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アジアのノーベル賞「マグサイサイ賞」を石澤良昭教授が受賞

 さる8月31日フィリピンの首都マニラでアジアのノーベル賞とも呼ばれる「マグサイサイ賞」の授賞式が行われ、石澤良昭教授(2005〜11年学長、現上智大学アジア人材養成研究センター所長)が受賞した。この賞は、フィリピンの故ラモン・マグサイサイ大統領にちなみラモン・マグサイサイ財団が主催し、毎年アジアの平和や発展に尽くした個人や団体に贈られる。これまでインド貧民救済活動の故マザー・テレサや元国連難民高等弁務官の...  さる8月31日フィリピンの首都マニラでアジアのノーベル賞とも呼ばれる「マグサイサイ賞」の授賞式が行われ、石澤良昭教授(2005〜11年学長、現上智大学アジア人材養成研究センター所長)が受賞した。この賞は、フィリピンの故ラモン・マグサイサイ大統領にちなみラモン・マグサイサイ財団が主催し、毎年アジアの平和や発展に尽くした個人や団体に贈られる。これまでインド貧民救済活動の故マザー・テレサや元国連難民高等弁務官の緒方貞子氏(元上智大学教授)らも受賞している世界的な由緒ある賞だ。上智大学では緒方氏に次いで2人目の受賞となる。<br /><br /> 石澤教授は1961年にアンコールワットを訪れて以来、遺跡の調査研究・保存修復・人材養成を続けてこられた。1970年代カンボジアではポル・ポト政権による大量大虐殺で人材を失いながらも、「アンコールワット遺跡保護と修復はカンボジア人によってなされるべきもの」との信念で活動してこられた。<br /><br /> 授賞の理由として、財団は「安全・衛生面での危険にさらされながらも、専門知識の確立とアンコールの保護に執念を燃やした。卓越した指導力でカンボジア人に自国遺産の保護の重要性を啓発した」と評価された。<br /><br /> 石澤教授は、マスコミ・ソフィア会が主催している第3回コムソフィア賞の受賞者でもある。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-110.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20170917221320ca4.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-110.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20170917221320ca4.jpg" alt="石沢先生(1)91" border="0" width="430" height="323" /></a><br />写真1.マグサイサイ賞授賞式での石澤教授(左端・TBS NEWS動画より)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-110.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20170917221321cd5.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-110.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20170917221321cd5.jpg" alt="石沢先生(2)西参道A" border="0" width="323" height="430" /></a><br />写真2.石澤教授指導のもと進められたアンコール西参道修復作業(A)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-110.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20170917221323742.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-110.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20170917221323742.jpg" alt="石沢先生(3)西参道B" border="0" width="430" height="323" /></a><br />写真3.石澤教授指導のもと進められたアンコール西参道修復作業(B)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-110.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20170917221324b85.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-110.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20170917221324b85.jpg" alt="石沢先生著書表紙写真(4)018" border="0" width="323" height="430" /></a><br />写真4.石澤教授著書『Challenging the Mystery of the Angkor Empire』 (上智大学出版刊)<br /><br />
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ソフィアンが書いた本7冊_会報71号より

ゆびさきの宇宙岩波書店刊 2015年2月17日発行、1,100円+税生井久美子(’79文心)著目が見えず、耳も聞こえない「盲ろう者」福島智東大教授の生きる軌跡を追った良書。体の底からうめき、七転八倒する福島に寄り添いながら「生きることが最大の仕事」「よりよく生きること」「より豊かに生きること」という言葉に出会って、障害者が働くことは相互に支えあうこと、そしてこのことはあらゆる人に当てはまることに行き着く。「ゆび... <span style="font-weight:bold;font-size:large;">ゆびさきの宇宙</span><br />岩波書店刊 2015年2月17日発行、1,100円+税<br />生井久美子(’79文心)著<br />目が見えず、耳も聞こえない「盲ろう者」福島智東大教授の生きる軌跡を追った良書。体の底からうめき、<br />七転八倒する福島に寄り添いながら「生きることが最大の仕事」「よりよく生きること」「より豊かに生きること」という言葉に出会って、障害者が働くことは相互に支えあうこと、そしてこのことはあらゆる人に当てはまることに行き着く。<br />「ゆびさきの宇宙」とは自分の思いを他者に伝える「指点字」「指点字通訳」の実践であった。今回文庫本として新装出版されたが、2冊の本の印税は全額盲ろう者支援に届けられているのは感銘に絶えない。<br /><br /><a href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4006032811/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4006032811&linkCode=as2&tag=twoc-22" target="_blank"><img border="0" src="http://ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&ASIN=4006032811&Format=_SL250_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=twoc-22"></a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=twoc-22&l=as2&o=9&a=4006032811" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br /><br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">羊と鋼の森</span><br />文藝春秋刊 2015年9月15日発行、1,500円+税<br />宮下奈都(’89文哲 2016年、第154回直木三十五賞候補、本屋大賞受賞)著<br />ピアノの蓋を開いて中を覗いたことがありますか? 中には羊がいるのです。それも森の中に……。<br />主人公は山で育った高校二年生。縁あってピアノの調律師にあこがれてゆく。羊毛でできているハンマーのフェルト。音の調律に針を刺したり削ったり。一人前の調律師になる過程を繊細な筆致でやさしく見守るような目なざし。失敗したり、いじめとも思われる厳格な指導。双子のピアノ姉妹に対する恋心など、主人公に寄り添う描写が好ましい。芥川賞の又吉直樹著『火花』の師弟関係を凌駕している良質な師弟小説だ。<br />作中にピアノのトップメーカー「リーゼンフーバー社」とあるが、著者の恩師リーゼンフーバー哲学科名誉教授の名を借りたと思われる。『夏の花』の作家・原民喜の言葉を引き合いにしながら心に沁みる興味深い一冊に仕上がっている。<br /><a href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4163902945/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4163902945&linkCode=as2&tag=twoc-22" target="_blank"><img border="0" src="http://ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&ASIN=4163902945&Format=_SL250_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=twoc-22" ></a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=twoc-22&l=as2&o=9&a=4163902945" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">風聞き草墓標</span><br />新潮社刊 2016年3月発行 1,800円+税<br />諸田玲子(’76文英・第9回コムソフィア賞受賞)著<br />元禄の財政危機を救った辣腕の勘定奉行・萩原重秀定の急死と不正発覚。その20年後の夏のさかり、重秀の嫡男の許嫁だった主人公せつのもとに町奉行・大岡越前の守が突然訪ねてきた。20余年前、大地震や富士の噴火が続くなか、財政を取り仕切った重秀の死にまつわる写本が出回り、関係者が不審な死を遂げていた。せつは否応もなく事件に巻き込まれ、重秀の嫡男と父が奉行を務める佐渡をめざして江戸を発つ。史実に基づくミステリー、歴史の暗部と父子の葛藤を見事に描き切った超大作。<br /><a href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4104235156/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4104235156&linkCode=as2&tag=twoc-22" target="_blank"><img border="0" src="http://ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&ASIN=4104235156&Format=_SL250_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=twoc-22" ></a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=twoc-22&l=as2&o=9&a=4104235156" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">これからの環境エネルギー―未来は地域で完結する小規模分散型社会</span><br />三和書籍刊 2015年4月20日発行 2,400円+税<br />鮎川ゆりか(’71外英・第21回コムソフィア賞受賞)著<br /> 本書の特徴は、「エネルギー」の世界を「環境」という切り口で今後の日本社会の進むべき道を解説している点だ。環境に負荷を与えず、私たちの生活を快適にしてくれるエネルギー利用生活はどんなものかを描いている。それは地域が主体となり、そこで完結する小規模分散型社会である。これからはこうした型の社会がITでつながり、互いに情報やエネルギー、文化、生活物資を融通し合い、自然を資本と考える経済社会になるだろうと予測している。<br /><a href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4862511813/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4862511813&linkCode=as2&tag=twoc-22" target="_blank"><img border="0" src="http://ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&ASIN=4862511813&Format=_SL250_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=twoc-22" ></a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=twoc-22&l=as2&o=9&a=4862511813" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br /><br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">本物の英語力―「英語の壁」を越えるための新常識</span><br />講談社現代新書 2016年2月20日発行 800円+税<br />鳥飼玖美子(’69外西・第20回コムソフィア賞受賞)著<br />日本人が過去英語教育に投じたエネルギーと金は天文学的といっていい。でも現実は英語が苦手な状態が続いている。長年日本人の英語教育に力を入れてきた著者の書いたこの本では、英語が苦手、英語が嫌い、必要だけど英語はやる気がしないなどの人のために英語学習の新たな視点を紹介。<br />基本原則は2つ。(1)ネイティブ・スピーカーを目指すのではなく自分が主体的に使える英語--「私の英語」を目指す。(2)英語を覚えようとするのではなく、知りたい内容、興味のある内容を学ぶこと、と著者は指摘する。<br /><a href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4062883538/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4062883538&linkCode=as2&tag=twoc-22" target="_blank"><img border="0" src="http://ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&ASIN=4062883538&Format=_SL250_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=twoc-22" ></a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=twoc-22&l=as2&o=9&a=4062883538" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br /><br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">防諜捜査</span><br />文藝春秋刊 2016年04月20日発行 1,600円+税<br />今野敏(1979文新)著 <br />ロシア人ホステスの轢死事件が発生。事件はロシア人の殺し屋による暗殺だという証言者が現れた。<br />国益とプライドをかけた防諜戦争の行方は…?上智在学中に『怪物が街にやってくる』で第4回問題小説新人賞を受賞しデビューした天才サスペンンス小説家。膨大な数のシリーズがあるが、倉島警部補シリーズには『曙光の街』『白夜街道』『凍土の密約』などがあるが、待望の最新刊!<br /><a href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4163904417/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4163904417&linkCode=as2&tag=twoc-22" target="_blank"><img border="0" src="http://ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&ASIN=4163904417&Format=_SL250_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=twoc-22" ></a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=twoc-22&l=as2&o=9&a=4163904417" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br /><br /><br /><span style="font-weight:bold;font-size:large;">四月になれば彼女は</span><br />文藝春秋刊 2016年11月4日発行 1,512円<br />川村元気 (2001文新) 著<br />初めての小説『世界から猫が消えたなら』が100万部突破、続く『億男』も連続2回本屋大賞にノミネート。映画プロデューサーとしても『電車男』『告白』『悪人』『おおかみとこどもの雨と雪』『寄生獣』など次々にヒットを飛ばす。ちなみに現在中国を始め全世界でアニメ映画の記録を塗り替えている「君の名は。」も彼のプロデュース作品。2016年は『理系に学ぶ。』『超企画会議』などのハウツー本に加えて年末に『億男』から2年ぶりの小説として「四月になれば彼女は」を発刊。星野源に「川村元気そのもののような小説」と言わしめた「恋愛がなくなった世界」で、恋愛を求めてもがく男女の物語。<br /><a href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4163905537/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4163905537&linkCode=as2&tag=twoc-22" target="_blank"><img border="0" src="http://ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&ASIN=4163905537&Format=_SL250_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=twoc-22" ></a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=twoc-22&l=as2&o=9&a=4163905537" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
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ブックレビュー 『超企画会議』川村元気

『超企画会議』(ちょうきかくかいぎ)KADOKAWA刊 2016年4月21日発行 1,404円川村元気 (2001文新) 著5月から自作の「世界から猫が消えたなら」も映画としてロードショー公開するなど、次々と大ヒット映画をプロデュースし、国内外で高く評価されている川村元気さん。その常識を打ち破る企画力はどんな風に生まれたのか?この本を読むと、その謎が解ける気がする。『超企画会議』は、もし、ハリウッドの巨匠たちと企画会... 『超企画会議』(ちょうきかくかいぎ)<br />KADOKAWA刊 2016年4月21日発行 1,404円<br />川村元気 (2001文新) 著<br /><br /><a href="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201604241429501af.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-95.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201604241429501af.jpg" alt="超企画会議" border="0" width="200" height="293" /></a><br /><br />5月から自作の「世界から猫が消えたなら」も映画としてロードショー公開するなど、次々と大ヒット映画をプロデュースし、国内外で高く評価されている川村元気さん。その常識を打ち破る企画力はどんな風に生まれたのか?<br /><br />この本を読むと、その謎が解ける気がする。『超企画会議』は、もし、ハリウッドの巨匠たちと企画会議をすることになったら?川村さんはどんな準備をしてどんな提案をするのか、最初から最後まで、そんな巨匠たち、ウディアレン、スピルバーグ、ティムバートンらとの空想会議の内容が書かれている。その緻密で自由すぎる内容に抱腹絶倒だ。ディカプリオもジョニーデップも会議に乱入してくるわ、で大いに楽しめる。映画好きにはたまらないし、そうでなくても、”空想も本気ですれば実現するのでは?”と思わせてくれる元気になれる一冊である。<br /><br />川村さんは、来る5月29日(日)の「オールソフィアンズフェスティバル2016」にて、基調講演(12時から12-201教室)で映画の話題、下北沢で人気のブックカフェ「B&B」上智大学店(14時から1-105教室)で本にまつわるトークショーに出演します。ご本人に会えるめったにないチャンス! お誘い合わせの上ぜひご来場下さい。(B&B上智大学店でのトークショーは事前予約が必要です。詳しくはhttp://bookandbeer.com/で近日申込開始)('83文哲 吉田 真咲)
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訃報 庄司永建氏逝去

