとんどが国内売上。東京の海を全部360度ダムで埋め立てて、海底を都市化してしまおうとか、東京の地下を都市化するとか、当然宇宙にも宇宙ステーションだとか、すっごいパンフレット。<br /><br />私は経済学部ですが、これからは建築屋の時代=君たちの時代だと言われました。川上から川下まで全部君たちに懸かってると言われ、すっごい会社だなと感激して入社することにしたわけです。<br /><br />私は入社したら海外に行きたかった。父が三菱商事で幼少の頃はアルゼンチンで暮らしたこともあり、父の姿を見て、日本の大企業に入って、海外に飛び出たいという思いを持っての入社でした。<br /><br />ところがここから一気にバブルが崩壊。今だから言えるひどい話。入社した4月1日、我々新入社員に向かっていきなり人事部長が「人事部は採用を見誤った、君たちは多く取り過ぎた」みたいなことを言われたんです。これはショックでした。<br /><br />その後、希望の海外事業部に配属はされたんですが、至る所の海外からもう撤退撤退の状況でしたから、しょっぱなから窓際族のような、仕事のない部署に配属されたようになってしまったわけです。<br /><br />このままではダメだと思い、25歳(入社3年目)で独立・起業することにしました。最初に手がけた仕事が海外留学のコンサルティング。日本から海外に留学する人のお世話をする仕事。これを約15年続けました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0100.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0100.jpg" alt="IMG_0100.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br />会場の様子<br /><br />バブルが崩壊したと言っても留学人口はどんどん伸びていました。まさかのちのち「失われた20年」と言われるほど、当時は続くとは思いませんでしたから、自分をスキルアップし、キャリアアップ、キャリアを変えようとMBAを取得しに行ったり、語学力をつけに行ったり、留学人口がこの時期ものすごく伸びたんです。85年のプラザ合意以降は特に円高の流れもあり、留学人口が増えました。そのさなかに私は留学生のお世話をする仕事を始めました。<br /><br />ただ飽きっぽい性格なので、それ以外にもいくつか起業しました。これまでに7つ、8つのスモールビジネスを平行して興していき、今現在では、海外も含め私が代表や顧問を務める会社は11社になっています。ま、とは言っても全部見てはいられないんですが、、、。<br /><br />そして今現在、私が中心にやっている仕事は、東南アジア、そしてインドで企業向けの研修をしています。企業の社員を海外に連れて行って研修をするという事業です。今日はこの話にフォーカスしてお話したいと思います。<br /><br />ちなみにラッキーにも本も出せていただいていて、いままでに15冊ほど出版しており、海外とは関係ない仕事術的なものを多く出しております。(文末にリスト)<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■留学コンサルから人材育成へ・・・</span><br /><br />今現在私が主戦場としているところが、アジア新興国での海外研修の実施、そしてインドはバンガロールという場所を拠点に英語学校を運営しております。これはここ4年のもの。92年卒業で現在46歳、約15年かかってこのエリアに到達したわけですが、それまでは、ずっと欧米、中でもアメリカとのやりとりが多かったです。ずっとアメリカとのやりとりをして、今でもアメリカの教育機関、欧米の教育機関は世界に誇れるものだとは思います。でもこの4年は、東南アジアとインドにしか行ってません。<br /><br />なんでこのエリアに急にシフトしたかというと、5、6年前にある人に言われたことがきっかけです。アメリカに留学している人はもう良い(手当する必要が無い)。もっと短期でいいのでインドだとか東南アジアに留学していた人がいたら会ってみたいと・・・。<br /><br />5、6年前に言われたことから、ちょっと潮流が変わったなと思ったのと、もうひとつは留学人口がどんどん減ってきましたので、私が手がけていたマーケットがシュリンクしたんです。このまま欧米をターゲットに行くのはどうかなと。そう思ってシフトしました。<br /><br />今私は、企業と向き合うなかで「グローバル人材育成」というテーマで仕事をしています。「グローバル人材」という言葉は、5、6年前からだんだん言われるようになって来ました。今でこそこの言葉はよく聞くようになって来ましたが、10年前、20年前はそんな言葉すらなかった。<br /><br />私は、40年前に父にくっついてアルゼンチンにいたわけですから、40年前だって、50年前だって海外には日本人が行っていたわけです。当時何と言われていたか?私の大学時代は「国際人」みたいな言葉がありました。「国際人」になりたい。それが今で言う「グローバル」なのかもしれません。<br /><br />ところが当時私は、留学のサポートはしていましたが、私自身が教育の提供者ではなかった、人材育成のプロでは全く無かったわけで、そのため、企業の人事部の方にヒアリングに行ったんです。4、5年前のこと。<br /><br />そうしましたところ、うちもビジネスのグローバル化が進んでる、これは何かというと、企業全体の売上に占める海外売上比率、これがどの企業もどんどん高まっている。中期経営計画で、5年後、10年後にはもっとこうした海外売上をアップさせたい、そういう話はあるけれど、それに伴う人材が足りない。こういうことを言われました。<br /><br />駐在をいやがる社員が多いことも言われました。駐在に誰も手を挙げない。駐在に行ったけれど精神的に参って帰国してしまう人も多くなっている。どこの会社からもこんな話を聞いたんです。<br /><br />実際今でも、私のパートナーの会社で、フィリピンの駐在で2ヶ月で戻ってきてしまったという話を聞きました。精神的にやられる。あるいは昨年私がインドである会社の社長さんから聞いたのは、デリーには1500人の日本人がいるがそのうち自殺した人は何人いるか知ってますか、と言うんです。そんな自殺者なんかいるのかと聞いたら、5人もいると言うんです。<br /><br />上智大学は現在在校生が1万3千人。たとえば1万人の大学、1万人の会社で30人の自殺者が出ているとなったら、ブラック大学、ブラック企業の何者でもない。そういう状況があることがわかったんです。ここから「海外留学のコンサルティング事業」から「人材育成コンサルティング」に大きく事業が変化していきました。<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■海外向け人材育成に足りないもの・・・</span><br /><br />私が手がけているインドなど新興国で活躍できる、成果をあげられる人材を育成するためには、従来の研修では育たないのではないか。みなさんそう思われていたんです。<br /><br />グローバルとか言いますけど、そもそも世界196の国と地域があってそれぞれぜんぜん違う環境や価値観にもかかわらず、それらを総してグローバルなどあるはずがない。またアメリカだフランスだスペインとかならグローバルかもしれないが、それとインドはぜんぜん違う。すべての国を一即多にすることはできないのに、グローバル人材育成と言ってしまう。どうやったらグローバルで活躍できる人が作れるんだろうかと・・・。<br /><br />私が従来やってきたMBA留学だとか語学留学だとか大学留学では太刀打ちができなかった。そうだ、それが課題なのかと・・・。そう思ってはいたんですが、いきなり企業から来た話は、そんな課題を1週間で解決させて欲しいと・・・。<br /><br />1週間でなんとかせいって、私はこれまでも留学の仕事を扱ってきたので、単位(スパン)は年なんですよ。1年とか3年とか。短くても半年。それこそ3ヶ月の語学留学で身についた人など見たこともない笑。<br /><br />もちろん上智大学で英語学科を卒業、あるいはイスパニア語学科を卒業して現地での研修であれば短期間でも高まるかもしれません。そんな素養も持ち合わせない人が3ヶ月かそこら留学しても何かできるようにはならない。それが1週間ですよ。1週間でどんなことができるんだろう。<br /><br />そこで私は従来のグローバル研修では何が足りないのか分析してみたんです。4つに分けて、左側が「知識・理論」、右側に「実践」。上に行くと「ビジネスの成果」、下には「ノンビジネス(教養)」こういうグラフを作ってみました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160305160310c16.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160305160310c16.jpg" alt="何が足りない" border="0" width="430" height="323" /></a><br />図:何が足りない? ※クリックで拡大<br /><br />すると、MBA留学は確かに「ビジネスでの成果」で「理論的」である。頭でっかちになる、そもそもMBA取ってすごくなった人って見たことないです笑。あ、やばい、会場に持っている人がいる笑。<br /><br />MBAは私の理解では「鬼に金棒」だと思うんです。(もともと強い)鬼がさらに金棒を取りにいって帰ってくるから強くなる。そうじゃない人間がMBAとってもスーパーマンにはなれない。<br /><br />語学もそうです。語学力つけたら海外で活躍できるか、私、英語ペラペラ、中国語ペラペラです、もし英語ペラペラの人が世界で勝つんだったら、私たちは5歳のネイティブにさえ負けてしまう。でも私たちは負けない、なぜか、仕事ができるからです。MBAもそういうことです。<br /><br />一番よい方法は、いきなり海外駐在に放り込むこと。ただ今は昔と違うのは1箇所あたりの駐在員を少なくしていく傾向がある。昔は日本人だけで現地法人を運営しようとしていたが、今はガイジン(現地人)のマネジャーをスカウトして立ち上げる。そういうことを考えたとき、とりあえずおまえ経験ないけど行って来いとはできなくなった。<br /><br />そこで海外での現地法人でのトレーニング制度。これが意外に機能していない。なぜなら現地法人の社員は通常、教育のスキルは持っていない。現地社員はビジネスを向上させるために雇われている。そこに研修生10人行くからよろしくと言われても、トレーニングできない。現在の日本のどんなに大きな企業でもうまく行っていない。<br /><br />唯一現地法人での実務研修というのがありまして、それは、そこのトップが親分肌で教育に熱心、こういう環境の場合は大丈夫。よっしゃ連れて来い、俺が鍛えてやる、そういう場合もありますが、そうでない場合は、人事部から押し付けられて、しようがなく受け入れた、何させれば良いのか、これではダメ、うまくいかない。でも目的は現地ビジネスで成果をあげること。これを1週間で仕上げなければならないと言われたので、そぎ落としてそぎ落として、ここだけにフォーカスを当てて鍛えるしかない、そういうことから私が独自に考えだしたのが、どういう人材を作るかというゴールイメージを決めることだと思いました。<br /><br />ある程度仕事のデキる人であれば、世界のどこに行っても、普通に仕事ができて、普通に成果が上がる。日本で仕事のできない人間が向こう行ったって仕事はできない。例えばいま、リーダー育成などが課題ですが、リーダーになったことない人間が海外でグローバル・リーダーなどできるはずはない。私が考えたのは、普通に仕事ができて、使う言語が違えども、普通に成果があげられる人材育成、そういうゴールイメージを持つことが我々の仕事だと思ったわけです。<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■グローバルになるための7つの要素・・・</span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201603051604551e4.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201603051604551e4.jpg" alt="youken " border="0" width="430" height="323" /></a><br />図:人材に必要な要件 ※クリックで拡大<br /><br />そこで人材の要件を洗い出してみました。彼らをグローバルという大海原を走る船と考えたとき、一番下にあるのは、ビジネススキル、どんな業態、職種であっても、普通にタイムマネジメントができる、PDCAをうまく回せる、やるといったことはやる、誠実に対応できる、そんな基本のビジネススキル。<br /><br />その上に、業種業態職種によって高い専門性、経理のプロ、営業のプロ、この業界だった業界のプロであるべきだろうと・・・。<br /><br />ただすごく仕事ができる方でも、先日渡航前の説明会をしたんですが、15人の35歳前後の方に、もしみなさんが海外に行くチャンスがあったら手を上げますかと聞いたところ、上げたのはたった1人。え、何でですか、会社のお金でいけますし、手当も付くし、海外のほうがマーケットが広がったばかりでやりがいだらけですよ、と聞くと、彼らからの反応は、これまで海外の経験がないから自信がない、さらには、もっと力を付けてから行きたいという方も多かった。35歳にもなってこれから何の力を付けるんだ!!あとは子供が小さいんで・・・という方もいらっしゃいました。<br /><br />自分こそがやらなきゃというマインドは皆無なんです。やりたい、やる自信がある、そんなマインドがなければ、せっかく高い専門知識があっても行けないだろう、現地に対応できないだろう、いっくら語学力や異文化を受け入れる気持ちがあっても、全く意味をなさない、効果が出ない。<br /><br />ということで現地教育の柱は、ビジネスの基礎スキル、グローバルマインドセット、そして高い専門性の積み重ねと考えたとき、私たちに1週間でできることは「マインドセット」しかないだろうと考えたんです。「グローバルマインドセット」これは国内では身につかない。ここにフォーカスしました。ただこの時点ではグローバルマインドセットという言葉だけで、非常に漠然としたものだったので、さらに考えることにしたんです。<br /><br />私は現在、早稲田大学のトランスナショナルHRM研究所の招聘研究員というのもやってまして、ここと共同で「グローバルマインドセットアセスメント」を作成しました。グローバル人事の第一人者の先生と一緒に作成したんですが、このときに出てきた学術論文をベースに7つの要素に分解したものが「MISSION:GROBAL」なんです。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016030516061814d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016030516061814d.jpg" alt="7つ要素" border="0" width="430" height="323" /></a><br />図:7つの要素 ※クリックで拡大<br /><br />主体性、突破力・実行力、言語に依存しないコミュニケーション力、適応力、パッション、メンタルタフネス、どこでもやっていける自信。<br /><br />これが出てきた時に、私は、ほうなるほどな、おもしろいなと思いましたが、よく考えればそれはグローバルに全く関係ないことだった。グローバルには関係ないけれど、グローバル環境ではこれらの力がより必要になってくるということがわかりました。<br /><br />私どものお得意様は大企業が多いのですが、自分一人が主体的でなくても会社は回る、自分が行動的じゃなくても仕事は進められる社員が多い。彼らは、あ・うんの呼吸が通じる仲間がいれば、なんとかお互いに補ってくれる、パッション無くたってやるべき仕事さえ終えれば回っていくかもしれないと思っている。ところがグローバル環境(海外)で自分ひとりで、大きな組織をマネージしていかなければならなくなったとき、自分が主体的でなければ何も始まらない。自分からアクションを起こさなければ誰も起こさない。凹んでいる場合じゃない。<br /><br />「グローバルマインドセット」とはそういうことなんだろうなと思って、図のような7つの要素を鍛える研修をやろうじゃないかと考えたわけです。これなら1週間でも出来そう、これだけにフォーカスしてやろう。そしてここに誕生したのが「MISSION:GROBAL」なんです。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/MISSIONGLOBAL.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/MISSIONGLOBAL.jpg" alt="MISSIONGLOBAL.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br />図:MISSION:GROBAL ※クリックで拡大<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■ケーススタディからリアルスタディへ・・・</span><br /><br />正直「Mission:Impossible」をパクりました、ロゴデザイン笑。これは「Impossibleフォント」という字体なのでどなたでもお使いになれるんですが・・・笑。<br /><br />「MISSION:GROBAL」は、グローバル化というミッションに取組む企業を応援サポートする研修です。<br /><br />1週間、どういうものをやるかというと、簡単なイメージでお伝えすると、みなさまのお手元にチラシをお配りしていますが、1週間たったひとりで初めての国に出張に行って、これとこれ(タスク)をやってこいよ、という状況を作ります。このとき、頼れるのは自分だけ。英語(コミュニケーション)も自信がない。なんとかこの3つのタスクをやらなきゃいけない。そんなシチュエーションを作ります。<br /><br />この研修を知人で50代−70代の海外駐在経験者に話しましたら、今ではこんな研修があるんですね、甘いな、俺達のときは最初から放り出されたぞ、そうおっしゃってました。でも内容は自分たちの経験にとても近いとおっしゃっていました。<br /><br />つまり我々が提供するのは、1週間たったひとりで、何かのミッションをやり遂げなければいけないという疑似体験ができる「場」と「環境」だと考えています。参加者にレクチャーは何もない。私は朝、指令書を受講生に渡して、今日のミッション(仕事)はこれです、◎時までにやり遂げて帰ってきて下さい、と伝えてあとはホテルで寝て待つのみ・・・。冗談ですが・・・爆笑。<br /><br />これを私たちは「Real Study (リアルスタディー)」と名づけました。現在のビジネススクールは、皆さんご存知かわかりませんが「case study(ケーススタディ)」「case method (ケースメソッド)」というのがあります。これは例えば、マーケティングを学びたい、例えばP&Gがマーケティングにおいてこういう課題にぶち当たりました、皆さんだったらどうしますか、という実際のケースを使って学ぶのが「case study(ケーススタディ)」。<br /><br />それに対し、今企業がまさに直面している解のわからない課題、ビジネススクールのあなただったらどう取り組みますか、これが「Real Study (リアルスタディー)」。もともとはハーバード・ビジネス・スクールが同じようなことを始めたていたようです。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/RealStudy.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/RealStudy.jpg" alt="RealStudy.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br />図:RealStudyな5日間 ※クリックで拡大<br /><br />1週間のスケジュールがこれです。大して面白いものでもなんでもありませんが、ミッションが出されてそれに取り組むという繰り返しの毎日になっています。<br /><br />私たちはこういうビジネスをやっているんですが、現地ローカルの人たちを取り込むのにとても苦労している、どうやったらローカルマーケットに入り込めるのかみなさんの治験を下さい、そんな課題が出て、受講生たちは街を走り回って、生の声を聞き、社長、こういう風にやったほうが良いと思います、ということを提案する。そんな研修です。<br /><br />今まで3年で約450人の方々、海外にお連れして研修やってきました。実際我々の成果としては、今後海外駐在のチャンスがあったら手を上げますかという問いに、かなりの方、ほぼ100%がポジティブに反応するようになったこと。これが一番大きな成果だと思っています。<br /><br />みなさん、地球のどこでもやっていける自信がついたとおっしゃっていただける。「ガイアの夜明け」にも出させていただきました。このときはテレビ画面上のテロップにずっと「地獄の研修」とか出てたのが気になりましたが笑・・・。でもこのテレビに出たあと2ちゃんねるで叩かれまして、おまえ何偉そうなんだと、おまえは何様のつもりか、見てみたら本当に偉そうな場面しか出ていなかった、なぜなら「地獄の研修」だからです笑。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160305160905a75.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160305160905a75.jpg" alt="ガイアの夜明け" border="0" width="430" height="323" /></a><br />図:ガイアの夜明け出演のとき ※クリックで拡大<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■地獄の特訓!?そしてさらなるグローバル人材強化へ・・・</span><br /><br />これでいよいよ来たと、独立してから苦節20年、低空飛行だったのがようやく陽の目を見れると思った矢先、この研修の穴を見つけてしまいました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201603051610328bf.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201603051610328bf.jpg" alt="各国年齢" border="0" width="430" height="323" /></a><br />図:各国の平均年齢 ※クリックで拡大<br /><br />この数字は各国の平均年齢なんです。日本は46歳、アメリカは先進国で唯一人口が伸びている国、移民政策がとにかくすごいので、その結果、平均年齢も保たれています。中国は一人っ子政策の影響で平均年齢がかなりあがってきた。<br /><br />ただ日本企業が行きたい(進出したい)ところ、新興国と呼ばれる地域は軒並み20代。ナイジェリアに到っては平均年齢18歳。何が穴なのかというと、私の研修に参加する対象者は誰なんだろう(何歳なんだろう)ということ。<br /><br />大半の企業に聞くと、あなたの研修は若手向けだねと言われる。ただその「若手」って何歳(まで)なんでしょう。35歳? うちは30歳までかなとか、32かなとか言いますが、世界的に見ればもうどれも若手ではないってことです。<br /><br />ここは日本企業においての大きな問題がある。なぜなら、海外で初めて駐在するとき通常「海外生活に慣れていない」とか「言葉に自信がない」の2つの異文化理解、多様性の受け入れのトレーニングが必要ということで、このような研修が多くあります。でもこれらよりももっと大きい問題は、その年齢でマネジメント経験がないことなんです。<br /><br />30歳でも35歳でも若手の日本企業だと、まだマネジメント経験がない。ところが新興国に行って同年代の人だと少なくとも平社員ではない、少なくとも部署・部門のセールスマネージャー(部長)以上。マネジメント経験豊富。そんなところに飛び込むことになるわけです。<br /><br />そこで、さきほどの「グローバルマインドセット」だけじゃなくて、もっと必要になってくる「リーダーシップ」、しかも異文化の人たちに発揮できるようになる研修を作りました!!!それが「MISSION:GROBAL - Buddy」なんです。<br /><br /><strong><span style="font-size:large;">「MISSION:GROBAL - Buddy」</span></strong><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/Buddy.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/Buddy.jpg" alt="Buddy.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br />※クリックで拡大<br /><br />1週間、現地人のByddy(部下)と一緒にミッションに取り組む研修。例えば初日現地につくと、参加者と同じ人数の現地のBuddy役が待ち構えています。まずは彼らにむけて所信表明演説を英語でしてもらいます。私は誰々で、どういう仕事をしてきて、やる気がこんなにあるので、この1週間でぜひ私と一緒に働いて欲しい。これを聞いた現地Buddyは、どのリーダーのもとで働きたいかを投票で決めるんです。これは痺れますね笑。私は横で見てるだけですが笑。<br /><br />手が震える人なんかもいます。でもこれはあくまで疑似体験。失敗できるんです。大いに失敗して自分を出しまくってチームを作り上げていく。ガチッとなったあとはすごく大きな自信になっていく。<br /><br />私が提供するのは、慣れない環境、慣れない言語、慣れない人、こうした「場」と「環境」だけ。<br /><br />これで海外に行ってリーダーとしてやれる自信が身につく「地獄の研修」。どうぞこれからもご支援ご鞭撻いただければ幸いです。ご清聴ありがとうございました。(まとめ:土屋夏彦 '80理電)<br /><br /><豊田圭一氏著作物>※画像クリックでアマゾンへリンクします<br /><a href="http://www.amazon.co.jp/豊田-圭一/e/B004LV9V3G" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/amazon430x253.jpg" alt="amazon430x253.jpg" border="0" width="430" height="253" /></a><br /><br />講演後、懇親会の様子<br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0108.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0108.jpg" alt="IMG_0108.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0111.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0111.jpg" alt="IMG_0111.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0105.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_0105.jpg" alt="IMG_0105.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><br /><br />
  • Date : 2016-03-05 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年7月講演録: 小田靖忠さん('66文新)