最年長の現役俳優、庄司永建先輩(1947専新)が9月15日、膵臓がんのため東京都内の病院で亡くなった。92歳。山形県出身、上智大学卒業後、劇団民芸を経てフリーとして活動。民芸の舞台「セールスマンの死」、ドラマ「西部警察」、映画「ミンボーの女」などドラマや映画で活躍。最後に聞いた庄司さんの話昨年、7月に行われた諸橋晋六元ソフィア会会長の一周忌の集いで庄司永健先輩は次のような話をされた。「昭和20年3月、召集を受... 最年長の現役俳優、庄司永建先輩(1947専新)が9月15日、膵臓がんのため東京都内の病院で亡くなった。92歳。山形県出身、上智大学卒業後、劇団民芸を経てフリーとして活動。民芸の舞台「セールスマンの死」、ドラマ「西部警察」、映画「ミンボーの女」などドラマや映画で活躍。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150929090102b9d.jpg" alt="庄司永健shoujieiken1" border="0" width="240" height="360" /><br /><br />最後に聞いた庄司さんの話<br /><br />昨年、7月に行われた諸橋晋六元ソフィア会会長の一周忌の集いで庄司永健先輩は次のような話をされた。<br /><br />「昭和20年3月、召集を受けて山形へ。私は在学中、当時必修だった「教練」も「野外演習」にも真面目に参加したので、配属将校の三輪大佐に「幹部候補生試験」を受けるための推薦状を書いてもらいに行きました。ところが三輪大佐は、お前は教会の神父と仲がいい。そんなスパイと親しい奴にはやらん、といって拒否されたのです。再三、お願いしましたが駄目で、結局、私は二等兵として山形連隊に入隊し、一兵卒として軍隊では大変な目に会いました。<br /><br />秋に上智へ戻ったが学校は荒れ果てていました。木造校舎は焼けて、焼夷弾のカスだらけだった。そこで「新聞部」を作ろうと学校に言って部室をもらった。紙がないから「壁新聞」でも出すかと言っているところに、陸軍と海軍の将校服を着た2人が来た。それが諸橋晋六と白石元良で、モロさんに、あなたが編集長をやってください、よしやろうということで始まったんです。それから新宿区下落合のモロさんの家の離れに下宿して7年間家賃も払わずお世話になったんです」<br /><br />とても元気でお話をされました。本当に残念です。(磯浦康二 '57文新)
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戦後70年、厳かに行われた上智大学戦没者追悼ミサ ― 元特攻隊員ら7名も参加

▼上智大学戦没者追悼ミサ 上智大学戦没者追悼ミサが、さる6月14日(日)13時半より聖イグナチオ教会マリア聖堂で厳かに開催されました。ミサは、上智大学戦没者追悼の会主催もとソフィア会・マスコミ・ソフィア会共催、上智学院・上智大学協力により学徒動員された先輩方を中心に約150名が参集しました。学徒動員組の先輩方もすでに90歳を超えて終戦70年の節目の年の記念にふさわしい追悼会となりました。 追悼ミサは、上智大学... <span style="font-size:large;">▼上智大学戦没者追悼ミサ</span><br /><br /> 上智大学戦没者追悼ミサが、さる6月14日(日)13時半より聖イグナチオ教会マリア聖堂で厳かに開催されました。ミサは、上智大学戦没者追悼の会主催もとソフィア会・マスコミ・ソフィア会共催、上智学院・上智大学協力により学徒動員された先輩方を中心に約150名が参集しました。学徒動員組の先輩方もすでに90歳を超えて終戦70年の節目の年の記念にふさわしい追悼会となりました。<br /><br /> 追悼ミサは、上智大学理事長髙祖敏明神父様の主司式のもとに行われ、SJハウス、カトリックセンター、聖歌隊、グリークラブとそのOB会の協力もいただきました。髙祖神父様は説教の中で、上智大学戦没者には日本人学生だけではなく台湾・朝鮮出身学生も含まれており共に冥福を祈りたいと訴えられました。<br /><br /> 続いて共同祈願者の若林倫夫氏(1945経商)は、学徒動員された卒業生を代表し、また元ソフィア会会長の本多義人氏(1961経経)は、準備委員会を代表し、西丸なほみさん(1962外仏)は、父上(故志村正順氏)が昭和18年10月21日に神宮外苑競技場で行われた出陣学徒壮行会の実況放送アナウンサーを務められたご縁で、それぞれの立場から祈りを捧げました。<br /><br /> ミサの聖歌は、聖歌隊によってリードされ、グリークラブとOB会も加わり聖堂内は厳かな雰囲気に満たされました。<br /><br /> 上智大学戦没者追悼の会は、学徒動員から無事戻られた11名の方々を中心、戦争を身近に知っている卒業生89名が発起人となり、今年4月に発足しました。発起人代表には、海軍航空隊特攻であった江副隆愛氏(1947文史)がなられ、今回の追悼ミサが実現しました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼写真展示された戦時下の上智大学の学園生活</span><br /><br /> 追悼ミサに続いて、上智大学戦没者を偲ぶ会がヨセフホールで開かれました。同時にマスコミ・ソフィア会による戦時下の上智大学の学園生活と学徒動員による軍隊での写真展示もありました。<br /><br /> 会は、最初に黙祷を捧げた後、主催者代表江副氏から追悼ミサ開催の感謝の言葉があり、続いて早下隆士学長そして学徒動員の経験のある九州から参加された大木章次郎神父(1952文哲)様からご挨拶をいただきました。本多代表からは、偲ぶ会の参加者107名への感謝の言葉と戦没者への「献杯」の発声がありました。<br /><br /> そして学徒動員組の7名の紹介と当時の体験談や歓談に移りました。昭和20年4月7日調布市上空でB29に体当たりしてこれを撃墜し、戦死した河野 敬氏(1941予科入学)の紹介、さらに特攻機の整備は当時の朝鮮出身者であったという中島重行氏(1944専新)の証言、入隊に際して家族に残した故諸橋晋六元ソフィア会会長の「遺書」と兵隊姿の写真などが順次紹介されました。<br /><br /> 最後に戦没者を偲び「海ゆかば」、「同期の桜」そして「校歌」を合唱し、偲ぶ会を終了しました。以下当日の写真レポートもご参照ください。(レポート:風間 烈 '65外仏・上智大学戦没者追悼の会発起人、写真:(株)フォウカス・高嶋正喜、上智大学資料室)<br /><br /><span style="font-size:large;">▼当日の現場での写真</span><br /><br /><span style="font-size:large;"><追悼ミサ(聖マリア聖堂)にて></span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301212538b0.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301212538b0.jpg" alt="1_高祖司祭による追悼ミサ" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真1髙祖敏明神父様の主司式により上智大学戦没者追悼ミサが始まった<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301212558f8.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301212558f8.jpg" alt="2_追悼ミサの学徒動員卒業生" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真2参列された学徒動員卒業生(中央右より江副隆愛氏・1947文史、神津友好氏・1947専新、上田早苗氏・1949経経、中島重行氏・1944専新、香川節氏・1945文史)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301212562bb.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301212562bb.jpg" alt="3_共同祈願者若林氏" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真3学徒動員された卒業生を代表し共同祈願する若林倫夫氏(1945経商)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301212584a3.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301212584a3.jpg" alt="4_聖歌隊による追悼ミサ" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真4聖歌隊による厳かな讃美歌が聖マリア聖堂に響いた<br /><br /><span style="font-size:large;"><上智大学戦没者を偲ぶ会(ヨセフホール)にて></span><br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301213262fd.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301213262fd.jpg" alt="5_会場の入り口を飾ったポスター" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真5会場ホール入口を飾った上智大学戦没者追悼ミサのポスター<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015083012132712c.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015083012132712c.jpg" alt="6_江副さんの挨拶" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真6感涙し挨拶する江副氏(発起人代表)、左隣は偲ぶ会の司会を担当した筆者(風間烈)、髙祖理事長、早下隆士学長、大木章次郎神父<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121329517.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121329517.jpg" alt="7_献杯の本多元会長" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真7戦没者への「献杯」の発声する元ソフィア会会長本多義人氏(1961経経・準備委員会代表)<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121330923.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121330923.jpg" alt="8_学徒動員の思い出を語る卒業生" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真8戦時下の学園生活や軍隊経験を語る学徒動員卒業生<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121408e41.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121408e41.jpg" alt="9_プロジェクターで説明中島氏" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真9プロジェクターを使い軍隊での日常を語る中島重行氏<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121409241.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121409241.jpg" alt="10_中島重行氏の説明" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真10中島氏の説明に聞き入る会場の人々<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015083012141121c.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015083012141121c.jpg" alt="11_戦時下の上智大写真展" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真11会場にはマスコミ・ソフィア会により戦時下の学園生活や学徒動員による軍隊での写真が展示された<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015083012141285c.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2015083012141285c.jpg" alt="12_江副氏の作品展示" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真12江副氏が描いた油絵や搭乗した飛行機のプラモデルさらに元ソフィア会長故諸橋晋六氏が入隊に際しての遺書も展示された<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301214369ae.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201508301214369ae.jpg" alt="13_校歌を高らかに合唱" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真13再び母校の校歌を謳えず戦死した学友を偲び全員で合唱<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121438fcd.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150830121438fcd.jpg" alt="14_上智大学追悼ミサ記念写真" border="0" width="430" height="287" /></a><br />写真14高祖理事長、早下学長、学徒動員卒業生と追悼ミサ関係者の記念写真<br /><br />
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ピタウ先生さようなら

昨年12月26日に逝去された故 ヨゼフ・ピタウ大司教の葬儀ミサと告別式が1月14日(水)午後1時半から、東京四ツ谷の聖イグナチオ教会主聖堂で厳かに挙行された。正面にピタウ先生のにこやかな写真が飾られ、天皇・皇后両陛下の花も飾られて約1,300人が参集。式は宗教法人カトリックイエズス会、学校法人上智学院の共催で、梶山義夫イエズス会日本管区長の主司式、50人の司祭による共同司式。髙祖敏明上智学院理事長が福音朗読、続い... 昨年12月26日に逝去された故 ヨゼフ・ピタウ大司教の葬儀ミサと告別式が1月14日(水)午後1時半から、東京四ツ谷の聖イグナチオ教会主聖堂で厳かに挙行された。正面にピタウ先生のにこやかな写真が飾られ、天皇・皇后両陛下の花も飾られて約1,300人が参集。式は宗教法人カトリックイエズス会、学校法人上智学院の共催で、梶山義夫イエズス会日本管区長の主司式、50人の司祭による共同司式。髙祖敏明上智学院理事長が福音朗読、続いて説教を行いピタウ大司教の宣教と愛と感謝に満ちた一生を紹介。<br /><br /> 告別式では和泉法夫前ソフィア会会長が弔辞で、上智大学が大学紛争で苦難の時代に、学生に理解を示しながらも、ここぞという時には毅然とした態度で事態を解決に導かれたなど思い出を語った。<br /><br /> 最後に讃美歌と校歌の流れる中、参集者が花を手向けた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20150419092427c5a.jpg" alt="ピタウ先生さよなら" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />
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【手記】聖地イスラエルへの旅行記:加藤春一