■講演テーマ: 「海外ファッション・ブランドとグローバルビジネス」~バブルから現在■日時: 2015年7月15日(水) 18:30~21:00■場所:ソフィアンズ・クラブ■講師: 小田靖忠(おだやすただ)さん(1966年文学部新聞学科卒)   セント・ジョン株式会社 元代表取締役■参加者数:30名<プロフィール> 卒業後広告代理店「マッキャン・エリクソン博報堂」に入社。1990年「ヒューゴ・ボス・ジャパン」社長に就任しファッション業界へ。そ... ■講演テーマ: 「海外ファッション・ブランドとグローバルビジネス」~バブルから現在<br />■日時: 2015年7月15日(水) 18:30~21:00<br />■場所:ソフィアンズ・クラブ<br />■講師: 小田靖忠(おだやすただ)さん(1966年文学部新聞学科卒)<br />   セント・ジョン株式会社 元代表取締役<br />■参加者数:30名<br /><blockquote><p><プロフィール><br /> 卒業後広告代理店「マッキャン・エリクソン博報堂」に入社。1990年「ヒューゴ・ボス・ジャパン」社長に就任しファッション業界へ。その後、1992年に「ダナキャラン」の日本代表をはじめ、多くの外資系企業代表を歴任。2002年からは「セント・ジョン」の社長を務めるなど、海外ブランドのファッション業界で活躍。現在同社の日本撤退に伴い、同社特別清算人に従事。卒業以来15社の代表取締役を歴任し、海外ブランドの世界で手腕を発揮してこられたファッション業界屈指の鉄人。</p></blockquote><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016012312283948f.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2016012312283948f.jpg" alt="㈰正面 RIMG16028" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">外資系(ブランド)社長業を生きぬく<br />―海外ファッション・ブランドとグローバルビジネス―<br /></span></strong><br /><span style="font-size:large;">▼オープニング</span><br /><br /> 黒水幹事「今回、ファッション業界週刊誌<a href="http://www.wwdjapan.com" target="_blank" title="『WWD Japan 』">『WWD Japan 』</a>に小田さんの連載インタビューを拝見して、講演のお願いをいたしました。小田さんが代表を歴任されてきた外資系ファッション業界は、まさにグローバルビジネスの只中にあり、海外ブランドは世界資本の変化の中で時にその主を変え、グローバル企業として生き続けています。1990年代は、まさに日本のバブル経済とその終焉でした。小田さんは、多くの海外ファッション企業の日本代表として企業を率いてこられ、その中で体験されたビジネスの真髄とその裏側を今日お話しいただきます。また、いやでもグローバル化する社会での、これからの日本の立ち位置についてお話しいただきます」<br /><br />講演は、配布されたレジュメと<a href="https://www.wwdjapan.com/publication/wwd_japan/150525.html" target="_blank" title="WWD連載コピー(2015年5月25日~6月29日)">WWD連載コピー(2015年5月25日~6月29日)</a>を参考にしながら進められた。 <br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601231231281fa.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601231231281fa.jpg" alt="㈪黒水幹事オープニング挨拶RIMG16034" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large;">▼講師口上</span><br /><br />「私は、ファッション業界の週刊誌「WWD Japan」のコラム『ファッション業界人物列伝―あの時、私は―』に6回連載のインタビュー記事が掲載されたのを機会に今回の黒水さんより講演依頼があり、お受けしました。この話が、少しでも現役の方のお役に立てればと思います。<br /><br />今日は、『私の職業は社長職』ということでお話しをさせていただきます。私は、ファッション業界の人材育成機構という団体の講師をやっていた関係で、いくつかの大学でもファッションビジネスの話をしたことがあります。私の話の刺激をうけてチャレンジをしてくれている後輩もいますので、世の中に『社長業』というものが存在するということもお話しの材料になるかと思います」と。<br /><br />小田さんの軽快な語り口で講演はスタートした。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼特出した外資系企業での“職業は社長業”という経験</span><br /><br />まずご自分の経歴のユニークな点について述べられた。<br /><br />「2015年6月22日に12年やった社長をやった会社の清算が終わり、その結果私の50年のサラリーマン人生は終わったと思い、ファッション業界の週刊誌「WWD」のインタビューを受けました。私は大学卒業後、外資系企業でしか働いたことがなく、日本に進出してくる海外の会社の日本子会社を作ってきました。また、過去50年間で正式に12社の転職をし、後半は社長または、メインの会社をやりながら、依頼された企業も含め、15社ほどの会社の社長もやってきたことが、他の方とは異なるユニークな点だと思います。自分で望んだわけではないが、だんだん自分の志向性で、それを実現するためにそのようなキャリアになりました。中には1年で閉鎖された企業もありますが、最後の会社で最長12年ほど在籍しました」<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160123125921277.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160123125921277.jpg" alt="自己紹介430x304" border="0" width="430" height="304" /></a><br />(資料:自己紹介 ※クリックで拡大)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼最初は外資系広告代理店でキャリアを磨く</span><br /><br />小田さんの経歴の前半は広告代理店で、後半はクライアントサイドのファッションブランドメーカーでキャリアを積まれたという。<br /><br />「新卒で入社したのは、外資系大手広告代理店です。自分のキャリアの特徴として前半の約20年は広告代理店で、学生時代、新聞学科で学び、『広告研究会』も作り勉強したので、Account Executive (AE)として、広告代理店で活躍するのが夢でしたが、最初に入った広告代理店では、媒体部という希望とは異なる部署だったので、どうしてもAEをやりたくて、約2年後、他の広告代理店に転職をしました。後半は、クライアントサイドで仕事をしたくなり、20社ほど面接を受けて、転職をしました」と語られた。<br /><br />昭和41年卒で、約2年で在籍した広告代理店の同期の半分の人は転職をしていたそうだ。その当時は、日本の資本自由化により、アメリカ中心に外資系企業が参入し、それに伴い大手アメリカの広告代理店が日本に進出してきた時代でもあった。<br /><br />小田さんは、「日本の広告代理店はメディアを代表しますが、外資系の広告代理店は、クライアントサイドを代表する立場で、販促、コミュニケーションをはじめ、マーケティングの勉強は自分なりにやりました」と振り返られた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601231233149ed.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601231233149ed.jpg" alt="㈬会場の様子RIMG16078" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large;">▼人種差別が少ない日本の海外ブランド企業</span><br /><br />クライアントサイドのメーカーに転職後、経験されたグローバル企業の特徴にも触れられながら、某フランス系企業で知り合ったギリシア系ルーマニア人の経歴も紹介された。「世界でもこれだけ多くの海外ブランドを扱い人種差別がないのは、日本だけですね。民族とその国、自国の人間を最優先するという意味で、日本もそうかもしれないかもしれないが、育った環境の中では、差別は感じていません。外資系における差別というのは経験しないとわかりません」とグローバル企業のある側面についても語られた。<br /><br />その後、転職されたファッション業界の話題や裏話(ファッション業界週刊誌<a href="http://www.wwdjapan.com" target="_blank" title="WWDJapan">WWDJapan</a>に掲載)に触れられ、会場の参加者全員は、興味深く小田さんの話に引き込まれた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼世界の常識―ファッション産業は経営のプロに任せろ!</span><br /><br />小田さんは、最後に在籍された米国系ファッション企業では、CEOの電話ひとつで日本撤退を余儀なくされたという。アメリカはファンドの力が強く、ビジネスとして考えると、ファッション産業は、「生」のデザイナーがブランドを成功・継続させるのが難しく、経営はプロの経営者に任せないと存続は厳しいと強調された。<br /><br />東日本大震災の救済で個人ファンド等、ビジネスのファンドのはたす役割が変わってきたが、ご自身は社長代行業をしながら会社を監視し、CEOをサポートするような仕事も受けるようになり、『社長業』というようになった。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼世界的ブランド企業には文化がある</span><br /><br />小田さんは世界有数のブランドメーカー数社に転職されたが、ご自身の経験から、キャリア形成のヒントにもついてふれられた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160123130059087.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160123130059087.jpg" alt="Career Development 転職するなら430x314" border="0" width="430" height="314" /></a><br />(資料:Career Development クリックで拡大)<br /><br />「各世界的ブランドには文化があり、そのビジネスが独自のMARKETING戦略を取り入れていることを、実務をとおして、吸収し、自分のキャリアを創ってきた」と語られた。<br /><br />小田さんは留学経験はないが、今でいうMBAをとると、若くしてマネジメント職になれるチャンスは多いので、よいのではないか。また、フランスの大企業では、人を国際的に育てる余裕があるが、日本企業は、まだそこまでのレベルに達していない。英語ができでもマネジメントができる人間は、日本ではまだ少ないのが、たいへん残念で、もっと人を育て、外に出すことが大切ではないか、また、海外の企業においても学閥、人種差別はあたりまえで、競争はあったほうがよいと思うが、ビジネスの世界でのグローバルな教育は日本ではもっと必要であるとも語られた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼業界トップの専門領域を持つことが転職の武器</span><br /><br /> 小田さんは転職を何社も経験されているが、自分の専門領域をもって転職し、できれば業界のトップにいくというのが大切であり、さらにマネジメントに必要な5つのセンスを強調された。特に柔軟に即対応することとリスクマネジメントの大切さを訴えられた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160123130230f0e.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160123130230f0e.jpg" alt="マネジメントに必要な5つのセンス430x273" border="0" width="430" height="273" /></a><br />(資料 マネジメントに必要な5つのセンス ※クリックで拡大)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼質問コーナー</span><br /><br />高級ブランドファッション業界の現状については、「どこも業績は厳しいが、ユニクロのようなファーストファッションの進出で、ターゲッティングが特に難しい時代であることや、むずかしいビジネスでも、ファッションビジネスにチャレンジする人がいるのは、クリエィティブで夢があるからだが、ビジネスを拡大しようとすると失敗する危険も大きい」と述べられた。また日本の経営者は採算のあわない部門を切り捨てられないのが問題ではないか等、現在の日本経済について、外資系トップを歩んでいらした小田さんと興味深い意見交換があった。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601231303323be.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601231303323be.jpg" alt="㉀質問コーナーRIMG16073" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br /> 三水会には、松尾幹事(オンワード)をはじめ小田さんのようなファッション業界の重鎮もおられ、さまざまな分野で活躍されている卒業生の層の厚さを感じた。外資系の同じ分野で仕事をしてきた自分にとっても、海外本社のトップの判断で、想定外で、目まぐるしく変化する状況にいかに即対応してリスク回避するのか様々な経験をされてきた小田先輩の有益なお話しであった。最近グローバル化という言葉とは反対に、若者の就職も安全志向が増えている印象を個人的にはもっているが、ぜひ後輩の人たちには、小田さんのように世界に通じる経営のプロなってもらえればと思った。(報告 山田洋子 '77外独)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160123130432b5c.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160123130432b5c.jpg" alt="㉂懇親会松尾幹事RIMG16101" border="0" width="430" height="323" /></a><br />
  • Date : 2016-01-23 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年6月講演録: 竹之内祥子さん('78文英)

■講演テーマ: 新しいまちの暮らし方を目指す;生活をシェア(分かちあう)する思想の実践―「okatteにしおぎ」スタート―■日時: 2015年6月17日(水) 18:30~21:00■場所:ソフィアンズ・クラブ■講師: 竹之内祥子(たけのうちさちこ)さん(78年文学部英文学科卒)   (株)コンヴィヴィアリテ 代表取締役   (株)シナリオワーク代表取締役 ■参加者数:30名<プロフィール>竹之内祥子(たけのうちさちこ)1980年上智大学大学院文... ■講演テーマ: 新しいまちの暮らし方を目指す;生活をシェア(分かちあう)する思想の実践<br />―「okatteにしおぎ」スタート―<br />■日時: 2015年6月17日(水) 18:30~21:00<br />■場所:ソフィアンズ・クラブ<br />■講師: 竹之内祥子(たけのうちさちこ)さん(78年文学部英文学科卒)<br />   (株)コンヴィヴィアリテ 代表取締役<br />   (株)シナリオワーク代表取締役 <br />■参加者数:30名<br /><br /><プロフィール><br />竹之内祥子(たけのうちさちこ)<br />1980年上智大学大学院文学研究科博士前期課程卒業。1982年㈱シナリオワーク設立。その後同社取締役、個人事務所設立を経て、2003年㈱シナリオワーク代表取締役に就任。女性消費者を中心とする消費者研究、マーケティング戦略立案などのプロジェクトを手がけ今日に至る。2015年4月㈱コンヴィヴィアリテを設立し、「okatteにしおぎ」をオープンする。<br /><br />「okatteにしおぎ」<br />公式サイト<br /><a href="http://www.okatte-nishiogi.com/know.html" target="_blank" title="http://www.okatte-nishiogi.com/know.html">http://www.okatte-nishiogi.com/know.html</a><br />Facebookページ<br /><a href="https://www.facebook.com/okatte.nishiogi/" target="_blank" title="https://www.facebook.com/okatte.nishiogi/">https://www.facebook.com/okatte.nishiogi/</a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112095019e35.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112095019e35.jpg" alt="正面写真RIMG15602" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><br />司会(佐藤幹事)「今回講師にお願いした竹之内さんは、まちのシェアキッチン&リビング・プロジェクト「okatteにしおぎ」を立ち上げられ、この春西荻窪にオープニングされました。聞くところによるとこのプロジェクト「まちのシェアキッチン」という新しい発想は、地域の人を呼び、人と人をつなげているそうです。「食」を中心にしたまちのパブリックスペースというコンセプトも話題を呼んでいます。このスペースでは、食事をつくりたい人が集まる。イベントを開きたい人が企画する。小さいビジネスにトライしたい人が場を活用する。そんな人と人の出会いのスペースの仕掛人、竹之内さんに発想の原点やこれからの発展イメージなどをお聞きしたいと思います。ちなみに竹之内さんが作られた会社「コンヴィヴィアリテ」の意味を調べたところ、『会食の楽しみ、共に飲み食いする楽しみ』、日本語では『一期一会』という意味があるそうです」<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601120942441ea.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601120942441ea.jpg" alt="オープニングRIMG15615" border="0" width="430" height="323" /></a><br />(写真 オープニング)<br />―――――――<br />竹之内さんの講演を聞きながら現在世界で進行している新しいライフスタイル・シェアして暮らすことを身をもって実践されていることに感心した。以下は私なりに纏めてみた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「okatteにしおぎ つくって食べる、みんなの“お勝手”」</span><br /><br /> 「okatteにしおぎ」は、竹之内さんの自宅を改装し、2階をシェアハウス、1階をシェアキッチン兼集会室に改築したスペースである。もともと4人家族が住んでいた住宅を、家族構成も縮小してきたこともあり、構造は変えずに外壁を杉板張りにして、南側にキッチンと土間を増築、LDKだった空間を板の間と畳スペースにした。BEFORE・AFTERの写真や図面で構造や内部が紹介された。内装、外装には、国産の杉、桜等、自然の材木を使い、昔の日本の民家のような感じになっている。竹之内さん自身「とても気持ちのよい空間で気に入っている」そうだが、特にキッチンには業務用のガスコンロ、イタリア製のオーブンもいれ、営業許可も取ったという。<br /> 「okatteにしおぎ」の案内を見ると<br />――――――――――――――――――――――――――――――――――――<br />単身世帯が増え、孤食・個食が一般化した昨今、家族や世帯を単位とした共食も難しくなっています。okatteにしおぎは、地域で食を共にする「まち食」を中心にして、日常の暮らしの一部をシェアしながら、まちと関わって暮らす「まち暮らし」を提案します。そして、かつては女性のための場所だった「お勝手」が「まちの関わりの拠点」という現代の新たな役割をもって、老若男女問わず多種多様な人々が気軽に立ち寄る場所となり、「人と人」「人とまち」「人と自然」とが関わり合いながら育っていく暮らしを実現してまいります<br />――――――――――――――――――――――――――――――――――――<br />とある。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112094422886.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112094422886.jpg" alt="㈰okatte外観" border="0" width="430" height="286" /></a><br />① okatte外観 写真撮影:砺波周平<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601120944236b1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601120944236b1.jpg" alt="㈪okatte板の間" border="0" width="430" height="286" /></a><br />② okatte板の間 写真撮影:砺波周平<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112094426abd.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112094426abd.jpg" alt="㈫okatteキッチン" border="0" width="430" height="286" /></a><br />③ okatteキッチン 写真撮影:砺波周平<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601120944252fc.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601120944252fc.jpg" alt="㈬okatteと秋田のスカイプ食事風景" border="0" width="430" height="286" /></a><br />④ Okatteと秋田のスカイプ食事風景 写真撮影:栗原大介<br /><br /><span style="font-size:large;">▼今、なぜ「okatteにしおぎ」か</span><br /><br />2年ほど前、竹之内さんは、次の3つの問題につきあたったという。<br />一つ目は、相続税対策。もし親御さんに何かあれば相続税が重くのしかかってくることが心配で、銀行に相談にいったところ、アパート経営を進められたが、どうもぴんとこなかった。<br />二つ目は、自分に残された人生、あと10年? 竹之内さんは、一昨年病気で手術をした時、もし平均寿命まで生きるとしても、自分が元気でいられるのはあと10年くらいかもしれないと思い、その残された10年間に何か面白いことをやってみたいと思うようになった。<br /><br />三つ目は、これまでの仕事であるマスマーケティングの限界について。実際、時代の潮目が変わっていることを感じ、いわゆる消費社会とは別の方向性を模索したいと思い、今回の企画を考え始めたという。<br /><br />そしてその結果、次のようなキーワードでアイディアを模索し始めたという。<br />1. シェアハウス?下宿? 2.いろいろな人が集まる場 3.食×スモールスビジネス<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「okatteにしおぎ」のコンセプトを煮詰める</span><br /><br />「まずは、アパートを新築する予算の半分でリフォームをしてシェアハウスにしようかと思っていました。ヨーロッパ映画にでてくるような下宿屋のおかみさんもよいかなと(笑)」ただ、シェアハウスだけでは面白くないとも思ったという。<br />「周辺は昭和に開発された住宅街で、高齢者が一人で大きな家に住んでいたり、核家族で家族が煮詰まっているように見えることもありますが、そういうことは、あまり表にでてきません」。そこから、シェアハウスと合わせて、皆が集まれるコモンスペースを併設したいと思った。<br /><br />仕事柄、食関係の潮流を長年見てきたが、マスを相手にする企業ではむずかしい個食化への解決策をそうしたスペースにキッチンをつけることで提供できるのではないかと考えた。同時に、食の仕事をやりたくても場がないとか、例えばお菓子作りをしているが、自宅キッチンではできない等の悩みを抱えている人のサポートもできそうだと考えた。<br />こうしたことは、今回プロジェクトにコーディネーターとして携わっているN9.5という会社の齊藤志野歩さん他4名のメンバーや設計を担当されたビオフォルム環境デザイン室の山田貴宏さんらと出会い、彼らと話をするなかからでてきたものだという。<br /><br />講演では、その出会いの背景や、打合せとコンセプトについてのブレストを繰り返し行った様子も紹介された。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「okatteにしおぎ」の発想の原点</span><br /><br />1)コンセプトの発想の原点となったのは、祖父母の家。昭和30年代の祖父母の家を示しながら、竹之内さんは梅干しを祖母と漬けたりした記憶もあり、昔風の広い台所がプロジェクト実現によいと思ったという。<br />2)さらにプロジェクト実現のために自分の好きな「サマーウォーズ」というアニメの中に、「栄おばあちゃん」という89歳のおばあさんが出てきて、彼女が家族にあてた手紙の一文「一番いけないのは、お腹がすいていることと一人でいることだから」からヒントを得た。地球が破滅する時でもごはんをたべ、家族と一緒にいなさいという一文は、東日本大震災のときにもツイッターで拡散され、個食化している現状にとても必要なことだと思ったそうだ。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「okatteにしおぎ」には、アイディアが一杯</span><br /><br />講演では、建物「okatteにしおぎ」の内部も紹介された。子供のいる人には畳があるほうがよい、料理教室用の台所はアイランド形のほうがよい等、ワークショップ形式で20人ほどの人に集まってもらい、利用を想定したアイディアを出しあった。設計面では国産木材の使用、太陽光を取り入れるための天窓、ペレットストーブ等環境に配慮した工夫を行い、伝統的な工法で作られた。現場が自宅敷地内なので、毎日大工さんが手作りで建てている進行の様子をみることができたという。<br /><br />「okatteにしおぎ」メンバーになる際の説明会の流れ、会費、活動の説明があった。具体的には、メンバーは30歳代中心で女性が90%。自転車圏内、中央線沿線内の住人で、子供のいるワーキングウーマンから、シャツ職人まで職業はさまざま。クリエーティブ、ソーシャル系の人が多いようだ。主だったイベントも紹介され、多いときで40-60名の参加者があるという。会員が主導する●●部のような分科会も作られ、さまざま企画がおこなわれているという<br /><br /><span style="font-size:large;">▼新しいくらしの器「okatteにしおぎ」―集まり・楽しみ・効率よく・面白く</span><br /><br />竹之内さんは、「okatteのおもしろさは消費者(お客様)にはならない、でもボランティアでもないという。『サービスを提供して、お客様は神様です』という従来の供給側と需要側の立場という関係ではなく、自分のできることや持っているものを持ち寄りいい関係ができることと考えている。“オープンで対等な関係”、つまり、競争的になりがちになるような関係ではなく、ばらばらの他人同士が集まって一緒にプロセスを楽しみながら結果を出す面白さを引き出したい。<br /><br />また、小商いの可能性の場としても活用したいという。小商いとはお互いの顔が見える小さな市場で自分が創るクラフトマンシップを発揮し、市場拡大より、持続することを重視するビジネスのあり方。大きく拡大しようとすると縛りがでるが、小商いという形ならトライアンドエラーができ、楽しい社会が作れるのではないか。また、これからはご近所の資源を活用する。例えば、近所の某有名ホールの支配人やワインアドバイザー資格をもっている人に『ご近所大学』のような講座をお願いしたり、こども食堂等で皆で楽しく食事をしたり、近所の庭の梅や果物をとなどをとってジャムにして配る等の活動をしていきたい。他の地域たとえば秋田の野菜をみなで料理して食す会を開催しネットで発信し、自然に仲間になるようなネットワークを創るのもよいのではないか」とも語った。<br /><br />さらに上智大学NEXST100委員会ウーマンネットワークの活動でチョコレートを作成する体験ワークショップ(カカオラボ)も紹介された。<br /><br />最後に「会員になりたい人は説明会を開催しているのでご興味のある方は是非いらして下さい」と締めくくられた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601120947124b7.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201601120947124b7.jpg" alt="会場の様子RIMG15767" border="0" width="430" height="323" /></a><br />(写真会場の様子 講演の様子)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼質問コーナー</span><br /><br /> 会場からは、メンバーの条件等、入会についての具体的な質問が出た。賛同者のみに会員になってもらうという主旨を説明され、意見交換が行われた。そして竹之内さんの学生時代の思い出と仕事については「三水会幹事の黒水さんといっしょの放送研究会サークルで一号館のスタジオに入りびたりだった。マーケティングの仕事は大学院のときにバイトをしていたところに転がり込んだのがきっかけ。得意な分野は定性調査。主な領域は消費財で、食品や化粧品が中心。」と語られた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112094752555.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112094752555.jpg" alt="質問コーナーRIMG15739" border="0" width="430" height="323" /></a><br />(写真 質問コーナー)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />ご自分のなさってきた経験をベースとされ、シェアハウスの「okatteにしおぎ」を立ち上げ、仕事や地域活性にもつながる活動をライフスタイルにとりこみ自然体でされている竹之内さんのお話し興味深く伺った。特に講演の中で「所有する」感覚から皆とくらしをシェアして自分に残された人生を共に生きるという考えに感動した。今後のご活躍を御祈りする。(報告 山田洋子 '77外独)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112094859752.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20160112094859752.jpg" alt="懇親会RIMG15784" border="0" width="430" height="323" /></a><br />(写真懇親会)
  • Date : 2016-01-11 (Mon)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年12月講演録:忘年会