聖地イスラエルへの旅行記 2015年2月4日加藤 春一('68経経)(東京エグゼクテイブ・サーチ株式会社)■はじめに:今迄の人生で、幸運にも世界5大陸、55か国を訪問出来た。今回55か国目が念願のイスラエルであった。何故念願であったのか、いくつか理由を挙げたい。1.カトリック信者としての聖地であること。2.昔、商社時代、資源やエネルギーに関わり、以下のユダヤ系企業と関わりがあった。>世界的政商のユダヤ人、ドクタ... 聖地イスラエルへの旅行記 2015年2月4日<br />加藤 春一('68経経)(東京エグゼクテイブ・サーチ株式会社)<br /><br /><span style="font-size:large; color: blue;">■はじめに:</span><br /><br />今迄の人生で、幸運にも世界5大陸、55か国を訪問出来た。<br />今回55か国目が念願のイスラエルであった。<br /><br />何故念願であったのか、いくつか理由を挙げたい。<br /><br />1.カトリック信者としての聖地であること。<br /><br />2.昔、商社時代、資源やエネルギーに関わり、以下のユダヤ系企業と関わりがあった。<br /><br />>世界的政商のユダヤ人、ドクターアーマンド・ハマーの本に地政学的に「世界の中心はイスラエルで西がオクシデンタル、東がオリエンタル」だとして、オクシデンタル石油を創業したと書かれていた。<br /><br />>オクシデンタル石油は欧州駐在中や現在もお付き合いする、スイスの世界的資源エネルギー商社、グレンコーア社と同じロスチヤイルドグループに属している。(アメリカのアル・ゴア元副首相はオクシデンタル石油の副社長も務めた。)<br /><br />>豪州駐在中に世界的工業塩の会社であるダンピアーソールト社とパートナーとして関わっていた。相手は世界的ユダヤ資本でダイアモンドの世界でも有名なリオ―テイント社であった。(ロスチヤイルドグループ)<br /><br />>現在の仕事でも、世界的資源会社で、筆者が関わった鉄鉱石にも強い南アフリカのアングロ・アメリカ社とも関わりが有る。(ロスチヤイルド グループと言われている)<br /><br />3.ユダヤ資本との経済的関わりが商社時代と現在の仕事を通じても有るので、一度彼らのルーツを訪ねてみたいと思った。<br /><br />4.2年前にスイスのロスチヤイルド銀行の社長インド人のドクターシン氏と会った時「グローバリズムとはユダヤ・キリスト教」のことだとのコメントが脳裏に強く焼き付いていた。<br /><br />5.ユダヤのジョークの中で5人のユダヤ人の賢人が「人間に最も必要なものは何か」を議論:モーゼが「頭脳」、キリストが「ハート」、マルクスが「お腹」もの、フロイトが「セックス」、最後に、其々正しいが「全て相対的なもの」とアインシュタインが締めくくった。<br /><br />ーー世界を変革する人財が何故ユダヤ人から出てくるのか秘密を探りたい気持ちーー<br /><br />6.豪州で長女がバイオリンのレッスンを受けていた時、バイオリンの世界的演奏者―オイストラッフ、メニューヒン、ハイフェッツ、パールマン等が悉くユダヤ人であったこと。まさしく「屋根裏のバイオリン弾きの世界」に興味があった。<br /><br />以上が関心を持ち続けてきた大きな理由だ。<br /><br /><span style="font-size:large; color: blue;">■スケジュール:</span><br /><br />日時:1月24日(土)―1月31日(土)<br />主催:聖地イスラエルの旅8日間――テマサ トラベル<br />参加者:8人はプロテスタント中心のクリスチアンで、小生のみカトリック信徒であった。<br />訪問地:テルアビブ、ヤッホー、カエザリア、ガリラヤ湖、ナザレ、ベツレヘム、マサダの砦、死海、クムラン洞窟、エルサレム、その他世界のIT企業の研究所地域、ヘルツエイリア、テルアビブの街<br /><br /><img src="http://blog-imgs-76.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201502140953225f0.jpg" alt="聖墳墓教会israel0238-430x287" border="0" width="430" height="287" /><br />聖墳墓教会(筆者撮影)<br /><br />■全体の印象:<br /><br />今回、マサダの砦(ユダヤ人がローマ軍と3年間戦い、破れた紀元後70年、この敗北を機に、ユダヤ人は世界に離散―1948年5月14日に再度建国したが、ユダヤ人にとって聖地)を訪問し、更にユダヤ教徒の聖なる場所「嘆きの壁」と「ダビデの墓」を訪れたり、オリーブ山からのエルサレム城壁の黄金門を眺めて、ユダヤ人が世界の中心がエルサレムにあると考えていることが良く理解出来、実感できた旅であった。<br /><br />特に黄金門はユダヤ教の人にとってはメシアが到来する時、門が開かれると信じられ、メシアが訪れるのは日本を含むオリエントからと信じられている。(特に黄金門の前にはユダヤ人の墓があり、全て土葬で足が黄金門に向いて埋葬されているのは早く門に辿り着けるからと言われている)<br /><br />一方イスラム教徒の墓は黄金門のすぐ前に広がり足はユダヤ教徒の反対、即ち、黄金門を背に、あたかもユダヤ教徒の侵入を防ぐかの様に埋葬されていたのは印象的であった。(イスラエルでは全ての宗教が土葬である)<br /><br />又、このオリーブ山から城壁の外、北側にロックフェラー財団が建てたロックフェラー考古学博物館が建てられているのも印象深かった。ロックフェラーは別名ローケンフェラーというドイツ、アシュケナジー系ユダヤ資本だからだ。<br /><br />又、筆者にとっては3宗教の聖地で有るエルサレムを抱え、4,000年の長い歴史を持つイスラエルの歴史の断片に触れることが出来、世界史の動きを巨視的、客観的に勉強できたことも収穫であった。エジプト、メソポタミア、インド、中国の文明との関係性、さらにその後のギリシヤ、ローマ、オスマントルコ文明、近代では英国、フランスとの関係から国連信託統治、その後の1948年の国家独立と現在のアメリカとの緊密な関係までの歴史は、まさに世界史が全て凝縮されている感がし、感無量であった。<br /><br />世界文明、国家、民族、宗教を真剣に考える上で、過去54か国のいずれの国ぐにを訪れた経験値にも無い、知的刺激に満ちた経験で、ある意味では世界観が更に深まったと言える。<br /><br />ーーイスラエルは小国(四国と同じくらい、人口約800万人)ながら、世界に圧倒的影響力を与えてきた。宗教的にはユダヤ教 、約1500万人 キリスト教 約24億人 イスラム教徒16億人世界の70億人の内約40億人が関わっているーー<br /><br /><span style="font-size:large; color: blue;">■以下個別的な印象:</span><br /><br />ビジネス、巡礼者、観光客のトップは中国人、韓国人の様だ。<br /><br />死海で浮遊体験の時、30人近い韓国のキリスト教巡礼団が「アレルヤ」を唄って浮遊していた。<br /><br />又帰りの税関チェックでは、今迄の経験では一番厳しい荷物チェックであった(約2時間)が多くの中国人が検閲されており、10-20本のスコッチウイスキーやコニャックをトランクと別送に詰めていた。<br /><br />ーー中国(北京 香港)韓国(インチョン)とテルアビブ間で直行便があり、中国には約2,000万人、韓国には約500万人のキリスト教徒がいる為と経済的関係が密接になっている為ーー<br /><br />ベツレヘムと言ったキリスト教聖地や世界最古の都市エリコの周辺やゴラン高原の近くがパレスチナ自治区であった。入出国にあたりパレスチナの軍人が銃器を構えてチェックされたのには厳しさと違和感を感じた。ヨルダンに近いゴラン高原も訪問したが、未だ約3万発の地雷が埋まっており危険地帯であった。<br /><br />ーー1948年以来67年の間4回の中東戦争で領土を拡大してきたが、道端に当時の装甲車が置かれたり、未だ戦争の傷跡が残されていた。ーー<br /><br />自然:死海は海抜以下400メートルでエルサレムは海抜800メートルに有り、30キロの距離で1,200メートルの高低差を昇る変化と起伏の多い場所であった。<br /><br />商業都市で飛行場のあるテルアビブは40万都市ながら地中海に面して風光明媚な都市で、エルサレム(約90万)から車で1時間の距離であった。<br /><br />イエス・キリストの宣教活動の中心北部ガリラヤ湖周辺は多くの草花が咲き乱れ、沢山の鳥がさえずっていた。イスラエルはユーラシア大陸、アフリカ大陸、ヨーロッパ大陸の臍に位置していることで多様な鳥類が各大陸間を行き来することから日本の野鳥の会からのみならず、世界の野鳥ファンから憧れの地の様だ。<br /><br />ーー自然は狭い国土ながら変化と多様性に富み、雨量の少ない乾燥地帯が多いが多様な植物と鳥類に恵まれている。ーー<br /><br />人間:ユダヤ教徒75%、イスラム教徒15%、キリスト教徒2%、その他8%、キリスト教発祥地ながらクリスチャンは2%とマイノリテイーである。<br /><br />然し、市場はユダヤ人、パレスチナ人、欧米人等がごった返して賑わっており、店舗も各人種で和気藹々共存している感じがした。パン、ナッツ類、果物は豊富で、魚は鱗のある魚のみ並び、肉類は量から見て牛肉、羊肉、鶏肉の順で並べられていた。<br /><br />ーー宗教と民族は多様ながら、市場では巧く共存,共栄しており経済活動は合理的に割り切っている感じがした。ーー<br /><br />経済活動としては、年間で約1,000社のIT企業が起業家されていて、アメリカ、ヨーロッパ、中国の企業がこれら企業の買収に熱心だ。ユダヤ人はベンチヤー企業を立ち上げる才覚には長けている。これら起業家は事業拡大が出来る欧米、中国、日本の企業に売却する。<br /><br />特に以下3つの点は注目される。<br /><br />1.ヘルツエリアーーテルアビブ近郊にマイクロソフト、アップル、グーグル、インテル、フェイスブック等(全てユダヤ人が起業)の巨大研究機関が林立していた。<br /><br />2.又 テルアビブ工科大学は優秀なユダヤ人頭脳を集めており10年後にはアメリカのマサチュウセッツ工科大学並みになるであろうと言われていた。<br /><br />その他生化学の研究も世界のトップレベルで、食糧生産も95%の自給率を誇る。特に優秀な企業人は18歳から男女双方とも全員徴兵制が敷かれ兵役に服することから(男性3年間 女性18か月)兵役期間<br />に頭脳、身心共に徹底的に鍛えられるので輩出しやすい。<br /><br />3.世界のユダヤ人コネクションの間で情報・知識の伝播がなされているので、世界最高の科学技術水準を維持、発展出来る。<br /><br /><span style="font-size:large; color: blue;">■最近の中東イスラム国問題との関係性:</span><br /><br />カトリック信徒として日本人として平和を希求する気持ちは強いし、今迄の様な日本の平和を望む処だが・・・<br /><br />安倍首相のエジプトでの2億ドルの人道支援とイスラム国が原因の難民救出の為の供与発言ーイスラム国が反発ー<br /><br />安倍首相一行がイスラエルでの「嘆きの壁」にキッパを被りユダヤ教徒の聖地に入り込んだこと。(この壁の反対側の壁には世界1500万人にネットで24時間ユダヤ教徒の祈りと願いの状況が見られる設備が有ると言う)ー筆者もキッパを被り(入口に用意されている)見学した。ユダヤ教徒の熱烈な信仰心とメシア待望の気持ちの一端が理解出来た。<br /><br />ー15%のイスラム教徒と周辺国及びイスラム国の人はどう思ったか、安倍首相はユダヤ教に近い人と思ったと推測する。ー<br /><br />同じく首相はキリスト教徒の聖なる教会ー聖墳墓教会のキリストが礫刑から降ろされて死体が香油で塗られた場所で手を触れて合されたこと。(小生はカトリックとして同じ所作を行ったが、安倍首相はクリスチアンでは無いと理解、一方奥様は仄聞するところでは、聖心女子大卒の正真正銘のカトリック教徒の様だが)<br /><br />又、首相はイスラエルの国旗を背景にネタニヤフ首相と握手し、イスラム国を非難した。(専門家も危うさを指摘していたがー)<br /><br />これらの一連の安倍首相の所作は特にイスラム国の人間からは反ユダヤ教で反キリスト教ゆえ、どのように映ったか・・・。<br /><br /><span style="font-size:large; color: blue;">■結論的には:</span><br /><br />これらの一連の事がイスラム国の非人道的、冷酷無比な行動に繋がり今後も日本人がターゲットになるとすれば、甚だ大きな誤解、曲解、独善、偏見が彼等に有ると思う。又根本的に人の命を大切にする人間観、価値観と異なる部類と理解せざるを得ない。<br /><br />さはさりながら、種々の情報筋からの情報では:<br /><br />・成田、羽田空港での自爆や銃乱射<br />・大都市での生物化学兵器の散布<br />・原発の破壊工作<br />・東京、新宿、渋谷などのターミナル都市での自爆や銃乱射<br /><br />等予測する人もおり、大都市の警備を強化する必要性を強く訴えている人もいる。<br /><br />今後日本人が日本国内に於いても海外に於いても標的にされない様に、慎重な危機管理と誤解を生じない身の処し方が望まれるし、命と財産の安全を祈念したい。<br /><br />以上<br /><br /><span style="font-size:large; color: red;">■後記:</span><br /><br />某情報では安倍首相・ネタニヤフ首相間で安全保障に関わる「武器協定書」が締結され、これも今回のイスラム国問題の背後に有る様だ。<br /><br />尚安倍首相のイスラエル訪問には約100人の官僚、企業人、マスコミが参加しているが主要企業名は以下の通り。<br /><br />NEC、富士フィルム、三井、三菱を筆頭に大手6大商社(小生の出身の日商岩井(現・双日)を含む)<br />千代田化工、日銀、キッコーマン、開発銀行、みずほ銀行等<br /><br />イスラエルの諜報機関・モサド(約1500-2000人)は世界最高のレベルと言われ、知力、気力、体力、危機管理の高さは定評が有る。<br /><br />傷を治せる医師の資格、法的判断が出来る辯護士の資格、多言語を会する能力、銃、ナイフ、爆弾の作り方、情報収集能力、偽装能力を持ち圧倒的に高いと言われる。イスラム国の最後の目標はイスラエルだがイスラエル支配は世界のインテリジエンス関係者の見方では殆ど不可能とみられている。因みに現在のネタニヤフ首相もモサド出身である。<br /><br />最後にカトリック的視点で述べたい:<br /><br />1.イスラエル・パレスチナの紛争解決には100年の歴史スパンでバチカンが進める世界宗教会議での対話促進等が必要。<br /><br />2.若者が現在進めるイスラエル人・パレスチナ人の世界コーラスツアーやキッズ サッカーの試合、教育の場での若者の相互対話、更に学者や政治家同士の対話促進を進めること。<br /><br />3.昨年5月にもローマ法王がイスラエルに訪問し平和の祈りと対話の促進を促したこと。引き続き融和の役割を期待したい。<br /><br />4.日本国家、日本人としてはユダヤ教、イスラム教、キリスト教国家ではなく宗教的には中庸な立場故、更に一貫して平和国家として従来同様、人道支援を進めて貰いたい。日本国、日本人はイスラエル・パレスチナ双方に仲裁の労をとれる可能性有り。<br /><br />5.最後に小生の所属する三軒茶屋カトリック教会に、前イスラエル大使でバチカン大使、更にアメリカでも公使を務められた故服部比佐治氏が生前以下述べられたことは印象的だった。<br /><br />世界の最重要情報ソースは<br />1.バチカン195か国の大使館が有り世界中の情報拠点である。<br />2.イスラエル(モサド含む)、インテリジエンス能力が傑出し世界のユダヤ資本ともネットワークで繋がっている。<br />3.アメリカ、ワシントンDC(CIA含む世界機関)<br />と述べていた。<br /><br />現在文春会で文明を考える会でご一緒の元バチカン大使の上野景文氏もバチカンが世界情報の重要拠点の一つと指摘している故、カトリック信徒としてはバチカンに今後とも平和と融和を積極的に期待したい。
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続・原サチコさんの講演会・・・