■日時:2015年12月16日(水) 18:30~21:00■場所:赤坂「孔子膳堂」 東京都港区赤坂3-11-14赤坂ベルゴ1F http://koshizendo.com/■参加者数 30名2015年最後の三水会は、三水会メンバーでもある孔健さん(孔子の第75代直系子孫)のご厚意で、孔健さんのお店、赤坂「孔子膳堂」で、盛大に忘年会が開催されました。最初に黒水幹事の2015年の感謝と振り返りの後、松尾幹事から、孔健さんへの感謝と「来年もよろしくお願いします... ■日時:2015年12月16日(水) 18:30~21:00<br />■場所:赤坂「孔子膳堂」<br /> 東京都港区赤坂3-11-14赤坂ベルゴ1F<br /> http://koshizendo.com/<br />■参加者数 30名<br /><br />2015年最後の三水会は、三水会メンバーでもある孔健さん(孔子の第75代直系子孫)のご厚意で、孔健さんのお店、赤坂「孔子膳堂」で、盛大に忘年会が開催されました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225236127.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225236127.jpg" alt="㈪孔子膳堂 入口" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />最初に黒水幹事の2015年の感謝と振り返りの後、松尾幹事から、孔健さんへの感謝と「来年もよろしくお願いします」という乾杯のご挨拶がありました。忘年会後半、今年のミスソフィアの新聞学科3年生の石本花さんも参加され、メディア関連の先輩と就活の話題もはずみ、華やかに盛り上がりました。<br />孔健氏はソフィアンに「孔子膳堂」の来店を促されて、なごやかな雰囲気の中、忘年会は終了しました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201512312252378a1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201512312252378a1.jpg" alt="㈪佐藤幹事" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225239433.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225239433.jpg" alt="㈭松尾幹事孔健さん乾杯ご発声" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225607aa6.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225607aa6.jpg" alt="㈫黒水幹事挨拶" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225604792.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225604792.jpg" alt="㈯Miss Sophia と" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225605e42.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225605e42.jpg" alt="㈰孔健さん" border="0" width="430" height="323" /></a><br />孔健(こう・けん)氏  1958年中国青島市生まれ。1982年山東大学卒業後、上智大学大学院新聞学修士課程終了。同大学院新聞学博士課程満期終了。中国政府グラフ誌「中国画報」を発行する中国画報社に勤務。その後来日し、日中文化経済交流に尽力するジ ャーナリストとして活躍。<br /><br /><br><hr><br />2015.12.16<br />三水会の皆様<br /><br />平素より大変、お世話になっております。日頃、三水会運営につきましては多くのご協力をいただき、感謝申し上げます。<br />あわせて、今年1年、三水会にゲストスピーカーとしてお招きし、貴重なお話をいただいた方々に心から感謝申し上げます。お招きしたゲストスピーカーの皆さんは以下のとおりです。お話の詳細は下記、コムソフィアンのホームページでご覧ください。<a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-category-20.html" title="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-category-20.html">http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-category-20.html</a><br /><br /><br />簡単に今年一年の活動を振り返ってみます。<br /><br />1月  ジャパンタイムズ 執行役員編集担当 大門小百合さん(91年外比卒)<br />      「日本の報道と世界の報道の違いから見えるもの」<br />2月  音楽評論家、立命館大学客員教授 反畑誠一さん(60年文・新聞卒)<br />「日本の音楽文化と著作権~変遷と最新の課題」<br />3月  權田弁護士事務所 弁護士 權田光洋さん(87年法・法律卒)<br />      「気仙沼法律相談-4年間の軌跡」<br />4月  毎日新聞グループHD内部監査室委員 川口雅浩さん(87年文・独文卒)<br />      「経済報道の第一線で考えたこと」<br />5月 作家 深沢潮さん(89年文・社会卒)<br />   「在日を意識することと自由になること-小説を書くことにより得た精神的自由-」<br />6月  株式会社シナリオワークス代表取締役 竹之内祥子さん<br />(78文・英文、80年院文学研究科前期課程卒)<br />      「okatteにしおぎ スタート」<br />7月  前セント・ジョン代表取締役 小田靖忠さん(66年文・新聞卒)<br />      「海外ファッション・ブランドとグローバルビジネス~バブルから現在」<br />8月は夏休みで休会<br />9月  株式会社マイナビ 広報部長 鳴海雅子さん(91年文・新聞卒)<br />      「ゼロからの社名・ブランドの認知向上活動について」<br />10月 株式会社スパイスアップ・ジャパン 代表取締役 豊田圭一さん(92経済卒)<br />      「新興国ビジネスで勝てるグローバル人材の育て方」<br />11月認定NPO法人難民支援センター代表理事 石川えりさん(99年法学部卒)<br />      「日本に逃れてきた難民について」 皆さんからの難民支援寄付をお願<br />いしています。詳しくは難民支援センター: https://www.refugee.or.jp/<br /><br />今年は悲しいお別れがありました。三水会発足当時から運営にご協力いただいてきました新聞学科の大先輩であり、元NHKの小林宏之様が6月19日、ご逝去されました。こころからご冥福をお祈り申上げます。<br /><br />12月は三水会で何度かお話しいただいた孔子直系の孔健さんのお店、孔子膳堂(赤坂)にて開催いたしました。30名を超える参加をいただきました。孔健さん、有難うございました。お店はこちら: http://koshizendo.com/<br />また、コムソフィアの講演内容掲載につきましてはコムソフィアの山田さん、土屋さんに多大なご協力をいただきました。有難うございました。<br /><br />今年もいろいろありました。流行語大賞は「爆買い」と「トリプルスリー」とか。何かもっとなかったかなと思っています。天候の異変が頻繁になっています。自然の猛威は何のサインなのか?安保が大きく変わりました。それに対して若者達が声をあげて注目されました。だけど、それにすり寄る野党って、どう?そして、隣国の存在は単に「友好」という言葉ではカバーできない変化を始めています。欧州はテロと難民で大揺れ。日本ではオリンピックはエンブレムと競技場で仕切りなおし、ありえない~!それに東芝はどうなっちゃってるのか?&マンションが傾くなんて!<br />今年の漢字は「安」だとか、私には日本含めて世界の箍(たが)が外れた一年なので「箍」の方がお似合いかと思います。<br />そして、忘年会当日(12/16)のニュース、一休がヤフーに買収!森さんが1月は大事があって・・とおっしゃっていたのはこのことかとびっくり!<br /><br />さて、2016年はどんな年になるのでしょうか?私たちもこうした変化を敏感にとらえて考えていかなければと思います。三水会、来年もよろしくお願いします。最後に三水会の皆様が健やかで実り多き2016年をお迎えになられますよう、お祈りいたします。良い年をお迎えください。<br />幹事:黒水 則顯、佐藤 光利<br /><br /><br /><br />来年は1月20日第3水曜日の予定です。<br />テーマ:「日本の航空権益と航空界の新しいトレンド」遠藤 大介(えんどうだいすけ)さん (2001年比較文化学部卒)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225608e77.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-90.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151231225608e77.jpg" alt="㈮孔健さんとマスコミ・ソフィア会磯浦代表" border="0" width="430" height="323" /></a><br />
  • Date : 2015-12-30 (Wed)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年5月講演録:深沢潮さん('89文社)

■講演テーマ:在日を意識することと自由になること ―小説を書くことにより得た精神的自由―■日時:2015年5月20日(水) 18:30~20:50■場所:ソフィアンズ・クラブ■講師:深沢潮(ふかざわ うしお)さん ('89年文学部社会学科卒)   作家■参加者数:30名▼プロフィール1966年東京都生まれ。上智大学卒業後、会社勤務、フリーの日本語教師などを経て2012年『金江のおばさん』で新潮社第11回「女による女のためのR-18文学賞大賞」※を受賞。... ■講演テーマ:在日を意識することと自由になること ―小説を書くことにより得た精神的自由―<br />■日時:2015年5月20日(水) 18:30~20:50<br />■場所:ソフィアンズ・クラブ<br />■講師:深沢潮(ふかざわ うしお)さん ('89年文学部社会学科卒)<br />   作家<br />■参加者数:30名<br /><br /><strong><span style="font-size:large;">▼プロフィール</span></strong><br /><blockquote><p>1966年東京都生まれ。上智大学卒業後、会社勤務、フリーの日本語教師などを経て2012年『金江のおばさん』で新潮社第11回「女による女のためのR-18文学賞大賞」※を受賞。同著作は書き下ろしを加えて『ハンサラン 愛する人びと』として出版されました。この他『ランチに行きましょう』(徳間書店)、『伴侶の偏差値』(新潮社)、『ひとかどの父へ』(朝日新聞出版)が刊行されている。<br /><br />2015年11月5日には新刊の「緑と赤」(実業之日本社)も出され、好評発売中。<br />日韓の狭間にいる五人の男女がヘイトスピーチに遭遇し、葛藤し再生する青春小説です。<br /><a href="http://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-53672-9" target="_blank" title="http://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-53672-9">http://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-53672-9</a><br /><br />※新潮社第11回「女による女のためのR-18文学賞大賞」<br />2015年で14回を重ねる。書くのも読むのも女性限定というコンセプトでスタート。当初は「女性が書く、性をテーマにした小説」を募集することからスタートしたが、現在では「女性ならではの感性を生かした小説」と定義しなおしている。現在同賞選考委員は三浦しをん、辻村深月両氏が担当している。</p></blockquote><br /><img src="http://blog-imgs-89.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151115131608b2d.jpg" alt="RIMG14880正面写真" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />今回は「在日を意識することと自由になること」というテーマで深沢さんにお話しをいただきました。<br /><br />最初に司会の黒水幹事が、「本日は、『在日を意識することと自由になること』というテーマで深沢さんにお話しをいただきます。著書『ひとかどの父へ』を拝読しましたが、「眼から鱗」といいますか、今までの自分の認識が異なっていたということを痛感させられました。みなさんも本日のお話しを通して、新しい発見をしていただければと思いいます。なお、深沢さんをご紹介いただいたのは、'89年卒で深沢さんと同窓生の小成さんで、今回三水会の講演が実現しました」と挨拶。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-89.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201511151316093c7.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-89.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201511151316093c7.jpg" alt="RIMG14977講演の様子" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />小成さんをはじめ、深沢さんの同窓生の参加も多く、5月の三水会はなごやかな雰囲気で開催されました。幼少時代、学生時代の思い出や作品の構想をどうやって作るのか、『ひとかどの父へ』や著書について語られ、卒業生の朝日新聞出版の牧野輝也さん(1994年経済学部経営卒)も参加され、深沢さんの作品が紹介されました。<br /><a href="http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=16942 " target="_blank" title="http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=16942 ">http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=16942 </a>(朝日新聞出版URL参照)<br /><br /><strong><span style="font-size:large;">▼感想 </span></strong><br />淡々として語られた深沢さんでしたが、早速小説『ひとかどの父へ』を拝読し、近くて遠い韓国のことをよく知らなかった私自身、在日の方の複雑な心情に接し、たいへん有意義な三水会でした。今後の深沢さんのご活躍をお祈りします。(山田洋子 '77外独)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-89.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015111513161149f.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-89.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015111513161149f.jpg" alt="懇親会 乾杯RIMG15065" border="0" width="430" height="323" /></a>
  • Date : 2015-11-15 (Sun)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年4月講演録:川口雅浩さん('87文独)

■講演テーマ:日本経済「失われた20年」の軌跡 ―経済報道の第一線で考えたこと―■日時:2015年4月16日(木) 18:30~21:00■場所:ソフィアンズ・クラブ■講師:川口雅浩(かわぐちまさひろ)さん('87年文学部ドイツ文学科卒)    毎日新聞グループHD内部監査室委員(社長室委員)■参加者数:30名※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。プロフィール1964年静岡県沼津市生まれ。87年静岡新聞社... ■講演テーマ:日本経済「失われた20年」の軌跡 ―経済報道の第一線で考えたこと―<br />■日時:2015年4月16日(木) 18:30~21:00<br />■場所:ソフィアンズ・クラブ<br />■講師:川口雅浩(かわぐちまさひろ)さん('87年文学部ドイツ文学科卒)<br />    毎日新聞グループHD内部監査室委員(社長室委員)<br />■参加者数:30名<br />※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。<br /><br /><blockquote><p><span style="font-size:large;">プロフィール</span><br />1964年静岡県沼津市生まれ。87年静岡新聞社入社、92年に毎日新聞社へ移る。同社経済部で経産省、外務省、財務省、総務省、農水省、日銀、財界、エネルギー、金融・証券、情報通信などを担当。大阪本社経済部デスク、東京本社経済部編集委員を経て現職。共著に『日本の技術は世界一』(新潮文庫)、『破綻 北海道が凍てついた日々』(毎日新聞社)など。</p></blockquote><br /><br />川口さんは、97年日本初の都銀破綻となった北海道拓殖銀行の経営破綻を札幌の毎日新聞社北海道報道部で経験されました。99年に東京本社経済部の記者となってから、「失われた20年」と言われるバブル崩壊後の日本経済を取材してこられました。生保の破綻、銀行再編、日銀の量的金融緩和、小泉構造改革、民主党への政権交代、アベノミクスなど、経済部記者として取材した経験や裏話を、今夜は本音ベースで三水会のみなさんにお話ししていただきます。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151017094749893.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151017094749893.jpg" alt="正面写真RIMG12844" border="0" width="430" height="323" /></a><br />川口雅浩氏<br /><br /><span style="font-size:large;">▼今でも忘れない北海道拓殖銀行の経営破綻</span><br /><br />ご紹介に預かりました川口です。私は大学卒業後、郷里の静岡新聞社に1987年に入社、静岡で5年記者をやりました。静岡新聞では社会部、蒲原支局と周り、最初はサツ回り、事件・事故から裁判、町ネタから高校野球やサッカーなどのスポーツ、選挙と、新人記者が経験すべきものは地方紙記者として経験しました。<br /><br />そして1992年、経験記者採用という、いわゆる同業他社からの「引き抜き」で、28歳の時、毎日新聞社に移りました。毎日新聞では最初、北海道報道部で千歳に2年、札幌に4年いました。その時、経験したのが、1997年の北海道拓殖銀行の破綻です。日本では戦後、初めての都銀の経営破綻でした。その後、私は99年から東京本社の経済部に行って今日に至るわけなんですが、今振り返っても、1997年の拓銀の破綻は決して北海道ローカルの話ではなく、その後の日本経済にいろんな教訓や影響を残した事件だったと思います。<br /><br />バブル崩壊後の日本経済の低迷を、よく「失われた20年」などと言いますが――正確にはもう二十数年ですが――、今日はまず、私が北海道報道部で経験した1997年、日本で初の都市銀行の経営破綻の実例を基に、「失われた二十数年」を私なりに振り返りたいと思います。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼日本経済のターニング・ポイント―記憶すべき1997年</span><br /><br />1997年という年は、日本経済のいろんな意味で分岐点、ターニング・ポイントになった年だと言われています。バブル崩壊後の金融危機が起こった年で、現在まで続く長期デフレは翌98年からですが、いろんな経済指標が97年を境に急激に悪化していきました。<br /><br />まず賃金水準のピークが97年、名目GDPのピークも97年で、98年から低下が続きます。消費者物価の下落傾向は99年からですが、完全失業率が悪化し、非正規労働者の比率が増えるのも97年以降です。いろんな意味で97年はターニング・ポイントでした。一言で言えば、この97年の金融危機で日本経済はおかしくなり、デフレになった。で、政府は未だに「デフレ脱却宣言」をできない。<br /><br />そのデフレですが、これは偶然ではなく、いろんな要素が重なって、97、98年から始まったと考えられています。もちろんデフレにはいろんな要因があって、「デフレの正体」を書いた藻谷浩介さん的に言うと、生産年齢人口(15~64歳の人口)が95年をピークに減少していることが、まず構造的要因としてあると思います。総人口のピークは2008年ですが、それよりも前から、最も購買力のある生産年齢人口が減っていったということです。<br /><br />もちろん中国からユニクロのように大量の安い製品が輸入されるようになったということも影響したでしょう。金融機関は不良債権を抱え、事業会社や個人から見ればバブル期に借りた借金、負債を抱えて、みんなが借金の返済を急いでいました。これもリチャード・クーさん的に言えば、借金を返すことはよいことだけど、合成の誤謬で、みんなが一斉にやるとどうなるか。銀行には借金が返済されてくるが、新しい借り手が見つからない。企業は設備投資をしない、だから銀行は民間にカネを貸すことができず、仕方ないので国債を買って運用するという困った状況になっていた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151017095842813.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151017095842813.jpg" alt="オープニング 佐藤幹事挨拶RIMG12848" border="0" width="430" height="323" /></a><br />オープニングの様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼ダブルパンチだった消費税アップとアジア通貨危機</span><br /><br />97年はこれらに加えて、まず97年4月に消費税率が3%から5%に上がりました。97年7月2日にはタイの通貨バーツが変動相場制に移行し、アジア通貨危機が始まりました。インドネシア・ルピア、韓国ウォンが下がり、特に韓国はたいへんな危機になりました。それでなくても日本は不良債権処理で消費が減退しているところに消費税が上がり、アジア通貨危機で金融不安が広がりました。<br /><br />恐らくそれらが重なりあって、日本では97年11月にたいへんな悲劇が立て続けに起こります。まず11月3日に三洋証券が破綻し、17日に拓銀、そして24日に山一證券が破綻しました。山一證券は昔、女優の田中美佐子さんがCMやってましたね? YouTubeで「倒産企業CM」で検索すると出てきます。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼札幌で体験した「戦後初の都市銀行破綻」の現場、広まっていた「拓銀が危ない」という噂</span><br /><br />では、なぜこの時期に破綻したのか?<br /><br />これは拓銀を例にわかりやすく話しますと、拓銀はバブル期の融資で不良債権が増え、株価が下落していました。株価は市場の評価です。拓銀破綻の発表は17日の月曜日でしたが、その前の週が実はたいへんなことになっていました。<br /><br />金融機関は金融機関同士でコール市場というところで資金の貸し借りをします。これは無担保で、オーバーナイトと言って、「借りたら一晩で翌日返す、呼べばすぐ借りられて、すぐ返す」という意味で「コール市場」と言うそうですが、拓銀は破綻の前の週、特に14日の金曜日はコール市場でその日の資金を調達できなくなった。要するに「拓銀は危ない」という噂が市場関係者の間で広まっていた。従って、銀行としても拓銀にカネを貸したら戻ってこなくなるかもしれないというんで、貸せなくなる。<br /><br />これは後で聞いた話ですが、札幌市内でも取り付け騒ぎに近いことがあったそうです。「拓銀が危ないそうだから、預金を引き上げた方がよい」と。そこで、あるおばさんが前の週の木曜日か金曜日かわかりませんが、拓銀に言って「解約したい」と言ったら、銀行窓口のお姉さんが目に涙をいっぱい浮かべて、「お願いですから、もう少し待ってください」と言った。解約に行ったおばさんは、何だかわからないけど、泣かれて待ってくれと言われたんで、そのまま家に帰った。そしたら、翌週の月曜日に拓銀が破綻したと。<br /><br />ですから、このおばさんは恐らく拓銀関係者の周辺から、噂とはいえ、確度の高い情報を入手していたことになります。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼なぜ拓銀は破綻したか?</span><br /><br />もうひとつだけ分かりやすい例を挙げれば、昔、首都圏はじめ全国で有名な宝石店チェーンがありました。この宝石店は民事再生法の適用を申請して経営破綻しました。昼間はテレビであまりCMを見ないけれど、夜中になると、やたら派手なCMをやる。大昔はファラ・フォーセットが出てました。しかし、ある時から派手なCMもあまり見なくなったと思います。<br /><br />そこのメインバンクが拓銀でした。この宝石店は拓銀と親密で、バブル期に拓銀から融資を受けて、全国展開し急成長したんですが、バブル崩壊後に経営が悪化して借入金が返済できずに、拓銀にとっては不良債権となっていきました。要するに、拓銀は「この会社は大丈夫」と思って貸したカネが戻ってこなかった。それは洞爺湖の大型リゾートホテルなどもそうで、今考えると「どうしてそんな危ない融資をしたのか」と思いますが、不動産バブルの時代に拓銀は他行との競争の中で、危ない企業にまでカネを貸してしまい、結果的に失敗しました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼スクープ出来なかった北海道拓殖銀行の経営破綻</span><br /><br />拓銀の情報管理も徹底していました。北海道知事も当日朝まで、拓銀破綻は知らされず、どこの新聞も抜けませんでした。17日夕刊で一斉に同着。でも日銀は日曜日の夜のうちに北海道内の拓銀の全支店に現金を輸送しているので、拓銀幹部や日銀幹部をはじめ、現金輸送の実務に当たった人たちは月曜日の破綻を知っていたはずです。あるいは知りうる立場にあったが、どこにも漏れませんでした。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼その結果、どうなったか?</span><br /><br />私は都市銀行が破綻すると、経済がどうおかしくなるかというのを、この眼で目撃し、体験しました。まず、連鎖倒産です。私がビールを買いに行っていた安売りのリカーショップはすぐにつぶれてしまい、「閉店」の張り紙がありました。非常に象徴的だったのは、コンビニのレジにおじさんが増えたことです。普通、コンビニの店員はお兄さんやお姉さんのアルバイトが多いと思いますが、私のような中年のおじさんのアルバイトが連鎖倒産で増えたということです。特異な光景でした。<br /><br />当時の大蔵省は護送船団方式で「大手20行は潰さない」と思われていましたが、結果的に拓銀を救うことができず、拓銀は経営破綻せざるを得ませんでした。拓銀は経営破綻したうえで北洋銀行に営業譲渡することになるのですが、宮沢喜一さんが「子どもがお相撲さんをおんぶするようなものだ」と言いました。相当に無理があったということです。結果的に大蔵省は、都銀や大手証券会社が経営破綻すると、とんでもない混乱が起きることを学習することになった。津軽海峡の向こうで、都銀が破綻したらどうなるかという壮大な実験を行うことになってしまったのだと私は思っています。拓銀破綻の時も預金保険機構によって、預金を保護する仕組みはありましたが、信用不安に陥った銀行を助ける、正確に言うと「破綻前の金融機関に対して、公的資金で予防的に資本注入する仕組み」が当時はありませんでした。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼公的資金投入で銀行の一時国有化、それでも止まらなかった金融危機</span><br /><br />そこで政府は慌てて法律を作りました。それが1998年の金融国会です。最終的には、経営破綻しそうな銀行には政府が公的資金を入れて一時国有化するというスキームができました。最初は、少しでも信用不安がある銀行に公的資金を入れたら、その銀行が危ないと思われてしまうので、東京三菱など健全な銀行を含めて一斉に投入することにしました。まず98月3月、長銀と日債銀を含む大手21行に1兆8156億円の資本注入が行われました。ところが、それだけでは金融不安は収まりませんでした。結果的に長銀と日債銀には再び公的資金が入って一時国有化となり、スポンサーを探して、長銀は新生銀行、日債銀はあおぞら銀行として再出発することになりました。<br /><br />1997年から2001年にかけては7つの中堅生保が破綻しました。最初は97年4月の日産生命、最後は2001年3月の東京生命で、日産、東邦、第百、大正、千代田、協栄、東京と続き、東京生命は太陽・大同グループになりましたが、それ以外の6社は外資に買われました。破綻の原因は「逆ザヤ」でした。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼“魔の金曜日”の日銀記者クラブ</span><br /><br />その後もしばらく、日本経済は長いトンネルが続きます。米国のITバブルの影響を受け、日本も1999年1月から2000年11月まで「ITバブル」などと言われる景気回復がありました。しかし、ITバブルがはじけると、今度は2000年12月から2002年1月まで「IT不況」などと呼ばれる景気後退に陥ります。事実、2000年から02年にかけて、日本経済は暗いニュースが相次ぎ、私は日銀記者クラブでこれを取材しました。2000年7月には百貨店の「そごう」が経営破綻し、大手スーパーはマイカルが01年9月に経営破綻。そして経営が悪化したダイエーに対する金融支援と続きます。決算期のたびに、いろんな企業の経営危機がクローズアップされるので、9月危機、3月危機などという言葉が流行りました。<br /><br />私は当時、日銀記者クラブでしたが、日銀記者クラブというのは、日銀本体だけでなく、民間の銀行を通して、いろんな事業会社をウォッチングするのが仕事です。当時私は毎週金曜日の午後が不安でなりませんでした。事業会社が民事再生法の申請などを発表するのは、たいてい金曜日の午後3時過ぎです。要するに株式市場が閉まって、翌週の月曜日まで時間的余裕がある金曜日の午後になって、重大な発表をやります。金融機関の場合は日銀クラブでやります。当時は本当に毎週のように大小さまざまな発表があるので、私は金曜日の午後は取材のアポを入れずに同僚とクラブに待機していました。「せめて金曜日の昼はうまいものでも食おうぜ」と言って、同僚と日銀周辺で少し豪華な昼飯を食べたのを覚えています。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼具体的にどんな経営破綻があったか?</span><br /><br />準大手ゼネコン(総合建設会社)の破綻が相次ぎました。01年12月に青木建設、02年3月に佐藤工業が破綻しました。この時、小泉首相は青木建設破綻について「構造改革が順調に進んでいる表れではないか。特別な金融危機というか、金融の混乱が起きない限りは、動きを見守りたい」と述べました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼再び起こった金融危機―りそな銀行への公的資金再投入</span><br /><br />その後、再び金融不安が起こりました。りそな銀行です。そこで政府は03年5月、初の「金融危機対応会議」(小泉首相が議長で、関連閣僚、日銀総裁が出席)という会議を開き、りそな銀行に公的資金を再投入し、資本増強することを決めました。りそな銀行は都市銀行を破綻させずに初めて公的資金を予防的に投入したケースになりました。りそなへの資本増強で日経平均株価も反転し、景気は上向きました。当時は竹中平蔵金融担当相の方針で、金融庁が大手行に対し不良債権処理の促進と資本充実を求め、特別検査を通じて、銀行の資産査定の厳格化を進めていましたが、りそな銀行への公的資金再投入は、政府がハードランディングからソフトランディングへ政策を変更したというメッセージを市場に送ることに成功しました。この辺りから、日本経済は緩やかな景気回復に向かい、企業の経営破綻は少なくなりました。その後は目立った金融不安も起きていないと思います。政府の金融危機対応会議も、その後03年11月に足利銀行の問題で第2回の会議が開かれましたが、その後は開かれていません。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201510170958375c4.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201510170958375c4.jpg" alt="講演会の様子RIMG12903" border="0" width="430" height="323" /></a><br />講演会の様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼金融緩和と円安で誘導された「デフレ好況」</span><br /><br />景気動向には山と谷があり、好況と不況を繰り返すことになっています。日本経済はずっとデフレが続いています。しかし、デフレだからといって、必ずしも不況とは限りません。好況の時もありました。ここは注意が必要だと思います。<br /><br />アベノミクスで景気が少し上向いているせいか、最近はあまり聞かなくなりましたが、新聞は一時期よく「デフレ不況」という表現を使いました。「デフレだから不況」というのは一見親和性があってわかりやすいようですが、正確ではありません。事実、デフレ下でも好況が続いた時期がありました。それは「戦後最長の景気回復」と言われた2002年2月から08年2月までの73カ月、6年1カ月の景気回復です。デフレなのに景気が回復していたわけですから、「デフレ不況」ならぬ「デフレ好況」でした。<br /><br />当時は小泉政権から第1次安倍政権の時代で、「いざなぎ景気」(1965年11月~70年7月、57カ月)や「バブル景気」(86年12月~91年2月、51カ月)を抜いたと、騒がれました。しかし、大多数のサラリーマンや自営業者、消費者に実感がないと言われました。従って、今も「○○景気」と名前が定着していないんじゃないでしょうか。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼なぜ実感がなかったのか?</span><br /><br />これは輸出主導の景気回復で、多くの労働者の賃金は増えなかったからです。政策的には日銀の量的緩和による、当時は速水総裁から福井総裁でしたが、金融緩和で円安に誘導し、さらに政府は法人税率を引き下げて大企業・製造業を優遇しました。<br /><br />その意味では今のアベノミクスと似ているというか、この点においては同じことをやっています。当時は今よりも製造業の海外現地生産が進まず、まだ輸出が多かったので、戦後最長の景気回復が進んだんだと思います。大企業・製造業の輸出企業は儲かったが、労働者に分配せず、内部留保に回した。連合や日本共産党的に言うと、「内部留保にせずに労働者の賃金に回せ」とうことになりますが、経団連的に言うと「いつまた景気がおかしくなるかわからないから、事実、その後すぐにリーマン・ショックが来たわけですが、企業はベアなど論外で、内部留保に回すしかない」ということだったのだと思います。<br /><br />しかし、その後、民主党政権時代の2011年10月に1ドル=75円32銭まで進んだ円高で、輸出企業の現地生産が進み、円安になっても昔ほど景気がよくならなくなってしまいました。これはアベノミクスの最大の誤算かもしれません。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼「戦後最長の景気回復」期に起きたライブドア事件と村上ファンド事件</span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151017095317651.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151017095317651.jpg" alt="資料1毎日新聞2006年11月7日夕刊村上ファンド解散" border="0" width="430" height="422" /></a><br />(資料①毎日新聞2006年11月7日夕刊村上ファンド解散)<br /><br />政府の公式見解では2002年2月から08年2月までの73カ月、戦後最長の景気回復が続いたことになっていますが、この好況期に何が起きたかというと、企業買収です。2006年はライブドア事件、村上ファンド事件などがありました。これも面白い統計があるんですが、日本国内のM&A(Merger and Acquision、企業の合併・買収)は景気動向に左右され、景気がよくなると件数、金額とも増えます。<br />ライブドアの堀江貴文氏が、フジテレビやニッポン放送株を買い進め、元通産官僚の村上世彰氏が率いる村上ファンドが阪神電鉄株を買い占め、結果的に阪急電鉄が阪神電鉄のホワイトナイト(白馬の騎士)として登場し、ライバル同士だった阪神と阪急が経営統合するという事態になりました。私は兜クラブという所で、逮捕される直前の村上氏の追っかけ取材をずいぶんやりました。当時、企業の株価は、戦後最長の景気回復とはいえ、比較的割安で、買う側にすれば買い時、チャンスでした。さらに日銀が金融緩和をしたこともあって、外資がハゲタカファンドなどと言って、日本企業を買収するケースが目立ち、私もハゲタカファンドをいくつか取材しました。M&A、敵対的買収などという言葉をよく聞いたのが、リーマンショック前の2000年代初めから後半にかけてです。<br /><br />私はライブドア事件にはかかわっていませんが、村上ファンドの阪神電鉄の敵対的買収には、兜クラブのキャップとして、村上ファンドの主要人物に当たりました。村上ファンドは阪神電鉄の筆頭株主となり、ファンドが推薦する9人を取締役に選任するよう求めたり、プロ野球の阪神タイガース上場などを要求しました。<br /><br />そこで阪神電鉄は05年12月に京阪電気鉄道に阪神株を買ってもらえないかと打診しましたが、価格面で折り合いがつかず、ホワイトナイトはなかなか現れませんでした。<br /><br />結果的に阪神のライバルだった阪急ホールディングス(HD)が阪神電気鉄道株の公開買い付け(TOB)を行い、村上ファンドもこのTOBに応じて阪神株を売り抜け、阪急と阪神は経営統合することになりました。村上氏はライブドアのニッポン放送株取得をめぐるインサイダー取引の疑い(旧証券取引法違反)で東京地検特捜部に逮捕され、有罪が確定しました。<br /><br />インサイダー取引で逮捕される直前、村上氏はシンガポールに拠点を移し、私はシンガポールの事務所の電話番号を調べ、電話したこともあります。逮捕寸前に帰国する時、関空に降りて、新幹線で帰京。東京証券取引所で異例の記者会見をしました。これが2006年6月5日です。<br /><br />その時の有名なセリフが「聞いちゃったと言われれば、聞いちゃった」というものでした。この時も村上氏は一方的にまくし立てました。私は会見場のすぐ横の兜クラブで、TBSのモニターで会見の様子を見させてもらい、夕刊用の原稿を書いていました。会見場には別の記者が入り、ケータイ電話からメールで中の様子を伝えてきて、それを取り込みながら原稿を書いたのを覚えています。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼政権交代とアベノミクスの行方</span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201510170953188a0.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201510170953188a0.jpg" alt="資料2毎日新聞2007年10月20日夕刊G7共同声明" border="0" width="432" height="760" /></a><br />(資料②毎日新聞2007年10月20日夕刊G7共同声明)<br /><br />その後はリーマン・ショックがあり、日本でも「リーマン・ショック不況」(2008年3月~09年3月、13カ月)がありましたが、比較的回復は早く、東日本大震災と原発事故がありましたが、なんとか景気は持ちこたえ、現時点で日本経済は「2012年11月に景気の底を打って、12年12月から景気回復に向かっている」というのが政府の公式見解です。これはまだ暫定ですが、民主党から自民党への政権交代と重なっています。しかし、これは米国経済の回復、欧州危機の沈静化など外的要因もあり、仮に民主党が政権をとっていても円安が進み、株価は上がったとみる専門家もいます。アベノミクスの評価は正直、まだよくわかりません。もちろん、14年4月の消費増税をはさんで、四半期ごとの実質GDP成長率は14年4~6月、7~9月と2四半期連続でマイナスとなりましたから、12年12月以降も、どこかに景気の山と谷があるのは間違いありません。<br /><br />景気を測る指標は鉱工業生産指数や消費者物価指数、株価などいろんな指標がありますが、さきほどのM&Aの件数で見る限り、2011年を底に12年以降は増え、13年、14年と増加し、14年は04年を追い越すレベルとなっています。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼これが何を意味するのか?</span><br /><br />村上ファンド事件後、マスコミが騒ぐような敵対的買収は見られなくなりましたが、景気回復が本物であれば、国内でも企業買収が活発化するかもしれません。<br /><br />日銀が2%の物価上昇を実現するため、さらなる金融緩和をしたら、恐らく一段と円安が進み、日本経済に悪影響を与えるでしょう。米国のFRBが利上げを実行すれば、何もしなくても円安が進むはずです。果たしてそれがよいことなのか。いずれにしても、世界の中の日本経済を、今後も経済記者のはしくれとしてウォッチングしていきたいと思います。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼3.11直後に書いた「原発『安全神話』崩壊」の記事</span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015101709532032b.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015101709532032b.jpg" alt="資料3毎日新聞2011年3月13日朝刊原発安全神話崩壊" border="0" width="430" height="389" /></a><br />(資料③2011年3月13日毎日新聞朝刊原発『安全神話』崩壊)<br /><br />最後に、添付した毎日新聞の紙面です。これは今日のテーマとは直接関係ありませんが、2011年3月13日付毎日新聞(大阪本社発行)の3面です。「原発『安全神話』崩壊」という大きな見出しで、私が東京電力福島第1原発の事故について書いています。私は毎日新聞経済部で、ずっと脱原発の記事を書いてきました。<br /><br />震災が起きたのが11日で、この原稿は翌12日の午後に書いています。この時は原発事故の情報が錯綜し、何が起きているのか、なかなかわかりにくかった。当時、私は大阪本社経済部のデスクで、「経済部で原発について何か書いてくれ」ということになりました。<br /><br />おそらく日本の新聞で、あの原発事故の後、「原発の安全神話が崩壊した」と書いたのは、この私の記事が最初ではなかったかと自負しています。もちろん、同じ日に「安全神話の崩壊」と書いた他の新聞もあったかもしれません。しかし、あの時点で、あの状況を理解して、的確に書ける記者は限られていたと思います。<br /><br />ちなみに毎日新聞についてはデータベースで調べてみました。毎日新聞の東京本社と大阪本社の本紙紙面で、「原発・安全神話・崩壊」のキーワードで検索すると、110本の記事がありました。その中で原発事故後、一番最初に「原発の安全神話が崩壊した」と書いたのは、やはりこの私でした。その後、いろんな新聞が同じことを書きますが、私は記者として、あの時、この原稿を書いたことを誇りに思っています。<br /><br />私の高校の先輩で、毎日新聞の大先輩でもある作家の井上靖は、新聞記者時代、終戦の日に天皇の玉音放送の記事を書いたことが、記者として最も心に残り、誇りに感じているという趣旨の話をしていました。私にもいろいろあります。この記事は特ダネではありませんが、記者として忘れられない思い出です。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015101709583819a.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015101709583819a.jpg" alt="質問コーナーRIMG12927" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><span style="font-size:large;">▼質問コーナー</span><br /><br />会場からは、国内銀行の倒産問題、国内と海外メディアの話題、自然環境破壊と経済の問題、取材源の秘匿はどうやっているのか――等の質問が出た。特にドイツ文学科出身なのに経済部配属となり、取材に困らなかったのかという質問があった。川口さんは「拓銀が破綻するまで、できれば経済とは一生かかわらず、記者生活を送りたいと思っていたが、それどころではなくなった。97年秋から経済の入門書を読みあさり、わからないことは、その道のプロに質問して教えてもらった」という。<br /><br />「特に経済部の記者となってからは、生損保や銀行など金融機関の広報や中央官庁の官僚に頭を下げ、わからないことをマンツーマンで教えてもらった。記者の特権かもしれないが、著名な大学教授やエコノミストにも名刺1枚で会いに行った。本や論文を読んでわからないことがあると、その筆者に会いに行き、教えてもらうこともあった。そうやって人脈を広げ、その分野の一流の専門家に取材することができた。そうやって、私を助けてくれたすべてのみなさんに感謝している」と、ドイツ文学科出身の経済記者として苦労話と取材の醍醐味を披露した。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151017095840e48.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20151017095840e48.jpg" alt="懇親会乾杯RIMG12957" border="0" width="430" height="323" /></a><br />懇親会の様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />川口さんからは、「失われた20年」といわれ日本経済の現場、特に北海道拓殖銀行の破綻を中心にわかりやすく説明していただき、日本経済史の流れがよくわかった。自分の周囲をみても、大手銀行や企業が保養施設としてもっていた広大な土地には、今では住宅が立ち並び時代の流れを感じる。自分自身が動きの激しい外国銀行や外資系化粧品会社にいたので、興味深くお話を伺った。<br /><br />今年創設された上智大学ドイツ文学科同窓会の会長兼事務局長もされているという多忙な川口さんだが、今後のご活躍をお祈りしたい。(文責 '77外独 山田洋子)
  • Date : 2015-10-17 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年03月講演録:權田光洋さん('87法法)

■講演テーマ:東日本大震災被災地気仙沼での法律相談-4年間の軌跡■講師:權田光洋(ごんだみつひろ)さん(1987法学部法律学科卒)    權田法律事務所 弁護士■日時:2015年3月18日(水) 18時30分~21時■場所:ソフィアンズ・クラブ■参加者数:20名權田光洋氏講演会は,佐藤幹事による演者のプロフィール紹介と挨拶から始まった。「今回は,2011年から東日本大震災の被災地で,ボランティアで法律相談の活動をされている權田光... ■講演テーマ:東日本大震災被災地気仙沼での法律相談-4年間の軌跡<br /><br />■講師:權田光洋(ごんだみつひろ)さん(1987法学部法律学科卒)<br />    權田法律事務所 弁護士<br />■日時:2015年3月18日(水) 18時30分~21時<br />■場所:ソフィアンズ・クラブ<br />■参加者数:20名<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150914193753b11.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150914193753b11.jpg" alt="1_權田さん正面写真RIMG11894" border="0" width="430" height="323" /></a><br />權田光洋氏<br /><br />講演会は,佐藤幹事による演者のプロフィール紹介と挨拶から始まった。<br /><br />「今回は,2011年から東日本大震災の被災地で,ボランティアで法律相談の活動をされている權田光洋弁護士のお話しを伺うことにします。<br /><br />權田さんは,東日本大震災を契機に,2011年5月から2ヵ月に1回,気仙沼市本吉地区を中心に継続的に住民の法律相談をされています。ボランティアで法律相談されているこれまでの経緯,相談内容,今後の課題などをお話しいただきます。この会場には,東日本大震災復興で細川護煕元首相がやられている『森の長城プロジェクト』にも参加されている方も多いので,たいへん興味のある話題かと思います」<br /><br /><span style="font-size:large;">▼プロフィール:</span><br />1989年弁護士登録。勤務弁護士を経て1994年に現法律事務所を開設。企業法務,一般民事事件等を扱う傍ら,紛争当事者が話し合いにより自らの知恵で紛争を解決することを中立の立場から支援する「調停(ADR)」をライフワークとしている。<br />調停関係では,東京地方裁判所民事22部所属調停委員,第二東京弁護士会仲裁センター仲裁人候補者,行政書士ADRセンター東京手続関与弁護士,原子力損害賠償紛争解決センター仲介委員等の職にある。そのほか,調停人養成のためのトレーナー,上智大学を会場とする大学対抗交渉コンペティションの審査も務めている。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015091419375576b.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015091419375576b.jpg" alt="2_オープニング佐藤幹事挨拶RIMG11914" border="0" width="430" height="323" /></a><br />オープニング佐藤幹事挨拶<br /><br /><span style="font-size:large;">▼住民に寄り添い仮設住宅がなくなるまで続ける</span><br /><br />演者口上:「三水会にはよく参加させていただいていますが,ついに,今回は自分が講演をする立場になりました。本日は皆さん来ていただいてありがとうございます」となごやかな雰囲気の中,權田さんの話しははじまった。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼想像を絶する東日本大震災の被害</span><br /><br />「まず東日本大震災とはどのようなものだったのか数字データからご紹介します」と用意された2012年3月11日付の朝日新聞をみせがなら数字を紹介され,すさまじい被害のあったことを再確認された。<br /><br />死者(東北地方全体)15,852 名<br />行方不明者 3,268 名<br />被災住宅 372,962 棟<br />(2012年2月末現在 朝日新聞2012年3月11日)<br />気仙沼市<br />死者 1,137 名(関連死107名)<br />行方不明者 226 名<br />被災住宅 15,815 棟(2014年3月31日現在)<br />(気仙沼市HP 2015年2月28日現在)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150914193756490.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150914193756490.jpg" alt="3_講演会の様子RIMG11934" border="0" width="430" height="323" /></a><br />講演会の様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼突き動かした被災地での法律相談活動の展開</span><br /><br />權田さんの民間調停の仲間である静岡の司法書士の方が,震災後2週間で現地入りし,翌月の2011年4月に全国青年司法書士協議会の会議で現地での法律相談の必要性を訴えた。權田さんは,その司法書士の方から会議への参加を要請された。<br />会議では「大震災の翌月であり,日が経っていないのに法律相談というのはいかがなものか」という意見もあったが,「私が『だったら,いつならいいのか』という発言をしたため,法律相談活動を実施することとなり,自分が発言した手前かかわることになった」と語られた。<br />会議の結果,継続的にローテーションを組み,次のようなポイントで活動を開始することとなった。<br />現地入りして法律相談の存在を知ってもらう<br />一回だけでなく現地に寄り添い続ける<br /> ⇒毎週現地で法律相談活動をすることを決定<br /> ⇒中心部ではない,未だ手の届いていない地区に集中することにする<br /><br /><span style="font-size:large;">▼活動の経過</span><br /><br />權田さんが初めて参加した2011年5月には,東京の司法書士とともに深夜に自動車で出発して現地入りした。当時気仙沼の宿は,マスコミ関係者等で満室だったので,1日活動をして一関にもどり宿泊。翌日再び一関から気仙沼に入り,夜に東京に戻った。当時は電力不足の影響もあり,東北自動車道のランプはすべて消えている状態で,車のヘッドライトだけで走行した。気仙沼に入ると,橋の欄干に自動車の残骸がぶら下がっていたり,建物の下層階がなくなり鉄筋だけが残っていたり,信号は全滅していたりと,津波の傷跡が残る生々しい状態だった。本吉地区の商工会の会議室をお借りして法律相談を実施し,また,避難所を訪問してリーダーの方に私たちの活動を説明し,被災の状況を伺った。自衛隊が災害出動し,各避難所の敷地にテントを張って活動していた。<br />以後,權田さんは,2ヶ月に1回,ローテーションの中で,本吉地区の商工会や仮設住宅集会所での法律相談活動を継続することとなった。<br />2012年になると,気仙沼で宿がとれるようになったので,復旧していた一ノ関-気仙沼間の在来線(大船渡線)を利用して気仙沼入りした。<br />權田さんは,2012年9月までは,司法書士のグループのローテーションの中で活動していたが,そのグループの活動が終了したため,2012年11月以降は一人で2ヶ月に1回の割合で気仙沼に行くこととなった。本吉地区の商工会での法律相談会を継続するとともに,階上地区の「NPO法人生活支援プロジェクトK」とも連携して活動することとし,2013年8月には,プロジェクトKのイベント活動の中で「よろず相談」ブースを設け,住民の皆さんの法律相談を担当した。<br />これまでの旅程は以下のとおり。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201509141937583a4.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201509141937583a4.jpg" alt="5_講演される權田さんRIMG12016" border="0" width="430" height="323" /></a><br />講演される權田さん<br /><br />(權田さんの旅程)<br />…………………………………………………………………………………………<br />2011.5 自動車 東北自動車道一ノ関インター→気仙沼→一関(泊)→気仙沼→帰途<br /><br />2011.7~11 東北新幹線→一ノ関駅レンタカー→気仙沼→一関(泊)→気仙沼→一ノ関駅 東北新幹線<br /><br />2012.1~9 東北新幹線一ノ関駅→大船渡線気仙沼駅 レンタカー→気仙沼(泊)→気仙沼レンタカー→気仙沼駅→大船渡線一ノ関駅→東北新幹線<br /><br />2012.11~ 東北新幹線一ノ関駅→大船渡線気仙沼駅→BRT本吉駅→BRT気仙沼駅(泊)→BRT陸前階上駅→BRT気仙沼駅→大船渡線一ノ関駅→東北新幹線  <br />…………………………………………………………………………………………<br /><br /><span style="font-size:large;">▼住民の皆さんからの法律相談は一杯</span><br /><br />続いてこれまでの合計22回以上にわたる相談活動について具体的に説明をされた。<br />相談内容は多岐にわたるという。仮設住宅では,薄い壁一枚を隔ててさまざまな人が生活をするので,いろいろな問題が起こってくるとも語られた。<br />(權田さんの法律相談)<br />-2011~2012-<br />①震災体験を伺う<br />② 津波による流出に関連する問題<br />  ・家屋<br />  ・車<br />  ・財産<br />③ 二重ローン<br />④ 休業・廃業<br />⑤ 避難所から仮設住宅へ<br />⑥ 危険区域の住宅地買取り<br /><br />-2013-<br />①二重ローン問題<br />②震災に伴う相続<br />③遅れた支援制度申請<br />④仮設住宅生活長期化に伴う諸問題<br />  ・生活習慣の違い<br />  ・独居老人問題<br />  ・迷惑なボランティア<br />  ・リーダーの苦悩<br /><br />-2014~2015-<br />① 復興工事に伴う諸問題<br />  ・雇用<br />  ・怪しい業者<br />②交通事故 被災地見学者と地元住民<br />③仮設住宅コミュニティの崩壊<br />④所得格差⇒取り残され感<br />⑤ 一般相談<br />  ・離婚,相続,生前贈与<br />  ・旧墓(他者の土地の一角に先祖伝来の墓の名残があり,慣習としてお参 りをしたり,手入れをしたりしている。その土地を処分するにあたり,旧墓のある敷地の権利関係や旧墓までの立ち入りの権利関係をどうするか??)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150914193759939.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150914193759939.jpg" alt="5_講演される權田さんRIMG12019" border="0" width="430" height="323" /></a><br />講演される權田さん<br /><br /><span style="font-size:large;">▼コミュニティの崩壊と働き手の不足</span><br /><br /> 今後の問題については,次のような点を挙げられた。<br />① 住宅再建⇒集団移転・災害復興住宅<br />  →移転に伴う諸問題<br />  ・仮設住宅コミュニティの崩壊 独居老人 「取り残され感」<br />② 産業復興<br />  →人材不足 復興工事に人が取られる (地元産業で働く人がいない)<br />③ 防潮堤<br />  →地元は防潮堤を望んでいない?<br />  ・仮設商店街や仮設住宅がなくなるのは、いつことか?<br /><br />最後に「仮設住宅がなくなるまでは,この法律相談活動を継続していきたいと思います」と語られた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼質問コーナー</span><br /><br />学生時代に学ばれたことと今回の活動との関連については,「東日本震災を受けて何かできないかというときに,法律相談という切り口で,ボランティア活動ができ,法学部を卒業してこの職業についていてよかったと思いました」と語られた。<br />最後に被災地でのボランティア活動をするにあたっての助言についての質問があったが,「2ヶ月に1回,気仙沼に行くのが自分の楽しみになっているので,皆さんも東北にいらして,あまり硬く考えずに,楽しんでいただければと思います」と語られて締めくくられた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />いつも三水会会場でおめにかかる權田さんが,2011 年の震災以来,地道ながら,東北被災地でボランティアをされているというお話を伺い,たいへん感銘をうけた。淡々と講演をされたが,法律相談の実際は,たいへんな時期もおありになったのではと思った。今後の東北被災地でのさらなる活動をお祈りしたい。<br />(報告:1977年外独 山田洋子)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150914193818c9b.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150914193818c9b.jpg" alt="6_懇親会RIMG12049" border="0" width="430" height="323" /></a><br />懇親会の様子
  • Date : 2015-09-13 (Sun)
  • Category : 三水会
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追悼 小林宏之先輩

三水会の発足当時からの会員として殆ど毎回のようにご出席いただいていた小林宏之様がさる6月19日、ご逝去されました。ここに深く哀悼の意を表するとともにご冥福をお祈りいたします。(ご葬儀は6月23日(火)、葬儀式6月24日(水)に甲府にて執り行われました。)三水会幹事の松尾信武様よりメッセージを頂きましたので、ここに紹介させていただきます。追悼 小林宏之先輩 故小林宏之先輩の突然の訃報に接し、一瞬私は自分の耳... 三水会の発足当時からの会員として殆ど毎回のようにご出席いただいていた小林宏之様がさる6月19日、ご逝去されました。ここに深く哀悼の意を表するとともにご冥福をお祈りいたします。(ご葬儀は6月23日(火)、葬儀式6月24日(水)に甲府にて執り行われました。)<br /><br />三水会幹事の松尾信武様よりメッセージを頂きましたので、ここに紹介させていただきます。<br /><br /><hr size="1" /><br />追悼 小林宏之先輩<br /><br /> 故小林宏之先輩の突然の訃報に接し、一瞬私は自分の耳を疑いました。<br />それもそのはず、亡くなられる二日前の「三水会」でお会いした時のお元気なお姿が脳裏に浮かびそれほど信じ難い悲しい知らせでありました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_2803.jpg" alt="IMG_2803.jpg" border="0" width="430" height="323" /><br />葬儀会場にて<br /><br /> 小林先輩との出会いは1980年(昭和55年)に上智OBで各企業の広報担当者の勉強会(三水会)がスタートして間も無くの時期でした。<br /><br /> 勉強会の講師をお願いし、その後、メンバーのお一人として今日に至っております。当時、<br /><br />「僕はアナウンサーとしてNHKに入局したのだが、テレビ向きの顔では無いから広報担当になったよ。これから皆さんと一緒にいろいろと勉強させていただくよ・・・。」<br /><br />といった趣旨の謙遜な言葉が今でも私の耳に残っております。<br /><br /> 知的好奇心が旺盛で、あらゆる分野においても広い知見と博識を有しておられました。三水会の長老のお一人として、小林先輩のあまりにも急なご逝去は悲しみを通り越しただただ驚愕と痛恨のあるのみであります。<br /><br /> これからは勉強会の後の懇親会で”小林節”を伺う機会を失ったことに大きな寂しさを感じます。生前のご厚情に感謝し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。<br /><br />三水会 幹事 松尾信武('66法法)
  • Date : 2015-07-02 (Thu)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年02月講演録:反畑誠一氏