原サチコさん(88年外独卒)「三文オペラ」アクティブ・ワークショップに参加して日時:2014年7月28日(月)18時~21時 会場:ドイツ文化会館ホール参加者数:約50名 7月21日の講演会報告に続いて、7月28日にドイツ文化センターで開催された原サチコさんの「三文オペラ」アクティブ・ワークショップに参加した報告です。ドイツ語圏の劇場で、ブレヒト作の「三文オペラ」のポリー役(ニコラス・シュテーマン演出)を10年以上演じてき... 原サチコさん(88年外独卒)「三文オペラ」アクティブ・ワークショップに参加して<br />日時:2014年7月28日(月)18時~21時 <br />会場:ドイツ文化会館ホール<br />参加者数:約50名<br /> <br />7月21日の講演会報告に続いて、7月28日にドイツ文化センターで開催された原サチコさんの「三文オペラ」アクティブ・ワークショップに参加した報告です。<br /><br />ドイツ語圏の劇場で、ブレヒト作の「三文オペラ」のポリー役(ニコラス・シュテーマン演出)を10年以上演じてきた原サチコさんにとって、この作品には、特別の思い入れがあるようだ。そのテーマ曲として有名なクルト・ヴァイル作曲の「モリタ―ト」を題材にドイツ語を身体で話し、「舌で味わう」という体験を自分の声を通して、みなと共有しながら、楽しむというユニークなドイツ語のワークショップだった。会場には、約50名が集まり盛況な会合で、ドイツ文化センターでこの企画を担当された小高慶子さん(独文卒)が、司会を務められた。<br /> <br /><img src="http://blog-imgs-63.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140813091539be0.jpg" alt="モリタ_トを指導する原サチコさんRIMG4848" border="0" width="430" height="323" /><br />写真 「モリタ―ト」の発音練習を指導する原サチコさん<br /><br />ドイツ語を母語とする観客を前に、ドイツ人に伝わるドイツ語発音を目指して、毎日トレーニングを積んでいる原サチコさんの発声練習は、ドイツ語を「味わう」というユニークなものだ。まず、ドイツ語のレベルと声のとおりをみるために各自ドイツ語で自己紹介。その後軽い準備体操の後、発声のチェック。<br />「食べるときに、結構舌や口を動かしていますね。おいしいものが口の中にあって、舌でそれをかき集めながら、食べている様子を想像してください。ドイツ人がおいしい時に 『ウーン』といいます。皆さんもぜひ『ウーン』といって、味わうことを想像してみてください」と原さん。『ウーン』とおいしいものを想像しながら、口全体を動かす感覚を参加者は実感した。<br /><br />次に呼吸法の練習。ハミングで体内の振動をチェック。子音を確認するためにストローを使ったゲームもした。母音の発音練習では、手を伸ばしたり、一歩足を踏み出しながら発音したり、筋肉の動きや呼吸法も合わせ、大変参考になった。<br /><br />何十年もドイツ語を使っていない自分も、久しぶりに「モリタ―ト」を通してドイツ語を味わったような気分になった。最後の仕上げでは、子音の音を少し大げさに出すことを意識して全員合唱し、「三文オペラ」のせりふの一部も音読して、お開きとなった。<br /><br />ドイツワイン、ビールも用意され和やかな雰囲気の懇親会には、さまざまな年代・学科の上智の卒業生が参加していた。独文や独語をはじめ、最近ドイツリートをなさっているという英文卒の先輩、現役のドイツ語学科学生さん等、三文オペラの原さんの企画を通して、楽しい交流であった。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-63.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2014081309153821d.jpg" alt="母音の練習 RIMG4846" border="0" width="430" height="323" /><br />写真 母音の発音練習の様子<br /><br />原さんは上智大学・神戸大学・大阪ドイツ文化センターでもこのワークショップを開催された。<br /><br />現在ハンブルク・ドイツ劇場専属俳優として活動している原さん、ドイツでの井上ひさし先生の作品の紹介をはじめ、今後の活動も楽しみだ。原さんの公演予定はこちらでチェックできる。<br />http://schauspielhaus.de/de_DE/ensemble/sachiko_hara.80795<br /><br />個人的には今回の発声練習で、みぞおちの下の筋肉を上に引き上げて姿勢を整え、体幹の筋肉を鍛えることは、バレエのレッスン等すべての基本になることを実感した。   <br />(報告 山田洋子 '77年外独)
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原サチコさんの講演会・・・

国際演劇協会日本センター「海外で活躍するプロフェッショナル」シリーズ Vol.3 『原サチコのぶっちゃけドイツ演劇話2』 ~ レパートリーシステムとは? ハンブルク・ドイツ劇場の日常~ 日時:2014年7月21日(月・祝)  14時~16時 会場:東京芸術劇場 シンフォニースペース  ドイツ在住の女優、原サチコ(1988年外独卒)さんの講演会に参加した。会場はほぼ満席で、まず、ご自身が現在所属されているハンブルグ・ドイツ劇場... 国際演劇協会日本センター「海外で活躍するプロフェッショナル」シリーズ Vol.3 <br />『原サチコのぶっちゃけドイツ演劇話2』 <br />~ レパートリーシステムとは? ハンブルク・ドイツ劇場の日常~ <br />日時:2014年7月21日(月・祝)  14時~16時 <br />会場:東京芸術劇場 シンフォニースペース <br /> <br /> ドイツ在住の女優、原サチコ(1988年外独卒)さんの講演会に参加した。会場はほぼ満席で、まず、ご自身が現在所属されているハンブルグ・ドイツ劇場の歴史と建物の説明から始まった。美しいネオバロック様式の建物に目を奪われ、市民によって支えられているという歴史の背景も聞き、文化の厚みの差を感じた。 <br /><br /><img src="http://blog-imgs-63.fc2.com/c/u/m/cumsophia/harasachiko140721.jpg" alt="harasachiko140721.jpg" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />毎日日替わりでさまざまな異なる演目(出し物)が上演される「レパートリーシステム」に会場の演劇関係者は驚いていた。原さん一人で、1週間に複数の演目をこなすことになるのは、一つの劇場で一定期間、同じ演目で同じ役柄を演じるというシステムとは大きく異なる。極端にいうと、今日はギリシア悲劇、明日はブレヒトということだ。そして、昼間は同時進行で新作の稽古が行われている。進行表の日程も具体的に示されて、説明がされた。 <br /> また劇場の各部門の人たちへの、インタビューの撮影、編集、字幕まで自分でなさった原さんの動画も見ながら、説明が行われ、大変興味深かった。インテンダント、ドラマツルグ、大道具、小道具、衣装、メイク係りまで全部で12人、それぞれの個性が、多民族によって構成されている現在のドイツ社会の様子やシステマティックに各人がプロとして、誇りをもって演劇の仕事をしている様子がよくわかった。<br /><br />その中で、上演演目の決定からPR方針まで決定する劇場のブレーン「ドラマツルグ」 というドイツの演劇界特有の職務についての説明がされた。ドイツでは、ドラマツルグを養成するドラマツルギー学がいくつかの大学の専攻科目にもなっているという。 <br /><br />また、ケルン市民劇場を成功させ、ハンブルグドイツ劇場のインテンダントに選ばれたカリン・バイアー氏へのインタビューも紹介された。インテンダントとは、芸術監督と日本では訳されるが、日本の芸術監督よりも職務は多岐にわたり、経営マネージメント、ビジネスの能力が必要なようだ。 <br /><br />原さんが取材されたドラマツルグの一人は、井上ひさし先生の「少年口伝隊一九四五」を原さんと共にドイツ語に訳した共訳者でもあった。彼はインタビューの中で「井上作品の簡潔な文体で複雑な状況を描ききる作風に魅了された、ドイツで是非もっと紹介したい」と語った。 <br /><br />原さんの明るくナチュラルなトークと、演劇ジャーナリストの伊達なつめさんの進行で、あっという間に90分の時間は経過した。公営で支えられているドイツの劇場の在り方に、市民の文化に対する考え方と奥の深さの差を感じた。 <br /><br />以下 劇場の説明。ハンブルクにいらっしゃる機会のある方は、ぜひ、劇場もご覧ください。<br /><br />ハンブルク・ドイツ・シヤウシュピールハウス <br />Deutsches Schausplelhaus Hamburg (ハンブルク・ドイツ劇場) <br /><br /> 歴史 <br /><br />ハンブルク中央駅を降りて外に出ると、左に見える白亜のネオ・ バロック建築、それがハンブルク・ドイツ・シャウシュピールハウスです。 <br /><br />DSHは、1900年にハンブルク市民の有志がイニシアチプを取って建てた、市民の劇場です。当時首都だったベルリンに対抗意識もあり、ハンブルクにもドイツ演劇を上演する立派な劇場を作ろうとしたのです。1200席の客席を持つ、当時も現在もドイツ演劇を上演する劇場として今ドイツで最大の大きさを誇ります。 <br /><br />1900年当時、ヨーロッパ中で劇場を建立していた人気建築家フェルナー&ヘルマーをオーストリアから招き建てられ、彼らの建てたウイーン・フォルクス劇場を始めとするプラハ、チューリッヒ、ヴィースバーデン等の19世紀を象徴するネオ・バロック様式劇場の集大成的な建築物で、「ドイツで最も美しい劇場」とも呼ばれ、ドイツ演劇人にとっても宝物のような存在です。 <br /><br />その100年の歴史には、いろいろなことがありました。 <br /><br />ヒトラーの第三帝国時代には、有志の市民による私立劇場から、公立劇場となりました。 <br /><br />1980年代から90年代にかけては、ペーター・ツアデック、フランク・バウムバウアー <br /><br />など、名物インテンダントがドイツ劇場を改革し、「新しい演劇、前衛的演劇の誕生する劇場」「ドイツ演劇を牽引していく劇場のひとつ」としての評判も高まり、多くの名だたる演出家が誕生しました。 <br /><br />また、ベーター・ツアデックは、ドイツ公共劇場の伝統である劇場会員制度(アボネモン)を廃止するという大胆な改革をしました。一年前から鑑賞日が決まっている会員でなく、当日フラッと劇場に来る観客を本切にするためです。 <br /><br />2000年代に入つて、その「ドイツ演劇のリーダー的劇場」という評判ゆえのプレッシャーと、劇場会員なしで1200席という巨大な小屋を埋める難しさから、劇場運営は低迷し、何人もインテンダントが交代しましたがうまくいきませんでした。 <br /><br />そして2010年、ハンブルク市からの更なる劇場予算大幅削減の通達を受けて、前インテンダントが任期途中で去り、ハンブルク市は劇場閉鎖を決断しました。これに対してハンプルク市民のみならずドイツ中の演劇人が立ち上がり、大型のデモを繰り返した結果、ハンブルク市は閉鎖予告を撤回し、劇場再生に向けて動き出しました。ドイツ中から立候補したインテンダント候補者を選びに選びぬき、ついにカリン・パイアーが選ばれました。彼女がケルン市民劇場を数十年に渡る低迷期からドイツ年間最優秀劇場賞を取るところまで再生させた手腕を買われてのことです。 <br /><br />HP建物の画像: <br />http://de.wikipedia.org/wiki/Kultur_in_Hamburg#mediaviewer/Datei:Hamburg.Schauspielhaus.wmt.jpg  <br /><br />劇場HP: <br />http://www.schauspielhaus.de/de_DE/home <br /><br />劇場上演カレンダー <br />http://www.schauspielhaus.de/de_DE/kalender <br /><br />原サチコ出演作情報: <br />http://www.schauspielhaus.de/de_DE/ensemble/sachiko_hara.80795 <br /><br />● お知らせ 7月28日(金)18時~にドイツ文化センターで原サチコさんによる「三文オペラワークショップ」も開催予定。(7月18日に上智大学にて、ドイツ文学部の授業の一環として開催された内容とほぼ同じようです)<br />詳細は次のHP参照 http://cms.goethe.de/ins/jp/tok/ver/ja7708637v.htm<br /><br />(報告 山田洋子 '77年外独)<br /><br /><hr size="1" /><原サチコさんプロフィール ><br />1964年11月 神奈川県生まれ。1988年外国語学部ドイツ語学科卒。 <br />1984年より演劇舎蟷螂にて演劇を開始し、後に劇団ロマンチカにて活動。 <br />1999年渡辺和子演出「NARAYAMA」ベルリン公演でドイツにて初舞台。滞在中に鬼才クリストフ・シュリンゲンジーフ氏に才能を見出され、彼の作品に出演。 <br />2001年よりベルリンへ移住。その後、ニコラス・シュテーマン演出の「三文オペラ」ポリー役をきっかけに様々な演出家の作品に出演。 <br />2004年より、東洋人として初めてウィーン・ブルク劇場の専属俳優となり、シュリンゲンジーフ、シュテーマンをはじめ、ルネ・ポレシュ、セバスチャン・ハルトマン氏など全16作品に出演。 <br />2009年にハノーファー州立劇場に移籍。 <br />2011年にはケルン州立劇場で「光のない」全世界初演に出演。 <br />2013年8月からハンブルク・ドイツ劇場の専属となる。 <br />専属俳優としての活動の傍ら井上ひさし作「少年口伝隊1945」朗読と共に広島を語る「ヒロシマ・サロン」を開催している。5月にはベルリンHAU劇場で「在独日本人としての大震災」を語った。 <br />私生活では13歳になる息子を育てるワーキング・シングルマザー。
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上智大学メディアジャーナリズム研究所シンポジウム(8)(感想)沖縄大学非常勤講師 具志堅勝也氏