■講演テーマ:「うたのチカラ ー 日本の音楽文化、著作権の変遷と最新の課題」■日 時: 2015年02月18日(水) 18:30~20:30■場 所: ソフィアンズ・クラブ■講 師: 反畑誠一(たんばたせいいち)さん (’60年文学部新聞学科卒)     音楽評論家、立命館大学客員教授■参加者数:30名※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。■反畑誠一さんプロフィール文学部新聞学科卒業後、朝日新... ■講演テーマ:「うたのチカラ ー 日本の音楽文化、著作権の変遷と最新の課題」<br />■日 時: 2015年02月18日(水) 18:30~20:30<br />■場 所: ソフィアンズ・クラブ<br />■講 師: 反畑誠一(たんばたせいいち)さん (’60年文学部新聞学科卒)<br />     音楽評論家、立命館大学客員教授<br />■参加者数:30名<br />※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。<br /><br /><blockquote><p><span style="font-weight:bold;">■反畑誠一さんプロフィール</span><br /><br />文学部新聞学科卒業後、朝日新聞系広告代理店を経て1963年、株式会社 主婦と生活社に入社。「週刊女性」副編集長などを歴任し退職後、1983年より音楽評論活動に専念するため「反畑誠一事務所」を開設。<br /><br />その後各メディアで活躍され、海外フィールドワークは、旧ソ連など25カ国余にのぼる。同時に(社)全国プロモーターズ協会理事や(一社)日本音楽著作権協会(JASRAC)理事などの要職を歴任、音楽業界の発展に貢献されている。<br /><br />現在は、日本レコード大賞常任実行委員(元審査員)、立命館大学産業社会学部客員教授として音楽業界のみならず人材育成にも尽力されている。アジアの音楽市場研究の第一人者でもある。<br /><br />並行して30年余にわたり時事通信社配信で全国各紙に毎週、音楽コラム「ヒットの周辺」を執筆中(関東圏では茨城新聞、上毛新聞、神奈川新聞は毎火曜掲載)。現在は終了したが長年にわたり、世田谷FMキー全国64局ネットで「反畑誠一のTHE BIG TIME」のパーソナリティを務めた。</p></blockquote><br />反畑さんは、それら音楽文化活動の集大成とも言える、JASRAC創立75周年記念として「うたのチカラ」(集英社刊)を昨年11月に出版。これでは、昭和から平成に至るまでの日本の「うた」を生み出してきた人・時代・現場を400ページに渡ってまとめあげ、その編纂、監修を務められました。<br /><br />今回はこの著書で表された「日本における著作権の変遷とグローバルな視点からの課題、ポピュラー音楽史にまつわるエピソード」などをお話しいただきます。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150624084122a3f.jpg" alt="正面1RIMG11414" border="0" width="430" height="323" /><br /><反畑誠一氏><br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■音楽の聴き方と唱法の変化</span><br /><br />ご紹介にあずかりました反畑です。「うたのチカラ」(集英社)という本が昨年11月に発刊されまして、地味な内容なんですが、けっこう売れているらしいです。この中から私が執筆した部分も含めて、「うた」というものが我々にどんなチカラを与えてくれてきたのかについて、整理してお話したいと思います。<br /><br />おかげさまで、私のような仕事をしていると、海外に勉強に行く機会も多かったんですが、今日の寒さと雨模様で思い出した旅の話から始めさせてください。<br /><br />1998年、ドレスデンという町に行きました。旧東ドイツで、我々はベルリンの壁を越えて行きました。その前に陶磁器で有名なマイセンにも寄りました。なぜドレスデンに行ったかというと、「ゼンパー・オーパー」というオペラハウスがありまして、有名なノルマンディ大作戦の大空襲で大きな被害を受けた場所です。今はドイツ市民の手で復興させてあります(1985年復興完成、1990年ドイツ再統一に伴い州立の歌劇場に)。我々はかつてそこで上演されていた「ワーグナーの楽曲など」を再び観られるということで連れてっていただきました。<br /><br />しかしながら8時(20時)から開演ですから、終わってホテルに戻ったのが11時30分くらい、外は華氏33度(摂氏だと1度くらい)、寒いのなんの、それなりの準備はしていったんですが、ホテルに着いた時にいただいた白湯の有りがたかったことを覚えています。<br /><br />その時の旅行では、その後、列車でエルベ川を越えてチェコのプラハに抜けまして、プラハの国立劇場で音楽鑑賞などして回りました。ヴルタヴァ川にかかるカレル橋のたもともものすごく寒かったです。そんな寒い想い出ばかりの旅でした・・・。<br /><br />今日お話するテーマの中に、音楽文化と著作権、権利をどうクリエイター制作者を保護し、安心して制作に取り掛かれるか、著作権の存在は、これだけのネット時代になっても、重要な権利の存在であり、それがあるから、文化が栄える、産業が栄えるという構造がありまして、その一方、ネットの登場によって、混乱も起きている、そんなところをお話していきたいと思います。<br /><br />私はこの「うたのチカラ」を執筆するに当たって順守したことがあります。それは「平和であればこそ音楽が栄える」、「音楽文化があるからこそ平和である」ということ。<br /><br />JASRACという、日本の音楽著作権の仲介業務法にしたがって誕生した管理団体があります。これが今年でちょうど創立75年になるわけです。<br /><br />私が1937年(昭和12年)生まれで、その2年後の昭和14年に団体ができたんですが、ずっとこうまとめてみると、戦争の影が本当にたくさん出てまいります。戦争の影という観点から辿って行くと、今になってみると、表現をするという意味では、日本国憲法第21条、表現の自由を謳っているわけですが、これを守らなければ文化が栄えることはない、ということろに行き着くわけです。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506240841245cb.jpg" alt="講演の様子RIMG11362" border="0" width="430" height="323" /><br /><講演の様子><br /><br />またその後の「教育」ということが大きな役割を果たしてきました。6・3・3・4制、こうしたことが、音楽文化も含めて、日本の文化を誰もが享受できるようにしてきたこともわかってきます。<br /><br />それと、我々は「ドレミファ・・・」であたりまえになっていますが、昔は「いろは」で表現した時代もありました。「ドレミファ・・・」は使うななんていう時代もあって、そこからも「音楽と時代」という観点から見ると、さまざまな変遷が見えてくるわけです。<br /><br />「適正レコード」という言葉をお聞きになったことがある方いらっしゃるでしょうか。日本が太平洋戦争に突入してまもなく、レコードが、国の指令によって1000曲がピックアップされ、これ以外は放送してはならない、レコードにしてもならない、先ほど触れた表現の自由がどんどん衰退していきました。それは戦後に全廃されるわけですが、そんな時代もあった・・・。<br /><br />音楽は我々にとってどんな存在なのか・・・。専門家の方の言葉を借りれば、私のような評論家は人様の言葉をお借りして置き換える商売なんですが笑、「音楽とは、自分がなにもしなくても存在しているもの」と言えます。<br /><br />音楽というのは、自分でレコードをかけて聞くことはありますが、自然に音楽が入ってくる、生活の中に定着してくるものだと言うんです。全くもってそのとおりだと・・・。そういうことを本でお書きになってる方がいらっしゃたので、拝借させていただきました。<br /><br />さらには、音楽は学ぶものではなく、自然の形で存在しているもの。<br /><br />よく聞かれることなんですが、「音楽がわかる」「わからない」と言うことがありますが、音楽はわかるものではない。また音楽は感じる、感じないでもない、ごく自然な形で我々の生活の中に存在しているものなんです。<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■音楽文化と時代</span><br /><br />ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の元社長の丸山茂雄さんという方がいらして、お父様はあの有名な「丸山ワクチン」を発明された方。その丸山さんが学生に向けてまとめられた大変素敵な言葉の数々があったので、私もメモらせていただきました。<br /><br />まず、<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「平安時代の宮廷にはクラッシク音楽は流れていなかった」</span><br /><br />ということ。クラッシック音楽と我々が言っているものは、モーツアルトなど宮廷音楽から発したもの、平安時代の日本にも宮廷文化があったわけですが、日本にはクラッシクは流れていなかった、音楽はなかった。雅楽はあったかもしれませんが・・・。続いて・・・<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「フランス革命のバスティーユ監獄前でブルースが奏でられることもなかった」</span><br /><br />ブルースといえば、黒人の悲しみのうたと言われますが、フランス革命のあの場所では演奏はされなかった。文化交流がなかったので表現の方法としてのブルースはまだ伝えられていなかった・・・。<br /><br />そして今日の<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「バンドサウンドは、明治時代にはなかった、大正時代も昭和初期にも、第二次大戦直後だってほとんどの場所になかった」</span><br /><br />バンドサウンドはせいぜいここ50年の歴史しかない。我々が聞いている音楽のほとんどは、ここ50年程度のものでしかないということがわかります。<br /><br />さて、これから50年後にはどんな音楽のカタチになっていくのか・・・。シンセサイザーなどを使ったり、さまざまな進化を遂げいている音楽ですが、50年たったらどんなふうに変化していくんだろう・・・。<br /><br />そして丸山さんの素敵な言葉・・・<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「音楽は娯楽であり趣味でもあるが、文化の一部であると同時に文化そのものである」</span><br /><br />確かにそう感じますね・・・。<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■著作権の存在と保護、国際関係</span><br /><br />これは今回の講演の大きな柱になるテーマです。<br /><br />これは日本国内に限ったものではなく、世界にまで影響を及ぼし、国際条約まで結ぶ必要のあるもの。それはどういう意味かというと、音楽を作る人々、作詞作曲編曲家が世界をまたに持つ権利。難しいとか、説明できないとか、言われるかも知れませんが、日本著作権協会(JASRAC)の入社試験で、「小学生にもわかるように著作権について説明しなさい」という問題が出たそうです。<br /><br />著作権とは「本・写真・歌詞・曲などの作者が持っている権利のこと、作者に無断でその作品を使うことができない」、ただし、作品は「世の中に出て初めて存在意義(著作権)が生じる」ということです。自分だけのものであるかぎり、創作物として認められないということなんですね。これは重要な意味をなしています。<br /><br />さらに「この権利は国家間で文書化した国際条約で保護されている」ということになっています。これを歴史的に紐解くと、1886年9月9日の「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」に始まり、発案者はビクトル・ユーゴー(レ・ミゼラブルの作者)なんですね。<br /><br />いま著作権について大きな動きが起きています、それがTPPによる著作権の保護期間の延長問題。お手元に朝日新聞の記事をコピーして参りました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506240841266e8.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506240841266e8.jpg" alt="反畑さん新聞記事IMG_1147" border="0" width="200" height="286" /></a><br /><朝日新聞2015年2月14日記事>※クリックで拡大<br /><br />私は法律家ではありませんが、著作権を勉強する機会がありました。アジアの著作権事情を2年間にわたって調査団を組んで調べたんです。ちょうどその時期は香港が中国に返還される時、或いは韓国はまだ日本語放送を禁じていた時代、国際著作権条約にも加盟していなかった。そんな状態で、著作権を国際的にどう運用すればいいのか、海賊版の宝庫でした。お互いに改革改善をしていかねば大きな損失を被る、ということで調査をしました。<br /><br />朝日新聞の記事を読んでいただければ、著作権が国際的にどんな問題をはらんでいるかがわかってきます。それも法律家の目線というよりも、ジャーナリストの目線で考える必要が在ることも分かってきます。<br /><br />この記事の中で重要なことは、TPP交渉では、日本の「作者の死後50年」を著作権保護期間とすることに対して「70年」に延長することを求めているんですが、日本の著作権使用料の国際収支がすでに約6200億円の赤字(2013年)であること、つまり海外への支払いのほうが多い、保護期間を延ばればさらに赤字がます可能性があるということになります。<br /><br />そしてここからが重要、日本は第二次世界大戦で敗戦したことで、米国やカナダなど連合国15カ国の著作物に関しては、元々「死後50年」に10年の延長が義務付けられているため、TPP交渉を受け入れると保護期間は80年にまでなる可能性がある、さらに赤字が加算されるかもしれない・・・ということなんですね。<br /><br />じゃあ敗戦したドイツはどうしたのか、イタリアはどうしたのか、これ違うんですよ。それぞれ独自の条約を国際的に結んでいるので、日本だけが負の条約を抱えているということにも注目する必要があるというわけなんです。<br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">■音楽文化と時代、将来の課題</span><br /><br />そして将来の課題。1939年、JASRACが誕生した昭和14年に日本の人口は約7200万人でした。この中には台湾約35万人、樺太約38万人、朝鮮約70万人、南洋諸島約9万人、満州国約150万人なども含まれていました。<br /><br />それが、2008年の1億2808万人をピークに急速に高齢化と人口減少の一途を辿っています。その理由が、低賃金で長時間労働、そのために結婚が見えない若者たちの増加、だから人口が増えない。<br /><br />若者が音楽に飛びついて日本文化の原動力になっていくわけですから、このままでは国までもが衰退していってしまう。このままであってはならない。<br /><br />戦争、敗戦、復興、高度成長、不況、デジタル革命、東日本大震災、原発汚染、少子高齢化、そして人口減少、この75年間を表す絵本を見つけました。それが沖縄・与那国島の小学生・安里有生(あさとゆうき)さんの「へいわってすてきだね」(ブロンズ新社)<br /><br />中から抜粋すると・・・<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「へいわなせかい、へいわってすてきだね。これからも、ずっとへいわがつづくように、ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ」<br /></span><br />これに習って日本文化を謳えば・・・<br /><br /><span style="font-weight:bold;">「おんがくのせかい、おんがくってすてきだね、これからも、ずっとおんがくがつづくように、ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ」</span><br /><br />この言葉で私の講演を一区切りつけたいと思います。ご清聴ありがとうございました。(まとめ:土屋夏彦 '80理電)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150624084127f19.jpg" alt="懇親会乾杯RIMG11417" border="0" width="430" height="323" /><br /><講演後、懇親会の様子><br /><br /><参考図書><br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087815560/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51acvI%2BbVEL._SL160_.jpg" border="0" alt="うたのチカラ JASRACリアルカウントと日本の音楽の未来" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087815560/twoc-22/" target="_blank">うたのチカラ JASRACリアルカウントと日本の音楽の未来</a><br />JASRAC創立75周年記念事業実行委員会 反畑 誠一 <br /><br />集英社 2014-11-18<br />売り上げランキング : 411621<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087815560/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893095870/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51PFGPPRqwL._SL160_.jpg" border="0" alt="へいわってすてきだね" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893095870/twoc-22/" target="_blank">へいわってすてきだね</a><br />安里有生 長谷川義史 <br /><br />ブロンズ新社 2014-06-17<br />売り上げランキング : 2267<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893095870/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table>
  • Date : 2015-06-22 (Mon)
  • Category : 三水会
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三水会 2015年1月講演録:大門小百合氏(’91外比)

■日 時:2015年1月29日(木) 18:30~20:30 ■場 所:ソフィアンズ・クラブ ■参加者数:30名■テーマ:日本の報道と世界の報道の違いから見えるもの■講 師:大門 小百合(だいもんさゆり)さん(91年外国語学部比較文化学科卒)     ㈱ジャパンタイムズ執行役員 編集担当    (http://www.japantimes.co.jp/)<プロフィール>91年 (株) ジャパンタイムズ 入社。報道・経済担当の記者を経て、2006年報道部長、2013年に... ■日 時:2015年1月29日(木) 18:30~20:30 <br />■場 所:ソフィアンズ・クラブ <br />■参加者数:30名<br />■テーマ:日本の報道と世界の報道の違いから見えるもの<br />■講 師:大門 小百合(だいもんさゆり)さん(91年外国語学部比較文化学科卒)<br />     ㈱ジャパンタイムズ執行役員 編集担当<br />    (<a href="http://www.japantimes.co.jp/" target="_blank" title="http://www.japantimes.co.jp/">http://www.japantimes.co.jp/</a>)<br /><br /><プロフィール><br />91年 (株) ジャパンタイムズ 入社。報道・経済担当の記者を経て、2006年報道部長、2013年には、ハードワークな記者と子育てを両立しながら同社117年の歴史で初めての女性執行役員(編集担当)就任。その間2000年ハーバード大学のジャーナリストプログラムに1年留学、2005年にはサウジアラビア王立研究所の研究員として招聘された。著書に『ハーバードで語られる世界戦略』(光文社新書)、『The Japan Times 報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ刊)がある。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150622221948937.jpg" alt="1 RIMG11099 正面1" border="0" width="430" height="323" /><br />大門小百合さん<br /><br />司会(黒水):「The Japan Timesは、多くの在日の外国人に読み継がれて117年の日本を代表する英字新聞です。現在大門さんは、同紙の歴史で初の女性執行役員、編集責任者として活躍されておられます。記者の激務をこなしながら、子育てと両立させ、キャリアを作ってこられています。また、世界に日本を発信していくご自身の使命や、講演前週にはダボス会議に参加された感想等を交えて、その模様などについてもお話しいただきます」<br /><br />演者口上: 「The Japan Timesの大門です。今日は私がどのような仕事をしているのか、外国と日本のはざまで働いていてその中で気づいたことや、あわせて最近私が出した本『The Japan Times 報道デスク発 グローバル社会を生きる女性のための情報力』の中でもふれましたが、働きながら考えたことや英字新聞の読み方等について書いたのでぜひご覧ください」<br /><br />大門さんの講演は、The Japan Timesの歴史と創刊の時代背景に関する話から始まった。日本の歴史に翻弄されてきた同紙の沿革を通し、日本の近代史を異なる角度から見ることになり、参加者は興味深く講演に聞き入った。<br /><br />日本の報道と世界の報道の違いから見えるもの<br /><br /><span style="font-size:large;">▼日本の歴史に翻弄されたThe Japan Times</span><br /><br />・ The Japan Timesは、明治時代の1897年3月22日に創刊。当時欧米諸国からは「不思議の国ニッポン」という眼で見られていたが、 その時代に日本の姿を紹介するために生まれた英字新聞。日本人が海外に目を向けたとともに日本に外国人が押し寄せてきた時代背景の中、三井、三菱、日本銀行、日本郵船などが出資し、明治の元勲伊藤博文の元秘書官の頭本元貞と福沢諭吉の親戚にあたる山田季治が創刊した。大門さんは、創刊号社説(別掲)と合わせ同紙の「存在意義 Raison d’Etre」*も紹介された。「言葉の壁」をなくし、相互理解を深め、対話を促進するという存在意義につながる。<br /><br />……………………………………………………………………………………………………<br />*「The `Raison d’Etre’ of The Japan Times<br />Through our words, ideas and innovations, we engage Japan and the world in dialogue.<br />我々は「自らの言葉」「多様な考え」「革新的な取組み」を通じて、日本と世界との対話を促進していく」<br /><br />創刊号の社説:<br />It is a remarkable and deplorable fact that after 40 years of mutual association, His Majesty’s subjects and the foreign residents remain to this day virtually strangers to each other. <br /> (わが帝国臣民と居留外国人が、互いに交際して以来40年を経たにもかかわらず、依然としてまったくあい見知らぬ者のような状態にあることは慨嘆に耐えない。)<br />・・・even at this day the two sections of the community are in every important point almost totally unknown to each other. The bulk of the Japanese have as much difficulty to understand foreigners as the latter find it difficult to understand the former. <br />(今日においてすら、両者は肝要の件においてほとんど相知る処無く、日本人の多数は外国人を理解し得ず、又外国人も日本人を解し難しとす)<br />……………………………………………………………………………………………………<br /><br /><span style="font-size:large;"> ▼「敵性語新聞」から「マッカーサーの読む新聞」へ</span><br /><br />・太平洋戦争時代は「敵性語」の新聞ということになり、軍部の方針に翻弄されたが、日本の状況を海外にも知らせるというPR的な役割にもなっていたそうだ。<br /><br />太平洋戦争の始まった当時1941年の日米開戦とともに軍部の検閲を受けるようになり、 編集スタッフは日本人と少数の中立国、友好国の外国人だけに絞られた。<br /><br />1943 年、軍部が題号変更を要請し社名をNippon Timesに変更したが、戦時中も毎日約3000部の「敵性語新聞」発行していた。そのような時代の流れの下、英米法の権威の高柳賢三氏による講和を望むコラムを設け、戦争終結への努力も行っていたという。<br /><br />・1945年終戦直後、The Japan Timesは皮肉なことに米軍 GHQ支配下で「マッカーサーの読む新聞」として、飛ぶように売れることになった。マッカーサー信仰が強すぎ、1945年10月11日付け時事新報社説「権力者崇拝」民主主義の擁護を警告したそうだ。<br /><br />・ 1956年 The Japan Timesに社名を復帰させた。<br /><br />「117年たった今、世界に伝えるというミッションの必要性を感じるとともに我々のミッションも少しずつ変化したように思う」と大門さんは語られた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼外国人の視点を意識し記事にする</span><br /><br />現在の編集部は日本人と外国人の比率が半々であるが、「昨日成田に到着した外国人にもわかるように」書くというのが大原則である。日本人として当然常識と思っていることに背景の説明が必要なことや「暗黙の了解」で片づけられてしまっている事柄も、きちんと事実確認をして説明する責任があるという。例えば靖国神社が何であるのか、海外の人には背景の説明が必要であるし、成田空港の土地問題では、土地価格の数字がないことに、外国人の編集者からチェックが入り、「自分が(日本的)常識人になってしまったことを痛感し反省した」と語られた。また同紙では、問題提起も含めて記事を掲載する場合もあるという。例としてハーグ条約について外務省が発行している説明パンフレットの一部の表現が不適切ではないかという問い合わせを取り上げたことを挙げられた。だれにでもわかりやすいThe Japan Timesは、意外に海外出張から帰国したばかりの日本人にも、背景説明が丁寧なので好評のようだ。同紙の「FYI(For your information)」というコーナーは、大門さんが企画され、人気のあるロングセラーのコラムだそうだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150622222111d23.jpg" alt="5 RIMG11174 講演の様子2" border="0" width="430" height="323" /><br />講演の様子<br /><br />「海外の人の価値観、どのような視点でみるのかを考えるのは大切である」と強調された。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼絶対的に不足していた東日本大震災時の情報発信―感謝された安否記事</span><br /><br />次に東日本大震災当時の様子を大門さんは振り返られた。当時報道部長だった大門さんは阪神大震災のときの経験を元に、地道に確認した安否情報や避難所などのリストを作成し、毎日更新して掲載した結果、多くの人から感謝された。「海外のメディア(CNN、BBCなど)からかつてないほど問い合わせが殺到し、取材の合間に記者はツイッターでニュース発信も行った。とにかく英語の情報が不足していたので、大使館、避難所、安否情報などの生活情報のリストを作成し国内ニュースのページを増やし、対応した」という。情報不足のため3月15日当時の初期の報道をみると海外メディアの報道の仕方もセンセーショナルで混乱を招いた。<br /> <br />後に、首相官邸や外語大学の翻訳者等が動きだすが、震災当初はほとんど英語での情報がなかった。その中でフリーランスの在日外国人記者の活躍に大門さんは着目された。当時、海外メディアの中にあまりにもヒステリックな報道があり、在日外国人記者が「Wall of Shame (恥の壁)」というサイトを立ちあげた。 これは「Hall of Fame (栄誉の殿堂))をもじったものだが、実際の状況と海外メディアの過激な内容の報道を比較して、バランスのとれた内容の記事を書いてくれた。彼らは 原発、放射能汚染の状況を積極的に取材したという。「この経験で常にどういう情報が必要とされているかを考えるようになった」と当時を大門さんは振り返った。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼一年間毎日掲載した放射能レベルグラフ</span><br /><br />政府が情報開示をしないうえ、東電も長時間にわたる会見を開くが、ほしい情報は少なく、記者を数時間はりつけるわけにもいかなかった。そこで日本だけでなくアメリカの専門家にも問い合わせ情報収集もした。原子力報道の際、記者たちは勉強しながら記事をかいたが、改めて原子力報道のむずかしさを感じた。放射能レベルのグラフを毎日掲載して1年間続けていたが、ある日やめたところ、クレームの電話が殺到した。意外なところで、このようなグラフや情報が頼りにされていたということを認識したという。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼海外のスピードについていけない日本のメディア戦略</span><br /><br />日本語と英語の報道は様々な意味で異なるが、海外では死刑や捕鯨のニュースに敏感である。日本では小さな記事なので、海外でそのように大きく取り扱われていると多くの日本人は思っていない。<br /><br />また、反捕鯨団体の例をあげると、日本は、反捕鯨団体のメディア掲載のスピードについていっていないのが現状である。彼らは写真をすぐにネットに掲載し、声明をだす等メディア戦略にたけているが、日本政府は、国際的に発信する際、翻訳作業などに時間がかかりすぎてなかなか太刀打ちができないというのが現実らしい。このようにメディア戦略では海外のスピードについていけない部分もある。<br /><br />外国人が好む写真も日本人と異なり、一面会議ではしばしば議論になる。例えば、8月15日の靖国の写真では、外国人の間では旧日本軍の軍服を着た人々が参拝する写真が人気だが、軍服姿の人が靖国神社に参拝するのが日常と思われても困る。掲載する写真を決める際に外国人の価値観は無視できないが、気をつけなければ間違った日本のイメージを作りかねないという。<br /> <br /><span style="font-size:large;">▼求められるネット時代のジャーナリズムのクオリティー</span><br /><br />ジャーナリズムはだれのためのものか?海外も意識すると解説的な要素が必要となるし、複眼的に検討する必要がある。例として、東電OL殺人事件の被害者についての報道や昨年末に報じられた40人学級に関する財務省、文科省のコメントについてあげられた。40人学級の記事については、本来であれば当事者は子どもであり、彼らの教育がどうなるか、先生はどのように感じているかなど、現場の声が記事に反映されているべきだったが、日本のメディアは財務省と文科省がもめているというようなニュアンスで、当事者不在の記事が多かった。<br /><br />また、東電OL殺人事件については、実名報道に海外メディアはこだわるが、日本の報道は実名を出さないので、結局ジャパンタイムズでは「プライバシーを守るという理由から、実名をださない」と注記するようにしたそうだ。一方、イギリスでは公の場にはプライバシーはないという考えがあるので、大きな違いがある。最近では海外でも日本国内のニュースが取り扱われることも多く、ネットの時代に記事のクオリティーをどのようにするのかまで考える必要があり、今後は メディアにとって厳しい時代になるだろう。マーケットが広がった分、競争にさらされ、海外のメディアと比較されるので、油断できない。<br /> <br /><span style="font-size:large;">▼ジャーナリストとしての原点を自覚したハーバード大学での研修</span><br /><br /> 大門さんは、 ハーバード大学のニーマンフェロー(Nieman Fellowship)への留学体験も披露された。そこで出会った世界各国のジャーナリストたちは、生命の危険にさらされながら報道をしていて、自分にとっては、ジャーナリストの原点を考えさせられ、大きな財産になったという。例えば、軍と行動しないと戦場報道できない場合、軍の表現に近い形になるというジレンマがある。国益を優先すべきか、真実は何か、善悪はっきりすることはできないこともあるが、その回答されていない疑問を問い続けて報道することも必要であると語られた。