「日米安保と沖縄問題」を巡る報道の温度差沖縄大学非常勤講師 具志堅勝也氏 筆者はRBC琉球放送とQAB琉球朝日放送で、合わせて三十五年間にわたり勤務した。その大半は報道部局である。ネットワークの違いはあれど、両方の局で同様に身に染みて感じたのが、日米安保や沖縄の基地問題に関する報道を巡っての、本土と沖縄の温度差である。 2004年、沖縄国際大学に米軍普天間基地のヘリが墜落した。奇跡的に県民に死傷者... 「日米安保と沖縄問題」を巡る報道の温度差<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2014011322354620d.jpg" alt="(8)具志堅勝也さん" border="0" width="430" height="323" /><br />沖縄大学非常勤講師 具志堅勝也氏<br /><br /> 筆者はRBC琉球放送とQAB琉球朝日放送で、合わせて三十五年間にわたり勤務した。その大半は報道部局である。ネットワークの違いはあれど、両方の局で同様に身に染みて感じたのが、日米安保や沖縄の基地問題に関する報道を巡っての、本土と沖縄の温度差である。<br /><br /> 2004年、沖縄国際大学に米軍普天間基地のヘリが墜落した。奇跡的に県民に死傷者は出なかった。事故発生直後、QABのニュースデスクはキー局のデスクに一報を送り、上りニュースの指示を仰いだ。<br /><br />キー局「けが人は出ましたか?」<br />QAB「県民には出ていません」<br />キー局「それなら三十秒だけ上ってください」<br />QAB「こんな大変な事故をたった三十秒では伝えきれません」。<br /><br /> 結局一分のストレートニュースで上ることになった。夕方、沖縄に系列局のない日テレ以外の民放とNHKの全国ニュースをモニターしていた筆者は愕然とした。各局のトップニュースはいずれも「ナベツネが巨人軍オーナーを辞任」だったのである。米軍ヘリ墜落は三番目から四番目に短めに報道された。在京の局にとって、米軍ヘリが民間地域に墜落した事故より、ナベツネ辞任の方がニュースとして重要だったのである。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140119103907ac8.jpg" alt="(8)1空中空輸機" border="0" width="430" height="323" /><br />住宅地上空を飛んで着陸する空中給油機(普天間基地)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201401191039095b2.jpg" alt="(8)2普天間基地" border="0" width="430" height="323" /><br />普天間基地(左は滑走路、右は駐機場、手前は密集する住宅地)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140119103909347.jpg" alt="(8)3駐機中のオスプレイ" border="0" width="430" height="323" /><br />駐機中のオスプレイ(普天間基地)<br /><br /> 米軍による事故事件の度に問題になるのが、日本駐留の米軍や軍人の地位を保障した日米地位協定である。米軍の特権を必要以上に認めた不平等協定だ。沖国大でのヘリ墜落事故では、海兵隊が現場一帯の道路を封鎖し、沖縄県警は大学構内にすら立ち入ることができなかった。日本の国内法より地位協定が優先されたのである。さらに地位協定では日本人を被害者とする犯罪であっても、起訴されるまで容疑者の米兵の身柄を日本当局が拘束できないことになっている。95年の少女暴行事件をきっかけに全国報道でも地位協定問題が取り上げられるようにはなったが、根本的な改正を訴える沖縄側の声が反映される程の世論形成には至っていない。その背景にあるのが、日米安保に対する国民の関心の低さだ。 沖縄返還交渉の際、佐藤総理の密使としてニクソン政権と交渉にあたった若泉敬と、筆者は親交があった。若泉は「緊急時における沖縄への核再持込みの密約を結んだことで、沖縄県民にすまないという思いを生涯抱き続けた。返還後も米軍が居座り続けていることに「日本は米国の属国でしかない。対等な日米関係を築くためにも現行安保を見直すべき」と主張していた。だが密約を暴露した著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(94年)は、政府にもマスコミにも黙殺された。<br /><br /> 2009年、佐藤総理の息子の信二が密約文書の存在を公表したことで、著書の内容が事実と判明した。<br /><br /> だが当時の民主党政権は、「核については米国政府の立場を害することなく、日本政府の政策に背馳しない」と記された佐藤ニクソン会談での日米共同声明第8項を持ち出し「件の文書は第8項の内容を大きく超える負担を約束するものではない」として、佐藤とニクソンが署名した文書の内容を「密約ではない」と切って捨てた。裏を返せば「日米共同声明に〝核の再持込み〝が謳われていると認めたようなものである。だが民主党政権は「密約ではないので核の再持込みもない」と結論付けた。あまりにもでたらめな解釈だが、それを問題視する全国報道はなかった。<br /><br /> 若泉は、金銭欲に溺れ平和ボケした日本の現状を「愚者の楽園」と表現した。半世紀以上にわたり、日本本土と遠く離れた沖縄にのみ安保の負担を押しつけることで、国民の目と意識から安保を遠ざけた。日米両政府にとっては、その方が好都合だったのだろう。<br /><br /> 安倍政権が憲法9条の改定を持ち出したことで、安全保障問題に対する国民の関心が多少なりとも高まったのは皮肉な話だが、沖縄にとっては「安保は沖縄だけの問題ではないと訴える絶好の機会と言えるかもしれない。その観点からも、上智大学メディア・ジャーナリズム研究所の研究対象に「日米安保と報道」というテーマが加わることを期待している。
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上智大学メディアジャーナリズム研究所シンポジウム(7)(感想)武市英雄上智大学名誉教授

 ”自主独立”の立場で上智大学名誉教授 武市英雄氏 上智大学文学部新聞学科に「メディア・ジャーナリズム研究所」ができたことは大変喜ばしいと思います。新聞学科が創設されたのは昭和7年4月です。当時の文部省へ提出した目的は「率先して新聞従業員ノ養成ヲ目的トスル専門学科ヲ専門部門ニ創設シ思想堅実ニシテ有能ナル新聞業員従ヲ新聞界ニ供給」することにありました。 確かに当時の目的は「新聞従業員」を供給することで...  ”自主独立”の立場で<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201401132223218c7.jpg" alt="(7)武市英雄名誉教授" border="0" width="230" height="243" /><br />上智大学名誉教授 武市英雄氏<br /><br /> 上智大学文学部新聞学科に「メディア・ジャーナリズム研究所」ができたことは大変喜ばしいと思います。新聞学科が創設されたのは昭和7年4月です。当時の文部省へ提出した目的は「率先して新聞従業員ノ養成ヲ目的トスル専門学科ヲ専門部門ニ創設シ思想堅実ニシテ有能ナル新聞業員従ヲ新聞界ニ供給」することにありました。<br /> 確かに当時の目的は「新聞従業員」を供給することでした。しかしニュースの仕組みが年々複雑になり、ニュースの提供者と受信者との構造など、政治学、社会学、心理学、文学、歴史学など総合的に見ていく力が必要になっています。その点、学科の設立者の小野秀雄先生が『新聞研究五十年』(毎日新聞社、昭和46年)の中で、上智大学の新聞学科で次のように述べております。「今日は組織も完備し、ユニークな存在となったが、研究所を付設しておかなかったことは、私の大きな過失であった」(P.177)と記しています。<br /><br /> 新聞学科が約80年経って研究所ができたことは大きな喜びです。<br />大学院と研究所で、これからも専門的な研究者育ててほしいと思います。さらに一般の人びとに、ジャーナリズムとは何かを知らせるシンガポジウムや会報(ネットも含めて)などをPRしてほしいと思うのです。それも研究所からの一方通行ではなく、受け手の人々も大いに発信できる仕組みにしてもらいたい。<br /> 学問とは小野秀雄先生が『新聞研究五十年』(P.300)でおっしゃっているように「自主独立の立場」を守っていくことです。どのような圧力にも負けずに、研究所が将来続けていくことができることを、大いに望みたいと思います。
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上智大学メディアジャーナリズム研究所シンポジウム(6)(感想)上智大学名誉教授 春原昭彦

シンポジュウムに参加した方の中から3人の方から感想が寄せられた。 上智大学名誉教授 春原昭彦 このたび本学創立100年を記念して、新聞学科の教員が中心になり「メディア・ジャーナリズム研究所が設立された。 本学の新聞学科が日本最古の新聞学、ジャーナリズムの教育機関で、戦前から新聞・放送界に人材を提供してきたことは周知の事実だが、戦後の改革によって、新制大学の文学部に所属して以来、講義科目を充実するとと... シンポジュウムに参加した方の中から3人の方から感想が寄せられた。<br /> 上智大学名誉教授 春原昭彦<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140113221944fe5.jpg" alt="(6)春原先生" border="0" width="230" height="258" /><br /><br /> このたび本学創立100年を記念して、新聞学科の教員が中心になり「メディア・ジャーナリズム研究所が設立された。<br /> 本学の新聞学科が日本最古の新聞学、ジャーナリズムの教育機関で、戦前から新聞・放送界に人材を提供してきたことは周知の事実だが、戦後の改革によって、新制大学の文学部に所属して以来、講義科目を充実するとともに戦後のマス・コミュニケーション研究の発展に沿って、その範囲、内容を拡大してきた。その開講科目の構成、内容は以前から、同種他大学の範となってきたといってよい。また単独専門の大学院課程の設立も早かった。<br /> この間、スタッフも充実、教員の研究、交流、留学生の増加により教育とともに、研究分野への参加、貢献も充実してきた。だがその成果は個人の研究に頼っているものが多い。<br />いっぽう大学院で研さんを積んだ研究者が増えるにつれ、外部で優れた研究の成果を挙げている例も多い。とくに国籍の異なる研究者の国際比較研究などは、もっとも上智に向いた研究ではないだろうか。まだ研究所の目的、組織、構成など詳細を熟知しないが、その成果と発展を期待している。
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上智大学メディアジャーナリズム研究所シンポジウム(5)田中愛冶氏(早稲田大学理事(教務部門総括)・政治経済学術院(政治学研究科)教授)

「報道におけるアカデミックな視点の有効性~選挙報道を例にとって~ 私はアウトラインとして、ジャーナリズム・スクールのあり方、大学においてジャーナリズムを学び研究することの意味、優れたジャーナリストに共通の特徴、学術的な視点は報道に有効か?ジャーナリズムを学ぶ学生への期待を挙げる。そして「大学では、ジャーナリストのまねごとをせず、報道現場のジャーナリストへは敬意を持って、大学で学ぶべきことは、報道現... 「報道におけるアカデミックな視点の有効性~選挙報道を例にとって~<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140113221550387.jpg" alt="(5)田中愛治氏ジャーナリズム教育1" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /> 私はアウトラインとして、ジャーナリズム・スクールのあり方、大学においてジャーナリズムを学び研究することの意味、優れたジャーナリストに共通の特徴、学術的な視点は報道に有効か?ジャーナリズムを学ぶ学生への期待を挙げる。そして「大学では、ジャーナリストのまねごとをせず、報道現場のジャーナリストへは敬意を持って、大学で学ぶべきことは、報道現場では見落としがちになる大きな視座と長期的な視点の獲得を目指すべきだ」と述べた。
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上智大学メディアジャーナリズム研究所シンポジウム(4)亀松太郎氏(ジャーナリスト 元ニコニコニュース編集長)

 「私は最初、朝日新聞に入社したが3年で退職し、J:com、Jcastニュースを経て㈱ドワンゴに入社、ニコニコニュース編集長などをしてきた。「ソーシャルメディア」とはインターネットにおいて、ウエブ技術を利用して、サービスの利用者自身が情報を発信し、コンテンツを形成していくメディアである。ソーシャルメディアもいろいろあり「facebook」「LINE」「YouTube」「niconico」「USTREAM」「NAVER」などがある。これ...  「私は最初、朝日新聞に入社したが3年で退職し、J:com、Jcastニュースを経て㈱ドワンゴに入社、ニコニコニュース編集長などをしてきた。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2014011322113915a.jpg" alt="(4)亀松太郎氏シンポジウー2ムソーシャルメディア(2)いろいろ2013年10月13日" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />「ソーシャルメディア」とはインターネットにおいて、ウエブ技術を利用して、サービスの利用者自身が情報を発信し、コンテンツを形成していくメディアである。ソーシャルメディアもいろいろあり「facebook」「LINE」「YouTube」「niconico」「USTREAM」「NAVER」などがある。これらはリアルタイム、双方向、かんたん。アーカイブが特徴で、生放送もできるがいろいろ種類がある。選挙でも利用され始めた」と話した。
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上智大学メディアジャーナリズム研究所シンポジウム(3)金平茂紀氏(TBSテレビ執行役員「報道特集」キャスター)

日本政治は劣化している。 「私の基本的な考え方は、日本の政治は劣化している、ジャーナリズムも劣化している、そしてアカデミズムも劣化している。新聞、テレビ、ネット、アカデミズムが相乗的に劣化を起こしている。これでは日本は良くならない。 2008年に亡くなった筑紫哲也さんが「ニュース23」という番組の最後の回で次のことを言った「ジャーナリズムの役割は、大きな権力に対して監視の役を果そうとすること、とかく一... 日本政治は劣化している。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140113220342f68.jpg" alt="金平茂紀氏(3)3提言" border="0" width="430" height="346" /><br /><br /> 「私の基本的な考え方は、日本の政治は劣化している、ジャーナリズムも劣化している、そしてアカデミズムも劣化している。新聞、テレビ、ネット、アカデミズムが相乗的に劣化を起こしている。これでは日本は良くならない。<br /> 2008年に亡くなった筑紫哲也さんが「ニュース23」という番組の最後の回で次のことを言った「ジャーナリズムの役割は、大きな権力に対して監視の役を果そうとすること、とかく一つの方向に流れやすいこの国で少数派があることを忘れないこと、多様な意見や立場を登場させることで社会に自由の気風を保つこと」と言った。これが筑紫哲也さんの遺言となった。<br /> しかしこの3つの言葉は現在、全部裏切られている。今私たちの社会は逆の方向に向かっている。監視の役割を果たしていない。少数派に対する目配りがない。多様な意見や立場を伝えていない。そのことによって、どんどん自由が奪われているというのが私の認識だ。<br /> 私なりにまとめると、ジャーナリズムの役割とは、まず権力の行使の有り様を監視すること、英語ではwatchdogで「番犬」という意味で--権力のありようを市民の立場から監視するという役割。次に少数派の声に耳を傾ける。マイノリティに対して配慮のないところに民主主義はない。多数の意見しか顧みないのは民主主義ではない。多様な意見を軽視してはいけないのは、いろいろのもの見方やあり方を創造するのが社会のより良いあり方です。また、今、何を考えるべき議題は何かを優先順位と共に提示することです。<br /><br /> 現在のメディアの位置は?<br /> その意味で、皆さんに是非見ていただきたい映像がある。今現在のメディアのあり様が、どういうところに位置するかを考えていただきたいからだ。<br /> というのは、最近これとは真逆のことが私の関係するところで起きた。今年、参議院選挙の前に私たちの局が自民党から取材拒否を受けた。「ニュース23」という番組の小さい特集の扱いが公平性を欠いていると自民党がクレームをつけてきて、TBSには自民党のある地位以上の人間は一切取材に応じないと言ってきた。それで、これから見ていただく映像をよーく見ておいてください。(この後、41年前の1972年6月17日の退任会見「新聞記者は出て行ってテレビだけいればいい」と言った佐藤栄作首相のビデオを紹介)<br /> このように会見は新聞記者が全部出て行った後にNHKの中継カメラとテレビ局のカメラだけが残ったので、このような映像が残された。これは日本のジャーナリズム史上初めて新聞が喧嘩を売られた。君らは偏向しているから大嫌いだ出てけと言われた。<br /> 彼がよく言ってたのは「紙になると偏向する。テレビはそのままを伝える。国民に直接呼びかけたい。だからテレビはもっと尊重するから前に出てこい」。これは41年前のことです。この頃、テレビはずっと前に来てた。<br /> でも41年経って私が考えるに現在、テレビは「watchdog」から「愛玩犬」になった。良くない状況だが、テレビメディアが権力者や政権与党のペットになった。また新聞は喧嘩をしなくなった。ああいうことを今の新聞記者はやらない。記者会見の間、記者はキーボードを叩いているだけだ。相手の目も見て欲しい。この話の背景は何かを考えて欲しい。<br /> また、ネットは編集なしに、そのまま出演者、政治家の言いたいことを長時間伝える。これはネットメディアが政治家に擦り寄った結果だと思う。<br /> もう一つは、当時と比べるとアカデミズムがマスメディアとの健全な緊張関係を保持し得なくなったと思う。<br /> 提言として4つ挙げます。<br />(1)「公共財」としての意識回復。(2)メディアの間の壁をとっぱらう。<br />(3)個の自立。(4)外とつながる。
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上智大学メディアジャーナリズム研究所シンポジウム(2)吉田慎一氏(朝日新聞上席執行役員 コンテンツ統括・編集担当 )

新聞報道は機能不全 1995年以降IT化が進みコミニケーション革命の中で、それまで新聞、テレビが主流だったがネット社会への相対化が進んでいる。現在の新聞報道は機能不全に陥っている。「昔とった杵柄」路線ではやっていけない。 最大の敵は惰性だとして3つの理由を挙げた。 第1に新聞は政治で起きたことを説明できないままに現実が先に進む。現実が先に進み首相が変わってしまうなど・・・。 第2に記者がビッグピク... 新聞報道は機能不全<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140113215709973.jpg" alt="(2)吉田慎一氏朝日新聞" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /> 1995年以降IT化が進みコミニケーション革命の中で、それまで新聞、テレビが主流だったがネット社会への相対化が進んでいる。現在の新聞報道は機能不全に陥っている。「昔とった杵柄」路線ではやっていけない。<br /> 最大の敵は惰性だとして3つの理由を挙げた。<br /> 第1に新聞は政治で起きたことを説明できないままに現実が先に進む。現実が先に進み首相が変わってしまうなど・・・。<br /> 第2に記者がビッグピクチャーが描けない。ある事象に対する意味や背景が描けない。(遠景が描けない)そこで、「としたもんだ・・・報道」というものがはびこる。「”欧州の経済危機”では、ヨーロッパで何が起きているか判らない中で、日銀が為替介入するかどうか?など、よく理解できない事象が起きた時は、そのような時のために「としたもんだ」というパターン化した紙面作りをする。<br /> 第3に知らないことを書く技術がない。例えば3.11のような大災害、フクシマ原発事故などのように、新聞記者が誰も判ってない、知らない事象が起きた時、政治がだらだらと発表することを書くだけだった。現場で感じたことを、判らないなら判らないと書く技術が必須だが、それがない。<br />「最大の敵は惰性だ」<br /> 「最大の敵は惰性だ」の対策として次のようなことを行った。<br />(1)「脱記者クラブ、脱マンツーマン」政治部と遊軍を組み合わせる。<br />(2)「政治・経済取材センター」を実験的に作り「国際経済」「金融危機」のチームを作って取り組む。<br />(3)「調査報道の推進」昨年9月「30人位で特別報道センターを作り、調査報道を進めている」「プロメテウスの罠」(特別報道部)はその一つである。<br /> 今年の1月の「福島の除染がインチキ報道」も特別報道部である。<br /> また海外でも、ロンドンにいても、フランス、アフリカもカバーする。<br /> 専門記者の養成。例えば「介護の専門記者」を養成する。<br /> 組織の取材か?個人の取材か?が議論されてきたがパターン化していた。<br /> 個人の持っている構想力やセンスを生かし、いかに組織に再編成するか?<br /><br /> 「急速に進むデジタル化」<br /> 新聞の読者は80%は高齢者で、若い人はデジタル情報の時代となっている。<br />そこで、私たちは「紙」も作れば「デジタル」も作るという新しいモデルを<br />個々の記者の構想力やセンスを生かしていくために、組織ジャーナリズムをリモデリングする。<br /> この2年間、朝日の記者にツイッターをやってもらった。<br />(1)ツイッター プライドと品位   30人位<br />   150万人  ツイッターで取材、発表する<br />      1人  百万人 200人 フォロー<br />(2)新聞記者の個人の力が大事。ジーナリズム教育が必要」と結んだ。<br />
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上智大学メディアジャーナリズム研究所シンポジウム(1)「メディア・ジャーナリズム研究所設立」

記念シンポジウム開催 上智大学メディア・ジャーナリズム研究所が設立され、記念のシンポジュウム「日本政治とジャーナリズム」が10月13日(日)に上智大学10号館講堂で開催された。 最初に上智学院の高祖理事長が「この研究所は長年の夢でした。上智大学の1号館の赤レンガ校舎は1932年(昭和7年)に出来たが、同じ年に新聞科が創設された。当初は夜間部で文部省が認めなかったので専門部としてスタートした。戦後、新制... 記念シンポジウム開催<br /><br /> 上智大学メディア・ジャーナリズム研究所が設立され、記念のシンポジュウム「日本政治とジャーナリズム」が10月13日(日)に上智大学10号館講堂で開催された。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140113214612b91.jpg" alt="(1)シンポジュウム舞台全景" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /> 最初に上智学院の高祖理事長が「この研究所は長年の夢でした。上智大学の1号館の赤レンガ校舎は1932年(昭和7年)に出来たが、同じ年に新聞科が創設された。当初は夜間部で文部省が認めなかったので専門部としてスタートした。戦後、新制大学になってから新聞学科は、いろんな分野に人材を送ってきたが、最近のICT革命やグローバル化が進み、これまでの報道、メディア、ジャーナリズムということでは対応できない時代となった。今日は「政治」に焦点を合わせて専門の方々に検討をして頂くが、今後、グローバル化している世界を導き牽引する研究所になって欲しいと期待している」と挨拶。<br /><br /> シンポジュウムは、モデレーターに同研究所所員の柴野京子さんと4人のパネリスト、吉田慎一(朝日新聞上席執行役員 コンテンツ統括・編集担当)、金平茂紀(TBSテレビ執行役員「報道特集」キャスター)、亀松太郎(ジャーナリスト 元ニコニコニュース編集長)、田中愛治(早稲田大学理事・政治経済学術院教授)で行われた。<br /><br /> 最後に音好宏新聞学科教授が次のように述べてシンポジュウムを締め括った。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201401132149069c5.jpg" alt="(1)シンポジウム音好宏教授2013年10月13日" border="0" width="230" height="307" /><br /><br /> 「上智大学メディア・ジャーナリズム研究所の設立の関係者の方々にお礼を申し上げる。上智大学は今から80年前に日本で一番最初にジャーナリストを養成する学科として発足した。それ以来多くのジャーナリストを送り出してきたが、10年程前から新聞学科の教員の間でジャーナリズムの研究をする拠点を作るべきだという話が持ち上がった。それは、現在のメディア状況が複雑になってきたこと、ジャーナリズムがやらなければならないことが多くあることからだが、この研究所をジャーナリズム教育、民主主義とは何か、私たちは何をすべきかを考え、20世紀に出てきた考え方を一歩進めて考える拠点としたい。そしてジャーナリズム、メディアを考える場として広く前に進む研究拠点にしていきたいと思う」 取材・まとめ:磯浦康二(1957文新)<br /><br /><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20140113215117815.jpg" alt="(1)シンポジウム客席2013年10月13日" border="0" width="430" height="323" /><br /><br />感想:多彩な意見が出され有意義なシンポジウムだった。特に、新聞、テレビ、ネットの現場の人たちのナマの声が聞けたのは良かった。新聞学科の学生も多く聞いていたが、それぞれ刺激を受けたと思う。今後の研究所の活動の中でも学生たちに報道現場のナマの声を聞く機会を設けて欲しい。<br /> 一つ残念だったのは、この時既に伝えられていた「特定秘密保護法案」について触れる人が全くなかったことである。(パネリストの発言は別途ページに記載)
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100周年記念拡大東京大会開会式