<br />(詳細は著書『ハーバードで語られる世界戦略』(光文社新書)をぜひご覧ください)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼インターネットの世界との共存-日本だけに発信しているのではない</span><br /><br />今のネット社会では、日本国内のニュースは世界でも見られている。例えば、日本の地方議員が泣いている写真は世界をかけめぐっていたという例をだされながら、リアルのものをだしてよいのか、どのような写真をだすのかはセンシティブな問題であり、また日本語であっても必ずしも日本人に読まれているとはかぎらない。<br /><br />最後に参加されたダボス会議の話題も紹介され、「日本は田舎。ヨーロッパでは金融緩和、ウクライナ等の問題を欧米の経済人が討論しているが、その中にどれだけ日本人が入れるか、国内でも国際ニュース・情報にふれていないことを痛感された」という。「『海外と日本との視点をもちつつ、情報を受け取る側も世界からの情報収集をしなければ、世界の常識からはずれてしまう』 ということでジャパンタイムズをよみましょう』 というのが落ちでございます」と締めくくられた。<br /><br />質問コーナー:大門さんは、楽しかった市ヶ谷キャンパスでの学生時代の思い出から翻訳の仕方でニュアンスが異なる問題等の意見交換にもなった。ヨルダンの日本人ジャーナリストの人質問題も話題になり、Japan Timesが後藤さんのお母さんの写真を出し、提携しているNew York Timesは、人質になったパイロットの母親の写真を掲載され、偶然それぞれのお母さんの写真が掲載されることになったという掲載紙を紹介された。 同じ事件でもポイントになる視点が異なるよい事例であった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150622222241986.jpg" alt="7 RIMG11200 ニューヨークタイムズ人質の報道" border="0" width="430" height="323" /><br />ニューヨークタイムズでの人質報道を紹介する大門氏<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />淡々と自然体で語られる大門さんだが、世界をめぐる報道世界の責任ある立場で多くの修羅場を乗り越えられてきた経験に基づくのだろうと想像した。<br /><br />私たちが日々目にしているニュースやメディアの情報をどのようにみるのか興味深い内容の講演だった。新聞学科のみならず現役学生にぜひ聞かせてあげたいと思った。いやでも私たちが目にするさまざまなニュースの背景についてネット時代は特に自分達で様々な立場の報道を聞いて考えないといけないのだろう。<br /><br />AERA編集長の浜田敬子さんと並び、日本のメディアを牽引するソフィアンの女子力大門小百合さんの今後のご活躍に注目したい。(1977年外独卒山田洋子)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-72.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150622222418855.jpg" alt="13 RIMG11244 懇親会" border="0" width="430" height="323" /><br />懇親会にて<br /><br />大門小百合さんの著書:<br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00M968STS/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Q%2BKkHuRgL._SL160_.jpg" border="0" alt="ハーバードで語られる世界戦略 (光文社新書)" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00M968STS/twoc-22/" target="_blank">ハーバードで語られる世界戦略 (光文社新書)</a><br />田中 宇 大門 小百合 <br /><br />光文社 2001-11-25<br />売り上げランキング : 78369<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00M968STS/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br /><br /><table border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789015505/twoc-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51prINqOaGL._SL160_.jpg" border="0" alt="The Japan Times報道デスク発 グローバル社会を生きる女性のための情報力" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789015505/twoc-22/" target="_blank">The Japan Times報道デスク発 グローバル社会を生きる女性のための情報力</a><br />大門 小百合 <br /><br />ジャパンタイムズ 2013-11-30<br />売り上げランキング : 347283<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789015505/twoc-22/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br /><br />※ソフィアン佐々木かをりさんも推薦されています
  • Date : 2015-06-20 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会 2014年11月講演録:高橋 浩氏(’67文英)

■講演テーマ:『視聴率15%を保証します!』 ―テレビ番組誕生秘話とヒットの法則を語る―■日 時: 2014年11月19日(水) 18:30~20:30■場 所: ソフィアンズ・クラブ■講 師:高橋 浩(たかはしひろし)さん (’67年文学部英文学科卒)東映アニメーション株式会社取締役相談役■参加者数:30名(プロフィール)1967年NETテレビ(旧日本教育テレビ・現在のテレビ朝日)入社。主に番組企画・編成分野の仕事に携わる。特に『日曜洋画劇... ■講演テーマ:『視聴率15%を保証します!』 ―テレビ番組誕生秘話とヒットの法則を語る―<br />■日 時: 2014年11月19日(水) 18:30~20:30<br />■場 所: ソフィアンズ・クラブ<br />■講 師:高橋 浩(たかはしひろし)さん (’67年文学部英文学科卒)<br />東映アニメーション株式会社取締役相談役<br />■参加者数:30名<br /><br /><img src="http://blog-imgs-75.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150608141606446.jpg" alt="正面RIMG9037" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />(プロフィール)<br />1967年NETテレビ(旧日本教育テレビ・現在のテレビ朝日)入社。主に番組企画・編成分野の仕事に携わる。特に『日曜洋画劇場』『土曜ワイド劇場』をはじめ『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『美少女戦士セーラームーン』等の大ヒットアニメ番組を多数立ち上げる。2002年に㈱東映アニメーションに移籍し、2003年代表取締役社長に就任する。現在は取締役相談役。<br /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼オープニング</span><br /><br />黒水(司会)「最近まで東映アニメーション代表取締役社長をされていた高橋浩さんは、1967年にNETテレビに入社された後、さまざまなテレビヒット番組を担当されました。テレビ朝日、東映アニメーションでも数々の大ヒット作品を生み出されました。最近小学館新書から著書『視聴率15%を保証します!』を出版されましたが、実は私も購入しました。すばらしい先輩がいらっしゃることを誇りに思います。今日は、まさにテレビ番組に携わってきた長年の軌跡とともに、あのヒット番組を生んだ「発想法」と「仕事術」をお聞きします」(拍手)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼冒頭で・・・</span><br /><br />高橋「黒水さんから今回著書に関して話してほしいと言われました。たぶん皆さん、本を読んでいらっしゃらないということでお話させていただきます」<br /><br />という挨拶で始まった。<br />ご自身の生い立ちを振り返りながら、人生は「縁」と「運」が大切なことを強調された。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼学生時代の何よりの財産はシェイクスピア研究</span><br /><br />高橋さんは、広島県生まれで、その後東京中野付近に移り、小学校2年から富山県に移り、高校卒業後、東京に戻り上智に入学。昭和42年4月にNETテレビに入社された。<br /><br />高橋さんは昭和42年卒だが、3年次の家族の東京転勤まで学生寮に2年ほど入られた。当時の授業は厳しく、10年かけても卒業できるのかと不安に思われたそうだ。「2回遅刻すると1回欠席扱いになり、なおかつ語学の授業は、鍵がかかるという厳しいものでした」と語られた。<br /><br />上智大学時代は英文学科に在籍され、担任は1年~4年まで、ピーター・ミルワード先生だった。「昨年88歳のピーター・ミルワード先生の講義を聴きましたが、学生時代は、勉強から金銭的な相談まで、すべて先生に引き受けてもらいました」と当時を振り返られ、何よりも大きな財産だったのは、先生から4年間シェイクスピアを学んだことだったそうだ。<br /><br />「副担任の渡部昇一先生は、ドイツ留学もされドイツ語にも堪能な先生です。テレビは子どもに悪いといって押入れにしまわれた先生ですが、私がテレビ局に入社したと言ったら『知的生活とかけ離れたか』と言われました」と苦笑しながら語られた。高橋さんは、卒論がシェイクスピアとは時代は異なるノーベル文学賞を受賞したT.S.エリオットについてで、詩のような言葉で劇を創るこの二人の作家が同じシーンでも異なる言葉を使っているという違いについて論文を書き、教授の間で、高い評価を得たという。当時、「卒論とはこう書くべきである」という3名の学生代表にも選ばれ、後輩を前に話をすることになった。 <br /><br />「『私は、卒論より、就職のほうが大切である』という話をして、卒論の書き方については、しゃべりませんでした。しかし、後に私の話を聞いて朝日新聞社に入社したという後輩に出会ったので、自分の話が役立ってよかったと思いました。卒業以来大学で話をするのは今日で2回目ですが、この本のことより老後のプランの話でもした方がよかったかもしれませんね(笑い)」とユーモアを交えて、サラリーマン時代についての話題に進んだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-75.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506081424017d6.jpg" alt="会場RIMG9045" border="0" width="430" height="323" /><br />会場の様子<br /><br /><span style="font-size:large;">▼人生に大切な「「縁」と「運」</span><br /><br />著書『視聴率15%を保証します!』のタイトルは出版社がつけたもので、この著書は、自分のサラリーマン人生の経験を振り返り、新しいサラリーマン人生を送る人へ参考にしてもらいたいと思い書いた。基本的には、「人との縁と運」で仕事はうまくいったり、いかなかったりするということをベースに書いてあるという。<br /><br />「人との縁」とは:高橋さんは、広島県生まれだが、東映の亡元社長岡田茂さんも広島県の出身で、高橋さんの実家の福山市駅前の料理屋を、岡田茂さんが訪れたことがあるそうだ。東映は、テレビ朝日の創立メンバーという関係もあり、高橋さんは東映アニメーションにスカウトされたという。<br /><br />また、漫画家の藤子不二雄氏も富山県の出身だが、同郷ということで、高橋さんが、日本テレビで失敗し、テレビでは無理といわれたアニメ『ドラえもん』を引き受け、平日のベルト編成と日曜日に放送したところ、今でも続く39年の長寿番組に成長した。高橋さんは、小さな縁が仕事に影響することは多く、縁を大切にして、仕事を続けられてきたという。また、そういう縁があってこそ、やってこられたとも語られた。<br /><br />「運」とは:「ふとしたことから入社した年に、名うてのテレビマンの人しかとれない賞をとったので、上司から『何でもいうことを聞いてやる』と言われ、『英語の使える仕事をやりたい』という希望を伝え、『日曜洋画劇場』を担当することになりました。同番組では、外人相手の映画の購入から始まり、どういうときに、どういう映画の放送がよいのかということを学び、大変勉強になりました。それからテレビ番組の編成部に移り、『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』などテレビ放映を反対する上司を説得して放送に踏み切りました。それらがいまだにやっているテレビ長寿番組になりました。担当した番組は多く、企画まで行い編成マンとして、『ドラえもん』『暴れん坊将軍』、ストーリーもの等、すべて担当したが、唯一例外は『西部警察』でした。そしてテレビ朝日で58歳のときに、東映アニメにこれまで経験をかわれてヘッドハントされました」と語られた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼サラリーマン人生のキャッチフレーズ―「案 印 運 縁 恩 」</span><br /><br />高橋さんは、「業績を上げてくれ」といわれて転職したが、その都度自分に対してのキャッチフレーズを創ってこられたそうだ。<br /><br />東映アニメの社長時代には、新卒採用の筆記試験の前に10分ほど社長にしゃべってほしいという依頼を受けた、300名受けても最後は10名しか入社できない。その日の夜中に290人もの落ちる人のためにプレゼントとして、人生は「あいうえお」の「あ」で始まり、最後は「ん」で終わるという話をして「あいうえお」のキャッチフレーズをプレゼントした。すなわち「案 印 運 縁 恩 」が大切であると話をされた。<br /><br />⇒ 編集担当注)詳細は著書『視聴率15%を保証します!』小学館新書をぜひご覧ください。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼テレビ番組ヒットの「ノウ・ハウ」がイッパイ―著書『視聴率15%を保証します!』</span><br /><br />高橋さんは、70歳を迎えられ、2年ほど前に社長を辞め会長になった。さらに今年、相談役になるのを機に東映アニメの若手社員に企画の「ノウ・ハウ」を教えるヒントになるような本を出したいと思って1年前から書き出した。自費出版はお金がかかると思っていたところ、あるパーティーで小学館の幹部に会い、その人にその原稿を見せると「出版したい」と言われた。新書での出版ということで、中高年層も含む一般向けの本として売り出すことになった。そこでテレビ番組の裏話を増やし、経営的な内容や人の悪口は一切入れないようにしたという。<br /><br />ちょうど三水会の前日に、高倉健さんが亡くなられたということで、放送局としては、当然主演映画を放送することや思い出話を語られた。『日曜洋画劇場』の洋画枠が日本映画まで枠が広げられたとき、高倉健の映画を放送されたこと。高橋さんが、長年担当された『日曜洋画劇場』やスポンサー会社からの条件をいかに克服したか等の裏話も、淡々と語られた。<br />最後の質問コーナーでは、学生時代のことから日本のアニメ業界の抱える話題まで、いろいろな思いを語られた。なんといっても高橋さんが学生時代に学ばれたシェイクスピア研究の深いバックグラウンドが、物事を複眼的にとらえる性格を形成されたようだ。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-75.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201506081425448a5.jpg" alt="懇親会RIMG9188" border="0" width="430" height="323" /><br />講演会後の懇親会で・・・<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />講演を聞きながら、自分が子どものときに、淀川長治さんの解説で有名な『日曜洋画劇場』、そこで流された華やかなレナウンのテレビCMまで一生懸命見たことを思い出した。自分にとって、大変思い出深いテレビ番組の背景にソフィアンの先輩がいらしたことを知り、興味深く伺った。今後とも若いテレビマンのご指導を期待します。<br />高橋浩著『視聴率15%を保証します』(小学館新書)もあわせてぜひご覧ください。<br /><br />『視聴率15%を保証します』高橋浩著(小学館新書)<br /><a href="http://www.shogakukan.co.jp/books/09825217" target="_blank" title="http://www.shogakukan.co.jp/books/09825217">http://www.shogakukan.co.jp/books/09825217</a><br /><br /><img src="http://blog-imgs-75.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150608142655590.jpg" alt="著書と高橋様RIMG9040" border="0" width="430" height="323" /><br />著書と高橋さん<br />
  • Date : 2015-06-06 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会2014年10月講演録:浜田敬子さん

■講演テーマ:週刊誌「AERA」でわかる働く女性の変化 ー 雑誌ヒットの秘密 ー■講師:浜田敬子(はまだけいこ)さん(’89年法学部国際関係法学科卒)   「AERA(アエラ)」編集長■日時:2014年10月27日(月) 18:30~20:30■場所:ソフィアンズ・クラブ■参加者:30名<浜田敬子プロフィール>’89年朝日新聞社入社。前橋、仙台支局を経て、93年週刊朝日編集部。篠山紀信さん撮影の表紙や林真理子さんの対談ページを担当し、99年... ■講演テーマ:週刊誌「AERA」でわかる働く女性の変化 ー 雑誌ヒットの秘密 ー<br />■講師:浜田敬子(はまだけいこ)さん(’89年法学部国際関係法学科卒)<br />   「AERA(アエラ)」編集長<br />■日時:2014年10月27日(月) 18:30~20:30<br />■場所:ソフィアンズ・クラブ<br />■参加者:30名<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419095418cb0.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419095418cb0.jpg" alt="1正面1RIMG6034" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><浜田敬子プロフィール><br />’89年朝日新聞社入社。前橋、仙台支局を経て、93年週刊朝日編集部。篠山紀信さん撮影の表紙や林真理子さんの対談ページを担当し、99年からAERA編集部へ。特に<br />女性、雇用、国際問題などを担当し、2004年から同誌副編集長。06年に育児休業取得。13年から同誌編集長代理。14年4月に編集長に就任。 現在テレビ朝日「グッド!モーニング」火曜日コメンテーター、BS朝日「ザ・インタビュー」のインタビュアーも務める。<br /><br />司会(黒水):「浜田さんが編集長をしておられる週刊誌『AERA(アエラ)』は、働く女性に焦点を当てた独自の編集視点をもち、雑誌出版だけでなく読者参加型組織「ワーキングマザー1000人委員会」を組織化してネットワーク活動も展開しておられます。浜田さんは、この9月にはワシントンDCで開かれた「WHITE HOUSE SUMMIT ON WORKING FAMILIES」に招待されており、働く女性のための活動やワシントンDC、ホワイト・ハウスでのイベント招待の様子などについてもお話しいただきます」<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419095420a72.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419095420a72.jpg" alt="2講演オープニングRIMG6041" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />演者口上:「皆さん、『AERA』を読んでいただいたことがあるでしょうか。ご存じの方はどのぐらいいらっしゃいますか(笑)。上智大の現役の学生とか若い人の講演に行くと、たぶん半分も手が上がらないかも、というぐらいです。<br /> 私たちが作っている『AERA』、今週号はこれです。『AERA』は1988年、私がちょうど大学4年のときに創刊しました。皆さんご存じだと思いますけど『ライバルは朝日新聞です』というすごくお金をかけたキャンペーンをやって朝日新聞社が作った週刊誌です。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419095537ffe.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419095537ffe.jpg" alt="3AERAの紹介  RIMG6053" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /> 創刊から26年経って、私が2014年4月に初めての女性編集長として就任しました。今『週刊朝日』も、創刊70年で初めての女性編集長です。<br /><br /> 私は1999年から『AERA』で働いています。長く『AERA』にいるので、今はほとんど『AERA』の生き字引のようになっていて、『あの企画は何年の何月ぐらいにもうやった』とか歩くデータベースとなっています」<br /><hr><br /><br />浜田さんによると出版不況の中、特に雑誌部数の減少は激しいため、紀伊國屋書店販売データ提供サービス「PubLine」に一喜一憂する毎日だという。 その「PubLine」の数字で見ると、『AERA』の読者は、男女比はだいたい5:5。売れた号は女性の読者が増えるときで、女性が6割ほどになるという。『AERA』は、男女合わせて30代、40代、50代初めぐらいまでの読者が多くて、専業主婦は少ない。日本の週刊誌の中では、女性の購読比率が高いことが、1つの特徴。読者の7割が都市在住。都市に生きる人たちの悩みを中心に取り上げている。教育問題1つを取っても、公立しか選択肢がない地方と、たくさん選択肢があって、しかも教育費がかかる都市では悩みの種類も質も全然違うことから、その辺は意識して編集している。『週刊朝日』という媒体もあり、同じ社内に2誌、週刊誌があることの差別化も図っているという。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼大特集主義に路線を変革し、特別編集長に秋元康氏・他を依頼</span><br /><br /> 『AERA』創刊当時は、「日本の『Newsweek』『Time』を目指す」ということで、国際ニュースに多くの誌面を割いてきたが、世の中の変化ともに編集方針を変え、現在は働く人たちが関心の高いこと、とくに女性を意識している。<br /><br /> そして浜田さんが4月から編集長になってからは大特集主義に路線を変革した。すぐに部数増という結果には結びついてはいないが、「最近の『AERA』はおもしろくなった」という反響が大きくなったという。大特集主義にしたのは、秋元康氏のひと言がきっかけ。秋元さんと仕事をしたときに、「浜田さん、幕の内弁当って記憶に残らないでしょう。あのとき食べておいしかったという幕の内弁当ってある?」と言われた。週刊誌の王道は政治、経済、マネー、事件、芸能とどの分野もくまなく入っているということ。それがこのひと言で、「幕の内弁当を作っていたら駄目だ」と気づかされ一号一号インパクトのある特集を組むようにしている。<br /><br /> さらに浜田さんが編集長になってやった新しい取り組みとしては、編集部以外の人とのコラボ。雑誌の市場が非常に厳しい中、日本を代表する超一流のプロデューサーに一号限りの「特別編集長」を務めてもらい、一緒に企画を考えている。そういう号を作ることで編集部員には一流の発想法や視点も学んでもらいたいと思っている。<br /><br /> 最初は無理を承知で秋元さんに「『AERA』を私たちと一緒に1冊作っていただけませんか」と手紙を書いた。秋元さんは一号限りの「特別編集長」という試みをおもしろがってくださり、「無理を超えろ」というテーマの一冊が生まれた。巻頭では無理を超えている人ということでワールドシリーズ優勝の米大リーグの上原浩治投手や40代になって歌舞伎役者に挑戦している俳優の香川照之さんらを特集した。新たな雑誌としての試みは反響が大きく、部数も大きく伸ばした。<br /><br /> 次に日本を代表するプロデューサーとしてジブリの鈴木敏夫氏を特別編集長に依頼、「ジブリがアエラにやってきた/宮崎駿引退後は初仕事」として表紙には宮崎氏の「マリーとクルミわり人形」を掲載した。そして今は、“くまモン”を考案した小山薫堂氏に特別編集長を依頼して企画を練っている。<br />特別編集長だけでなく、他の媒体とのコラボにも挑戦している。糸井重里氏の「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」サイトとは特集「40歳は、惑う」を一緒に企画、誌面は『AERA』がつくり、「40歳を考える」サイトはほぼ日側がつくり、ネットとの連動企画にした。<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201504191009537ba.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201504191009537ba.jpg" alt="「AERAの新たな取り組み事例」11" border="0" width="430" height="300" /></a><br />「AERAの新たな取り組み事例」1 <br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419100954960.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419100954960.jpg" alt="「AERAの新たな取り組み事例」21" border="0" width="430" height="300" /></a><br />「AERAの新たな取り組み事例」2<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼『AERA』の読者は向上心があり、知的好奇心が高い</span><br /><br /> 浜田さんは、「『AERA』の読者の特徴は何かとよく聞かれる」という。「『AERA』の読者の特徴は、男女半々で、30代40代の働き盛り世代。知的好奇心が高く、向上心があり、世の中を少しでもよくしたいという気持ちがある。自分のキャリアに対しても積極的で、人生に対してポジティブであるという特徴がある。アンケートを依頼しても一晩で驚くほど内容のしっかりした集計がくる。自分の意見をしっかり社会に届けたいという意思をもった人が多いと感じます」と語った。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419100956a01.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419100956a01.jpg" alt="「AERA最新データ」1" border="0" width="430" height="300" /></a><br />「AERA最新データ」<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015041910095720c.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015041910095720c.jpg" alt="[AERA本誌での大特集」1" border="0" width="430" height="300" /></a><br />「AERA本誌での大特集」<br /><br /> その読者に答える形で、昨年4月以降の特集は、「リーダーシップ」や「子育て」、「サッカー仕事論」などを組んだ。転職や英語を特集した号も人気があり、最近では、「40歳は、惑う」、先週号「クスリとどうつき合う」、その前「介護で人生をあきらめていませんか?」と特集してきている。<br /> 浜田さんは、『AERA』のコンセプトや『AERA』で報じている内容が好きだから読みたいと思われる雑誌をめざしたいという。「毎号、毎号の販売部数には、上下がありリスクが伴うが、反響があり、やりがいもある。当分は特集主義で『AERA』を続ける」と力強く語った。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419101217010.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419101217010.jpg" alt="4講演の様子 RIMG6069" border="0" width="430" height="323" /></a><br />講演の様子<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼クロスメディアを利用した雑誌販売増加策を考える</span><br /><br />特別編集長号を作るだけでなく、雑誌だけではインパクトが弱いので、雑誌の企画を雑誌の外に広げることにも努めている。<br />特別編集長を依頼したジブリの鈴木敏夫氏とは、特集号のなかで「鈴木敏夫を宮崎駿につなげた232冊」という記事を企画した。鈴木氏の4000冊の蔵書の選書会議の模様をFM東京で番組にする一方、代官山蔦屋書店との共同企画で店内に「鈴木書店」コーナーを設けて実際本が買えるようにした。さらに、鈴木氏のトークショーも蔦屋書店で企画、『AERA』の読者にふれあう体験と販売増策を図った。<br /> ほぼ日とのコラボ企画「40歳は、惑う」では、『AERA』とほぼ日で共同サイト「40歳は、惑う」を作り、SNSで読者同士が悩みなどを話し合える仕組みを作った。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼働く日本女性の変化と『AERA』</span><br /><br /> 浜田さんは、1989年に朝日新聞社に入社した。世の中バブルで、雇用機会均等法施行から3年目ということもあり、女性も大量採用されていた。だがその後バブルが崩壊し、就職氷河期に。採用自体も絞られたが、均等法採用で大量採用された女性たちを企業側がどう使ったらいい方針が固まらないうちに一気に辞めてしまった。90年代は逆に非常に働く女性にとって厳しい時代になったという。<br /><br /> 『AERA』が働く女性向けの記事を増やしたのは1998年。当時編集部に在籍していた88年入社の女性記者4人が自分たちのもっとも関心の高い話題を記事にし、反響を呼んだことから始まった。<br /><br /> 創刊当初の『AERA』は国際ニュースが中心で、湾岸戦争のときには中東などに10人以上の記者を派遣し、1冊全部湾岸戦争の記事で作った。当時はベルリンの壁崩壊からてソ連の崩壊、冷戦の終結と世界情勢が劇的に変わっていたので、国際ニュースで売れていた。