10月19日(土)、20日(日)の2日間にわたって、ソフィア会主催100周年記念拡大東京大会(第5回地域ソフィア会全国大会/各種ソフィア会全国大会)が四谷キャンパスを中心に開催されました。その中の19日14時10分より10号館講堂で行われた開会式の模様をほぼリアルのまま聞き起こしでご紹介します。なおわかりにくい語彙や言い回し、また聞き取れなかった部分などは一部修正してあることをご了承ください。開会式の様子(司会)拡大東... 10月19日(土)、20日(日)の2日間にわたって、ソフィア会主催100周年記念拡大東京大会(第5回地域ソフィア会全国大会/各種ソフィア会全国大会)が四谷キャンパスを中心に開催されました。その中の19日14時10分より10号館講堂で行われた開会式の模様をほぼリアルのまま聞き起こしでご紹介します。なおわかりにくい語彙や言い回し、また聞き取れなかった部分などは一部修正してあることをご了承ください。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201310310944223b4.jpg" alt="開会式_DSC_0006" border="0" width="430" height="288" /><br>開会式の様子<br /><br />(司会)拡大東京大会にお越しいただきまことにありがとうございます。私くし、本日の開催式と全体会議の司会進行役を努めさせていただきますNHKアナウンサーの中村慶子('05理化)と申します。どうぞ最後までよろしくねがいします。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20131031094527f61.jpg" alt="司会中村" border="0" width="430" height="323" /><br />中村慶子氏<br /><br />(司会)それではただいまより、100周年記念拡大東京大会を始めさせていただきます。まず初めに、この大会の開催に当たりソフィア会を代表いたしまして和泉法夫会長('70理機・'72文社)よりご挨拶をさせていただきます。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20131031094702de8.jpg" alt="和泉会長" border="0" width="430" height="288" /><br />和泉会長<br /><br />(和泉)本日は、拡大東京大会に多数の方がお集まりいただきほんとうに有難うございます。この大会はみなさんご存知のように、2009年に九州ソフィア会を中心に北九州でやった1回目の地域全国大会からスタートして、其の次の年に関西、そしてその次が山梨、さらに昨年が函館という形で、地域からさまざまな100周年のためのムーブメントを起こそうじゃないかということでやってまいりました。そして100周年で東京に戻って来た、それがこの拡大東京大会でございます。<br /><br />本当にこの間に、さまざまな地域ソフィア会のたいへんなご協力を経て、素晴らしい盛り上がりがこの100周年に向けて出来たんじゃないかと思います。<br /><br />冒頭ですが、先ほど(この前の時間に行われた)代議委員会でも申し上げたのですが、皆様方のおかげで、ソフィア会の募金目標であった10億5千万円を、この度達成できました。(場内から大拍手)ありがとうございます。これは世界各地、そして国内含めた様々な団体のみなさんの上智大学に対する熱い気持ちがここに反映してくださったからではないかと思い、心から御礼申し上げたいと思います。<br /><br />この拡大東京大会は、100周年のさまざまなイベントの中で、一過性で終わらせるのではなくて、上智大学がますます発展していくために、ここにいらっしゃる卒業生、あるいは若い、まだここに忙しくて参加できていない卒業生たち(も含めた方々)の活躍を(継続的に)支援することで、上智の評価につながらせたいというものであります。<br /><br />(そこで)OBは決してお金(の援助)だけではなくて、様々な意味でみなさんが活躍されること、それが大学への貢献にもなるということ(を示したい)、それを睨んで、次の100年の上智大学を盛り上げていくためのさまざまな企画をスタートさせようじゃないか(ということになったわけです)。<br /><br />これはみなさん、ボランティアなんで大変なんですが、それぞれ上智大学の顕学の精神をバックに、14のプロジェクトが今日キックオフします。それぞれ素晴らしい、あの芸術的な分野であったり、文化的な、或いはビジネス、それぞれの分野で、大学の精神を生かした活動を、点から線、或いは面、そして多くの若い方々もインボルブして、上智大学の次の100年のために、OBとして少しでも寄与出来ればということで、この拡大東京大会がスタートしております。<br /><br />今日は長い1日になりますが、このあとワークショップ、懇親会と親睦を深めていただければ大変ありがたいと思っております。本日はみなさんにお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。<br /><br />(司会)和泉会長ありがとうございます。続きましてご来賓よりご挨拶いただきます。お一人目は学校法人上智学院理事長、髙祖敏明さまです。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/2013103109481553f.jpg" alt="高祖理事長" border="0" width="430" height="288" /><br />高祖理事長<br /><br />(髙祖)みなさまこんにちは、今、和泉会長から元気の良いお話ございました。100周年記念の拡大東京大会の開催について、まずは(御礼)申し上げたいと思います。また開催について(ご尽力された)多くの方々に、この場を借りて御礼申し上げます。<br /><br />いつもこのような場で申し上げているんですが、上智大学の評価は世界における卒業生の活躍に懸かっている、そのことについても御礼申し上げたいと思います。<br /><br />私には3分間で100周年の行事の動向を述べよという要請があったのですが、大学での説明では90分くらいしゃべっているのですが(笑)、それほど時間がないというので、少し端折らせていただきます。<br /><br />今日受付でザビエルの絵と「世界をつなぐ、ひとになれ」という新聞広告のカラー版、先着順なので先を争って奪いとってお持ち帰りいただきたい。そこに上智の歴史と現在の抱えている課題、これからのミッションが要約されています。<br /><br />「世界をつなぐ、ひとになれ」という言葉の中に「叡智ソフィアが世界をつなぐ、ソフィア・ドリーミング・ザ・ワールド」という英語のメッセージが込められている。そういう意味で、私どもが中心になってやっている企画、例えば、岩波書店とのシンポジウム(07/20)、ドイツ文学科創設100周年記念講演会(07/20)や経済学部創設100周年行事(09/21)、大分市イベント(08/09-11)、国東市イベント(08/25)、大阪の細川ガラシャ(オペラ)(08/25)、アメリカのワシントンDCでのジョージタウン(大学共催シンポジウム)(09/09-10)、札幌、富士吉田、広島での平和への祈りコンサート(09/22)、それから、ケルン大学とルクセンブルク大学との共同シンポジウム(09/27)、上智福岡(中学高等学校)で新井満さんん迎えての企画(09/29)、静岡サレジオ学院でゾマホンを迎えての企画(10/05)、それから先週土曜(10/12)は南山に行って出稼ぎで来ている外国人の子供の教育、日本でどうやって対応していくか・・などなど10いくつの企画を実施して参りました。(細川ガラシャオペラは12月26日(東京)、翌年1月26日(京都)もあります)<br /><br />またローマに於いて、教皇様にお会いしてまいりました。新聞でも報道されています。つい昨日(10月18日)その時のビデオが届きました。10分間。写真もありますので、いづれ編集をしてみなさまにもおめにかけたいと思っています。<br /><br />ソフィア会では、その中身を担う意味で、現世の夢をつなぐと思ってますが、和泉さんが会長をやられているこの時期に、まさに叡智がソフィアをつなぐということを、何本も進めてくださっていると思っています。<br /><br />学生たちも自分たちが主役であることを忘れられては困るということで、上智大学100周年学生委員会を作りまして、7月5日には(ユカタデー)ということで、キャンパスに浴衣で現れて、授業している先生の目を白黒させたということがあったり、さらに喜んでいるのは、上智学院が設置する教育機関(上智大学、上智大学短期大学部、上智社会福祉専門学校、聖母大学、聖母看護学校)の在校生を対象に、「上智」に対する提言(今、100周年を迎える上智に提言したいこと)を募集。187名の提言が集まったそうです。<br /><br />それを今まさに絞り込んでもらっていて、最優秀、優秀、特別賞を、翌月曜(10/21)に発表することになっています(すでに発表済み)。そのトップの提言は、11月1日の東京国際フォーラムでの記念式典の中で学生からの提言ということで表彰(されるほか、3月に予定されているローマ教皇フランシスコの謁見巡礼に学院代表として参加する権利も授与)されます。<br /><br />ですからみなさんの後輩も頑張ってます。どうぞこの東京大会、「ソフィア・ドリーミング・ザ・ワールド・トゥギャザー」。この言葉の(本質)を私ども、卒業生、現役で分かち合ってさらに深めてまいりたいと思っています。ご協力をよろしくおねがいします。<br /><br />(司会)髙祖敏明さまありがとございました。続きましてもうお一方、上智大学学長、滝澤正さまです。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20131031094935815.jpg" alt="滝澤学長" border="0" width="430" height="288" /><br />滝澤学長<br /><br />(滝澤)地域ソフィア会、拡大東京大会の開催に当たりまして、一言ご挨拶申し上げます。<br /><br />今年は上智大学創立100周年という記念すべき年であります。ここで100年の歴史を振り返ってまいりますと、大学側がこれまで、大変な努力をしてきたということが見えてまいります。<br /><br />私どもといたしましては、このような場を利用して伝統を守る、さらには発展させる、そう言う責務がある、そういうことをひしひしと感じているところでございます。<br /><br />さらに注目されるのは、こういった発展が、多くの人々の支援によって支えられてきた、ということであります。ドイツのケルン大司教を始め、世界のカトリックの信者さまたち、ローマの教皇、イエズス会、学生とその父母、大学周辺のみなさん、さらには大学を卒業されたソフィアンの方々がいます。<br /><br />最近「絆」という言葉が流行っているわけですが、こうした大学と大学を取り巻くステイクホルダー、さまざまな「絆」を大切に、大学単体ではなかなか実現し得ないことをどんどん試みていきたい。そう考えているところでございます。<br /><br />そうした「絆」で最も重要なものは、卒業生とのつががりだと思っております。ソフィア会でも、これまでも、金銭面のみならず(各方面への卒業生の活躍など)、そこから上智の理解を広げる、そんな面でもご協力をいただいております。今後も一層のご支援を賜りたい。<br /><br />大学としては、独自に「絆」を深めるために何か出来ることがあるんだろうかと考えると、おそらく、卒業したあとで上智大学で学んで良かった、そういう印象をもっていただけるような教育を施すことが、何より)必要と考えています。<br /><br />ソフィアというととりわけ、年配の外国人の神父の先生方が非常に厳しかった、みなさん熱心に教育くださって、あとになって非常に心にのこっているとおっしゃる(卒業生の)方々がたくさんいらっしゃいます。<br /><br />それから、学生のときはつまらなかったが、あとになって「あ、なるほど」と人生をある程度経験するとその重みがわかってくる・・。そんなようなことをおっしゃる方もいらっしゃいます。<br /><br />上智で良い教育を受けた、だから後輩たちにもそういった良い環境をと、ソフィア会を通じて支援しよう思っていただけるように、我々大学側としては、心がけてまいりたいと考えております。<br /><br />2世紀目に入った上智大学は、上智の特徴が具体化する新しい学部「総合グローバル学部」を2014年度から立ち上げます。2015年度からは、TEAP(アカデミック英語能力判定試験)利用型の入試も開始いたします。さらに2016年には、(上智麹町ビルを含む約6000㎡の敷地に)地下1階地上19階建ての新校舎も立ち上げます。(1階には800人規模のホールを兼ねる大教室、LLCなどを配置。2-6階は教室や研究室。3階部分に、西側に立地する2号館との連絡デッキを設ける。最上階には教職員同士の交流を促すファカルティクラブ。8階以上の高層部には収益を目的とするオフィスビル機能を配し、賃貸で得た収益は海外留学生などを支援する奨学金制度の創設に充てることも検討中)<br /><br />今後の上智の発展に、あたたかい心でご支援いただければ幸いです。ご清聴ありがとうございました。<br /><br />(司会)滝澤さまありがとうございました。それでは最後に拡大東京大会の実行委員会を代表いたしまして、佐藤正由起実行委員長からごあいさつをさせていただきます。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/201310310952121b6.jpg" alt="佐藤委員長" border="0" width="430" height="288" /><br />佐藤委員長<br /><br />(佐藤)本日はこのように沢山の方にご参加いただき、ありがとうございます。<br /><br />さて、本実行委員会は昨年夏にスタートして、100周年に相応しいコンセプトをということで、検討を重ね、ソフィア会、常任委員会を伺いながら、ソフィア「NEXT100」プロジェクトを立ち上げました。そのプロジェクトは、上智大学の次の100年に向けて、できるだけ多くの方に、ソフィアンが日常的に参加できるテーマを設けて、役に立ったり、ほっとしたり、助けあったり、そういうことができる楽しい環境を提供するものであります。<br /><br />今年度は今年の初めからグループを募集し、本日現在12グループが活動しております。各グループは、長くて9ヶ月、短いものは始まったばかりですが、本日のワークショップに向けて懸命に準備してまいりました。みなさまにはぜひ、これらのワークショップにご参加いただいて、ご意見などいただければ幸いに存じます。(中略)<br /><br />このようなグループ活動は、来年以降も続けてまいります。年ごとにグループを増やしてできるだけ多くの方が参加できるようにしてまいりたいと思っておりますので、今後とも皆様のご協力を賜りたいとよろしくお願い申しあげます。本日は誠にありがとうございました。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20131031095341613.jpg" alt="会場2" border="0" width="430" height="288" /><br />会場の様子<br /><br />(参考リンク)<br /><hr size="1" />上智大学100年公式ページ<br /><a href="http://sophiauniv100.jp/" target="_blank" title="http://sophiauniv100.jp/">http://sophiauniv100.jp/</a><br /><br />100周年記念イベント一覧(これから)<br /><a href="http://sophiauniv100.jp/events/schedule/schedule.html" target="_blank" title="http://sophiauniv100.jp/events/schedule/schedule.html">http://sophiauniv100.jp/events/schedule/schedule.html</a><br /><br />100周年記念イベント一覧(終了分)<br /><a href="http://sophiauniv100.jp/events/schedule/past.html" target="_blank" title="http://sophiauniv100.jp/events/schedule/past.html">http://sophiauniv100.jp/events/schedule/past.html</a><br /><br />上智大学100周年行事カレンダー(ソフィア会ページ)<br /><a href="http://www.sophiakai.gr.jp/100th/" target="_blank" title="http://www.sophiakai.gr.jp/100th/">http://www.sophiakai.gr.jp/100th/</a><br /><br />100周年創立記念事業一覧(大学版ページ)<br /><a href="http://www.sophia.ac.jp/jpn/aboutsophia/sophia100/ichiran" target="_blank" title="http://www.sophia.ac.jp/jpn/aboutsophia/sophia100/ichiran">http://www.sophia.ac.jp/jpn/aboutsophia/sophia100/ichiran</a><br /><br />100周年記念拡大東京大会ページ(ソフィア会)<br /><a href="http://www.sophiakai.gr.jp/news/news/2013/2013101901.html" target="_blank" title="http://www.sophiakai.gr.jp/news/news/2013/2013101901.html">http://www.sophiakai.gr.jp/news/news/2013/2013101901.html</a><br /><br /><br />静岡サレジオ小中高等学校との共催企画(ゾマホン氏)<br /><a href="http://www.sophia.ac.jp/index.php/jpn/info/news/2013/9/globalnews_845/20130912news?kind=0" target="_blank" title="http://www.sophia.ac.jp/index.php/jpn/info/news/2013/9/globalnews_845/20130912news?kind=0">http://www.sophia.ac.jp/index.php/jpn/info/news/2013/9/globalnews_845/20130912news?kind=0</a><br /><br />上智福岡(中学高等学校)で新井満<br /><a href="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_846/20130912fukuoka" target="_blank" title="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_846/20130912fukuoka">http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_846/20130912fukuoka</a><br /><br />ケルン大学とルクセンブルク大学との共同シンポジウム(9月27日(金))<br /><a href="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_857/20130920news2" target="_blank" title="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_857/20130920news2">http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_857/20130920news2</a><br /><br />上智大学100周年学生委員会 発足のお知らせ<br /><a href="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_840/20130904news" target="_blank" title="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_840/20130904news">http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/9/globalnews_840/20130904news</a><br /><br />学生提言コンテスト<br /><a href="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/10/globalnews_894/node_26878?kind=0" target="_blank" title="http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/10/globalnews_894/node_26878?kind=0">http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2013/10/globalnews_894/node_26878?kind=0</a><br /><br />TEAPについて<br /><a href="http://www.sophia.ac.jp/jpn/admissions/gakubu_kanren/teap" target="_blank" title="http://www.sophia.ac.jp/jpn/admissions/gakubu_kanren/teap">http://www.sophia.ac.jp/jpn/admissions/gakubu_kanren/teap</a><br /><br />上智大学創立100周年・岩波書店創業100年記念シンポジウム<br /><a href="http://www.sophiakai.gr.jp/news/news/2013/2013072001.html" target="_blank" title="http://www.sophiakai.gr.jp/news/news/2013/2013072001.html">http://www.sophiakai.gr.jp/news/news/2013/2013072001.html</a>
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100周年記念拡大東京大会エクスカーションにて

10月20日(日)上智大学100周年記念拡大東京大会エクスカーション「10時出発ゆとりコース」に参加して磯浦康二('57文新)「出発」 定刻10時、雨の中、参加者30人余を乗せたバスは四ツ谷キャンパス前を出発。実行委員の根元良彦さんがマイクを持ち軽妙な司会でバス内を盛り上げ、順次マイクを回して自己紹介。これから訪問する「聖母大学」のOG13人も参加。ソフィアンとは初交流。窓外の景色は、雨に濡れて黒く落ち着いた道路、傘を... <blockquote><p><span style="font-size:large;">10月20日(日)<br />上智大学100周年記念拡大東京大会エクスカーション<br />「10時出発ゆとりコース」に参加して</span><br /><br />磯浦康二('57文新)</p></blockquote><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">「出発」</span></strong><br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_6903.jpg" alt="IMG_6903.jpg" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_6905.jpg" alt="IMG_6905.jpg" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /> 定刻10時、雨の中、参加者30人余を乗せたバスは四ツ谷キャンパス前を出発。実行委員の根元良彦さんがマイクを持ち軽妙な司会でバス内を盛り上げ、順次マイクを回して自己紹介。これから訪問する「聖母大学」のOG13人も参加。ソフィアンとは初交流。窓外の景色は、雨に濡れて黒く落ち着いた道路、傘をさして歩く人々風情など「雨の東京の景色」もまた良きもの。<br /><br /><strong><span style="font-size:large;">「聖母大学」</span></strong><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0082.jpg" alt="DSC_0082.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /> 雨が激しくなる中、最初の訪問先、新宿区下落合の「聖母大学」に到着。ここは「上智学院目白聖母キャンパス」「聖母看護学校」でもある。2011年に上智学園と合併したことで、その移行期で「聖母大学」4年生と「上智学院目白聖母キャンパス」として2年生3年生がここで専門科目を学んでいる。(1年生は一般教養を四ツ谷キャンパスで学ぶ)。<br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0094.jpg" alt="DSC_0094.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0105.jpg" alt="DSC_0105.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /> 3年生の現役学生さん3人が学内を案内してくださる。1号館と2号館があり1号館は昨年完成したばかりの真新しい建物。現代的なデザインの壁面が印象的。3階の実習室にはベッドが25台並び壮観。実修では1ベッドに患者役、看護士役、観察役の3人づつが一組になる。一番手前のベッドで先生が実技と説明を行うと、その様子をテレビカメラが映し、学生は各ベッド毎に設置されたテレビ映像を見ながら実習を行うとのこと。見学者はみな感嘆!<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0141.jpg" alt="DSC_0141.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /> 聖母大学は1948年(昭和23年)に創立。教育理念は「愛によりて真理へ」。1963年には聖母助産婦学院を開設。2004年、聖母大学看護学部看護学科開設。そして2年前の2011年4月「学校法人聖母学園」と「学校法人上智学院」が合併し「学校法人聖母学園」は解散。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0148.jpg" alt="DSC_0148.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /> 隣接して1931年(昭和6年)創立の「聖母病院」があり学生が実習に行く。<br /><br /><strong><span style="font-size:large;">「昼食」</span></strong><br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0204.jpg" alt="DSC_0204.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /> 再びバスに乗って昼食のため錦糸町の「東武ホテルレバント東京」に向う。時間調整のため東京駅前を通過。この間、先ほど中断した自己紹介を続け、到着までに、北海道、山形など遠方から参加の方も全員が終了。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0210.jpg" alt="DSC_0210.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_6917.jpg" alt="IMG_6917.jpg" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /> 予定より少し遅れて到着。食事は和洋中のランチブッフェ。お目当ての「カニの足」をかじりながら歓談。<br /><br /><strong><span style="font-size:large;">「スカイツリー」</span></strong><br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0232.jpg" alt="DSC_0232.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/IMG_6918.jpg" alt="IMG_6918.jpg" border="0" width="430" height="323" /><br /><br /> 昼食を終えてスカイツリーに到着。雨のため当日券は発売中止で、団体の予約のみ入場可とのことで意外と早く350メートルの「天望デッキ」に到着。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0253.jpg" alt="DSC_0253.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0250.jpg" alt="DSC_0250.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /> 窓の外は雲に覆われて視界ゼロ。じっと待っていると時々雲が風に吹かれ、雲の切れ目から下の景色がのぞく。その度に「見えた!見えた!」と叫び声があがり皆が下を覗き込む。街並みや動き回る自動車が幻のように雲の切れ目から浮かび上がる。雲の上からの天空の眺めは幻想的で美しい。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0255.jpg" alt="DSC_0255.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /> 外が曇って景色が見えない時でも楽しめるように「天望デッキ」には、大画面の映像映写設備がある。「晴れた日の眺望」「スカイツリーが出来るまで」(それぞれ4分~5分)を上映している。更に江戸時代後期の絵師、鍬形恵斎(くわがたけいさい)(1764~1824)描く「江戸一目図屏風」(えどひとめずびょうぶ)が展示されているが、この絵をデジタル化したアニメ映像作品を上映している。<br /><br /> 江戸時代の絵とスカイツリーの展望が、ほぼ一致するというので制作されたもので、屏風絵の中を鳥が飛んだり木の葉が散ったり遊んでいる子どもたちが走ったりして、とても楽しく見ごたえのある映像である。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-60.fc2.com/c/u/m/cumsophia/DSC_0197.jpg" alt="DSC_0197.jpg" border="0" width="430" height="288" /><br /><br /> 今回は、聖母大学OGの皆さんとも交流が出来て有益で楽しい素敵なバスツアーでした。岩瀬深雪さん、根元良彦さんはじめ実行委員の皆さま、事務局の津久井博次さん、山田知子さん、佐藤洋子さんも参加されお世話になり有難うございました。
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「戦い済んで、日が暮れて」 〜昨年12月選挙で見えたこと〜

2013年2月20日磯浦 康二 '57文新▼エッ、選挙に立候補!当時の選挙ポスター(磯浦東ホームページ:http://www.isouraazuma.info/) 昨年暮、私にとってのサプライズは、長男が衆議選挙に立候補したことでした。息子は小児科の医師で38歳、名古屋市の病院に勤務しています。以前から、河村たかし名古屋市長の地方政党「減税日本」の政治塾に入っていたようで、昨年11月16日の野田総理(当時)の「奇襲解散」の後、河村市長の勧めで... 2013年2月20日<br />磯浦 康二 '57文新<br /><br /><span style="font-size:large;">▼エッ、選挙に立候補!</span><br /><table align="right" width="230" border=0 cellspacing=10 cellpadding=0><tr ><td><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20130220092110e29.jpg" alt="磯浦東ポスター" border="0" width="230" height="325" /></td><tr><td><br />当時の選挙ポスター(磯浦東ホームページ:<a href="http://www.isouraazuma.info/" target="_blank" title="http://www.isouraazuma.info/">http://www.isouraazuma.info/</a>)</td></tr></table><br /> 昨年暮、私にとってのサプライズは、長男が衆議選挙に立候補したことでした。息子は小児科の医師で38歳、名古屋市の病院に勤務しています。以前から、河村たかし名古屋市長の地方政党「減税日本」の政治塾に入っていたようで、昨年11月16日の野田総理(当時)の「奇襲解散」の後、河村市長の勧めで立候補することになったというのです。そこで家内と二人で名古屋へ応援に駆けつけて12日間の「選挙戦」を体験しました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼供託金没収点以上の得票を・・</span><br /><br /> 全国的な大政党の場合は、選挙にかかる資金やマンパワーは政党が組織で応援してくれるのでしょうが、今回の費用は全部候補者の個人負担です。息子は親にお金の心配はかけない、数年間、医師をしながらアンパンをかじってお金をためたと言っていました。<br /><br /> まず「供託金」小選挙区300万円、比例代表300万円の計600万円が必要です。その他に選挙事務所を借りる費用などなどです。<br /><br /> 今の「公職選挙法」はお金持ちが有利になるのではなく公平な選挙をするということで「公費負担」があります。ポスター、チラシ、はがきなどの印刷代、選挙カーの借用代、運転手の日当、ガソリン代の一部などが法定の上限がありますが公費負担になります。<br /><br /> ただし「供託金」は「総投票数」の10%以上を得票しないと没収される決まりになっており「供託金没収」になると「公費負担」も全部なくなり自分で負担しなければならないのです。<br /><br /> 私と家内は、とにかく「供託金没収点」以上の得票をとって欲しいと思っていました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼未来の党公認候補</span><br /><br /> さて、河村たかし名古屋市長の「減税日本」選出の県会議員、市会議員と支持者の皆さんの応援を受け、事務所を借り、選挙カーも仕立てて、12月4日の公示日から選挙戦が始まりました。<br /><br /> 選挙区は「愛知3区」(名古屋市昭和区、天白区、緑区3つの区、有権者約38万5千人)で、所属政党名は「減税日本」から「脱原発」、更に公示一週間前の11月27日に立党した「日本未来の党」となりました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼候補者は自転車に乗って・・・<br /> 候補者は選挙カーの後ろから</span><br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20130220092850c1c.jpg" alt="自転車で選挙区まわり" border="0" width="430" height="323" /><br />写真:自転車で選挙区まわり、後ろに河村たかし名古屋市長が・・・。<br /><br /> 「本人」と書かれた赤い大きな旗を立てて自転車に乗って走ります。12日間、自転車で3つの区全域を、1日約30キロ走り回り、時々街角に選挙カーを止めて、道行く人や車に向かって「ミニ演説会」を行います。不特定多数の通行人相手ですからスローガンを叫ぶ程度です。他に支持者を集めた「ミニ集会」も数回開きましたが、参加者は20〜30人程度です。<br /><br /> 多くの有権者に、まとまった政見をきちんと披露する場はありません。テレビの政見放送や新聞の候補者紹介記事や「選挙広報」もありますが、限られた紙面に、通り一ぺんの「政見」が載る程度です。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼事務所では指力が・・・</span><br /><br /><img src="http://blog-imgs-44.fc2.com/c/u/m/cumsophia/20130220092929b7a.jpg" alt="事務所で証紙貼り" border="0" width="430" height="323" /><br />写真:選挙事務所で「証紙貼り」作業・・・<br /><br /> 一方、事務所では、公費で印刷出来るチラシ11万枚に「証紙」を貼る作業に追われていました。公職選挙法によって、チラシやポスターには選管が発行した「証紙」を貼らなければ配布できません。<br />公示の日、各地の選管で「選挙の七つ道具」が渡されますが、その中に「証紙」も入っています。切手の4分の1ぐらいの大きさの「証紙」をチラシに1枚1枚貼るのは、実に大仕事です。<br /><br /> 事務所に、やっと机と椅子が運び込まれ、支持者が集まって1枚1枚証紙を貼りますが11万枚というのは途方もない量で、これは全てボランティアが貼らなければならないのです。お金を出して人を雇うと違反になるのです。大組織の政党などすと人手も集めやすいかもしれませんが、地方政党で、しかも新人ですから、人集めもままなりません。でも、次第に熱心な支持者が集まり、懸命の作業を続けましたが、12日間の選挙期間中の8日間ほどは、毎日毎日「証紙貼り」が続きました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼選挙は脚力と指力が勝負?</span><br /><br /> 国会は言論の府と言いますが、その議員を選ぶ選挙で充分な言論を戦わせる場がありません。そのことを実感しました。<br /><br /> 候補者はひたすら自転車をこぎ、道行く人に手を振り、選挙カーは名前を連呼するだけ、事務所ではひたすら指を使って証紙貼りで、まさに脚力、指力勝負です。ネットの使用は禁じられ、公示日以後は候補者関連の「ホームページ」の変更も出来ません。<br /><br /> 選挙法は、あれもいけない、これもいけないで公平を追求するのは当然とは言え「角を矯めて牛を殺す」という言葉を思い出しました。<br /><br /><span style="font-size:large;">▼選挙結果は・・・</span><br /><br /> 選挙結果は39,861票を得票しましたが落選し比例区復活もありませんでした。しかし、全くの新人で、1週間前に結党した党の候補者で、僅か12日間の選挙運動期間しかなかったにしては良くこれだけの得票を得たと多くの方が慰めて下さいました。また、総投票数約20万票の10%をクリアーしたので、供託金は没収されませんでした。やれやれ!<br /><br /> それにしても、候補者同士が、堂々と議論をして政見を戦わせるような選挙(アメリカ大統領選挙のテレビ討論のような)は日本では出来ないのでしょうか?
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