だがその後、徐々に国際ニュースへの関心は薄れていった。そこに起きたのが1995年の阪神・淡路大震災とオウム事件だった。とくにオウム事件は、エリートたちがなぜ犯罪を犯したのかというところに『AERA』はこだわって報じた。オウム事件を機に90年代後半は、人の内面を書くニュースが増えていった。女性の生き方を報じ出したのも、人間の内面や生き方にフォーカスした延長にあったのだと思う。当時はまだ女性の生き方をニュースだととらえる雑誌が全くなかったことから、『AERA』は非常に注目されて部数も伸び、今の『AERA』の路線ができたという。<br /><br />浜田さんは、「女性は景気にすごく影響される。バブルが崩壊して、一気に就職氷河期に入り、一番しわ寄せを受けたのも女子学生。そのあと98年ぐらいの日本経済が一番冷え込んだときも、女性の採用がグッと絞られた。日本経済のあおりを一番受けているのは女性なので、女性を報じることは、日本という国の行方やひずみを報じられると思っています。」と述べた。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼『AERA』3大ヒット話―ヨンさま、雅子さま、負け犬さま</span><br /><br /> 『AERA』にはもう一度転機があったという。それは、2004年、浜田さんが副編集長になったときのことだ。<br />「2004年の『AERA』には3大ヒット話題があり、その話をやれば売れるというテーマがあったのです。それは、ヨンさま、雅子さま、負け犬さま、と私は呼んでいたのです。<br /><br /> 2003年に酒井順子さんが『負け犬の遠吠え』という本を出し、大ベストセラーになりました。そのベストセラーの10万部ぐらいは『AERA』が貢献したと、酒井さんにも言っていただいているぐらい、『AERA』は何度もこの現象を報じました。『負け犬の遠吠え』が出た直後に、私は、「これだ!」と思いました。これほど独身の気持ちを表わした本がなかったからです。<br /><br /> なぜ響いたかというと、まさに自分たちは1989年卒業の均等法世代だったにも関わらず、ほとんどの女性が仕事を辞めていました。仕事を続けているのはメディアに行った人間か、外資系に行った人間。日本企業は、例えば当時、富士銀行は総合職の女性を30人以上採ったのですが、今2人ぐらいしか残っていないそうです。私よりもうんと成績もよくて、帰国子女で、英検1級もあって、同時通訳の資格も持っているような女性たちが、なぜ働くことができなかったのだろうというのは、自分自身の問題でもあったので、ずっとそれをテーマに記事も書いてきました。<br /><br /> 私が卒業した国際関係法学科の同級生は働き続けている人と専業主婦が半々ですが、働いている人は全員独身、働いていない人は専業主婦をしている。独身の同級生たちの話を聞いていたので、酒井さんの本が本当に腑に落ちたのです。働き続けるために、全てを犠牲にしたとは彼女たちも思っていないですが、やはり結婚や出産を後回しにしてきた、という意識は持っていますね。「負け犬」をテーマにした記事は第8弾まで続けたのですが、反響があったのは、働き続ける女性の悲しみというか、それが伝わってきたからではないかと思っています」<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼すごい反響のあった「雅子さまが気になる私たち」の記事</span><br /><br /> 「雅子さまに関してもやはり上智の同級生との会話から始まったのです。当時雅子さまが、ちょうど適応障害を発症されたころだったのです。ずっと働き続けている女性たちの意見を聞くと、すごく雅子さまのことが気になっていた。あんなにキャリアもあった女性が、キャリアを捨てて皇室に入ったのにも関わらず、言われることは「子供はいつ生まれるのか」「男の子ではなかった」ということだけで、雅子さまは何のために生きているんだろう、雅子さまの人生って何なんだろう、というのが同級生の間での感想だった。それを「雅子さまが気になる私たち」ということで記事にしたら、それもすごく反響がありました。<br /><br /> それから10年以上、雅子さまの病状は少しずつよくなっていますが、雅子さまに対する視線は同じではありません。そこにはやはり複雑な思いがあって、自分たちだって働きながらつらいんだと。変わらない皇室と変わらない大企業を重ねて見ているんですね。私たちも男社会で頑張っているのだから、雅子さまもどうか頑張ってほしいという思いが出てきています。このように女性たちの思いを重ねた企画はうまくはまると部数が出ます」<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼ヨンさま表紙に爆破的反応で完売</span><br /><br /> 「もう1つのヨンさま。ヨンさま(ペ・ヨンジュン)は、2004年4月に来日しました。その前の年から韓国ドラマ「冬ソナ(冬のソナタ)」の日本での放映が始まっていて視聴率も徐々に上がっていたのですが、来日がピークとなり人気に一気に火がつきました。ホテルニューオータニで会見をやったときには中高年の女性たちが殺到しました。『AERA』では5月に表紙に登場してもらいましたが、その号は完売。「『AERA』さま、ありがとう」みたいな巻紙の手紙が来たりと、私たちが今まで触れたことがない読者の方たちが、ものすごく感情移入されていたのです。夫とうまくいってない方などが、「純愛をありがとう」、みたいな感じでした。最高齢の方は80歳以上のおばあちゃんでした。<br /><br /> ヨンさまが世の中の女性の人生を変えたインパクトというのはすごかったですね。女性たちが自分の欲望とか悩みとかとフィットした号が作れると、本当に雑誌というのはヒットが生まれるのだということを体感したのが2004年でした」<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419101311e10.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419101311e10.jpg" alt="5 講演の様子 RIMG6079" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼女性の悩みに企画の焦点を当てる</span><br /><br /> 浜田さんは、いろいろ女性の悩みを企画するときに、読者に会ったり、同級生との会話などからヒントを得るという。一度、『女たちは「幸せ」探しで人生を進化させる』という特集を企画した時、10年余りの間に『AERA』が企画した女性をテーマにしたタイトルを数えたところ、700タイトルを超えた。<br /> 今は、「介護」や「医療」の問題が反響が大きいという。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼「今さら何を言うか」安倍政権による女性の活用</span><br /><br /> 最近安倍政権になって、女性の管理職を一気に増やそうという動きがあるが、『AERA』では、15年ぐらい前から誌面で取り上げているテーマだ。「今さら何をと、本当は安倍さんに言いたい」と浜田さんはいう。女性管理職の登用に関する調査を2000年からやってきて、管理職を増やすためにはどうしたらいいかを報じてきた。2006年には「トヨタが変われば日本が変わる」という企画も特集し、女性登用の動き取り上げてきた。<br /><br /> 今後日本の労働力人口が減ることは自明で、日本は移民を受けるか、女性に活躍してもらういしかない。経団連の試算で2025年のGDPを国別に出すと、女性を活用した場合としない場合で順位が全然違ってくる。<br /><br /> 一方、女性もしたたかに賢くなってきている。リーマン・ショックなどを体験して、1回入った会社は、絶対に辞めないという女性も増えてきている。当然結婚もして出産もしたい。偉くならなくてもいいから、細く長く勤めて、夫と二馬力で家庭を安定させたいという女性が増えた。こういう女性たちをきちんと戦力にしている企業とそうでない企業の二極化が激しくなっている。だからいきなり、2020年に管理職の30%を女性にと言われても達成できるのは、先進的な企業だけだ。<br /><br /> 女性たちもいきなり、「管理職になれ」と言われても、その準備ができていないのですごく困っているのが正直なところ、管理職になって責任が重くなり、24時間仕事漬けみたいにもなりたくないので、管理職への昇進を躊躇している女性も多く、今、企業の悩みの種だ。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼雑誌『VERY』が売れる真の理由―女性の本音</span><br /><br />「今雑誌界で一番成功している雑誌は、『VERY』です。なぜ『VERY』があれだけ売れてあそこに広告が集中するのかというと、『VERY』が女性たちの欲望を凝縮しているからだと思います」と浜田さんはいう。「仕事はしているけども、家庭が第一。時短勤務で5時まで働き、子供が帰るときには家にいたい。仕事で家庭を犠牲にしているような、私みたいな働き方をしている人は、『VERY』を読んでは駄目なのです」と。<br /> 「そして若い世代ほど、『VERY』的な生き方に憧れています。なりたいモデルとして、今最高ランクにあるのです。だから、安倍さんがどんなに尻をたたいても、なかなか管理職の女性が増えないのは女性の責任ばかりではない。日本社会の責任なのです」と浜田さんは指摘する。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼社会へのインパクトを目指し「AERAワーキングマザー1000人委員会」を創設</span><br /><br /> 浜田さんは、女性も働いて自立することを応援する『AERA』の編集方針から「AERAワーキングマザー1000人委員会」(AERAワーママ委員会・https://twitter.com/AERA_mama)を、2014年4月に始めた。<br /><br />「AERAワーママ委員会」の創設のきっかけは、雑誌だけで完結していたら、社会にインパクトを与えられないといういらだちがあったという。『AERA』の記者はこれまで1000人以上のワーキングマザーや働いている女性を取材してきたがなかなか世の中は働く女性にとって生きやすい社会にならない。それで、やはり自分たちが取材してきた、働く女性たちのネットワークを作って社会に何らかのインパクトが与えられないかということで始めたという。少しずつメンバーを増やして、今、Twitterのフォロワーは数千という規模になっている。<br /><br /> 『AERA』の紙面では「ワーママの肖像」として、いろいろなところで活躍しているワーキングマザーを取り上げたり、特集「変革するワーママたち」企画し、「AERAワーキングマザー1000人委員会」の掲示板もつくり、交流を深めている。今後は働く女性や働く母親に役に立つような商品やサービスがこのプロジェクトから開発されることも期待しているという。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼「働く家族」をテーマにホワイト・ハウスでサミット―上智卒3人の女性が参加</span><br /><br /> 浜田さんは、2014年6月アメリカのオバマ大統領が、全米から女性を1500人集めた「White House Summit on Working Families」に出席した。このサミットには日本と韓国から社会のリーダー層の女性が5人ずつ招待をされた。日本から招待された5人のうち3人が上智卒。衆院議員の野田聖子さんとイーウーマン社長の佐々木かをりさん、そして浜田さんだったという。<br /><br /> この会議を通して浜田さんは、「日本に対してのアメリカの視線をすごく感じました。女性の登用に関しては、アメリカからの圧力は今、日本と韓国の両方が受けていると感じ、韓国はものすごくドラスティックに変わっているという印象でした。安倍政権が女性の活用を叫ぶ始めた背景には、アメリカの影響がある。日本を経済的に発展させないとアメリカとしてもまずい。その経済的成長を維持させていくためには、女性の力を使わないのか、アメリカに一週間滞在し、いろいろな議員や役所、ベンチャー企業、シンクタンクなどを回っている間に何度も聞かれました。韓国はいち早く女性の登用、国会議員のクオータ制を実現させたりと進んでいることを実感しました」と語った。<br /><br /> そして浜田さんは「私たちは私たち自身で、草の根から何かして変えていければなと思っています」と話した。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼感想</span><br /><br /> 編集長の仕事は、大学の総長にたとえられるほどその権威と責任は重い。日本の今の今、働く女性の抱える心の悩みを捕らえ、雑誌に反映させる編集の腕捌きの冴えは見事というほかない。<br /><br /> 最後の質問コーナーで、「いろいろな分野で活躍している上智の先輩(特に女性)のネットワークは広く感謝している。情報のキャッチの仕方について、手帳に気になったことを常にメモして、見直して、やりたいと思うことは人に伝えるようにしている」と語られた。この方法は、三水会でも講演され、マスコミソフィア会・コムソフィア賞受賞者の博報堂ケトル社長の嶋浩一郎さんから影響を受けたそうだ。<br /><br /> 冴えわたった語り口の講演であっという間に時間がたった。そして、三水会の翌朝早くから、テレビ番組に前日と全く変わらないペースで出演され、鋭いコメントをされている浜田さんを拝見し、卓越されたエネルギーの持ち主であることを痛感した。<br /><br />雑誌だけでなく各種のメディアや「AERAワーキングマザー1000人委員会」での今後の活躍も期待したい。<br />(まとめ:63法法 向山肇夫 77外独 山田洋子)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419101400d30.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419101400d30.jpg" alt="9 懇親会ウーマンネットワークメンバーと  RIMG6110" border="0" width="430" height="323" /></a><br />懇親会ウーマンネットワークメンバーと<br />
  • Date : 2015-04-18 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会2014年9月講演録:鈴木一男さん

■講演テーマ:「ガンバル、85歳の国際交流活動」       ―NGO・ワンワールド・ワンピープル協会の社会貢献活動に邁進―■講 師 鈴木一男(すずきかずお)さん ('52年文学部新聞科卒)     NGO ワンワールド・ワンピープル協会(OWOP) 会長■日 時 2014年9月17日(水) 18:30~20:30■場 所 ソフィアンズクラブ  ■参加者:20名※NGO ワンワールド・ワンピープル協会 http://www.owop.gr.jp/〈鈴木一男プロフィー... ■講演テーマ:「ガンバル、85歳の国際交流活動」<br />       ―NGO・ワンワールド・ワンピープル協会の社会貢献活動に邁進―<br />■講 師 鈴木一男(すずきかずお)さん ('52年文学部新聞科卒)<br />     NGO ワンワールド・ワンピープル協会(OWOP) 会長<br />■日 時 2014年9月17日(水) 18:30~20:30<br />■場 所 ソフィアンズクラブ  <br />■参加者:20名<br />※NGO ワンワールド・ワンピープル協会<br /> <a href="http://www.owop.gr.jp/" target="_blank" title="http://www.owop.gr.jp/">http://www.owop.gr.jp/</a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103053c05.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103053c05.jpg" alt="正面 RIMG5351" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />〈鈴木一男プロフィール〉<br />昭和4年生まれ、現在85歳。在学中2年生で上智大学新聞の編集長に就任。学業のかたわら夜は国際学部の事務所でアルバイト。極東政治史のバティスティーニ教授に認められて助手となる。1年後輩の渡部昇一氏とともに「現代の日本政治における青年層の政治団体について」の研究を行う。国際学部を受講していた米軍将校たちと親交を深めたのが、後日米軍基地内で日本の物産を販売する事業につながった。その後、海外のベビー用品を日本全国の百貨店に卸す事業を始める。やがてアメリカの教育セミナー会社に60歳で総務部長として入社。同社の社会貢献事業であるOne World One People事業を担当し、現在はNGO(民間組織による国際協力団体)として独立させ、今もその会長として現役で活動している。<br /><br />ワンワールド・ワンピープル協会(OWOP)は、「世界中のすべての人々にとってうまくいく世の中」というビジョンを掲げ、その実現に向かって活動をしているNGO。この協会の海外支援の具体的な成果としては、これまで20年以上にわたりスリランカの子供たちに幼稚園と農村に井戸を贈ってきている。現在では、加えて図書館やコミニティセンターの建設、奨学金・教育プログラムの支援も行なっている。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103233081.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103233081.jpg" alt="講演の様子RIMG5371" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼演者口上!</span><br /><br />「こんばんは今日はこういう機会をいただいてありがとうございます。今日は、上智大学にもこういう時代があったという昔話をリラックスした雰囲気でお話させていただき、私の今活動しているワンワールド・ワンピープル協会についてもご紹介させていただきます。 先月(2014年8月)は、大学生を中心に日本の方10名ほどとスリランカにいってきたばかりです。」<br /><br /> 冒頭から、85歳とは思えない明るく元気なご挨拶で始まった。<br /> <br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼渡部昇一さんといっしょに英訳の手伝い―大学に寝泊まりした学生時代 </span><br /><br /> 鈴木さんが今行なっている活動を始めた原点は、上智大学で学んだことからなのだそうだ。戦争直後の上智大学や四谷界隈は焼け野原で何もなく、お堀ではカエルが鳴いているような所だったと懐かしそうに昔の様子も話された。授業を受けながら、毎日新聞で夜アルバイトをしていたが、夜間在日駐留軍人に授業を行う国際学部を始めたミラー神父様に勧められ、事務所で雑用係のようなこともなさっていたそうだ。<br /><br />当時は、進駐軍の高級将校なども日本の歴史についての授業を聞きにきていたので、神父様の手伝いをしていた鈴木さんの生活には、直接西洋文化が入ってくることになったという。当時のミラー神父様は「自分の誤りは自分で正しなさい」という大変厳しい方。封筒に記入する宛先の位置が1cmでもずれているとただ黙って書き直しを求めるほどで、すごい勉強になったそうだ。しかしその反面、厳しい食料事情の折、大人数の姉妹たちにと援助の手をさしのべてくださった人間味あふれる思い出が沢山あるという。<br /><br />ボッシュタウンと呼ばれた学生寮では、山形出身でドイツ留学された渡辺昇一先生や米国留学された新聞学科の川中康弘先生が居られた。バティスティーニ教授が、当時の国際部(International Division ―通称インデヴィ)で「極東政治史」を教えられていて、当時様々な政治団体の若い人にインタビューレポートを作成されるのを、渡部先生が英訳を担当したのも懐かしい思い出だったとの事。<br /><br />鈴木さんは早稲田大学の大学院に進み国際政治を学ばれたが、「激動する社会情勢でしたが、上智大学のような温かい家庭的な雰囲気はありませんでした」と母校の神父様との人間交流を振り返られた。そんな時に、お父様が急逝されて、家族を養うために仲良くなっていた高級将校から、進駐軍基地内の店舗PXを紹介されて、商売を始めた。日本の土産品の販売から始め、最初はトヨタのトラックに寝泊まりしながらの生活だったが、だんだん生活が成り立つようになった。「新聞編集で大学にもよく寝泊まりしたし、かなり乱暴な人生を送ってきました」と当時を振り返られた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103417f22.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103417f22.jpg" alt="会場の様子RIMG5415" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼苦労した上智大学新聞の紙の確保―神父様の援助で忍ぶ</span><br /><br /> 特に鈴木さん自身が編集長で発行していた「上智大学新聞」には、大変思い入れがあり、諸橋晋六元ソフィア会会長、井上さん、赤羽さんから、ヘルツォーク神父、ビッター神父、ボッシュ神父等の思い出についても語られた。 特に神父様に資金援助をしていただいたこと、当時はまず印刷する紙の確保に苦労されたこと、そしてアルバイトをしていた毎日新聞社で“広告紙型”をもらい、掲載料をもらいに電通までいらしたこと等、当時の新聞学科の先輩と徹夜で議論しながら、当時一号館の半地下で寝泊まりし、上智大学新聞を作られた思い出話に花が咲いた。現在上智大学新聞は廃刊されていて、上智新聞が大学の新聞となる。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼アメリカ、アスペンでの人生の転機、「未来への選択 - CHOICES FOR THE FUTURE」セミナー 、ボランティア活動への目覚め</span><br /><br /> 上智大学でいろいろな体験をしながら、食べるために貿易事業を始められた鈴木さんだが、その後事業に成功され、アメリカンクラブにも出入りされるようになり、アメリカ人との交友が増えた。その中で、某アメリカ人に薦められ参加した企業活性化のセミナーがきっかけで現在のボランティア活動を手伝うようになり、肌の色、宗教、政治的な信条が異なっても同じ仲間の人間であるという「ワンワールド・ワンピープル」という活動を知った。ちょうど自分の力の限界を感じ、組織の力をかりてもっと何かに貢献できないかと考えるようになったため、活動を手伝うことにしたという。<br /><br />そのような中、大きな転機はジョンデンバー主催の「未来への選択 CHOICES FOR THE FUTURE」というセミナーに参加されたことだ。ロッキー山脈の中の素晴らしい会場で開催され、感激した鈴木さんはその後、スリランカでのボランティア活動に参加された。<br /><br />最初は日本で使わなくなった古いメガネを集めてスリランカに送ることから始まり、現在は、井戸や幼稚園、図書館の建設資金を寄付している。亡くなった夫の記念のメガネを寄付してくださった方もあり、大変感動したこともあるそうだ。古いメガネはスリランカではありがたく受け取ってもらい、寄付の効果がはっきり目にみえてわかるし、シンプルなちょっとした発想が人助けにつながるという気づきが、その後の活動の大きな原動力となったそうだ。「現地のニーズにあった支援をすることが大切です」と強調された。 米国には貧しいアフリカの国に対して、20倍の食糧があるという格差もなくしたいとも語られた。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼「アースデイ」など、これまでのワンワールド・ワンピープル協会の活動</span><br /><br /> 協会では、以前「アースデイ」という地球環境を守るイベントに参加した。また、旧ソ連で行われた、ロシアや米国の市民国際交流として激流を下るイベントに日本からも参加し、さらにトルコでの激流選手権大会にも参加したという。鈴木さんの活動を25年前からサポートされているソフィアンの藤生崇則さんは、お父様が亡くなった時に、お父様の名前を付けた幼稚園を建設され、その時の様子も動画で紹介された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201503011037018c7.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201503011037018c7.jpg" alt="スライド5創成期1990 アースデイ" border="0" width="430" height="298" /></a><br />資料スライド:創成期1990 アースデイ<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103703e4d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103703e4d.jpg" alt="スライド6創成期1991〜1992年 ソ連、トルコでのイベント" border="0" width="430" height="298" /></a><br />資料スライド:創成期1991~1992年 ソ連、トルコでのイベント<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201503011037043fd.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201503011037043fd.jpg" alt="スライド7初期 初期1993年第1回サルボダヤスタディツアー" border="0" width="430" height="298" /></a><br />資料スライド:初期1993年第1回サルボダヤスタディツアー(スリランカ<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015030110370654f.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015030110370654f.jpg" alt="スライド8初期 1993年(井戸と幼稚園の数を示す地図)" border="0" width="430" height="298" /></a><br />資料スライド:初期1993年(井戸と幼稚園の数を示す地図)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103708bb0.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301103708bb0.jpg" alt="スライド10初期 1993年〜2003年様々な活動の様子" border="0" width="430" height="298" /></a><br />*資料スライド:初期1993年~2003年様々な活動の様子<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼リピーターも多い人気のスリランカスタディツアー</span><br /><br /> 協会では、毎年夏休みにスリランカで約2週間ホームスティをして現地の村人といっしょに井戸掘りをするボランティア活動のスタディツアーを始められ、20年以上スリランカに行ききされているそうだ。ちょうどスリランカ滞在中の2014年8月26日に誕生日を迎えられ、85歳になられたが、スリランカでは60歳くらいで引退をする人が多いので、スリランカの人に大変驚かれたそうだ。「私の子どもの頃はお誕生日というお祝いがなく、お正月に一つ年を取った」「1月1日は10年以上スリランカに滞在なので、4月がお正月のスリランカでは年を取らないのです」現地の人に説明、大笑いをするそうだ。スリランカは長年英国統治下にあったため、西洋文化の影響を大きくうけているため誕生会を盛大に行うそうだ。「誕生日といわれると気恥ずかしく、60年で自分のお誕生日は終わったことにしている」とも語られた。<br /><br />スリランカは大家族で、一族郎党が隣近所に住み、現在の日本社会ではなかなか味わえない密度の濃いコミュニティが残っているそうで、特に日本の都会では消えてしまった温かい人との交流を体験できるので、3年も続けて参加した学生もいたそうで、人気のあるツアーのようだ。<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼ボランティア活動の長続きの秘訣は各自の自然体の提供</span><br /><br /> 協会は、これまでスリランカに井戸を325ヵ所に、幼稚園を200以上つくられたが、予算は井戸が7-8万円、幼稚園が50-60万円くらいでできる手作りの簡単なもので、現地にホームスティで行く学生さんも手伝っている。100万円もあれば、図書館付のりっぱな幼稚園ができるそうだ。毎年スリランカに学生を連れてホームスティもされているが、最初、飲み水から体を洗う水まで同じ沼で行われることに抵抗がある若者も最後には、現地の人となごやかに交流するようになり、リピーターも多いという。<br /><br />「自分達が主役ですよ」と学生に報告書やガイドブックも作らせたり、学生には、いっぱい学べるチャンスを与えている。また60歳過ぎのリタイアした人も一緒に若者と活動をしている。これを機会にそのうちにまた新しい活動報告をぜひしたいと生き生きと鈴木さんは語られた。自然体でそれぞれの得意分野を提供することによってボランティア活動を支えるのが、長続きの秘訣のようだ。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301104122a79.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301104122a79.jpg" alt="スライド11青年期 2003年〜2004年井戸掘りの様子" border="0" width="430" height="298" /></a><br />資料スライド:青年期 2003年~2004年井戸掘りの様子<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301104124a8a.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301104124a8a.jpg" alt="スライド14青年期 現在の活動の様子" border="0" width="430" height="298" /></a><br />資料スライド:青年期 現在の活動の様子<br /><br /><span style="font-size:large; color:blue;">▼質問コーナー</span><br /><br /> 学生時代の思い出については、「上智がなんといってもNO.1です。今日の三水会のような機会は私の人生の大きな宝物になります」と語られた。<br /><br />また、今も国際的ボランティア活動に邁進する「若さの秘訣」は、毎日の食事を20品目必ず食べるようにして、よく噛むようにしているとのことだった。お酒は、365日飲んでいて、お母様も長寿、106歳で2年前に亡くなったという。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015030110435731c.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015030110435731c.jpg" alt="質問 長寿の秘訣RIMG5406" border="0" width="430" height="323" /></a><br /><br />最後にスリランカの社会情勢についての質問に対しては、現政権がタミール人のゲリラを弾圧したことや、最近では中国の進出がめだつことについて触れられた。<br /><br />様々な質問が出た中、鈴木さんは淡々と一人ひとりに丁寧に答えられた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301104357c6b.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150301104357c6b.jpg" alt="懇親会トロントからの参加者新聞学科63年卒RIMG5428" border="0" width="430" height="323" /></a><br />懇親会にてトロントからの旧友と・・・<br /><br /><span style="font-size:large; color:red;">▼感想</span><br /><br /> 詳しくお話をうかがうと、スリランカの政情が不安定でゲリラに襲われる危険のあるような時代から、行き来されて来られたことがわかった。それでも、支援に対して手ごたえがあるスリランカで活動を続けられる鈴木さんの若々しくはつらつとした姿に感銘を受けた講演でした。(聞き起し 山田洋子 '77外独)<br />
  • Date : 2015-02-28 (Sat)
  • Category : 三水会
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三水会2014年12月講演録:三水会・マスコミ・ソフィア会忘年会

■日 時 2014年12月16日(火) 19:00~22:00 ■場 所 フェスタ飯倉  ■参加者 27名三水会忘年会が、2014年12月16日夜フェスタ飯倉にて開催され、同時にマスコミ・ソフィア会のメンバーも参加した。会場のフェスタ飯倉は、有名なコスプレ・カラオケ店だったが、残念ながら12月末で閉店となった。当日は名残をおしみつつ参加する人も多く盛況に三水会の忘年会は終わった。乾杯!!黒水則顯幹事からは、三水会の1年の振り返りで... ■日 時 2014年12月16日(火) 19:00~22:00 <br />■場 所 フェスタ飯倉  <br />■参加者 27名<br /><br /><img src="http://blog-imgs-80.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015010610185829f.jpg" alt="フェスタ店内入口RIMG10766" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-80.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201501061019025b6.jpg" alt="会場の様子RIMG10686" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />三水会忘年会が、2014年12月16日夜フェスタ飯倉にて開催され、同時にマスコミ・ソフィア会のメンバーも参加した。会場のフェスタ飯倉は、有名なコスプレ・カラオケ店だったが、残念ながら12月末で閉店となった。当日は名残をおしみつつ参加する人も多く盛況に三水会の忘年会は終わった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-80.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150106101958b42.jpg" alt="乾杯RIMG10685" border="0" width="430" height="323" /><br />乾杯!!<br /><br /><img src="http://blog-imgs-80.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201501061019592cc.jpg" alt="黒水幹事RIMG10683" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />黒水則顯幹事からは、三水会の1年の振り返りで講演タイトル・講演者名(下記一覧参照)が発表され、「2015年もすばらしい講演者にこうご期待」との挨拶があった。また旬の講演者を見出し、講演日程の交渉の苦労話にもふれられた。当日出席のマスコミ・ソフィア会常任幹事武市英雄先生は、学生時代の話題を、さらに会場を提供されたフェスタの高山雄一社長からは、「当店は、1980年代に開店し、当時フェスタという言葉がめずらしかったが、今はよく使われている。その魁になったと自負している」というエピソードも披露された。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-80.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201501061019019f3.jpg" alt="磯浦さん挨拶RIMG10746" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />磯浦康二マスコミ・ソフィア会代表幹事からは、「三水会はいつも、時代を先取りした講演者の講演会をタイムリーに開催されていて、大変すばらしい。その講演内容はマスコミ・ソフィア会のホームページ「コムソフィア・オンライン」cumsophia.jp で紹介していますので、どうぞご覧ください」と挨拶をされた。そして石川雅弥ソフィア会副会長からは上智大学創立100周年以降の今後のソフィア会の発展に向け、三水会をはじめとする各種同窓会活動の協力を強調された。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-80.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150106102001072.jpg" alt="司会の佐藤幹事RIMG10687" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />忘年会の締めには、佐藤光利幹事から「三水会は、これまで素晴らしい講演者による有意義な講演をお届けできていると思います。30年以上にもわたりほぼ毎月の講演会を継続できていることは驚異に感じます。それだけ多数の講演を開催できることは、活躍されているソフィアンの層が厚いということの裏付けです。今や300名を超すメンバーに講演会を案内しており、毎月必ず参加される方がいることは勿論、1年も2年も参加されていなかったメンバーがひょっこりと聴講されるという気安さも三水会の良いところで、これからも素晴らしい講演をお届けしていきます」とその意気込みを語った。(報告‘77年外独卒 山田洋子)<br /><br />2015年1月三水会予定<br /> ■ 日 時 2014年1月29日(木) 18:30~ ※期日、曜日に注意願います。<br /> ■ 場 所 ソフィアンズクラブ  03(3238)3075<br />       (上智大学12号館1F  新宿通り沿い北門のすぐ右側)<br /> ■ 講 師 大門 小百合(だいもんさゆり)さん (外国語学部比較文化学科卒)<br />       株式会社ジャパンタイムズ 執行役員<br /><br />2014年三水会講演一覧<br /><br /><table border="1" class="table table-condensed table-bordered"><tr><td width="15%"><a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-254.html">2014年1月</a></td><td width="35%">盛田勉(もりたつとむ)さん(1992年文新卒) / 株式会社KADOKAWA メディア&インフォメーション事業統括本部 メディア編集局統括局長</td><td>KADOKAWAのトランスフォーメーションそして、Co-Operated Mediaとは</td></tr><tr><td ><a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-253.html">2014年2月</a></td><td>今野聡美(こんのさとみ)さん(2007年経営卒) / 株式会社今野 専務取締役 兼 新規開発室室長</td><td >生分解性プラスチックに魅せられた私の7年間</td></tr><tr><td ><a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-269.html">2014年3月</a></td><td>諸田玲子(もろたれいこ)さん(1976年文英卒) / 作家</td><td >『波止場浪漫』こいばなし</td></tr><tr><td ><a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-267.html">2014年4月</a></td><td >島田茂(しまだしげる)さん(1978年文哲卒)/ 日本YMCA同盟総主事</td><td>世界最大の青少年団体の挑戦 ~地球市民育成と平和文化~</td></tr><tr><td ><a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-265.html">2014年5月</a></td><td>寺脇加恵(てらわきかえ)さん(2000年法法卒) / 株式会社BeautyBar クリエイティブディレクター&シェフ</td><td >夢の実現~私の「食」のストーリー</td></tr><tr><td ><a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-271.html">2014年6月</a></td><td>山脇晴子(やまわきせいこ)さん(1979年外露卒) / 日本経済新聞社常務執行役員(文化事業担当補佐)</td><td >『美術展の裏側』―イベント実現までの長い道程とリスク・喜び</td></tr><tr><td ><a href="http://cumsophia.blog106.fc2.com/blog-entry-276.html">2014年7月</a></td><td >藤澤秀一(ふじさわしゅういち)さん(1979年理電卒) / (財)元NHK放送技術研究所所長</td><td>進化する放送</td></tr><tr><td >2014年9月</td><td>鈴木一男(すずきかずお)さん(1952年文新卒) / NGO ワンワールド・ワンピープル協会(OWOP) 会長</td><td >ワンワールド・ワンピープル~85歳の国際交流活動</td></tr><tr><td >2014年10月</td><td>浜田敬子(はまだけいこ)さん(1989年法国卒) / 「AERA」(アエラ)編集長</td><td>AERAでわかる働く女性の変化</td></tr><tr><td >2014年11月</td><td>高橋浩(たかはしひろし)さん (1967年文英卒) / 東映アニメーション株式会社 取締役相談役</td><td >視聴率15%を保証します!番組誕生秘話とヒットの法則を語る</td></tr></table>
  • Date : 2015-01-06 (Tue)
  • Category : 三水会
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三水会2014年7月講演録:藤澤秀一さん

■講演テーマ:「進化する放送」■講 師 藤澤秀一(ふじさわしゅういち)さん(‘79年電気電子工学科卒)(財)元NHK放送技術研究所所長■日 時 2014年7月16日(水) 18:30~20:30 ■場 所 ソフィアンズクラブ  ■参加者:30名〈藤澤秀一プロフィール〉1980年NHK東京営業局営業技術部入局。その後種々の放送技術の研究・開発に関わり、95年放送技術局報道技術センター・チーフエンジニア、05年放送技術研究所研究企画部部長、06年... ■講演テーマ:「進化する放送」<br />■講 師 藤澤秀一(ふじさわしゅういち)さん(‘79年電気電子工学科卒)(財)元NHK放送技術研究所所長<br />■日 時 2014年7月16日(水) 18:30~20:30 <br />■場 所 ソフィアンズクラブ  <br />■参加者:30名<br /><br /><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109164508b9d.jpg" alt="1_藤澤氏正面RIMG4518" border="0" width="430" height="323" /><br />〈藤澤秀一プロフィール〉<br />1980年NHK東京営業局営業技術部入局。その後種々の放送技術の研究・開発に関わり、95年放送技術局報道技術センター・チーフエンジニア、05年放送技術研究所研究企画部部長、06年経営企画室デジタル放送推進統括担当部長を歴任後、12年NHK放送技術研究所所長就任。本年6月退任。(財)NHKエンジニアリングシステム研究主幹、総務省情報通信審議会専門委員<br /><br /><span style="font-size:large;">「4K、8K」って最近よく聞くけど何???という方はぜひ!</span><br /><br />司会口上(佐藤光利さん三水会幹事)「日本のいや世界のテレビ放送技術を牽引するといっても過言ではないNHK放送技術研究所の所長を6月まで務められ、まさにSHV(スーパーハイビジョン)技術開発を引っ張ってこられた藤澤さんに、今、話題の「4K/8K」放送やスマートテレビ、ハイブリッドキャストなど、これからさらに進化していく放送について初心者向けにお話しいただきます」<br /><br />7月の三水会は、マスコミ・放送業界の最前線で活躍されている方が多く、会場は講演開始前からいやが上にも期待が高まっていた。そして藤澤さんの講演は、NHK技術研究所の紹介からテレビの技術的発展について、実際の映像や動画も使いながら話をされた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201411091646539ed.jpg" alt="2_オープニング20140716三水会RIMG4525" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><br /><span style="font-size:large;">▼『シンボリックな事件』だったデジタル放送への移行</span><br /><br />最初に、藤澤さんは地上のテレビアナログ放送がデジタル放送へ切り替わる時、自宅で録画されたビデオを紹介された。それは、「アナログテレビ放送を長い間ご覧いただきましてありがとうございました」というアナウンサーの言葉で締めくくられる事務的な案内放送だった。藤澤さんは、1997年NHK技術局に転勤になり、翌年からBSデジタル放送の立ち上げプロジェクトに参画し、放送のデジタル化一筋にNHKでのキャリアを積んで来られた。このデジタル放送への切り替えは、ご自身にとって『シンボリックな事件』だったそうで、「あえて録画を紹介させていただきました」と語られた。2000年は、日本にとって本格的なデジタル放送が開始された記念すべき年だった。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼日本のテレビ中継研究は1940年の「幻の東京オリンピック」に始まった</span><br /><br />次に日本のテレビ放送技術史についてNHKの技術研究所の歴史とともに解説された。日本のテレビ放送は、戦争で中止に追い込まれた1940年の「幻の東京オリンピック」をテレビ中継するために研究が開始された。1925年に日本で初めてラジオ放送が開始され1930年にはNHKの放送研究所が設立されたという。そして世田谷の砧にあるNHK放送技術研究所の建物や、現在の藤澤さんの職場の紹介もされた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109164832775.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109164832775.jpg" alt="資料1" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:NHK放送研究所1930年設立時の建物(1930-1961)※クリックで拡大<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165118a72.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165118a72.jpg" alt="資料2" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:NHK放送技術研究所(1961-2002)※クリックで拡大<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_8765.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_8765.jpg" alt="IMG_8765.jpg" border="0" width="430" height="323" /></a><br />おまけ:ちなみに現在は・・・※筆者撮影<br /><br />我が国の衛星放送は、2000年までの間は、NHKとWOWOWのみでBSアナログ放送が行われていたが、我が国の本格的基幹放送としてスタートしたのは、2000年からのBSデジタル放送とのこと。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165211448.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165211448.jpg" alt="資料3" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:わが国の放送サービスの歴史(放送のデジタル化まで)※クリックで拡大<br /><br />日本の衛星放送の特徴は一般家庭でパラボラアンテナを設置して衛星からの電波を直接受信するもので、1984年に世界で初めてアナログ方式で開始され、2000年以降のデジタル方式も含めて通算25年以上経過した2011年、IEEEアイトリプルイー (The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc)のマイルストーンとして認定されたそうだ。そして藤澤さんは、放送サービスの資料を解説されながら、「新しい技術が発見されても、実用化までは時間がかかることが多い」と強調された。例えば、1964年からハイビジョンの開発が開始され、実用化までには、数十年を要している。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼デジタル化により急速に進むメディアの進化</span><br /><br />さらに藤澤さんは、「デジタル化によってテレビ放送等メディア進化の速度が急に早くなった」と資料「テレビ放送メディア発展の系譜」を見ながら、具体的に説明された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165315e42.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165315e42.jpg" alt="資料4" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:テレビ放送メディア発展の系譜※クリックで拡大<br /><br />グラフのデータは、横軸が高品質化、縦軸が高機能化である。例えば、テレビのカラー化は、高機能化ではなく高品質化なのでグラフは水平に遷移している。逆に、ハイブリッドキャスト(放送通信連携高機能化サービス)は、品質というより機能が増えただけなので、垂直方向にグラフが伸びる形で示されている。それに対して2000年の放送デジタル化や4K/8Kは、品質、機能ともによくなったので、斜め上に伸びている。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼ネットとテレビ放送の連携サービスを目指す「ハイブリッドキャスト(放送通信連携高機能化サービス)」</span><br /><br />次にハイブリッドキャストの説明が行われた。なぜこのようなサービスが必要なのだろうか。<br /><br />「ハイブリッドキャスト(放送通信連携高機能化サービス)」を計画するにあたり、テレビ放送60周年の際に,テレビ放送界研究所でテレビと一般生活者の関わりについて行われたアンケート結果が示された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165428d85.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165428d85.jpg" alt="資料5" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:アンケート結果 タイムシフト視聴・オンデマンド視聴※クリックで拡大<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165429c2e.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165429c2e.jpg" alt="資料6" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:アンケート結果 ソーシャル視聴※クリックで拡大<br /><br />Q:ふだん、録画した番組をどれくらい見る?<br />A:「週に1日以上」録画したテレビ番組を見る人は、全体の4割という回答で、藤澤さん解説:「『要するにリアルタイムの番組はご覧にならない』ということは、民放の皆様には脅威になるかと思いますが」(会場笑)<br /><br />Q:インターネットで「テレビ番組に関する動画」を見る?<br />A:全体の約3割。男30代以下と女16~29歳では半数以上が動画をネットで視聴という回答で、藤澤さん解説:インターネットの情報量の8割は動画といわれているが、この結果はそのことを表していると思います。<br /><br />Q:SNSでテレビに関する情報や感想を読み書きする?<br />A: 全体の22%。30代以下で利用する人が多い。 という回答で、若い世代はテレビを見ながら、何等かのツィッター等をしていることが表されている。<br /><br />Q:テレビをひとりで見る?家族と見る?<br />A: 個人視聴の増加傾向、家族視聴の減少傾向が止まっている現象が示されたが、藤澤さんは、「このデータは検証をする必要がありますが、1970年からテレビを一人で見る人が増加してきたが、1990年代ごろからは一旦飽和状態になり、2011年の東北大震災以降家族とテレビを見る傾向に戻っているようです」と補足された。<br /><br />以上のようなアンケート結果から、放送局は、一方的に番組を提供するだけでなく、視聴者のニーズに合わせて、放送サービス自体を変えるべきではないかという観点で「ハイブリッドキャスト(放送通信連携高機能化サービス)」の研究開発が始められたそうだ。<br /><br />「ハイブリットキャストとは、放送番組と連携させて、いろいろな高機能サービスをネット経由で提供するという発想で作られたもので、テレビとスマホと両方の機能をさらに進化させ、ネットと連携させているものです」と説明され、ハイブリッドキャストの紹介ビデオでその機能の一部が紹介された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165609c18.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165609c18.jpg" alt="資料7" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:NHK ハイブリッドキャストとは?※クリックで拡大<br /><br />ハイブリッドキャストの機能は、テレビ番組の放送中に、関連する番組が紹介されたり(関連動画、関連コンテンツ)、サッカーの中継中に、メンバー紹介の情報を得たり、好きな選手のゴールだけリプレイで見たり等、ネット経由のサービスでさらに視聴者に番組を楽しんでもらうためのもので、いわゆるPCプログラムを作るのと同じように、さまざまなアイディアで現在開発されているそうだ。「ソチオリンピックの際、ハイブリッドの高機能サービスを試験的に行ったが、一番人気があったのは、『時差再生』で、番組途中から、見ている番組をクリックするだけで最初から視聴できるというものでした」と。ハイブリッドキャストは、まだプリミティブなサービス段階であり、「マルチビュー」という機能等、相当予算がかかるのですぐに実現するのには、時間がもう少しかかるとも補足された。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165648aad.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165648aad.jpg" alt="資料8" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:NHK Hybridcast サービスソチ五輪に向けて認可申請したハイブリッドサービス※クリックで拡大<br /><br /><span style="font-size:large;">▼2020年東京オリンピックを目指すスーパーハイビジョン(4K/8K)の開発</span><br /><br />最後に、スーパーハイビジョンのロードマップという資料を見ながら、2016年のリオのオリンピックに試験放送が行われ、2020年東京オリンピックまでには、8K スーパーハイビジョン放送開始をめざしているという今後の計画を話された、そして、4K/8Kを中心に最新技術(立体テレビ、超高速度カメラ、音声認識による字幕制作等)について、ビデオや資料も織り交ぜながら解説が行われた。歴史的にも放送技術の進歩は、オリンピックをテコに急速に進歩しているという。藤澤さんは、戦前の「幻のオリンピック・東京オリンピック」当時の機材と現在のものとを示され比較されたが、その放送技術の進歩を会場の参加者は目の当りにした。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165750e40.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165750e40.jpg" alt="資料9" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:幻の東京オリンピック※クリックで拡大<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165751a5a.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165751a5a.jpg" alt="資料10" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:総務省 放送サービスの高度化に関する検討会8Kロードマップ※クリックで拡大<br /><br />「テレビではない未来のテレビがスーパーハイビジョン(SHV)」だそうだが、最近では、ブラジルWWFのサッカーや幕張の「宇宙博」でその紹介が行われたそうだ。<br /><br />現在のハイビジョンの4倍きめ細かいものが4K画質で、さらに16倍の超高精細映像と、22.2チャンネルのマルチ音響によるサービスが8Kスーパーハイビジョン(SHV)である。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165914d71.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109165914d71.jpg" alt="資料11" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:スーパーハイビジョンとは※クリックで拡大<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2014110916591667b.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2014110916591667b.jpg" alt="資料12" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:スーパーハイビジョンとは 説明4K/8K※クリックで拡大<br /><br />8Kによる画面の実物感・臨場感は、すばらしく高度で、スポーツの試合会場内にいるような興奮が、直に伝わってくる。高解像度、大画面、近視距離、広視野角によって、実物感や空気感まで伝わってくるようになるそうだ。8Kは、自宅のみならず、パブリックビューイングやデジタルミュージアムにも活用が可能である。ただし、現実的には一般の個人宅には8K 用の大画面ディスプレイをおくことは難しい。量産化や国際基準にあうように標準化をすることも、予算面技術面も含め、大きな課題があるようだ。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2014110916591740d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2014110916591740d.jpg" alt="資料13" border="0" width="430" height="301" /></a><br />資料:8Kにおける実物感と臨場感※クリックで拡大<br /><br /><span style="font-size:large;">▼4K/8K技術で息を吹きかえしてほしい日本のメーカー</span><br /><br />放送技術は進歩し続けているが、デジタル化によって、その速度は急激に早くなった。コンピューターの技術革新も同じように進んでいくが、放送のデジタル化によって、当初予想されていなかったことが2つあるそうだ。<br /><br />一つは、デジタル化によって、テレビがプラモデル化しその結果、安価になったことだ。「アナログ時代は、日本の匠の存在がありましたが、デジタル化で、テレビはだれでも作れるプラモデルのようになり、その結果、海外でだれでも安く製造できるようになり製造の環境が大きく変化したことは、本当に予想しなかったことです」と語られた。<br /><br />二つ目は、「さらに高度な技術を日本が先頭にたって牽引していくことによって日本のメーカーも息を吹きかえしてほしい。また、4K/8Kの技術を成功させたい」と抱負も語られた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109170154a57.jpg" alt="4_講演中20140716三水会RIMG4741" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />会場からは、BS放送に従事している佐藤幹事も「8Kの画像をパブリックビュー等でぜひご覧になっていただきたい」と最後にコメントされた。<br /><br />質問コーナーでは、今後のテレビの世界戦略や韓国の戦略、国際競争、標準化の問題等、さまざまな意見交換が行われた。藤澤さんの理工学部時代の思い出は、「基礎的な勉強を野村卓也先生(に教えていただき、13年間にわたるNHKの研究所時代の経験が今本当に役に立っている。98年ぐらいからテレビのデジタル化に取り組むようになったときに、自分はアナログ時代の人間だったので、世界が大きく変わったことを一方では認識した」とも語られた。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼感想</span><br /><br />テレビの放送技術で世界を牽引しているNHK放送技術研究所で卒業生が活躍されていることを実感した。放送業界の上智卒業生の活躍は、ともすればアナウンサー等ソフト面に着目しがちだが、裏方の技術分野の方でも多くの卒業生が活躍されていることを改めて認識した。新しいテレビの4K/8Kを始め、NHKがPRしている技術サービスにも注目し今後の藤澤さんのご活躍をお祈りしたい。(報告‘77年外独卒 山田洋子)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-56.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20141109170155948.jpg" alt="5_懇親会20140716三水会RIMG4765" border="0" width="430" height="323" /><br />懇親会の様子<br />
  • Date : 2014-11-08 (Sat)
  • Category : 三水会
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